第3話。「鉄のゴーレム」
バカでも分かることだ。喋る鉄の人形なんてヤバいブツを拾ったらどうなるかなんて。
取り返しに来た持ち主に殺されるか、教会に魔法使いだと思われて拷問されるか、村の奴らに異端扱いされて火炙りか……とにかく俺が考えるより酷い災難に遭って死ぬのは目に見えてる。
ヤバいものには関わらないことが正しい。
「お手元のデバイスとの接続が、確認できませんでした。利用規約の書類を作成した後に、同意のサインを行なっていただくか、口頭による意思表示が、必要になります。どちらを選ばれますか」
「なんだって? 書類? サイン? 俺は読み書きなんてできねえぞ……」
「かしこまりました。それでは口頭による、利用規約のご説明を、させていただきます」
「りよ……?」
「この規約、以下、本規約、と言います。本規約は、古き叡智の国、以下、当社、と言います。当社が、提供するすべての製品およびサービス、以下、本サービス、と言います。本サービスの利用に関する条件を、本サービスを利用するお客様、以下、お客様、と言います。お客様と当社との間で定めるものです。これら全てに同意していただけない場合、当社の提供するサービスを、ご利用いただくことができませんので、ご了承下さい」
「……何一つ分からねえんだが」
それから先もテキヨウがどうのメンセキがどうのと、何を言っているのかは全く分からなかったが、人形は容姿だけでなく声まで美しかった。無感情で淡々としたその話し方に、むしろ心地良さを覚えるほどだった。
「以上です。ご同意いただけますか?」
「あ、えあ……ああ……何が?」
急に話しかけられて俺は我に返った。
そして泥に尻を突っ込んだまま、口をポカンと開けて人形の声に聞き惚れていたことに気づき、久しぶりに恥ずかしさというものを思い出した。
「ご同意ありがとうございました。これより当機はユーザー様の所有物となります」
俺のマヌケな返事をどう受け取ったのか、人形は深々と頭を下げてお辞儀をした。垂らした髪の先から滴り落ちる泥水でさえ妙に輝いて見える。
「ユーザー様ってまさか、俺のことか?」
「肯定いたします。ユーザー登録のため、お名前をいただけますでしょうか」
人形は顔を上げて、無表情に俺を見つめてくる。
「……ダグラス・ロウゾーンだ」
「ダグラス・ロウゾーン様。登録いたしました」
「それで……お前は何者だ? 魔法使いか悪魔にでも魂を封じ込められた人形か?」
「否定します。当機に魂はありません。当機は戦闘用自律人形兵器・TYPE-A・通常版です」
「…………つまり?」
「当機はKPIを元に、アサインされたジョブをコミットし、極めて高いイニシアチブと、コアコンピタンスを誇る、オポチュニティーと、お考え下さい。また、コンプライアンスを遵守し、あらゆるフレームワークに対応可能なメソッド、及び、ナレッジマネジメントを持ち、ダイバーシティ環境に適したタスクを、ディシジョンする、ブラッシュアップ機能を備えています。以上のエビデンスから、当機はアライアンスと共に、バジェットの希望に応じ、適時アジェンダを確認し、win-winの関係を構築する、当社のアンバサダーでもあります」
「もういい。聞いた俺がバカだったってことは分かった」
「ダグラス様はバカ。了解いたしました」
「あ? ならバカでも分かるように言ってみろ」
つい睨んじまった。自分を強く見せるために相手を威圧するのは悪い癖だ。我ながら顔だけでなく、こういうところまで親父に似ていて吐き気がする。
しかし人形は眉一つ動かさず、淡々と返答した。
「かしこまりました。当機は、古き叡智の国が、古代遺跡より発掘し、改修を加えた、A.Iです」
「ふーん、エーアイ、ねえ」
よし、俺には理解できねえ。
「バカでもご理解いただけたでしょうか」
「張り倒すぞコラ。ケンカ売ってんのか」
「当機はダグラス様に対し交戦の意思は存在しません」
人形はまたしてもうやうやしく頭を下げた。こいつが言うことは何一つ分からねえが、美しい女が俺にかしずいているというだけでいい気分になっちまう。
それでつい、考えちまった。
人形でも鉄の塊でも、女の姿をしているなら……俺の願いの半分くらいは叶うんじゃねえか、って。
俺の家は村のどこでもなく、共同墓地から少しだけ歩いた場所にある。墓守りなんて縁起の悪い奴を受け入れる村なんてどこにもねえからだ。
「前方に豚小屋を確認」
「あれは俺の家だ、この野郎……!」
そして結局、俺はこいつを連れ帰っちまった。
ヤバいヤバいと知りつつも、こいつを見なかったことにして捨てるなんて考えられなかった。どうやら俺は、美しい女の姿さえしてりゃあ人間でなくても構わねえと考えちまう変態野郎だったらしい。情けねえ。
「前方に畜生を確認」
「……あれは俺の犬だ、名前はジョー。それにしても豚小屋だの畜生だの……お前、俺より口が悪くねえか?」
「当機は内部に予期せぬ深刻なダメージを負っている可能性があります。この問題を報告しますか?」
「ああ? 報告?」
「了解いたしました。サーバーに接続中…………しばらくお待ち下さい…………」
「おい、報告って何だ、おい」
「…………サーバーの応答を待っています…………」
「おい」
「サーバーからの応答がありませんでした。通信環境の良い場所で再度実行して下さい」
「……知るかよ」
そうこうしているうちに、豚小屋呼ばわりされた俺の家からジョーがノロノロと歩いてきた。昔は俺が帰るなり飛びついてきたもんだが、もうジジイだから最近は散歩もままならねえようだ。
それでもこうして俺を出迎えて、撫でてくれと言わんばかりに頭を差し出してくる。「クゥーン……」俺が腰を曲げて頭を撫でてやると、ジョーは甘えた声を出した。
「ダグラス様にお仕えする身であるならば、私の先達に該当します。初めまして、ジョー様」
そんなジョーに対して人形は馬鹿丁寧に頭を下げた。犬に対して何をやってんだこいつは。
「当機は戦闘用自律人形兵器・TYPE-A・通常版です。本日よりジョー様と共にダグラス様にお仕えさせていただきます。よろしくお願いします」
……なんつーか、俺はどうやら考えを改めるべきなのかもしれねえ。
こいつはどっかの魔法使いが作った人形で、俺の頭じゃ一生理解できねえような存在だとばかり思っていたが……もしかしてこいつ、とんでもないバカなんじゃねえか?
「後方より人型生命体の接近を確認」
「あ?」
「あちらです」
人形は山道の先を指差したが、俺には木々が立ち並んでいるだけで誰の姿も見えなかった。だがジョーも顔を上げ、同じ方向を眺めている。どうやら誰かが来るのは確からしい。
ヤベェな。この人形の姿を見られるわけにはいかねえ。
「村の連中か? とりあえず家の中に隠れていろ。絶対に出てくるんじゃねえぞ。話がややこしくなる」
「了解いたしました。作戦目標、当機、および、ジョー様の潜伏を、実行します。では参りましょう、ジョー様」
「ワン」
人形がジョーに手を差し出すと、ジョーはお手をした。人が焦っている時に何を遊んでんだこいつらは。
「ジョーはいい。お前だけ行け」
「了解いたしました」
人形はいちいち頭を下げると、家へと向かっていった。早くしろと言おうとして、その泥だらけの背中に気付く。
しまった。家の中に入れる前に泥を落とさせるべきだった。今から泥を落とせと言っても……間に合わねえな。誰かにあいつの姿を見られるよりは、玄関を泥で汚された方がマシか。
「おぉいダグラス〜、仕事だぜぇ〜」
やがて間延びした低い声と共に、顔の大半をヒゲで覆ったオヤジがやってきた。どこの村の誰かは知らねえが、人死にが出た時に何度か俺を呼びに来たことがある程度には覚えがある。
「仕事か。そいつは嬉しくねえ知らせだな。どこの村だ」
「ここからはちょっと遠い三番村だぁ。とにかくすぐ来てくれぇ〜。村がすっげえ騒ぎになってんだぁ〜」
「三番村か」
俺の家から三番村までは山頂を挟んでいるため、迂回して山道に沿って行こうとすると確かに遠い。俺とジョーだけが知っている獣道を使えばすぐだが、台車を引けねえから仕事には使えねえか。
「騒ぎになってるってのは?」
「それがよぉ〜、信じられねえほど残酷な殺され方をした子供の死体が、ライアン家の便所から見つかったんだぁ〜。ライアンは犯人じゃねえって言い張ってるけどよぉ〜……あー、うん、それはいいんだぁ。とにかく死体はクソまみれで腐ってて、とんでもなく臭いから、すぐ引き取りに来てくれぇ〜」
ヒゲ面は言いたいことだけ言うと、さっさと帰っていった。
それにしても、殺しだって? 十年に一回あるかどうかの大事件が? 俺が人形を拾ったこのタイミングで?
「……ほら見ろ、チクショウめ」
あの人形が無関係のはずがねえ。
犯人として突き出すか? だがあのクソみてえな村の連中のことだ。俺まで共犯だと疑われるに決まってる。あいつらに比べたら、興奮した狼の方がまだ話が通じそうだ。
……そう考えると、ライアンとかいう奴が普通に子供を殺したような気もしてきた。あいつを突き出すのは少し待とう。一応話だけは聞いてみるか。
俺は家に向かい、ボロボロのドアを引いた。
「おい、お前まさか子供を殺……ああ?」
玄関に人形の姿は無かった。その代わりに泥だらけの足跡が家の中を突っ切って寝床まで続いている。「嘘だろ」俺は頭を抱えた。まさかまさかと思いながら寝室へ向かうと、敷きっぱなしの布団が妙に盛り上がっていた。
「まさかな? お前は泥だらけなんだぞ? まさかそんなことはしねえよな? 俺の布団はこの一枚しかねえんだぞ?」
俺は半ば覚悟を決めて布団をめくった。
そこには当然のように泥まみれの人形が横たわっていて、俺の貴重な布団はクソを塗りたくったような有様になっていた。
…………よし、深呼吸だ。
「すぅー……はぁー……」
落ち着け俺。親父みたいに女を怒鳴るのは悪いことだ。こいつは女に似せて作られただけの人形だけど、それでも俺は紳士的な態度を取りたい。だから怒るな。まだ我慢できる。
「ダグラス様」
人形の眼がギロリと動いて俺を見る。
無表情のくせに、どことなく自慢気な顔に思えた。
「当機は与えられた任務を完遂いたしました。ご満足いただけましたでしょうか」
その一言で、俺の我慢はあっさりと一線を飛び越えた。
「何が満足だ! この大バカ野郎ぉぉおおお!」