第1話。触らぬ神に祟り無し
ある山奥の集落に、不潔で醜い男が居た。
男は墓守りダグラス。彼は村人たちに忌み嫌われ、差別と偏見を浴びながらも愛犬と暮らしていた。
そんなある日、彼は動く人形を拾った。
人形は不器用だったが、ダグラスがこれまで見たどんな女よりも美しく献身的だった。
この日を境に彼の人生は劇的に変わった。死臭と灰色の日々が彩られ始め、人形もまた人として扱われる喜びを覚えた。
だが運命は嗤う。
戦う為に作り出された命無き機械風情が、人として穏やかに生きようなどとは滑稽と。
村に生まれる腐乱死体。異端を狩る狂信者の軍隊。見えぬ敵。消えゆく記憶。狂いゆく住民。触らぬ神に祟り無しとは言われども、はたして触れてはならぬ者に触れしは人か魔か。
宿命が彼らを再び巡り合わせるならば。
偽りの命の価値を、ここに問う。
大粒の雨が屋根を叩く音が、室内に満ちていました。
「魔法使いと魔術師の違いを覚えているか? ザックリ言うと火を直接出すのが魔法使いで、火を出す奇跡の小枝を作るのが魔術師だ」
クレア様と私は今、冒険者組合の応接室で木製の椅子に腰掛けています。私たちの前に置かれているテーブルの上には、インク壺に浸かったペンと、内部に水滴の残ったコップが残っていました。
応接室の家具は横倒しになった観葉植物と、テーブルと四つの椅子しかなく、椅子のうち一つはなぜか壊れていました。全面板張りの壁には窓一つなく、雨音もやや遠く感じます。
「魔法使いは一代限りの特殊能力を持って生まれてくる変異種だが、魔術師はあくまでも普通の人間だ。普通の人間がよく分からない現象や物体を詳しく調べて研究し、分かった事を利用して何かを作る。薬も紙もペンもカメラも全部魔術師の発明だ」
また例の森の件や集団訴訟の借金の件での呼び出しかと身構えていたのですが、今回は内密に組合から依頼したい仕事があるとのことでした。
「魔術には魔法や奇跡は関与しない。あるのは起因と過程に伴う当たり前の結果だけだ。火を出す奇跡の小枝の正体が硫黄とリンと摩擦熱を利用したマッチであるように、魔術とは仕組みさえ知れば誰でも再現出来るただの技術だ。それが人々の生活の役に立つ物なら高く売れるし、危険な力を持つ物なら悪巧みをする奴も出てくる」
「借金の原因となった例の館の魔術師のようにですか?」
「あれはまだマシな方だな。本当に危険な奴らは魔術師を大勢集めて組織化する。そして研究結果を共有し、より発展させたり大量生産に成功したりする。ゼノフォビアみたいな化け物をポンポン生む剣をあっちこっちにバラ撒かれたりなんかしたら、人類なんてすぐ滅ぶだろう? 聖骸教会が今ほど武力を持つ前は、そういった滅亡を引き起こしかねない組織がいくつもあった」
「あったということは、今はそういった魔術師の組織は無いのでしょうか?」
「ああ。有名どころは十年くらい前に一通り潰したが、所属していた魔術師の生き残りはまだあちこちに散らばっているようだな。目立たないように逃げ隠れしながらコソコソと研究を続けていて、それがジェルジェのような惨劇を引き起こす原因になったりする。一代限りの魔法使いと違って、魔術師が一度発明した技術は拡散されやすく根絶しにくい。誰でも使えるというのは、世界を変える可能性を持つ優れた技術なんだ。……え? なにその檻の中みたいな顔? 怖っ」
「いま、一通り潰したって、言いましたよね。クレア様が、やったんですか」
「………………言ってないヨ?」
「絶対言いましたよね」
「潰れた、の聞き間違いじゃないかな……うん……」
「じゃあなんで顔を背けるんですか!? ちょっと、クレア様!? 一通り潰れたって文脈おかしいですよね!? 私の目を見て同じこと言ってみてくださいよ! ねえ! ねえってば!」
「しつこいぞ! 私を揺さぶるな! とにかく今の話は忘れろ! 忘れろ! 忘れろ光線! ビビビビビ〜!」
「うわー、やーらーれーたー! ……って、なるわけないでしょう!?」
「くっ! 忘却パワーが足りないか!」
「何なんですかその嫌な力は!?」
「隙あり! ビビビビビ〜!」
「キャー、やーらーれーたー」
「すみません。お待たせしました」
「はひっ!?」
応接室のドアが開き、組合職員のお姉さんが入ってきました。職員さんはメガネとスーツがよく似合う方で、胸はかなり大きめです。右手に書類の束を抱え、左手には水差しを持っていました。
「クレア・ディスモーメントだ。今日は私に内密の話があると聞いたが、仲間のミサキも同席させてもらうぞ」
「ふぇ!?」
クレア様の切り替え早すぎません!?
私まだバンザイしてるんですけど!?
職員さんに変な人だと思われてますよね絶対!?
「これ以上組合の備品を壊さないと約束してくれるなら構いません。なお、備品は当然弁償してもらいます」
職員さんはクレア様ではなく、私に言いました。どうやら観葉植物を倒して椅子を壊したのは私だと思われているようです。
「わ、私じゃないですよぅ……」
私は挙げていた両手をそろそろと降ろしました。多分私の顔は今、真っ赤になっていると思います……。
「それにしても随分遅いご到着だな。人を呼び出しておいて、水の一つも出さないのかこの支店は」
ああ……職員さんの胸を見て、やっぱりクレア様の機嫌が悪くなりました……。
「大変申し訳ありません。資料の確認に時間がかかってしまいました」
「まあいい。今回は仕事の斡旋ではなく、組合直々の依頼だったな。副報酬として、組合に作った借金の利子を停止してくれるとも聞いた。早速だが本題を聞かせてもらおう」
ちなみに回収できない可能性が高いため、普通の冒険者相手にお金を貸す人はまず居ないそうですので、例の借金はクレア様が組合から信用されている証拠だと思います。
「かしこまりました。では今からご説明させていただきます」
職員さんは小走りで部屋に駆け込むと、私たちの向かいに座りました。「ふん」クレア様が不機嫌そうにテーブルの上のペンやコップを隅にどけます。
その際に汚れてしまったのでしょうか。クレア様の左手の甲には、一本の黒い線が引かれていました。
職員さんも水差しを端に置きましたが、音からして中身は空のようでした。
「ありがとうございます」
職員さんはテーブルが空くと、書類の束を真ん中に置きました。その表紙には『社外秘』と大きく書かれています。
「ではまず先にお断りさせていただきます。今回は組合の内部情報に関わるため、規定により資料をお渡しすることができません。また、第三者の手に内部情報が渡る可能性があるメモなども許可されません。万が一にも情報の流出を行った場合、罰則の適用や違約金の請求、または命の危機に晒される可能性があります」
職員さんは早口で説明を始めました。この後も仕事が詰まっていて、忙しいのでしょうか。
「げっ、まさか汚れ仕事か」
「汚れ仕事って何ですか?」
「つまりは暗殺や密輸などの犯罪だ。失敗すれば最悪殺されるし、組合は自分達が関与した一切の証拠を残さないから助けも期待できない。大金は得られるが、リスクがあまりにも大きすぎる」
「それって問題にならないんですか?」
「問題にならないのが組合の怖いところだ。普通はそういった犯罪行為の依頼は弾かれるので、依頼主は国や貴族といった権力者層なんだろう。どこの国も組合に強く出れないのは、組合がこうした弱みを握っているからだろうな」
「お待ちください。たしかに我々にそういった仕事があるのは公然の秘密となっていますが今回は事情が違いまして、ある依頼の事実確認をお願いしたいのです」
「つまり裏取りか。よっぽどきな臭い依頼のようだな」
「そうなのです。依頼そのものは『我々の村に身元不明の死体を捨てた犯人を捕まえてほしい』といった内容なのですが、問題はその背後関係です」
「詳しく聞かせてもらいたい」
「場所はディーン国のホルローグ集落。ウィダーソンから国境を越えて街道を外れ、馬車で一日ほどかかる山奥にある一番から九番の村の総称です。山を取り囲むように村は円状に点在しており、隣り合う村同士は山道で繋がっているようです。最初の依頼主は三番村の村長とその息子で『村に腐乱死体が捨てられたので犯人を見つけてほしい』というものでした」
「ん? 最初?」
「ディーン国では聖骸騎士を頼れないためか、お二人は冒険者組合ディーン国支店に来店されたようです。さらには文字が書けないとのことでしたので、職員が代筆にて手続きを終えたと記録にはあります」
「ちょっと待ってくれ、最初の依頼主とはどういう意味だ」
「問題は、そこからです」
職員さんは一度言葉を切り、テーブルの上の小物と資料の束に一瞬視線を移してからまた口を開きました。
「その依頼が受理されてから二週間後。今度は村長の息子だけが来店されました。そして全く同じ内容の依頼を申請し、ディーン国支店は受託しました。すでに前回の依頼が冒険者の方に委託済みになっているにも関わらずです」
「えっ? そんなことがあるんですか?」
「ダブルブッキングか? 職員の間で情報が共有されず、別の冒険者に同時に依頼を出してしまう事は時々ある。だが同じ依頼者が同じ依頼を出すという事は考えにくいな」
「職員はこの時点では二重依頼に気付かず、手数料を頂いた上で受理してしまいました。そして同じ内容の依頼を別の冒険者の方に委託したのです。……しかしそれから二週間後、またしても村長の息子が来店され、同じ依頼を申請されました。職員が異変に気付いたのはその時らしいです」
「さすがにおかしいと思ったのでしょうか」
「はい。当時たまたま溜まっている案件を近くのデスクで整理していた別の職員がその場に居合わせたようです。すでに委託済みになっている依頼と同一の案件ではないかと疑い、その場で村長の息子へ確認を取りました。するとこう答えたそうです。『自分には父などおらず、組合へ依頼に来るのも初めてだ』と」
「は?」
「そして依頼は受託されました。こちらも冒険者の方に委託済みです」
「いやおかしいだろ! もっと調べろよ! 村に捨てられている死体の事も何一つ分からないままだろ!?」
「その通りなのですが、質問は後ほど受け付けますので、先に説明を進めさせていただきます」
「むぅ……」
「それからさらに二週間後、今度は年配の女性が来店されました。『三番村に大量の腐乱死体が捨てられたので何とかしてほしい』とのことです」
「え?」
「依頼は受託されました。こちらも冒険者に委託済みです」
「おい」
「なお、依頼者の女性に確認したところ『三番村には村長やその息子に該当する人物は居ない』とのことでした」
「えっ……えっ?」
「次はそれから一ヶ月後、八番村の村長が来ました。依頼内容はこれまでと同じく『腐乱死体が村に捨てられたので犯人を探してほしい』とのことです。依頼は受託されました」
「待て、三番村はどうなった」
「ホルローグ集落の資料上の異変に気がついた職員が八番村の村長にその場で確認したところ『三番村など存在しない』との回答だったようです」
「えええっ?」
「さらにホルローグ集落に関する資料をディーン国支店がくまなく捜索したところ、三番村の依頼の二ヶ月前にも同様の依頼が申請されていたことが発覚しました」
「最初に依頼が来た、その村の番号は?」
「十番村。書類にはそう記載されています」
「十番村ですか……? で、でも最初に、ホルローグ集落は九つの村しかないって……」
「申請書は冒険者に委託されることなく、担当職員のデスクにてその他の書類に紛れて埋もれていたそうです」
「もしかして捕まって記憶でも奪われたのか。ホルローグ集落で何かをやっている奴に」
「まずはその可能性を疑いますよね。しかし、この件はどうやらそう単純ではないようなのです」
「これまでに依頼を受けた冒険者はどうなった。戻って来たのか」
「彼らの名前と活動報告が資料に残されていないため、不明です」
「まあ無事に帰ってくるはずはないか」
「そして、この依頼をディーン国で担当したとされる組合職員もどこの誰なのか不明です」
「えっ?」
「さらに調べたところ、そもそもディーン国には冒険者組合の支店が存在しないことも明らかになりました」
「どういうことですか!?」
「存在しない支店が受けた存在しない依頼……?」
「え、あの、じゃあ今までの話は何ですか……? 全部誰かの作り話だった、とか……?」
「違う」
「でも……!」
私はクレア様に何かを言おうとして横を向き……これ以上は余計な口を挟むことを止めました。
クレア様の横顔。すぐうろたえる私とは全然違う、知性と覚悟が同居する冒険者の顔。挑むべき困難を前にした時に見せる、クレア様の顔がそこにありました。
「作り話ではない確証があるから私達が呼ばれた。組合はこれらの件が事実である証拠を持ち、真実に近づいた者を口封じに殺して痕跡を消す大規模な隠蔽工作が行われていると確信している。そういうことだな」
「そう……その通りです! これを見てください!」
職員さんは声を荒げながら、資料の束の下の方から一枚の紙を抜き出して机の上に置きました。そこには急いで書いたと思われる殴り書きのような文章と共に、何名もの……ところどころ文字が抜け落ちた名前が書かれていました。
「この事件を外部に伝えようと努力した、存在しない職員たちのサインです。彼らはこの事件に関わってしまったがために消されましたが、組合職員でなければ知らないはずの内部情報やいくつかの証拠品と共に、この資料を当支店へと届けることに成功しました。そして最後にはこう書かれています……!」
「『私達が消されても、何度忘れられても、いつか必ず誰かが真実へ辿り着いてくれることを信じています』か……」
クレア様の目がスウッと細まりました。
もう何も言わなくても分かります。
やるんですね、この仕事を。
「分かった。受けよう」
はい、私も同じ気持ちです。
「この件は、本部へは報告しているのか」
「いいえ。この件を知る者は、つい先ほど知らされた私を含めても当支店のごく少数の者だけです」
「賢明な判断だ。これは外部の人間だけの仕業じゃない。組合本部の資料を改竄できるような立場にいる奴が関わっている可能性が高い」
「そちらに関しても信用できる者たちで内密に調査を進める予定です。クレアさんには現地の調査をお願いできますか」
「任せろ。ただし条件がある。こちらが情報漏洩には厳重に注意を払うように、そちらも私に繋がる記録は全て消してくれ。口約束のみで、受注書のサインも無しだ。『私はこの依頼を引き受けていないし、何も聞いていない』ということにする。いいな」
「かしこまりました。組合を代表して、ご協力に深く感謝いたします。流石は特殊案件の専門家ですね」
「いや専門家なんて一度も名乗った覚えは無いんだが」
「それでは内容をさらに詰めさせていただきますね。こちらの書類はディーン国から資料と共に当支店へ持ち込まれた最後の依頼です。内容を要約すると、『殺人犯だと疑われている男性を助けてほしい』とのことです」
「それはさっきも聞いた。魔術師の嫌疑をかけられてディーン国の魔女狩り部隊に通報されたという、メチャクチャな名前の墓守りの話だろう。ええと、たしか名前はダグラスグラムキロメートルリットルマイル……?」
「ファーストネームは、ダグラスグラムマイルリットルキロメートルエムエヌエルチョチョニッシーナシニシニハッタンモエスボグリバンバーベーコンナスカイジャリスイギョノタッカラプトポッポルンガトナリノキャクハヨクカキクウキャクです。間違いなく偽名ですね」
「いや噛まないの凄いな!?」
「一人で練習しました。なおミドルネームとファミリーネームはさらに長いので、省力させていただきます」
「ああ、そうしてくれ……。それと、悪いが話を進める前に水をくれないか。どうも少し疲れてきたようだ」
「これは気が付かず申し訳ありません。では水をお持ちいたしますので、少々お待ちください」
職員さんは社外秘と表紙に大きく書かれた資料の束を右手で大切そうに胸に抱え、左手で空の水差しを持って出て行きました。
「よし、これで少し考える時間が作れた」
ドアが閉まるまでその様子を見ていたクレア様が眉をひそめ、怪訝な顔付きになりました。
「どうかしたのですか、クレア様?」
「妙だと思わなかったか。墓守りダグラス何とかの話をどうして私達は知っている」
「え? でも私もダグラスさんは知っていますよ。たしか通報されたダグラスさんの奥さんが依頼書を出して、ダグラスさんの友人さんが組合に届けたんですよね」
「私もそう聞いた。だが、あの職員はそんな話は一度もしていない。私達は誰からいつどこで聞いた?」
「…………え」
「ミサキ。私達がどうやってこの応接室に入ったのか覚えているか?」
「それは……」
…………思い出せません。
「あ、あれ?」
私はどうやってこの応接室に入ったのでしょうか。
「職員と同時入室しないなどあり得ない。私達はどうやって組合内部の応接室に入って職員を待っていた? テーブルに置かれていたこの空のコップは何だ? なぜ中に水滴が残っている? 壊れた椅子と横倒しになっている観葉植物も、誰がやった?」
クレア様の指摘が、ぐわんぐわんと頭の中を反響し始めました。それまで何も気にしていなかったことを変だと思い始めた途端、頭の中を掻き回されるような強い不快感が渦を巻き始めます。
「あの職員は自分が何故空の水差しを持ってきたか、知っているのか? 外は大雨なのに、どうして外から来たはずの私達は濡れていない? この雨はいつから降っていた?」
思い出せません。思い出せません。思い出せません。
「ホルローグ村の異変を組合に伝えた村人は次々と消された。それを調べようとした冒険者も消され、彼らを送り出した組合職員も支店ごと消された。口封じと考えれば納得はいく。だがそこまで徹底して証拠隠滅を図る奴が、住民が何度も組合に駆け込む事を何故許した? 村の外に出た奴を殺す方がずっと手間は少ない。これは何を意味する……?」
頭がドクンドクンと痛み始めました。
まるで頭の中にもう一つ心臓があって、それが今にも破裂しそうなほど大きくなっていくような錯覚を覚えます。
「もし私が黒幕だったなら……24時間大勢の人間を監視し続けるよりも……効率の良い方法を考える……。例えば……真実に近づいた奴に対して自動的に発動する魔術を仕込む、とか……クソ……やられた!」
クレア様は立ち上がりましたが、フラフラとよろめいて壁にもたれかかりました。
これは……これは……!
「資料はディーン国から届けられた……組合職員はこの件を覚えていた……ならこれまでこの魔術はこの支店では発動していないはずだ……。なのに何故このタイミングで発動した……? マッチ……そうか、マッチと同じだ……硫黄とリンと摩擦熱が合わさってようやく発火するように……複合する発動条件が……ああ、クソッ!」
クレア様は必死の形相で壁から身を引き剥がすように離れると、倒れ込むような勢いで机に突っ伏しました。机の上にあったコップやインク壺が床に落ちて次々に割れる音がしました。
「ダメだ……! 消える、忘れる……! 原因……仮説……対策……思い付いた、はず、なのに……もう、忘れた……! クソッ! 集落の名前……依頼の内容……消える……食われていく……!」
頭痛は今や、巨大な鉄のハサミが頭に食い込んでいるのではないかと思うほど強く強くなっています……。あまりの痛みにもう私は声一つ出せず、涙を流しながら自分の頭を押さえて、ぼやける視界の中でクレア様の声を聞いていました……。
でも、だんだん。
「全てを忘れる前に……何か……私に何かを伝えなくては……! 何でもいい……どこかに何かを残せば、私は必ず気付くはずだ……!」
だんだん、いしきが、とおく、なって………………。
大粒の雨が屋根を叩く音が、室内に満ちていました。
「魔法使いと魔術師の違いを覚えているか? ザックリ言うと火を直接出すのが魔法使いで、火を出す奇跡の小枝を作るのが魔術師だ」
「ところで、この部屋は何でこんなに散らかっているんだ?」
オマケの話、今回は全30話になります。
よろしくお願いします。