第7話。ゾンビを発生させた結果
ウィダーソンの町が惨劇に包まれた一週間後。
本隊に先行して東から町を目指す四名の偵察兵がいた。
「小隊長、国境砦の奴らは結構手強かったですね」
「うむ、そうだな。先に内部でゾンビを発生させていなければ、我々にも甚大な被害が出たかもしれん」
「どこの誰が考えたかは知りませんが、敵同士で殺し合いしてくれるなんて、便利な兵器もあったもんですね」
「だが危険な兵器だ。使い方を誤れば、我々の国もいつゾンビだらけになるか分からんぞ」
「小隊長、見えてきました。ウィダーソンです」
「あれが目標ですか。予定通り腐敗が進んで体が脆くなったノロノロゾンビだらけになっていれば、占拠は楽ですね」
「むっ、全員止まれ!」
町を目前にして、道の両脇には人影が三体ずつ並んでいた。だが彼らは立ち尽くしたまま微動だにせず、その場を一向に動こうとはしない。
「警戒しろ。人にしてもゾンビにしても、様子がおかしい」
偵察兵達が慎重に近づくと、風が悪臭を運んできた。彼らは顔をしかめる。彼らはこの臭いに覚えがあった。あの国境砦の攻防戦で、敵の陣地に溢れ返っていた腐敗臭。死体の放つ黄泉の香りだ。
「……なんだ、これ」
彼らに見せつけるように並んでいたものは、腐敗した死体だった。口から尻にかけて木杭で串刺しにされて、地面に垂直に立たされている。そして蠅と蛆虫の苗床となった死体の胸には、血で文字が書かれた板が掛けられていた。
『私はゾンビに噛まれた者を匿いました』『私はゾンビと戦うことを拒否しました』『私は自分だけ助かろうとしました』
「見せしめだ……」
「小隊長、これはつまり、ウィダーソンはゾンビの蔓延に失敗したということでは……」
「この程度でうろたえるな!!」
小隊長はうろたえる部下を叱責した。
内心では自分も動揺していたが、予想外の事態が発生したとなれば尚更に偵察は行わなくてはならない。
「多少楽が出来なくなっただけで、我々のやる事は変わらん。これよりウィダーソンに潜入して、生き延びた住民の数やゾンビを殺せる敵勢力の規模を調べて本体に報告する。武器は持っていくが、鎧は脱いで草陰に隠せ」
これがゾンビの死体を使った足止めであり、むざむざと引っかかった侵入者がすでに見張りに監視されていることなど、彼らは知りようも無かった。
そしてウィダーソンに潜入した偵察班が見たものは、想定の範囲を遥かに上回る異常な光景だった。
「ふおっほっほ! 婆さんや、これで今日はもうニ匹も殺したのぅ! 探せばまだまだこの辺にも隠れとるもんじゃなぁ! まーた孫に自慢話ができるわい!」
「あんまり嬉しそうにしちゃ嫌ですよおじいさん。また孫が私らの真似をして外に出たいってごねるじゃないですか」
「イクサがこんなに楽しいもんだとは知らんかったわい! 老いた血でも滾るもんじゃのう! いっそワシらもパトロール班から殲滅班に入れてもらえんかの? いやぁ、まるで若返ったように清々しい気分じゃあ!」
「アントニオも無事で何よりですねぇ、あなた」
「あの時はもうダメかと思ったけど、あの人の判断が早くて救われたなぁ! 縁もゆかりも無いこの町のためにあんなに必死になってくれたんだから、私らも頑張らんとな!」
生首を持ち運びながら談笑する老夫婦と中年夫妻の四人組がいた。彼らは自作と思われる槍と斧を持ち、意気揚々と戦意を語りながら、血と悪臭に満ちた街中を悠々と往来していた。
彼らは敵を発見して本隊に連絡し、少数ならその場で倒す巡警部隊だった。
道に大穴を掘る男たちがいた。彼らは穴の底に杭を打ち、掘り出した土を後方に固めてバリケードを作っていた。作業中の彼らを守るべく武装した男たちが彼らの周囲を見回っているため、偵察兵たちは遠巻きに彼らを観察した。
「よーし、この道を塞いだら休憩にしよう! 今日中にあと五箇所の作業が終われば、東は二つ目の安全地帯が作れるぞー!」
「オーッス!」
「安全地帯さえ作れれば、あの臭い死体の山で道を塞がなくてもすむ! 清掃班にも感謝されるぞー!」
「オーッス!」
「穴に落ちて身動きの取れなくなったゾンビは、あえて殺すなよー! そっちの方が都合が良いからなー!」
「オーッス!」
すでに作成された別の穴の底には、杭に胴体を貫かれたゾンビや足の折れたゾンビが放置され、生きた獲物を求めてまだ蠢いていた。
さらに穴の両脇の家の屋根には梯子がかけられており、矢避け用に板が立てかけられている。その背後には鋪道から剥がされたレンガや石が山と積まれており、投石用であることを主張していた。
仮に強行突破を試みようものなら、無視できぬ損害が出るだろう。
彼らは敵を迎撃する陣地を築く工作部隊だった。
「そんなんじゃ全然ダメだな、兄ちゃん! 奥さんの仇を討つんだろ! 腕の力だけじゃなくて、足と腰も使いな! こう! こうだ! 息が上がってるが、もう止めるかい!」
「いいえっ……! ゴンズ教官! 俺は絶対に殺します! 妻の仇のあいつらを! 一匹残らず殺してやります!」
「おう! その気持ちを忘れんじゃねえぞ! お前らもこの兄ちゃんに続きな!」
「はい! ゴンズ教官!」
「いいかぁ! 狙うなら喉だ! 喉さえ突けばゾンビだろうが騎士だろうが一発で死ぬ! 自分の身を守るために、敵を殺す方法を体に叩き込みなぁ! もいっちょ素振り百回行くぞオラァ!」
「ありがとうございます!」
血気溢れる民間人たちに武器の使い方を教える巨漢の男がいた。その野蛮な風貌に似合わず驚くほどに丁寧な新兵教育を行なう姿に、小隊長はこれまでで最大の脅威を覚えた。
見れば訓練場には、下顎を削ぎ落とされたゾンビが杭に縛り付けられている。さらにその足元には先端を布で覆うことで殺傷力を削った棒切れが転がっていた。生きたゾンビを的にして訓練に利用しているのだろう。何度でも。
ここは新兵養成場だった。
「はいもう一匹ゲットっと! ……つーか最近、ゾンビ弱くね? 最初の頃みたいに走り回る奴が少なくなってきてツマンナイんだけど」
「でも西はまだまだヤバいっスよ。陽動班が頑張ってくれてるから、何とか補給班が拠点に物資を届けられてるって感じっス」
「補給班もよくやるよねー。絶対一番キツイっしょ? ウチらはゾンビ殺すだけだから楽ちゃんでよかったし。ここらでそろそろ全部の班を集めてさ、西に大きいのブチかましたくね?」
「いやいや調子に乗って囲まれたら終わりっすよマジで」
「そうなったらそうなったで、その辺の家に立て篭もって殺しまくってれば陽動班が何とかしてくれるっしょ。それにさ、そろそろ聖骸騎士サマらが来る頃じゃね?」
「俺らが救助される側になったらシャレにならないですっ……て!」
ぞろぞろと隊列を組んでゾンビを狩る若い男女の班があった。彼らは背中に籠を背負い。仕留めたゾンビの首を切り落として回収している。戦闘に立つのは若い女性でありながら、徘徊する死人に怯むどころか談笑しながら仕留めていた。
彼らは実戦部隊だった。
「なぜ……頭を集めているんだ……」
彼らを観察していた小隊長は、恐ろしいことに気がついた。殺したゾンビに確実なトドメを刺すという意味合いで回収しているのならまだいい。しかし小隊長には無視できない一つの懸念が湧き上がった。
ゾンビに噛まれた者はゾンビになる。
では、切り落としたゾンビの頭に噛まれた者はどうなる。
彼らは集めたゾンビの頭を武器に使うつもりなのではないか。……ゾンビ以外の敵と戦うために。
「この日のために我々は入念な準備をしてきた……。聖骸騎士級の猛者が一人や二人いても、この町を落とす程度なら何も問題は無かった……。だが、いくらなんでもこんなものは完全に想定外だ!」
国境防衛軍をようやく突破した先に待ち受けていたものは、新たな軍隊だった。
偵察兵が徘徊し、陣地が築かれ、新兵の訓練が行われ、武装した若者たちが敵を狩る。彼らがゾンビだけでなく、人間の敵との戦闘を想定していることは一目瞭然だった。
「我々が敵国民を人肉喰らいの怪物に変えようと解き放ったゾンビを逆に利用して、その国民をゾンビどころか兵士に片っ端から変えてる奴がいる! チクショウ! いったいどこのどいつが、こんなことをやりやがったんだっ……!」