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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【普通の敵と戦う人の話】
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第4話。籠城作戦会議

「さて、あらためて自己紹介をしておこう。私はクレア・ディスモーメント。ただの冒険者だ」


「同じく冒険者のミサキです」


「ハスキだ。修行中の誇り高きじん「ハスキさん!」……普通の人間だ」


「そう! ハスキは普通の人間だ! よろしく頼むぞヨハン! 同じ人間として! 仲良くしてやってくれ!」


「え? ええ……はあ……?」


「オレ、ニンゲン」


「あの、なんで急に片言になったんですか」


「気にするな!」


「ニンゲン、トモダチ」


「ハスキさんがとても怖い顔で睨んでいるのですが……」


「コイツは大体いつもこうだから大丈夫だ! それに根っこは優しい子だから! あんまり人も噛まないし!」


「その言い方だと、むしろハスキさんが人を噛むように聞こえますよクレア様!?」


「ええと……あの、すみません。まだ話が見えないんですが、僕は何をすればいいんですか……?」


「これから私達が作戦会議をするから、思ったことや知っていることがあれば、なんでも話してくれ」


「僕なんかが、役に立てますか」


「役に立つかどうかは私が判断するから何でも言ってくれ。何なら私達の話を聞いているだけでもいい」


「……わかりました」


「よし、まずは目的を確認しよう。最優先事項は私達が生き延びることだ。その上で選べる手段は三つ。脱出、籠城、殲滅だな」


「もちろん殲滅だ! 敵が増えるより早く減らしてやればいい!」


「最終的にはそうなる。これだけの事件になれば、必ず聖骸騎士や領主の軍が派遣されるだろう。ゾンビは所詮ゾンビ。統率も取れない素手の人間の群れ程度なら、ラインバルト隊のような猛者がいなくても、普通の兵士達が普通に戦えば殲滅は容易だ」


「決まりだな! オレもガンガン戦うぞ!」


「早まるな。最終的にはと言っただろう。私達だけでは体力も武器も足りない。この町の人口は規模からして3000人以上は確実にいる。それに敵はゾンビだけとは限らんぞ」


「どういう意味だ?」


「これが事故や魔術師のやらかしではなく、意図的な軍事攻撃の可能性がある。この町は国境に近かったな。例えば隣国がこの国にゾンビを発生させて国力を削ぎ、混乱に乗じて戦争を仕掛けてくるつもりかもしれない」


「これから戦争になるってことですか」


「最悪の場合はそうなる。隣国の仕業でなくとも、この混乱に乗じて領土を刈り取ろうと攻め込んで来るかもしれない。その場合、人道的支援を掲げて住民を一人残らず殺し、全員ゾンビになってしまっていたと主張するだろうな」


「人間は卑怯だ!」


「その可能性を踏まえた上でどう動くか考えよう。私達だけでゾンビの殲滅は不可能だ。籠城していても隣国が攻めてくるかもしれない」


「では脱出ですか」


「脱出だ。東の国境を抜けても隣国が怪しい。西は国内へ逃げる住民を追ってゾンビも移動するだろう。南には教会があるから住民が集まりやすく、ゾンビが内側から発生しやすい。以上の理由から北を抜けよう。この町は国境に近いだけあって、住民の危機意識が高い。私達が何もしなくても住民の三割程は助かるだろう。その後にほぼ間違いなく起こる侵略戦争がどうなるかは知らんがな」


「そうですか」


「ミサキ。文句がありそうな顔だが、思い上がるなよ。私達は正義の味方じゃない。ただ通りすがって事件に巻き込まれただけで、この町に何かをしてやる義理なんて無いし、一人二人助けたとところで何の得も無い」


「ふーん」


「あれ……何、その、君たちの目」


「お前が言うと説得力が無いな」


「うっ!」


「建て前はわかりました。それはさておき、何もしなければ死ぬ七割の人たちを一人でも多く助けるんですよね」


「はいい!?」


「お前、わかりやすい性格してるからな。どうせついでに金目の物を漁る気だろ」


「おい! 私を何だと思ってるんだ! 人助けはともかく、そんな恥知らずな事をやるわけがあるか!」


「クレア様、このカメラ便利ですよね」


「よし、カメラで住民が生き延びた証拠を撮ろう! その写真をばら撒けば、ゾンビだったから殺したという侵略の言い訳を隣国は使えなくなる! その為に一人でも多くの住民を助けて! 報酬を! 合法的に! 貰う!」


「誰への言い訳なんだそれは」


「勢いで誤魔化すのはクレア様の悪い癖ですね」


「うるさいなあもう! とにかく方針は決まった! 次だ次!」




「さて、まずは大きい視点から物事を考えよう。そこから徐々に焦点を絞り込んで、個人としてどう動くか具体的な行動を決める」


「はい!」


「おう!」


「あ……はあ」


「ゾンビは兵士としては論外だが、敵国に一方的な消耗を強いる兵器としては、単純に伝染病をばら撒くよりも優れている点がある。何か分かるか、ミサキ」


「うーん……伝染病より優れた点、ですか……その上で敵国だけに被害を与えられるとなると……」


「ヒントだ。ゾンビはゼノフォビアに比べれば遥かに弱い。だが、その弱さゆえに優れている点がある」


「あっ、もしかして寿命ですか? 体が腐ってしまうから長くは生きられないとか」


「その通り。ゾンビに噛まれた者は傷口から病を移されて体が腐り、思考力も失ってゾンビになる。体が腐るので長持ちはしないし、ゾンビになった時点で必然的に重症を負っている。その状態で暴れるゾンビの生命力は大したものだが、せいぜい一週間かそこらしか持たない。それを理解した上でゾンビをばら撒いたとすれば、どのタイミングで攻めて来ると思う」


「……ゾンビの寿命が尽きた後に来れば、消耗せずに町を制圧出来ると思います」


「正解だ。だが遅すぎると聖骸教会や領主に先を越される。この町の東には国境と砦があったな。ゾンビと普通の人間の死体の見分けがつかない事を利用して侵略する気なら、じきにそこも落ちるだろう。一週間が経過してゾンビがあらかた活動停止する頃にはこの町にも乗り込んで来るはずだ」


「人間の縄張り争いは規模が大きいな」


「一週間……それが期限なんですね」


「私達にも仕事がある。やれるだけの事をやったら、この町を離れなくてはならない。犯人探しや後始末は国や教会に任せよう」




「それで、結局オレたちは何をするんだ?」


「とりあえずはゾンビの寿命が来るまで住民達の籠城を支援するというのはどうだ」


「すごくいいと思います!」


「まずはこの状況で生き延びようとしている住民に希望を与えなくてはいけない。必ず助けは来る。すぐ近くに生きている人が居る。それを伝える必要がある」


「オレに任せろ! 遠吠えは得意だぞ!」


「ゾンビに混ざって狼までいると思われちゃいませんか?」


「それに下手に騒ぐとゾンビが集まってきて身動きがとれなくなるぞ。……あ、だがそれを逆手に取ってゾンビを一箇所に引きつけるという手もあるな。うーむ、これは後で検討しよう」


「声が駄目なら、目で伝えるというのはどうでしょう。例えば、旗とか」


「良い案だ。衣類でも何でも屋根に立てて、生きている住民が居るという目印にしよう。夜は明かりを灯して、同じ状況で耐えている仲間がいると励まし合ってもらうか。ゾンビは目が悪いから集まってくることは無いだろう」


「とってもいい案だと思います!」


「それからゾンビを減らしつつ、出来る範囲内で食料を配ろう。逃げる住民をゾンビの大多数が追って移動していった後なら、外を出歩く事も可能になるだろう」


「でも、どこから食料を用意しましょうか。このお店の分では足りないと思いますし、隠れている人たちも自分たちの分でいっぱいいっぱいなのではないでしょうか」


「問題はそこだな……。ヨハン、心当たりはないか?」


「えっ、僕ですか」


「私達よりずっとこの町に詳しいだろ」


「ええと、食料なら一応、心当たりはあります」


「本当ですか!?」


「はい……僕がクレアさんに手を引かれる前に立っていた事務所の裏が倉庫です。それで、あの、僕の会社は運送業で、他のお店や国境砦に配送する商品を、一旦まとめて倉庫に保管するんです」


「武器になりそうな物はあるか?」


「一応あります。国境砦から新品入れ替えで回収されてきた廃棄予定の中古品ですが……」


「でかした!」


「で、でも、そこには怖い先輩がいて、こんな事態だからって食べ物を分けてくれるはずないですし、会社の商品に手を出すなんて、とても許されないと思います……」


「心配するな。私が交渉しよう」


「はあ。交渉って……どうやるんです?」


「命が惜しかったら一切合切差し出せと脅す」


「強盗じゃないですか!」


「人聞きの悪い事を言うな。ちょっと借りるだけだ」


「返さないですよねぇ!? 絶対断られますよ!」


「ゴチャゴチャ言う奴は暴力で黙らせる」


「やっぱり強盗じゃないですか!」


「よし、これで食料の目処が立った」


「あの、ちょっと、大丈夫なんですかそれで!?」


「まあ緊急事態ですし、人命を優先させたということで、大目に見てもらいましょう。えへへ」


「力は正義だ! 弱い者は死ぬ! 強い者だけが生き残る!」


「ああ……この子たちも染まってしまってる……」




「何をするにしても最大のリスクはゾンビだ。こいつらをどうにかして減らさないと、外も出歩けない。この槍だって20体も殺せば血と油で使い物にならなくなる。私達だけで戦うのは不可能だ」


「オレに任せろ! ゾンビになんかならないし、素手の人間が何匹いたって負けるもんか!」


「駄目だ。ゾンビにならなくても怪我はする。君一人を戦わせて万が一にも死なせてしまったら、私がレトリバに殺されてしまう」


「クソ! じいちゃんならあんな奴らが千匹いても負けないのに!」


「ハスキにはまず偵察を頼みたい。なるべく屋根の上を移動して、東西南北の様子を見てきてくれ。ゾンビが多い場所、まだゾンビがいない場所、避難民が集まりそうな教会の様子。これらの情報が欲しい」


「任せろ! オレの足ならそんなのすぐだ!」


「それと、酷な事を言うかもしれないが……襲われている者を見つけて、それを助けられそうでも……絶対に戦わないでくれ」


「オレに逃げろって言うのか」


「一人二人を助けても……その間に他の場所で十人がゾンビになる。局地的な被害は……見捨てて……大局での勝利を目指そう……」


「おい」


「クレア様」


「言うな。分かってる。……分かってて、言ってるんだ」


「……そうですか。なら私も今回はクレア様を支持します」


「戦わないならオレは何をすればいいんだ。あっちは酷い、こっちはマシと、ただ眺めて帰るだけじゃないだろ。他に何かオレにやってほしいことがあるんじゃないのか」


「……避難誘導をしてほしい」


「避難誘導?」


「君の鼻なら、まだゾンビに襲われていない場所が分かるはずだ。そこを優先的に回って、住民達に警告してほしい。『人が狂う病気がばら撒かれた。今すぐ近くの家に隠れて鍵をかけろ。怪我人は感染しているから絶対に近寄るな。ニ日後に助けが来る』……ひとまずこんなところか」


「ニ日後に助けが来るアテがあるのか?」


「嘘でも希望は必要だ。水と食料が無くても二日間ならまだ死にはしない。そして住民達が家の中に居てくれれば、新しくゾンビが増えることもない。ゾンビを減らすのではなく、増やさない事で犠牲者を減らそう」


「敵を減らすんじゃなくて敵を増やさない戦い方、か。安全な所を回ったら、次は危険な所でも同じように警告すればいいんだな?」


「ああ、ゾンビに囲まれた家の中にも、少なくない住民が隠れているはずだ。だがそこで大声を出すと、大量のゾンビを引き寄せる事になる。逃げ道を失うかもしれない危険な役目になる。リスクは大きく見返りは期待出来ないが……やってくれるか?」


「お前は賢いくせに時々すごくバカだな」


「すごくバカッ!?」


「いちいち聞かずに『任せた』と言えばいいだろ。オレたちは仲間なんだぞ。リスクとか損得とか小賢しい事ばっかり考えてないで、もっと仲間を頼れ。信頼しろ」


「あ、ああ……すまん。頼りにさせてもらう……」


「ふん、オレは人間が何匹死のうが別にいいが、お前はすぐ顔に出るし、お前が落ち込むとオレの気分が悪い。作戦会議が終わったら、すぐ行ってきてやる」


「ハスキさんって本当に仲間想いですね。ふふっ」


「なあ、私さ、こう見えても自分の感情を隠す努力はしてるんだけど……」




「ハスキ、アントニオから腐臭はするか?」


「しないぞ。ゾンビになる奴は鼻が曲がりそうなくらい臭いから、あいつはゾンビにはならないだろうな」


「それは何よりだ。ゼノフォビアで止血したのも功を奏したかもしれない」


「でもあの剣、アントニオさんの血を吸ってまた刀身が直りましたよ」


「これ以上使うのは危険だな……絶対とんでもない化け物か何かが封印されてるぞアレは。持ち主に返しに行くわけにもいかんし……まあ使わなけばいいか」


「なあクレア。何でゾンビになったら体が腐るんだ? ゼノフォビアと同じように眷属にするってことか?」


「ゾンビになるから腐るではなく、腐って死ぬからゾンビになるのではないかと思う。もしもこの腐るという過程が病気か呪いにとって重要なのであれば、腐りさえしなければ死んでもゾンビにはならないだろう」


「なんだか中途半端だな。どうせ汚い手を使うなら、風邪と同じように近くにいるだけでゾンビになるように改良すればいいのに」


「十年以上前にそれを開発しようとした国はあったらしいぞ。国民全員がゾンビになって全滅した後の調査で分かったらしい」


「クレア様って本当に物知りですね」


「聞いてもいないのに何でも話してくるマイペースな知り合いがいてな……。話し方が致命的に下手なくせに内容は面白いから、よく扱いに困らされた」


「クレア様のお友達ですか?」


「友達というより恩人というか……ちょっと荒んでた時期にあの人達とは喧嘩別れしてしまったから、しばらく会ってないな……」


「そんなの絶対良くないですよ! 仲直りしに行きましょう!」


「ん……まぁ……そうなんだが……居場所分からないし……本当に殺されかねないようなこと言っちゃったし……機会があればな、あれば……」


「約束ですよ! 絶対!」





「私も少し考えてみたのですが、私たちだけで戦うことが難しいのなら、戦う力を持った他の方を頼るのはどうでしょう」


「戦力として期待できるのは冒険者や聖骸騎士くらいだが、冒険者は無料では動かないし聖骸騎士が都合よく滞在してるとも思えない。ならば……」


「ならば?」


「……気が進まない」


「手はあるんですね」


「あるにはある……が、ううん……」


「何が問題なんですか?」


「問題は、この事態が終わった後にやってくるんだ……」


「そんなの生き延びた奴らが後で考えればいいことだろ」


「ハスキの言う通りだな……。よし、やってみよう。こんな卑劣な手が二度と使えないように、ゾンビが逆効果だったと思い知らせてやる。ヨハン、覚悟はいいか」


「えっ、あの、なんで急に僕なんですか」


「お前に一番重要な役目を任せる。この町を救えるかどうかはお前次第だ」


「ええっ、そんな大役がどうして僕なんかに……いえ、あの、まず何をするんですか。僕は何をやらされるんですか」


「やらされるんじゃない。お前が、やるんだ」


「僕が、やる……?」


「そうだ」




「レジスタンスを組織する。お前はそのリーダーになれ」



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