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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【英雄になれなかった誰かの話】
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第7話。戦場で美男美女を見かけたら死神と思え

 朝露が輝きを帯び始める頃、人狼達と2人の来訪者が広場にて向かい合っていた。来訪者は若い少年少女のペアだ。年の頃は私とミサキの中間くらいだろうか。


 少年の方には特徴らしき特徴もなく、やる気のなさそうな顔をしている。特に武器も持っておらず、こんな森の奥地にまで来たにしては普段着と変わりのない軽装だ。というかただのシャツだ。汚れが靴にしかないのが気になる。わざわざ着替えたのだろうか。


 一方で少女の方は、女の私から見ても凄まじい美少女だった。明るい赤色の長髪は濡れたような光沢を放ち、緑の森の中でよく目立っていた。切れ長で空のように澄んだ藍色の瞳からは気の強い印象を受ける。


 腰に下げた細身の刀が武器だろうか。露出の多いヒラヒラした服を着ており、陶器のような白さの肌を惜しげもなく晒しているが、森の中で虫刺され一つ無いのはどういう事だろう。


 幼さの残る顔立ちとは不釣り合いな豊満な胸が、歩く度によく揺れていた。ふざけんな。わざわざ胸元を開けて谷間を見せびらかしているのは何かのアピールなのか。ブッ殺すぞ。


「怖いよぉ……」


 私の隣にいたシバが、怯えた声を漏らした。目の前の二人から殺気や威圧感のようなものは感じないが、野生の直感が何かを捉えたのだろう。

 ん? シバはどうして私を見てるんだ? ん?


「クレア様、どうして味方を威嚇しているんですか……?」


「してないだろ。してないよな……?」


「してます……」


「……シバ。敵の数はどれくらいだ。匂いでわかるか」


「え? え? ええっと、あの二人以外にも、たくさんいるみたいだよ」


「何人くらいだ」


「10人よりたくさん。前にも後ろにも右にも左にもたくさんいるよ」


 やはり囲まれているか。単なる交渉で終わらすつもりはないな。それにあの二人からは、猛烈に悪い予感がする。

 もしかしたらこの組み合わせは、最近噂になっているアレかもしれない。


「ふーん、本当に人間に変身できるのね。大した擬態能力だけど、残念ながら殺気が隠せてないわよ」


 ……ん? 今のは私に言ったのか?

 今度はシバだけではなく、ミサキ含めた全員が私に顔を向けた。前列の奴らまで振り向くな、おい。前を見ろ。私が目を合わせてやると、慌てて全員前を向いた。


「私は人間だ」


「はいはい、そう言って何人も騙して食べてきたんでしょ? 悪いけど嘘つき狼に付き合っている暇はないの。それに、普通の人間がそんな憎悪のこもった目つきしているわけないじゃない」


「あ?」


「まぁ待て、スレイ」


 シャツ男が割り込んできた。ミサキが安堵したような声を漏らす。ほんの少しだけ苛立ちを覚えた。

 私は冷静なのに、おかしいな。


「すぐに始めてもいいが、目標まで巻き込んで殺してしまう可能性がある。それに目標がすでに逃げ出していた場合、この森の中を探し回るのは面倒だ」


「あっ…そ、そうね! 言われるまで考えもしなかったわ。復帰戦でちょっと舞い上がっていたみたい」


「やれやれだ」


「でもそれはアベルも同じ条件のはずなのに…。人狼を討伐するだけじゃなく、すでにそんな先の先の事まで想定していたなんて、普通ならとても出来ることじゃないわ」


「まいったな。俺としては普通に自分の考えを口にしただけなんだが」


「いいえ、アベルはもっと自分の能力を自覚するべきよ。あなたにとっての普通は他の人たちの普通じゃないんだから」


 なんだこいつら。バカップルか何かか。甘ったるい猫なで声なんか出しやがって。いやいかん。こんな見え見えの挑発に乗るものか。冷静になろう。


「さて、本題に戻ろう」


 勝手に脱線してイチャついてたのはお前らなんだが。


「朝から騒がせてしまってすまないな。俺の名前はアベル。最近転生してきたばかりで、まだこの異世界の常識に慣れてないんだ」


 げっ! 今嫌な単語が出た。


「こっちはスレイ。通称、剣聖スレイだ。スタト王国じゃ知らない人はいない天才剣士なんだが」


 知らん。知らんが、この流れはまずい。

 本当にアレなら、絶対に勝ち目はない。あいつらの強さは嫌というほど知っている。


「ちょっと! 別に私がそう名乗ったわけじゃないんだからねっ!」


「そうだったな、すまない。非礼を許してくれ」


「ま、まぁ。アベルならいいけど」


 髪の毛を指でクルクルいじるな。お前ら、いちいちイチャつかなければ気が済まないのか。


「コホン。初めまして、私はレトリバ。勇気ある前足の一族の長です。本日はどのようなご用件で?」


 バカップルが驚いたようにレトリバ氏を見上げた。

 そうだろう、そうだろう。この見た目からこの喋り方は想像できないだろう。ざまあみろ。


「あ、えーっと」


「昨日そちらの群れの人狼に冒険者が三人殺された。その犯人の引き渡しを要求する」


「そ、そうね! ハスキという名前の人狼を引き渡しなさい!」


「それはできません」


 レトリバが群れの前列から一歩前に出た。

 なお、当のハスキはドーベルと他の人狼達が固まって隠している。


「彼女は私たちの群れの一員ですし、今回の件に関しては彼女に何らかの落ち度があるとは考えられません。屈強な成人男性に三人がかりで襲われた彼女が必死で抵抗した結果、発生してしまった不幸な事故なのです」


「どうかな。先に手を出したのがそちらではないという証拠はない。よって真実を明らかにするために、彼女には証人として証言台に立ってもらう」


 胸に栄養を集めた女の方はアレだが、男の方は多少なりとも口が回るようだ。


「人としての裁きを受けさせるということであれば、引き渡しは拒否します。彼女はれっきとした人狼であり、彼女を裁けるのは我々の群れの掟のみです。それと」


「それと?」


「それと、あなた方に説明に行かせた二名の仲間が昨夜から戻って来ないのですが、何かご存知ではありませんか?」


 レトリバが二人を睨みつけた。口調こそ冷静で丁寧だが、荒事も辞さないつもりのようだ。

 さらに、プレッシャーをかけるように二人との距離を詰めていく。だめ押しのように四名の若い人狼達が追従し、長の前に飛び出して二人を囲んだ。


 ああ、これはもう止められないな。


 ミサキが前に出ようとしたので、肩を掴んで止めた。まさか割り込むつもりか、このバカ。ミサキが振り返る。何かを言いたげに眉をしかめた。

 私は無言で首を振った。ダメだ。危ないと判断したら止める約束だからな。


「用済みになったので殺した。そう言えばどうする? 群れの全員で報復をするか?」


「ほう、これは面白い冗談ですね」


「冗談かどうか試してみる? 不幸な事故なら、殺してもいいんでしょう?」


「む……」


「俺は一向に構わんぞ。元より人間を殺して食うような危険な人狼を放置する気もなかったし、その方が経験値も稼げる。もうすぐレベルも上がりそうだからな」


「ふふ……この状況で緊張するどころか、余裕を保つなんて、さすがはアベルね」


 3mを越える背丈の人狼達に囲まれて、全く怯んでいない。あの自信、あの余裕は本物だ。この群れを滅ぼすことを前提として話している。もう始める気か。くそっ、何であいつらがこんな辺境の地なんかに湧くんだ。あと経験値って何だ。レベルって何だ。やっぱり昨日のうちにこの群れを出て行くべきだった。


「クレア様……」


 ふと、ミサキの視線に気がつく。

 そうだ、私が落ち着かなくては。最善を尽くそう。ここからミサキを連れて逃げ切るんだ。アレと敵対して生き延びた奴はいない。

 私はミサキの肩を強く掴んだ。


「逃げるぞ。あいつらは冒険者じゃない。次元の違う存在だ。もう私達の出来る事はどこにもない」


「冒険者でなければ、何ですか」


しかし私が返事をするよりも早く「うわあああああああああああ!」 人狼達が一斉に悲鳴を上げた。


 私とミサキは反射的に前を見た。レトリバの前に立っていた若い人狼の頭が宙を舞っていた。

 私の口が他人のように動いて呟く。


「英雄、異世界転生者だ」


 頭を失った体から噴き出した鮮血が、この森の人狼達の終焉を彩ろうとしていた。

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