表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【そして一つ大人になった誰かの話】
74/181

第25話。魔法少女同盟大勝利! 希望の光よ永遠に!

「まったく、しつこいなぁ。もう正義の味方ごっこは飽きたんだよ……!」


 上空に浮かぶキャンバスの髪から極彩色の雲が生まれた! 無尽蔵の命を孕んだ竜の雲は異常な速度で成長し、セルブランカの空を侵蝕する! 


 うああああああああああああああ!


 そして身の毛もよだつ絶叫が鳴り響いた! 雲から多種多様な生物が誕生する! 生誕と同時に死の業を背負わされた悍ましき生命が嘆き叫びながら、退廃の都の空を覆い尽くして滝のように降り注ぐ! 

 その規模その質量はこれまでの比ではない! 人々に神の如き力を見せつけた竜は、信仰の力によって爆発的な速度で成長している!




 迫り来る百万の絶望を、二人の魔法少女が見上げていた。


「行くよ! ファイラさん!」


「ああ、ブチかまそうぜ! イノセント!」


 ファイラが拳を天に突き上げた!

 イノセントが魔法クレヨンを掲げた!

 万能の炎が燃える! 奇跡を生む虹の扉が開く!

 二人の魔法少女の力が今! 一つになる!


「燃えろ!」「油の海よ炎を増やして!」「広がれ!」「出てきて炎を力に変える鳥たち!」「鳥を殺さず包み込め!」「炎を食べて成長して!」「鋭くなれ硬くなれ熱くなれデカくなれ!」「飛んで!」「飛べ!」「肉の嵐を焼き尽くして!」「焼いて焼いて焼きまくれえええええ!」


 周囲一帯に広がる炎の海から巨大鳳凰が次々と飛び立つ! ファイラの炎で武装し! 幻想的な鳴き声を上げ! その翼を大きく広げて! 何百何千羽と空を駆け昇る!


「行っけえええええええ!」


 命の雨と不死鳥の炎が空中で激突! 肉という肉が焼かれ裂かれ貫かれ啄まれ燃えて燃えて燃えまくった! 断末魔の絶叫が空に響き、黒煙が満ち満ちた!


 しかし。


「工夫はしたみたいだけど、全然数が足りてないよね。それに火力も不十分だ。肉も骨も一瞬で焼き尽くすくらいじゃないと、押し潰されるだけだよ」


 キャンバスの言葉の通りであった。

 押し寄せる肉塊を焼き殺したところで、その死骸の落下が止まるわけではない。前線を抜けて落下する屍肉は後続の鳳凰の飛翔を遅らせ、穢らわしき死骸の滝は刻一刻と地上に到達しつつあった。


「残念だなあ。圧倒的な物量に何も出来ないなんて、君らしくない最後だったね、イノセント」


 キュイイイイイイイ……!


 十字の光がキャンバスの指先に輝く。物量で敵の足を止め、超火力の一撃を持って殺戮せしめる必殺の戦術である。

 前線の生きている肉と視界を同期しても炎のせいで敵の正確な位置は分からないが、最後に確認した位置に撃ち込めばいいだろう。


 そこまで思考を巡らせて、キャンバスはふと首をかしげた。


 イノセントはあの歳にして戦闘では自分を驚かせるほどに多彩な工夫を見せ、千差万別の能力を持つ難敵を次々と打ち破ってきた。


 そのイノセントが、使われると分かっている戦法の対策を練らないものか?


「……まさか」


 キャンバスは竜の火の発射を中止した。己の直感に身を任せ、空中を蹴って後方に跳ぶ。


 今、足を止めているのはこちらも同じなのだ。


「プリンセス! シャイン! バスターッ!」


 ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!


「は……?」


 純白なる光の壁が、逃げ遅れたキャンバスの右足を飲み込んだ。足首から先が完全に消滅する。

 掠めただけで分かる。その光の規模も破壊力も、信じられないことにオリジナルである自分を凌駕していた。身を引く判断があと一秒でも遅れていれば、自分は一欠片も残さずこの世から消滅していただろう。


 自分自身にも等しい者(ドラグーン)への耐性など作れない。

 久しく忘れていた死の恐怖が、キャンバスの背筋を這い上がった。


「うわ……あ」


 地上から放たれた竜の火は、肉塊と共に命の渦の七割を破壊し、天の彼方へと飛び去って行った。それを茫然と見上げていたキャンバスは、恐る恐る天から地上へと視線を移す。


 そこには二人の魔法少女がいた。

 魔法クレヨンをキャンバスに向けるイノセントは、今まで見たこともない蒼き炎に覆われている。


「ごめんなさい! 外しちゃったみたい!」


「問題ねえよ! もっとガンガン行こうぜ! まさか一発くらいで疲れてねえだろうな!」


「うん! 全然平気よ! まだまだ撃てるわ!」


 ギュイイイイイイイイイイイイイ……!


 蒼き炎が燃える! 魔法クレヨンに十字の輝きが宿る!

 速い! 竜の火のチャージ速度が圧倒的に速い!

 もはや悠長に雑兵を生み落としている余裕などない!


「正直言って驚いたよ。まさか僕と同じ手を使って、僕より速いなんて、それを撃ち慣れてるだけはあるね。でも、これでどうかな?」


 キャンバスが縦に割れたかと思うと、左右それぞれの半身が身体を再生し二体に増えた! さらに二体が再び分裂し、四体へと増える! 四体が八体へ! 八体が更に倍へ! その倍へ! 倍へ! 倍に増えて、四方八方に分散する!


「さあ、どれが本物かわかるかな?」


 金髪巨乳美女の群れは一秒の誤差もなく、全員が一斉に同じ言葉を放った。クイクイと人差し指を引いて、敵を挑発する。一体以外は急造した量産品のために竜の火を使うことが出来ないが、敵の狙いを惑わすには十分である。


「私が外した瞬間に撃ち返すつもりなのね! でもそうやって空振りを誘っても無駄よ! 偽物に混ざって隠れるってことは、自分が本物だってバレる強い攻撃を先に出すことは出来ないんだから!」


 しかしイノセントは的確にキャンバスの痛い所を見抜いた。態度に出さないようには努めたが、キャンバスは内心で強い動揺を覚える。


(こちらが対策を打った次の瞬間には、もうこちらの手が対策されようとしている……!)


 イノセントは竜の火を中断し、魔法クレヨンを掲げた。

 今度は大量生産が目的ではない。魔法クレヨンで直接描く、ドラグーン直属の精鋭である。


「出てきて! 最強の生き物! すごくタフで力持ちで大きくて空を飛んで、あのたくさんの偽物たちを簡単にやっつけられる強い強い強い生き物!」


 あまりにも都合のいい注文に、キャンバスは戸惑った。


(馬鹿げている。何が最強の生き物だ。そんなデタラメな要望に応えられる生き物など存在するはずがない。存在するはずがないのに……君は何を描いている!)


 そしてイノセントは、新たな奇跡を描き上げた。


「グゥゥオオオオオオオオオオオン!」


 大地を震わせる産声を轟かせるその生き物は落書きでありながら、それと分かる多種多様な生物の特徴を持っていた。鹿の角。トカゲの頭。ワニの牙。ナマズの髭。蛇の体。魚の鱗。虎の腕。鷹の爪。馬のたてがみ。


 そして巨きかった。

 それは地上のどんな生物よりもデカかった。


「ドラゴン……いや、龍……か。僕に対する何かの当てつけかなぁこれは……!」


 キャンバスの声色には隠しきれない苛立ちが滲む。


「グゥゥオオオオオオオオオオオン!」


 その額にイノセントを乗せて天へと昇る落書き龍! 巨体がうねる! 雷鳴が轟く! 暴風が吹き荒れる! 嵐を呼ぶ! セルブランカの住民が空を仰ぎ、逃げることも忘れて、神話の戦いを見守る!


「何はともあれお手並み拝見といこうか、イノセント」


 粗悪品の龍を迎え撃つは真なる竜! その美しき分身のうち十体が昇り来る龍へと突撃していく!


「グゥゥオオオオオオオオオオオン!」


 落書き龍は灼熱の息を吐いた! その火力、その攻撃範囲は先ほどの鳳凰の比ではない! 龍が炎を吐きながら頭を右から左に振ると、キャンバスの先陣は極炎に薙ぎ払われて灰塵一つまみも残さずに蒸発した! キャンバスの笑みが引きつる!


(こんなものに当たるわけにはいかない。近づかれる前に殺さなくてはならないね。本体がバレてしまうけど、姿を隠す作戦は中止だ。結果的に先手が取れるならば良しとしよう)


 業火を突き抜けて龍が姿を見せた時、キャンバスの指先が十字の輝きを帯びた。


 一方でイノセントは、龍の上で腕を組んで仁王立ちをしていた。


「……はは」


 キャンバスは勝利を確信しほくそ笑む。


(やっぱり子供だね。そうやって腕組みなんかして格好をつけるから、余計な隙が生まれるんだ。今度こそさよならだよ、イノセント。…………ん? 腕組み?)




(………………魔法クレヨンはどうした)




「プリンセス! シャイン! バスターッ!」


「クッ!」


 キャンバスが背後からの一撃を紙一重で回避出来たのは、その反射神経よりも幸運による部分が大きかった。イノセントは竜の火がセルブランカを巻き込まないように角度をつけなくてはならなかったため、キャンバスに回避の隙を与えてしまったのである。


 自分の分身を消滅させ、目鼻の先を掠めていく光の波動に戦慄を覚えるキャンバス。

 何が起こったかを考えるよりも先に、龍に乗っている方のイノセントが口を開いた。


「へへへ、今のは惜しかったな、イノセント! さすがお前の作戦だぜ!」


 ファイラの声だった。

 そうと知って見れば、龍に乗るイノセントの体には僅かな違和感が見られる。体の節々が、まるで炎が揺らめくように微小に揺らいでいた。


「ありがとうファイラさん! 見てて、次こそは当ててみせるから!」


 空には誰も居ないように見えたが、竜の火が放たれたと思わしき空間にもわずかな揺らぎがあった。


 これはファイラが自らの姿を隠した方法の応用である。

 龍の炎がキャンバスの視界を隠している隙に、ファイラは周囲の景色を再現する炎でイノセントを隠した。さらにファイラ自身はイノセントの容姿を再現した炎で変装することで、敵の注意を惹きつけた渾身のチームプレイである。


「分身が敵の注意を惹きつけている隙に、姿を隠していた本命からの奇襲だって……?」


 初めて味わう屈辱感に唇を噛むキャンバス。

 気付かないはずがない。イノセントは自分をことごとく上回る精度で同じ戦術を使っていた。


 まるで、影では本物に勝てないと言うように。


「見くびるなよ……僕は特別で、僕が本物なんだ……! 君こそ僕の影に過ぎないくせに……!」


 怒りに身を震わせ、残る全ての分身体をイノセントにけしかけるキャンバス。同時に竜の火で、目障りなファイラと落書き龍の抹殺を狙う。


(僕が自分の現し身であるイノセントの攻撃に耐性を作れないように、イノセントもまた僕の攻撃を防ぐことは出来ないはずだ。下手な小細工は止めて、攻めて攻めて攻めまくってやる!)




「あーあ、とうとうテキトーになりやがった。少しは頭を使う竜だったが、こうなりゃお終いだな」


 その様子をジークは地上から見上げていた。

 懐から葉巻を取り出して咥え、指をパチンと鳴らした際の摩擦熱で火を点ける。


「ま、どんな策を練ってもそっくりそのまま返されるんじゃあ、考えるのが嫌になっても無理ねえか。今日までドラグーンに戦闘を丸投げしてた経験の差が出たな」


 彼は仕事中は決して葉巻を吸わない。

 それに手を出す時は、己の仕事が終わった時である。


「つい途中で出張っちまったが、もう時代遅れのジジイの出番は必要ねえな。後は若い二人に任せて何とやらってか」


 油断でも慢心でもない。限りなく未来予知に近い演算能力は、ジークに魔法少女たちの勝利を視せていた。

 もう不安は無い。最後に残るであろう落とし所の問題は、ファイラが解決するだろう。


「ふぅー……若さってのぁ……いいねぇ……」


 そして、若者の成長を至上の喜びとする老狩人は、心地よい達成感の乗った紫煙を満足そうにくゆらせるのであった。





 ズギャオオオオオオオオオオオ!


 キャンバスが放った竜の火が、落書き龍の頭を消し飛ばした。ファイラは間一髪で逃れたが、頭部を失い力尽きた落書き龍は地上へと落ちていく。


「……はは。ちょっと体に穴が空いたり頭を失った程度で死ぬ弱い生き物が僕に「燃えろ! 頭を新しく作り直せ!」


 ファイラの炎が龍の断面で激しく燃え上がった! 炎は失われた頭部を完璧に再現し、今一度空を駆ける力を与える! 茫然とするキャンバス! しかし呆けている暇などない! 炎龍が口を開いた!


「グゥゥオオオオオオオオオオオン!」


「くっ……これは治療じゃないね……! 全く新しい部品を作って繋げてる……!」


 高度を上げ、かろうじて龍の炎から逃れるキャンバス。

 龍のブレスはドラグーンの産物をコピーした炎である。炎耐性で無効化できる保証などどこにもない以上、避けなくてはならない。


「へへへ! 何でも試してみるもんだな! おーい、そっちはどうだイノセント!」


「任せて! すぐに片付けて見せるわ! プリンセス! シャイン! ストーム!」


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 キャンバスが一息つく暇もなく、蒼き光弾が雨あられと浴びせられた! 「くそっ!」分身たちは光弾を避けるではなく、本体の盾となるべく一箇所に集合する! そして被弾! 被弾! 被弾! キャンバスは分裂を続けて肉盾で防ぐも、次から次へと爆死していく自分の分身の影で、悔しくさのあまりに歯がみした!


「くっ……ぐううううう……!」


(身動きが取れない。何もやらせてもらえない。動けば動くほどに凶悪なカウンターが来る。咄嗟に肉盾を作ったはいいが、これで足を止めてしまったから、次はきっと強烈な一撃が来る。動かなくては。動かなくては。そら龍が口を開いた。多少のリスクは覚悟しなければ……死ぬ!)


「いい加減にしてもらえないかなぁ! 一から十まで盗作ばかりの能力の人たち!」


 キャンバスが爆発的な初速で急降下した! 

 龍の炎をギリギリで避け、ファイラへと肉薄する! 


「おう! かかってきやがれ!」


 ファイラがイノセントの擬態を解いた!「燃えろ! 思い出せ!」新たな炎でその身を燃やし、キャンバスを迎え撃つ!


「そうさせてもらうよ!」


(あいつだ! あいつさえ殺せばイノセントは全ての能力を失う! あいつにまとわりつけば、イノセントは巻き添えを恐れて竜の火を撃てない! それになにより、あいつは僕を傷付ける手段を持っていない! 何にでもなれる僕の特別な体なら、一方的に殺せる!)


 冷静を失いつつはあったが、キャンバスの判断は概ね間違いではないと言えたであろう。射撃戦で勝てないのならば、活路は接近戦にしか無い。


「……ここだ!」


 そして龍の火が生む逆光の中、ファイラとキャンバスの影が重なった。


「殺った! 殺ったぞ! あははははは! 僕の勝ちだ!」


 キャンバスの右手はファイラの胸を貫いていた。

 骨を断ち、肉を抉り、心臓を握り潰す感触。


「……え?」


 それが幻のように消えた。

 たしかに掴んだはずの感触が、ファイラの残像と共に溶けるように失われていく。


「これは……この動きは、まさか……まさか!」


 キャンバスは慌てて周囲を見渡した。

 ファイラはすぐに見つかった。逃げるでもなく、龍の背の上にて指先をクイクイと動かしてキャンバスを挑発する。


「う……嘘だ……嘘だ! そんなこと、出来るものか!」


 がむしゃらに突っ込むキャンバス。

 もう美意識など気にしている場合ではない。手足の先を刃に変化させ、足りない手数を補うために腕を増やし、死角から伸ばした髪で絡み付き、隙さえあれば全身至る所から針を飛ばしトゲを伸ばして、必死でファイラを殺そうとした。


 その全てが、かすりもしない。


 棒立ちしているようにしか見えないファイラの周囲を、無数の残像が動く。それらはキャンバスの全方位攻撃を素手で弾き、逸らし、避け、徹底的に拒絶する。棒立ちしている本体を貫いたと思えば残像が本体と入れ替わり、残像ごと本体を球状の闇で捕らえたかと思えば、違う場所にファイラが出現する。ファイラが纏う炎は、ジークの動きを完璧に『再上演(リバイバル)』していた。


「馬鹿な……こんな……こんな馬鹿な!」


「満足したか? じゃあ次はアタシの番だぜ! 燃えろ! 思い出せ!」


 ファイラの手に炎が生まれ、また新たな奇跡を再現する。

 剣と呼ぶには悍ましすぎる形状。斬れば魂まで侵蝕する赤錆。ジークが隠し持っていた33年前のドラグーンの遺産。この場における最強の武器である。


「何かと思えばそんなもの、とっくの昔に耐性を……」


 ズキュン!

 キャンバスの頭上をイノセントが飛び越えた。


「頑張って! ファイラさん!」


 イノセントはすれ違いざま、ファイラの持つ剣状の炎に神々しく輝く銀の色を塗った。「ありがとな!」ファイラは親指を立てて応える。


 これが何を意味するかを知らぬキャンバスではない。


「う、うわ……ああ……!」


 キャンバスは迷わず逃げた。

 本体を隠すために猛毒の黒霧を放ち、闇に紛れて逃げた。それでも空中への退避が間に合わず、左膝が切られた。赤錆が凄まじい速度で駆け上がり本体を侵蝕しようとするので、汚染された足と本体の一部を切り捨てた。そして雲を目指して最大速度で逃げる。逃げる。全ての能力を速度に回して、ただひたすらに逃げる。


「逃すかよ! 燃えろ! 思い出せ! 増えろ! 飛べ! 追いかけろ!」


 ファイラが拳を突き出すと、彼女の周囲に炎の魔剣が次々と生産された。「仕上げは任せて! ファイラさん!」イノセントが縦横無尽に魔剣の合間を飛び交い、色を塗っていく。赤、青、緑、黄色に桃色に黒に白に紫。もはや色は何でもいい。ドラグーンの力を付与したという事実があれば十分なのだ。ファイラの傷を癒したように、それだけで竜の耐性は相殺される。


「オラオラオラオラオラオラアアアアアアアア!」


 ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!ダァン!


 魔剣の弾幕がキャンバスを追う!


 ほんの少しかすめるだけで死に至る致命傷の刃から、キャンバスは必死の思いで逃げた。魔剣が傷付けたその髪を抜き、肌を剥がし、指を落として、逃げる、逃げる、逃げる!


「うわああああああああああ!」


 生まれて初めてキャンバスは恐怖を覚えた。


 死。死。死。その一文字が思考を埋め尽くす。

 もう屈辱とか遊びとかプライドがどうのこうの言っている場合ではない。イノセントも魔法使いもどうでもいい。逃げなくては。何が何でも逃げなくては。


 そして不意に天地が逆転した。


「なっ!?」


 頭から地面にめり込んだキャンバスは驚きに硬直した。

 しかも自分を包むこの感触は土ではない。骨だ。夥しい数の白骨が積み重なって大地を形成している。キャンバスは慌てて姿勢を変え、地上に向かって骨の海を掻いた。


「こ、ここは……」


 白骨から抜け出したキャンバスを待ち受けていたものは、見渡す限りに続く赤い世界だった。星も雲も無く、セルブランカは影も形も見えない。地の果てでは得体の知れない影が蠢き、甲高い警報音が狂ったように鳴り響いていた。


 [13番駅]


 錆びた鉄の看板に書かれた無慈悲な駅名が、絶望感を煽る。


「よう、迎えに来たぜ」


 キャンバスが振り向いた先に、テツドウが停まっていた。燃える炎の車輪がついた、三つ目の巨大な頭蓋骨。その上にファイラとイノセントが並び立っている。


「ここが終点よ」


「もう逃げない方がいいぜ。二度と元の世界に帰れなくなるからな」


 這いつくばるキャンバスを見下ろす二人の魔法少女に、キャンバスはかつてない怒りを覚えた。

 人間を超越した能力を持つ自分が、たった二人の少女に一方的に追い詰められることなど、あってはならない!


「こんな……こんなこと、認めない……! 勝つのは僕だ……。たかだか人間二人に……負けてられるかああああああああ!」


 キャンバスが魔法少女に向けた指先のみならず、九つに束ねた髪の先端が十字の輝きを帯びる! 追い詰められたキャンバスの発射速度が、イノセントを上回った!


 ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 乱射! 乱射! 乱射!

 指際と髪の先端から光球が次々と放たれた! 馬鹿げた数の破壊の光弾が、弧を描いて上下左右から二人の魔法少女へと迫る!


「二人じゃないのよ、キャンバス」


 その全てが、()()()()()()()()()()()空中で突如静止した。


「は?」


 哀れむようなイノセントの台詞に反応する余裕はない。あまりにも想定外の事態が起こり過ぎて、キャンバスの思考は停止してしまった。


 時間を停止する能力を利用して二人の魔法少女が様々な準備をしていたことになど、到底思い至れるはずもない。


 テツドウの車掌室。イノセントが着色した白いスーツ姿の幻炎が、愛用の帽子を被り直しながら微笑む。そしてその隣には、グッと拳を握った青年の幻炎もあった。


「ああ、そうだな。二人じゃない」


 バサァッ。

 マントが翻る。


「あ……」


 イノセントがその身に宿していた蒼き炎が抜け出し、人の形へと戻っていく。


 キャンバスはそれを睨んだ。


「君には、見覚えがあるね」


 幽霊ではない。

 これは一番最初にファイラが炎で姿形を作り、イノセントが魔法クレヨンで着色しただけの存在である。決して本人ではないし、本来ならば自由意志などあるはずもない。


「そうか、君は」


 しかしその炎は、明確な意思を持ってイノセントに重なり、その力を貸し与えた。イノセントの竜の火がオリジナルを凌駕していたことも、障害物に隠れていたキャンバスを正確に狙撃出来たことも、全て彼女の力あってのものである。


「三人目の、魔法少女か……!」


 ルミナ・ホウガン。


 かつてイノセントが殺めてしまった光の魔法使いである。

 万物を見透すその蒼い瞳が、全ての元凶であるキャンバスを見据えていた。


「力を貸してくれてありがとう……ルミナさん」


 繰り返すが、これは決して本人ではない。ファイラの炎が再現した偽物である。しかしその能力だけでなく、記憶や人格も再現されているかどうかは……実のところファイラにも分からなかった。


「ん、あれ……? なんだい、これ……」


 キャンバスの足が崩れ始めた。


 ルミナの二つ名は『破壊光線(アポトーシス)』。

 一度その光を浴びた者は、特殊な放射能によって全身の細胞が連鎖的に破壊され死に至る。


「毒、いや、呪い? あれれ……復元……出来ない……ね」


 壊れゆく自分の体を茫然と眺めるキャンバス。

 不滅であったはずのその身体が崩壊していく。痛覚を消していたことが災いしたか、気付くのが遅すぎた。もはや取り返しはつかない。汚染はすでに本体全域に及んでいる。


 勝負は、最初の一撃で決していたのである。


 死。死。死。死死死死死死死死死死死死死死。

 キャンバスは恐怖と絶望でわなわなと震えた。


 物量は意味を為さない。遠距離戦では遅れを取る。接近戦ではかすり傷一つ与えられない。自慢の耐性は役に立たない。逃げることも許されない。どんな戦法を使っても上を行かれる。死んだはずの仲間の能力を使ってくる。


 それでも最後の最後まで諦めない。

 生きる可能性はまだ残されている!


「まだだ……まだ僕は諦めないぞ! お前たちを殺せばこの忌々しい魔法は解ける! そうさ! 僕はお前たちを殺して! この魔法を解いて! もっともっと遊んで遊んで楽しく自由に生きるんだぁああああああ!」


 生命の危機に追い込まれた竜は、持てる全ての権能を竜の火に注ぎ込んだ! 耐性能力も出産能力も増殖能力も環境改変能力も寿命さえも何もかもを破壊のエネルギーに変換し、竜は命の炎を燃え滾らせる!


 ギュオオオオオオオオオオオオオオ……!


 闇が広がる! 

 今度は簡単に避けられる直線的な放出ではない! 全方位に広がるそれは、まさに万物を飲み込む黒き太陽! 地の果てまで全てを灰塵に帰する超、超、超広範囲攻撃である!


「死ね! イノセント! 死ね! 魔法少女! 僕を裏切ったくせに何が夢と正義だ! そんなもの消えて壊れて死ね死ね死ね死ね死ね死ねええええええええええええええ!!」






「この(魔法)も正義も、あなたが私に与えてくれたものなのよ。キャンバス」






 迫り来る呪詛と破滅の闇に向けて、イノセントは静かに魔法クレヨンを差し出した。二人の魔法少女が両側からその小さな肩を抱いて、お互いの体を寄せ合う。

 そして魔法クレヨンを握るイノセントの右手と左手に、ファイラとルミナの手がそれぞれ重なった。


「バーニングッ!」


 ファイラが叫ぶ! 魔法クレヨンが赤く激しく燃え上がる!


「シャイン」


 ルミナが呟く! 魔法クレヨンが蒼く美しく輝く!


「バスターッ!」


 イノセントが願う! 魔法クレヨンが純白の力に滾る!




 極光。




 ズドオオオオオオオオオオオオオオオ!


 星さえ撃ち落とさんばかりの光の波動が魔法少女たちから放たれた! 凄まじき反動が三人の魔法少女を襲い、かつてないエネルギーの奔流が世界に吹き荒れた! かくして光は一直線に竜の闇へと挑む!


 ぶつかり合う闇の星と光の槍!


「…………ククッ」


 しかし……ああ、しかし! 三人の力を合わせた竜の火なれど、真なる竜の力はあまりにも強大! 絶大なる無限の闇に比べれば、光はあまりに細く小さく頼りない!

 暗黒の壁がジリジリと魔法少女たちに迫る! その距離、残り5m……3m……2m……1m!

 その抵抗も儚く、魔法少女の光は今まさに闇に葬り去られようとしていた! 


 竜が勝利の予感に嗤う!


「イノセントの火と、炎で真似した僕の火と、光の魔法? たかが三つの力を合わせた程度で僕の全力に勝てると思うなよ! …………ん? んんんんんんんん!?」


 キャンバスは我が目を疑った! 何たることか!? 可憐な魔法少女たちに決して混ざってはいけない異物が見える!


 鋼の筋肉に覆われた巨体! 逆U字型の白髭! 髪の毛一本無いハゲ頭! 下着一枚すら必要としない自尊心の鬼! 魔法少女との触れ合いはNG! 世界で一番娘が可愛い親バカおじさん!


 バルク・ホウガンである!


「変態だぁあああああああ!?」


 悲鳴を聞いたバルクの幻影は、キャンバスに向けてパチンとウィンクをした! 応援ありがとう! でも君も全裸だから人のことは言えないヨ! キャンバス君!


 バルクの大きな手が、愛娘の肩に置かれた。


「パパ……?」


 見上げるルミナ! 微笑むバルク!

 そしてルミナを通してバルクの魔法がイノセントに! ファイラに! 魔法クレヨンに流れ込む!

 そう! バルクの魔法は自身のあらゆる能力の強化である! そしてその倍率は……!


「ファイラさん! ルミナさん! もう一度!」


「ああ!」


「任せて」


 イノセントの呼びかけに二人の魔法少女が頷く!

 かつて殺し合った者たちが手を、そして心を繋ぎ合う!


「バーニング!」


 時よ聞いてくれ! 


「シャイン!」


 願わくば少女たちに勝利を! 

 願わくば子供たちが自らの足で立つ明日を!


「バスター!」


 かつて人に救われた少女に、誰かを救う魔法を!

 若くして命を散らした少女に、あと一度だけの奇跡を!

 夢と正義を信じた少女に、どうか、どうか幸福な結末を!




「「「ハンドレッドフォール(百倍だああああああ!)ドオオオオオーッ!」」」




 デカさ百倍! 熱量百倍! 光量百倍! 放電量百倍! 竜特性百倍! 速度百倍! 貫通力百倍! 放射能百倍! 射程百倍! パワー百倍! 濃度百倍! ルミナちゃんの再現度百倍! 追尾力百倍! 衝撃力百倍! 敵攻撃相殺効率百倍! 反動軽減百倍! 術者防衛力百倍! ルミナちゃんの健康百倍! エネルギー効率百倍! 持続力百倍! 同時発射数百倍! 連射速度百倍! 百倍! 百倍! 百倍百倍百倍百倍百倍百倍!


「なんなんだよ! その! その! そのふざけたインフレの魔法はああぁぁぁぁぁぁぁぁ……ぁ………………」






 美しきかな希望の輝き。


 炎よ、闇夜を照らす灯火となれ。


 光よ、未来を導く星となれ。


 祝福あれ、魔法少女。


 時に儚き一夜の夢なれど。


 その輝きよ、永遠であれ。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ