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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【そして一つ大人になった誰かの話】
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第24話。

「あーあ、その形は結構気に入ってたんだけどなぁ」


 突如としてジークの足元から出現した影は、巨大なトラバサミとなって彼を飲み込んだ。さらにその内側に生えた無数のトゲがジークの体を左右から貫く。肉を貫き骨を砕く感触をキャンバスは感じ取った。


「そうかい。お気に入りのぬいぐるみを壊しちまって悪かったな、坊や」


 しかし、全身を貫かれたはずのジークはトラバサミの外に居た。キャンバスが今は無い首をかしげる。

 ジークが剣を振る速度は誰にも見えなかった。トラバサミが縦に真っ二つに両断され、赤錆が断面を猛烈な速度で浸食していく。


「坊やだって? 僕は自分が雄だって言った覚えはないよ」


 キャンバスが影からトラバサミを切り離した。その咄嗟の判断がなければ、赤錆は影全域を貪り尽くそうとしただろう。


「妙な武器を持ってるね、おじいさん。毒か呪いの一種のようだけど、まだ僕に効く性質の攻撃があったんだ」


「ああ、いい武器だろ? 33年前に死んだ最後のドラグーンの剣だ。お前らを皆殺しにするために全てを捧げた大馬鹿野郎の武器よ。いくらお前らが耐性を獲得するのが得意でも、こいつはそう簡単には無効化できねえぜ」


 ザアアアアアアアアアアア……!


 大広間に黒い雨が降った。

 隙間なく降り注ぐ黒い雨粒は、その一滴一滴が殺戮の意思を持つ猛毒である。目や口どころか毛穴からも獲物の体内に侵入し、血流に乗って心臓を破壊せしめるだろう。

 残像に相手の手応えを錯覚させる特殊移動術を持つジークといえど、雨を回避することはさすがに不可能である。


「おいおい、ジジイに優しくねえ攻撃すんなよ」


 ジークに降り注いだはずの黒い水滴は、その一粒すら届くことなく彼の周囲で空中霧散した。キャンバスがどれだけ雨を降らせても降らせても、彼の頭上で弾け飛び続けた。


 キャンバスが目を凝らすと、ジークの周囲を飛び交う無数の残像が薄っすらと見えた。ジーク本人は微動だにしていないというのに、彼と剣の残像だけが十重二十重に暴れて雨を弾き続けている。


 2分、3分……ジークに息切れする気配が全く見られないので、キャンバスは雨を一旦止めた。ジークが弾いた雨粒は赤錆となって広間中に散り、キャンバスの影をあちらこちらで浸食し始めている。


「その剣はともかく、君自身もただの人間じゃないね。自分の身体能力を強化する系統の魔法使いなのかな?」


「いいや、俺ぁ正真正銘ただの人間だぜ。ちょっと色んな技を使える程度のな」


 ジークが腰を落として左の拳で宙を突いた。音速を超えた達人の拳は腹の底にまで響く大音量の爆発音と、直進する衝撃波を生む。拳の延長線上にある影はなすすべなく吹き飛び、吹き荒れる暴風は二人の少女を飲み込んでいた黒い泥を引き剥がした。


「キャッ!」


「クソジジイ……!」


 拳圧に巻き込まれてひっくり返った少女らをよそに、ジークの聴覚が極限まで高まる。音速の拳から発生した爆音の反響をコウモリのように聞き取り、音の僅かな遅れや微小な変化から、この空間に存在するあらゆる物体の位置、距離、造形、状態を鮮明に解析する。


 だが『竜の心臓』の存在は感じ取れなかった。念のために調べたが、ファイラとイノセントの体内にも異物は無い。


「ただの人間がどうしてそんなに強くて僕のことに詳しいのか興味があるなぁ。若い頃に僕の同族と戦ったことがあるのかな?」


「ただの殺し屋のジジイさ。人間だけじゃねえ、お前らみてえなバケモンを何十匹と殺してきたぜ。ちなみにこの国がお前ら竜の襲撃を防いだのは過去に三回あるが、そのうち二回は俺が関わってたんだぜ」


 次にジークは体感時間を限界まで引き延ばした。全てが停止した世界の中で、撒き散らした赤錆の侵蝕具合を探る。


 有象無象の影にはファイラの炎が効いたが、白い幼竜には通じなかった。あれが心臓持ちではなかったのは残念だが、限りなく心臓に近い部位ではあったはずだ。よって同じように赤錆の侵蝕が遅い影を探す。探す。探す。


「それは凄いね。でも僕は特別だから、同じだと思わない方がいいよ」


 床、柱、壁、天井は違う。死骸たちにも異変は見られない。イノセントとファイラの影にも居ない。扉、階段、玉座、そしてファイラの炎でまだ燃え続けている裁判長。……奴にだけ赤錆が付着していない。


 ジークはイメージを組み立てる。


 広間中に満ちた影の上を駆け抜け、あの裁判長を両断する自分の姿を思い浮かべる。走る、跳ぶ、斬る、貫く、避ける、踏む、蹴る、射る、飛ばす、殴る、惑わす、滑る、撥ねる、刻む。

 するとイメージの中の自分は、動作を重ねる度に鮮明になる。武器の重み、筋肉の張り、息遣いまで聞こえるようになり、現実の自分と想像上の自分が完全に重なる。


 その状態をさらに拡げる。自分だけではなく、これまでに見た敵の動きの全てをイメージの世界にトレースし、シミュレートを行う。


 黒い海はタールのように粘り沈んで、自分の足を絡め取ろうとするだろう。四方八方から槍衾が飛び交い、進路は壁や格子で遮られる。処刑人が空中から襲い、逃げ場のない広範囲攻撃が何度も浴びせられるだろう。


 あくまでも想像に過ぎないその光景を、ジークは五感の全てで感じ取っていた。こうして現実の世界と想像上の世界との境目が曖昧になった状態でさらにシミュレートを繰り返し、精度を高めていく。

 想像上の自分は無敵だ。敵のどんな攻撃も当たりはしない。無数の妨害を軽々と乗り越え、いとも簡単に敵の喉元に辿り着いてその身体を縦に切り裂く。そのイメージを何度も何度も繰り返す。


 そのうち、完璧だ、という手応えがあった。現実と想像の全てが寸分なく重なり合った手応えがあった。その状態を維持したままシミュレートを最後まで進める。


 そうして想像上の世界で裁判長を両断した時。

 現実世界にも同じ結果が残されていた。


「いったいどうやっているのかなぁ、それ」


 真っ二つになった裁判長からキャンバスの声が出た。

 第三者から見れば、ジークは不可解極まりない戦い方をしている。当たったはずの攻撃が当たらず、壁も格子もすり抜けて、針の嵐の中を無傷で突破して裁判長を両断した。

 これをただの技術と呼ぶには、あまりにも人間離れし過ぎている。


「企業秘密ってヤツだ。お前がコソコソ隠している心臓の場所を教えてくれたら、教えてやってもいいぜ」


「心臓? もしかして僕が僕である部分のことかな? それなら君が今見つけたばかりじゃないか。せっかく死んだふりをしていたのになぁ」


 両断された裁判長の体が跳ね上がり、ジークの目前で再び一つに融合した。断面を覆っていたはずの赤錆は、闇を具現化したような体に飲み込まれて消える。影は鋭い歯を覗かせて三日月型の笑みを浮かべた。


「ほらね、僕は特別なんだ。どんな攻撃にだって、いくらでも耐性を作ることが出来る。熱、電気、冷気、毒、カビ、病気、精神干渉、呪い、時間干渉、耐性無効化の無効化なんてものもあったかな。防御だけじゃ心許ないから、攻撃にも耐性を適用することだって可能だよ。魔法使いの特殊な回復能力を無効化したみたいにね」


 キャンバスが長々と自慢を続けている間に、ジークは百を超える斬撃と刺突を叩き込んでいた。

 しかしその結果は芳しくない。人型の闇は赤錆の侵蝕を拒み、いくら斬り刻んでも瞬く間に傷口が結合してしまう。


「じゃあこいつも防げるかい」


 トン、と。ジークの拳がキャンバスの胸に置かれた。


「噴ッ!」


 ドンッ!


 闇が粉々に弾け飛んだ。衝撃で城が揺れる。玉座が吹き飛んで柱に激突する。階段に亀裂が走る。ジークを取り囲んでいた闇の処刑人がまとめて消し飛ぶ。


「……ちょっと驚いたよ。お腹の中で火山でも噴火したのかと思った。でも残念だったね。影を殴れるかい? 影を燃やせるかい? 影を殺すことなんて、誰にも出来ないんだ」


 しかし四散した闇の破片はすぐに寄り集まる。それらは集合して人の頭ほどの大きさとなると、白い歯を剥き出した邪悪な微笑みを浮かべた。


 そして見る見るうちに体積が膨れ上がり人型へと戻るが、その形状は先ほどより遥かに大きい。発達した筋骨を漲らせ、猛々しい二本の角を生やした大男の姿をしている。


 その再生の様子を、ジークは注意深く観察していた。


「ねえねえ、もう一回今のパンチを打ってみてよ。今度は耐えられるように体を作ってみたからさ」


 キャンバスは両腕を広げてジークを挑発する。


「リクエストなら仕方ねえなあ。本当は殺す相手にしか見せちゃいけねえ東洋の秘奥義なんだぜ」


 軽口を叩きながらも、ジークは先の一撃を再びキャンバスに打ち込んだ。「噴ッ!」挑発に乗せられたわけではない。敵の耐性がどれ程のものか、見極める必要があった。


「…………」


 しかし今度の一撃は城を揺らさなかった。


「ほらね?」


 キャンバスが笑う。幾多の強敵を討ち倒してきた武神の拳は、闇を砕けなかった。その規格外の破壊力が外部に漏れることさえない。打ち込んだ拳はキャンバスの分厚い胸板を僅かに凹ませたが……それだけだった。


「でもせっかくだから、もう少し僕と遊んでよ」


 キャンバスが腕を振り上げると、その手には裁きのガベルに似た黒き鉄槌が出現した。「あんまり見栄えは良くないけど、たまにはこういうパワープレイもいいよね」そして猛烈な速度でジークの頭に振り下ろす。


 コンマ数秒の世界の中。ジークは左手で優しく鉄槌に触れた。唸りを上げて自らの頭蓋を砕かんとする死の塊を慈しむように撫でた。

 すると鉄槌は溶けた飴のようにグニャリと曲がる。曲がり、曲がって、軌道も捻じ曲がる。垂直から水平へと進路を直角に変える。相手の力を相手へと返す。


「あれっ!?」


 その結果、キャンバスは自分で自分の胴をぶち抜いた。鉄槌は歪んですらいない。凄まじい衝撃が全身を駆け巡り、行き場を失ったエネルギーが四肢と頭部を破裂させる。キャンバスの単純な殴打だけではこうはならない。ジークが何らかの介入を行ったことは明確であった。


「そんなムキムキになっても、馬鹿力だけじゃあ意味ねえぞ。力を活かすことが出来なけりゃあ、宝の持ち腐れよ」


 軽口を叩く振りをしながら、ジークは敵を観察する。


(手応えはあった。耐性を作ることで他者からの干渉を拒絶出来ても、自分自身を拒絶する耐性を作ることは出来ないはずだ。過去に何度か出会った防御特化型の敵は、敵自身の攻撃を当てることで殺せる奴もいた。こいつもそうなら楽なんだが)


 しかしそんなジークの期待を裏切り、粉々に飛び散った影は互いに引き寄せられるように集まっていく。斬撃と打撃によるジークの妨害も素通りして、再び一つの塊となった。


 それでも収穫はあった。


 強化した影に紛れて隠されているが『竜の心臓』は確かにある。どれだけ姿形が変わっても、結合し再生する起点となる影の体積は変わらない。

 この起点となる竜の心臓を完全に消滅させることが出来れば、竜を殺すことは可能だろう。


 問題は、心臓を消滅させる方法だった。

 ジークが習得した如何なる系統の体術でも、物理的な攻撃では敵を一欠片も残さず地上から消滅させることなど出来ない。


「チッ、嫌な体を考えやがったもんだ」


 そんなことが可能な者は、魔法使いしかいなかった。

 キャンバスが無効化してしまう、魔法しかなかった。

 それはつまり『不可能』を意味している。


「じゃあこういう体はどうかな」


 闇が人間の女性を模した形状に変わる。

 しなやかで長い手足。グラマラスに膨らんだバストとヒップ。それを強調する見事な腰のくびれ。全体的に細く華奢な体つき。頭部には禍々しい二対の角と、美しく輝く金色の髪。


 そしてその目鼻立ちは、イノセントに酷似していた。


「どうかな? 大人になったイノセントをイメージしてみたんだ。人間の雄の目から見ると魅力的だろう?」


 キャンバスは挑発的な笑みを浮かべながら、自分の豊満な胸を鷲掴みにした。重量感のある大きな胸にその細指が沈み、指の合間からは瑞々しく黒い肉がムニュウとはみ出した。


「ハッハ! サービス精神旺盛じゃねえか! 別にもっと強そうな姿でも俺ぁ構わねえぜ! クソデカいドラゴンの姿ばっかりだったお前の同族みてえにな!」


「イノセントが勧めてきた本にもあったね。『冥土の土産に本当の姿を見せてやろう』かな? やだよ、そんなの。無駄に大きくなったりとかゴチャゴチャした姿になったりとか、美意識が足りないよね。強そうな姿で相手を威嚇すること自体が、もう逆に弱そうだよ」


「ハッハ、そうかよ! 強そうでも弱そうでもいいが、どんな姿にでもなれるっていうのは夢があって羨ましいねえ!」


 上機嫌に笑いながらも、ジークはすでに撤退を視野に入れ始めていた。キャンバスの隙を突き、少女二人を抱えて逃げるくらいなら造作もない。


 だが、長年の経験がジークに警告を発していた。

 こいつの危険性は今まで殺してきたバケモノと比べてもトップクラスだ。奴がこれ以上成長する前に殺さなくては手遅れになる、と。


「そうさ。僕は何にでもなれる」


 キャンバスは自分の肌に添えた手を滑らせる。扇情的な手つきで緩やかに胸から腹をなぞり降り、縦長のヘソの下を艶かしく撫で回した。


「そして何でも(I)める(can birth)んだ。もう何も生み出せないイノセントとは違ってね」


 キャンバスの後方の壁一面に、渦を巻く極彩色の混沌が誕生した。「ぎゃあああああああああああああ!」耳を引き裂かんばかりの悍しい絶叫が混沌から轟く。


 そして混沌の海から、様々な生物の上半身が次々と浮かび上がる。それらは今までキャンバスが生み出した黒づくめの影ではない。皮膚や体毛のみならず服や装飾物に至るまで、造形も色合いもイノセントが生み出した落書き生物とは比較にならない精巧さを持っていた。


 猫がいた。蛇がいた。狼がいた。サメがいた。キリンがいた。馬がいた。イカがいた。浮浪者がいた。ワニがいた。神父がいた。騎士がいた。兵士がいて王様がいた。彼らの間に少しでも隙間があれば次から次へと人や動物の上半身が現れて、壁面を圧倒的な物量で埋め尽くした。


 キャンバスは唇に人差し指を軽く当てた。首をかしげて煽るように意地悪くニヤリと笑うと、その指でイノセントとファイラを指差す。


 敵の意図を瞬時に察したジークは後方に跳んだ。


「今度は避けられないよ。君が避けたらあの子たちに当たるからね。君が疲れて倒れるまで、何時間でも何日でもずっと撃ち続けてあげる」


 ドドドドドドドドドドド!


 命の坩堝から生み出された生物たちが、常軌を逸した数と速度で全方位に射出された。

 それはまさに吹き荒れる肉の暴風である。数十kgの質量を持つ命の砲弾である。肉塊は柱に激突し壁に激突し、骨を砕き臓物をぶち撒けてその短い命を散らす。


「もったいねえ攻撃しやがって! いろんな生き物を生めるなら、もっと一匹ずつ使ってやれっての!」


 イノセントとファイラを庇って肉塊を切り払いながら、ジークは悪態をついた。赤錆のおかげで肉の山に埋もれる心配は無いが、このままでは敗北も時間の問題だ。


「僕が生んだものをどう使おうが、僕の自由だよ」


 キャンバスは自身が生み出した黄金の玉座に腰掛けた。そして足を組み、頬杖を突いて高みの見物を決め込む。その階段の脇には破壊されたはずの神々の黒き石像が出現し、膝を着いて絶対王者を敬い崇め始めた。


(ああ、こりゃダメな流れだ)


 ジークは撤退を決めた。


 飛来する肉を一振りごとに何匹もまとめて両断しながら、滑るように後退して二人との距離を詰めていく。二人をまとめて拾いやすいように、あらかじめ拳圧で同方向に転がしておいたことが幸いした。あとは空いた手で二人を回収し、速やかに離脱するだけだ。

 ジークは僅かな隙を見出して、一瞬だけ二人を振り返った。


 そして見た。


「ファイラさん……大丈夫?」


「お前こそ、大丈夫かよ……」


 イノセントがファイラに肩を貸す姿を。




(強い子だ)


 不覚にもジークは目頭の熱さを覚えた。


(全てを奪われても、他者を気遣う心を失っていない。利用されて捨てられた子が、魔法少女でもドラグーンでもなくなった哀れな子が、少しでも誰かの助けになろうとしている)


 そしてその懸命な姿を見た時、ジークの脳裏に勝利のイメージが唐突に、しかし鮮明に浮かび上がった。


「……ここが正念場だな」


 撤退を中止して、敵弾の迎撃に集中する。人、牛、犬、人、人、マグロ、人、馬、ワニ、人、人。縦に横に切って切って切りまくっても、0.1秒間隔で浴びせられる肉の嵐に終わりは見えない。


「やっぱり足が止まったね。これで詰みだよ」


 玉座に腰掛けたままに、キャンバスは人差し指をジークたちに向けた。その先端に十字状の光が生まれ、目が眩む程の輝きを増していく。かつてイノセントが見せたドラグーンの切り札、『竜の火』の前兆である。


「さようならイノセント。さようなら魔法使い。さようならおじいさん。走馬灯は見えるかな。人生最後の数十秒だよ。君たちが天国に行けるように祈ってあげよう」


 光輝く十字の向こうでキャンバスは笑う。


「ファイラァ! まだ気づかねえのかぁ!? お前の本当の能力は、今お前を支えている子が教えてくれただろうが!」


 ジークはあらん限りの声量で怒鳴った。

 彼にとってもこれは賭けである。撤退を捨て、ファイラに、そしてイノセントに命を賭けた大博打である。


「思い出せ! お前の魔法は現実世界にあるものを再現するんだろうが! だったらその子に……助けてもらえ!」


 ファイラはハッと息を呑んだ。


「ああ、そうか……思い出したぜ!」


 ジークの意図を理解した時、不思議な確信がファイラに生まれた。今まで試しもしなかったが、必ず出来るという自信があった。イノセントとの戦いも、魔導管理機関の犠牲も、全てはこの時のためにあったのだと確信した。


「頼む……助けてくれ」


 そして、まるで当たり前のように、炎の中から()()は生まれた。

 すぐ隣でファイラが作り出したそれを見て、イノセントの目が驚きに見開かれる。今更それの性能に疑いの余地は無い。ファイラが差し出したそれを、イノセントは自然に受け取った。その手が驚きと緊張に震えている。


「アタシたちを助けてくれ! 魔法少女イノセント!」


 イノセントがこくんと頷いた。

 不安も迷いも無い。過去も未来も今は忘れよう。やらなくてはならない事をやるだけだ。


 助けて。


 その一言が、少女の胸に新たな火を点けていた。






「残念だったね。時間だよ」


 竜の火が解き放たれた。

 極大なる光の波動が全てを消し去る。立ち並ぶ柱が消え、溢れる肉塊が消え、神々の石像が消え、壁も床も天井も音さえも、玉座の間の全てが破壊の光に包まれて消えた。


 全てを滅ぼしてなお有り余る破壊のエネルギーは、巨大な光の柱となりて城から上空へと昇り、曇天を貫いて空に穴を開けた。かつて難攻不落を誇った古城はその圧倒的な破壊の力に耐え切れず、粉々に爆散した。


 それはまさに神話の一説。

 奢り昂る罪深き都に下された神の杖の再現であった。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!


 一瞬遅れて、世界は音を取り戻した。落雷の比ではない爆音が何百km先にも渡って轟き、溢れ出た熱風と衝撃の奔流がセルブランカを徹底的に蹂躙した。


 ありがとう、イノセント。

 君に育ててもらった力は、こんなに強くなったよ。


 上空から爆心地を見下ろすキャンバスは、満足気に笑っていた。金色の髪が爆風でバタバタと吹き荒れる。爆心地には巨大なクレーターが生まれていた。

 光は消えゆき、世界は暗雲の闇に覆われつつあった。


「…………ん?」


 キャンバスが首をかしげた。

 光の柱が曇天に開けた穴から、円形の陽光が爆心地のクレーターに差し込む。スポットライトじみて照らし出されたその中心地には何かがあった。万物を殺戮せしめる竜の火から生き延びた、何かがいた。キャンバスの瞳にそれが映る。


 それは酷く不格好に歪んだクレヨン彩色の盾だった。それでいて、その表面には僅かな凹凸すら無い完璧な鏡面となっていた。


 キャンバスの姿が鏡に映る。

 その口元は、もう笑ってはいなかった。


「か、鏡は、光を反射するから、空に跳ね返したの!」


 イノセントの声が聞こえた。竜の火はただの光ではないゆえにイノセントの理屈が通るはずはないのだが、キャンバスはそれを笑い飛ばすことなど出来ない。イノセントが強く信じて願い描いた夢は、現実となるのだ。あの火に強いゴリラのように。あのテツドウを操った車掌のように。あの魔法少女裁判のように。


 役目を果たした落書きの鏡の盾がガランと転がる。その背後からは、身を寄せ合って竜の火を生き延びた三人の姿が現れた。天の光が彼らを照らす。


 イノセントの手には炎が燃えている。

 ファイラが作り出し、イノセントに渡した炎が燃えている。

 虹色の炎が形作るそれから、キャンバスは目を離せない。

 凛々しくキャンバスを見据えるイノセントは、それの先端をビシリと敵に突き付けた。


 キャンバスは我が目を疑った。

 イノセントが掲げるあれは……あれは!


「マジカル! エシカル! グラフィカル! この身が罪に落ちようと、為さねばならない事がある! 夢と正義の魔法少女、プリンセス☆イノセント! 友情の炎の中からただいま復活!」


 魔法クレヨン。


 それは、キャンバスが戯れでイノセントに与えた道具。

 それは、正義の味方ごっこをするためだけの玩具だった。


「どうして……。君はもう終わったはずなのに……」


「終わりじゃないわ。これから始めなくてはいけないの」


 彼女の目は、無邪気な正義を振りかざしていた頃とはもう違う。全てを知り、罪を受け入れ、そして償うために戦おうとする、強烈な意志の炎がその目に宿っていた。

 この先、魔法少女の力を再び失ったとしても、その目の炎が二度と消えることはないだろう。


「私たちの罪を精算する時よ! 黒影竜キャンバース!」









 第24話……『復活! 夢と正義の魔法少女!』


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