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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【そして一つ大人になった誰かの話】
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第15話。非道! 帝国貴族狩り!

 イノセントの襲撃を受けたマグナオプス帝国は、荒廃の一途を辿っていた。


 元々、マグナオプス帝国は武力行使を含む強引な手段によって領土を拡大し発展してきた国である。長い歴史の中でいくつもの小国が征服され、現地民は帝国における身分制度の最下層に落とされて辛酸を嘗める日々を送っていた。

 そうして何世代にも渡って積み重ねられた彼らの怒りと恨みは、イノセントによる公権力の一掃が引き金となって、極めて暴力的な形で噴出することとなった。


 その際たる例が[貴族狩り]である。


 溜まりに溜まった鬱憤を晴らすべく徒党を組んだ彼らの暴力は、帝国の支配者層である貴族へと余すことなく向けられた。そして悪政に加担した貴族も、現地民と共栄しようとしていた貴族も、分け隔てなく暴徒に襲われた。


 イノセントの襲撃を受けなかったことに安堵した貴族の大半が同じ末路を辿った。イノセントが見逃した彼らは、自衛力も乏しい弱小貴族ばかりである。彼らは圧倒的な数の暴徒になすすべなく私財を奪われ、住居には火を放たれ、使用人もろとも残虐な私刑によって次々と惨たらしく殺された。


 そして今日もまた、貴族が私刑にかけられていた。

 農具や角材を手に手に押し寄せた50人以上の暴徒に抵抗することは不可能だった。降伏した貴族の家財は徹底的に奪われ、面白半分に破壊された。彼が父から受け継いだ住居には火を放たれ、娘は目の前で犯されて使用人は次々と殺された。


「も、もうやめなさい、君たち……。こんな、こんな酷いことをしては、いけない……。こんな残酷なことは止めて、真っ当な人生を選ぶべきだ……」


 首から下を土に埋められた中年男性がいた。彼の顔は醜く腫れ上がり、鼻は折れ歯は何本も抜け落ちている。後頭部から頭頂にかけてケロイド状に焼け爛れた頭皮が、彼の受けた凄惨な私刑を物語っていた。


「ふーん、真っ当な人生を選べ、ねぇ。……毎日毎日真面目に働くだけじゃあよお! こんな立派な家になんて一生住めねえだろうが!」


 埋められた男を取り囲む暴徒の一人が、彼の顔を力の限り蹴り飛ばした。痛々しい悲鳴が走る。


「てめえら貴族は! 真面目に働く俺たちから! 税金だ何だっつって何もかも持っていきやがって! そもそもよお! こんな酷いことって言ったか!? これはお前ら帝国貴族が! 俺たちのじいさんばあさんにやったことだろうが! ええ!? 違うか!? 違わねえよなぁ! なあ!」


 激昂する暴走は、身動きのできない中年男性の顔を執拗に蹴り続ける。何度も何度も顔面を蹴り続けられた彼の顎が外れ、唇が裂けて前歯が全て折れた。眼球を狙って差し込まれたつま先が彼の左目を潰し、眼球だったものが血と共に飛び出した。


「おい、まだ殺すなよ! トドメはこいつの大事な初孫ちゃんにやらせようぜ!」


 別の暴徒が、怯える少年を連れてきた。丸裸に剥かれた華奢な少年の肌にはいくつもの青痣が浮かび、その片耳は引き千切られていた。


「約束通り、ちゃんとこいつの首を切り落とせたら助けてやるからな。もう痛いことはしないし、医者にだって連れて行ってやるぞぉ〜?」


 暴徒が甘く囁きながら、血と油に濡れたノコギリを少年の手に渡した。少年は怯える目でノコギリと祖父を交互に見比べて天秤に掛けたが、やがて震える足をそろりそろりと動かして、埋められた祖父の元へと歩み寄り始めた。


「あーっ! あー! あー! ああーっ!」


 絶望に泣き叫ぶ元貴族の様子を見て、暴徒たちは腹を抱えて笑った。


「頑張れよー! そのノコギリは切りにくいけど、なるべく早く首を切り取らないと、いつまで経ってもおじいちゃんイタイイタイだぞー!」


「うっはっはっは! お前さん、面白えな!」


 ヤジを飛ばした暴徒の肩を、別の暴徒が笑いながら叩いた。


「まったく、いい時代になったと思わねえか! あんだけ偉そうにしていた貴族様が、今じゃあこのザマよ! 笑いが出て止まらねえよな! これも神様の思し召しってヤツかねえ!」


 肩を叩かれた暴徒も笑顔で応える。


「へへへ! 真面目に生きてきた俺たちにも、やっと運が回ってきたってこったな! 神様のおかげっつーか、イノセント様のおかげだな!」


 更に別の暴徒も彼らの会話に混ざった。


「知ってるか? イノセント様は汚いクソ貴族やクソ金持ちを毎日ガンガンブッ殺してるらしいぜ! それでいて、俺たちみたいな下層民には絶対に手を出してこないらしい! こりゃ間違いなくイノセント様は可哀想な下層民の味方だな!」


「強きをくじき、弱きを助けるってか! 粋だねぇ!」


 自分たちの行為を正当し、イノセントを神格化する言葉に気を良くした暴徒たちが、次々と話に乗っかる。


「おおそうさ! 俺たちは弱者なんだ! 一方的に虐められた弱者には、やり返す権利があるんだ!」


「それを教えてくれたイノセント様には感謝しねえとな!

 みんなでバンザイしようぜ!」


「ヘッヘッヘ、そりゃあいいな! いっちょやるか!」


「おうよ! イノセント様、バンザーイ! バンザーイ!」


「バンザーイ! ……おいガキ! 手を止めてんじゃねえよ! ちゃんと首が取れるまでノコギリを挽き続けろ! へへへ……バンザーイ! イノセント様、バンザーイ!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」


 空気が異様な熱狂に燃えていた。

 苦痛に絶叫し続ける中年男性。泣いて謝りながらその首をノコギリで挽く少年。それを囲んでバンザイを繰り返す暴徒たち。常軌を逸した興奮に暴徒は酔いしれ、口々にイノセントへ感謝の言葉を口にした。


「さて、こんなもんか!」


 バァアアアアアアン!


 最初に暴徒の肩を叩いた男が両手を叩いた。それはもはや爆発音と呼んでもよいほどに大きな音だったため、誰もがビクリと身を怯ませて音の出所を注視せざるを得なかった。


「よし、もういいぞ!」


 男が上空を仰ぐと、暴徒たちも釣られて空を見た。

 そこには星空のように空を埋め尽くす火球と、怒りの形相に彩られたファイラの姿があった。


「このゲスどもがああああああああ!」


 ズドドドドドドドドドドドドドド!


 ファイラの雄叫びの元に、何十何百という火球が降り注いだ! 硬度と質量を持った無数の火球は猛スピードで暴徒へと襲いかかり、これを一瞬で蹴散らした!


 さらに火球は意思を持つかの如く自由自在に地上を跳ね回り、周囲一帯へと拡散していく! 戦利品を吟味していた暴徒も! 使用人で遊んでいた暴徒も! 女性を押し倒していた暴徒も! 慌てて逃げ出そうとした暴徒も! 全てを等しく徹底的に叩きのめして殲滅した!


「すまねえな。事情があって、ちょっとばかり遅くなった」


 血に塗れたノコギリを握る少年の手に、老いた手が重なった。少年の手から力が抜け、ノコギリが落ちる。涙で滲む被害者たちの目に、老人の険しくも申し訳なさそうな顔が映った。


「お前ら全員ブッ殺してやる!」


 肋骨をへし折られて激痛に悶える暴徒の一人を、ファイラは怒りに任せて蹴り飛ばした。


「お前さんが殺すのはやめとけ。どうせもうそいつらは動けねえし、俺に考えがある。それよりも今は先にこっちを手伝ってくれ。俺一人じゃ掘り出す前に腰が壊れちまいそうだ」


「任せろ! 『周りの土だけを焼け!』」


 被害者の元へ文字通り飛んで来たファイラが炎を放つと、埋められていた中年男性が炎に包まれた。彼の周囲の土だけが器用に焼け朽ちる。炎がくり抜いた穴の底で、中年男性はズタズタになった手をファイラに伸ばした。


 その手には指が一本も残っていなかった。


 ファイラは一瞬たりとも躊躇わず、血と泥で汚れた彼の手を掴んだ。軽度の肥満体である彼の体を軽々と持ち上げ、土の中から引っ張り出す。


「大丈夫か、おっさん。今すぐ治してやるからな。『元に戻せ』」


 ファイラの命に従い、炎は中年男性の体内へと浸透した。熱も痛みも無く彼の血流に乗り、脳細胞へと到達して彼の記憶を探る。そして本来あるべき彼の姿を探り出し、()()()()()()()()()()()()()()()()彼の体を瞬時に復元した。


「おっ、おおお、おおおおおっ! 神よ、神よ……!」


 傷一つ残らず元通りになった自分の四肢を見て、感涙に咽び泣く中年男性。「次はお前だな。『元に戻せ』」その隣に寄り添っていた少年もまた、ファイラの炎によって治療を受けた。


「お、おじいちゃん、ぼく、ぼく……」


「いいんだ。何も気にしなくていい。何もかも悪い夢だったと思いなさい。さっ、この方にお礼を言うんだよ。きっと偉い魔法使いに違いない」


「うん。……ありがとう! 魔法使いのおねーさん!」


「おう! 他の家族もすぐ治してやるからな!」


 右に左に走り回り、暴徒以外の負傷者を次々と治すファイラ。その手際を見たジークは一つの確信を得る。


(やっぱりな。こいつは炎を操るとか変化させるなんて程度の能力じゃねえ。本人が気づいてねえだけで、本質は別物だなこりゃ)


 ジークがファイラの手際を見守っていると、やがて彼女は暴徒から代わる代わる暴行を受けていた若く美しい女性を治した。すでに涙も枯れ果てた彼女の瞳は虚無だけを映していたが、ファイラの炎が彼女の内外の傷を癒し、注がれた体液を焼き尽くしていくにつれ、彼女は思考と感情を取り戻していく。


「なんで」


 しかし彼女は感謝の言葉を述べず、幽鬼めいた形相でファイラに掴みかかった。彼女の指がファイラの肩に強く食い込み、ファイラは痛みに顔をしかめる。女性の口が大きく開いた。


「なんで私たちがこんな目に遭わされなきゃいけないの!? 私たちが何をしたっていうのよおおおおお!」


 やり場の無い怒りの絶叫が響く。


「お、奥様? 助けてくれた魔法使い様に対して失礼ではないでしょうか……?」


 老執事といった風情の男性がおずおずと女性をたしなめたが、女性は聞く耳を持たず、般若の形相でファイラを問い詰め続ける。


「うるさいわね! 魔法使いが私たちを助けてくれたですって!? だから何!? そもそも私たちをこんな目に遭わせたのも同じ魔法使いじゃない! 夫だってイノセントに殺されたのよ! そうよ! あなたと! 同じ魔法使いが! 私たちをこんな目に遭わせたの! どうしてくれるの!? ねえ! どうしてくれるのよ!」


 女性が一息に言い切ると、気まずい沈黙が場に満ちた。

 彼女以外の誰もが口にしなかっただけで、人々は魔法使いに対する偏見を少なからず持っていた。


 しかしながら、それらを考慮しても女性の言い分は理不尽極まるものであり、反論の余地はいくらでもある。イノセントは魔法使いではないし、彼女たちに暴行を加えた者は下層民である。危うい所で彼女たちを救い、傷を癒したファイラが責められる道理など何処にも無い。


 しかしファイラは、怨嗟の視線を真っ向から受け止めた。


「……申し訳、ありませんでした」


 そして深々と頭を下げる。


「奥さんの仰る通りです……。このような事態を引き起こしてしまったことは、イノセントと同じ魔法使いである私にも非があります……。いくらお詫びしても、お詫びしきれません……。本当に、申し訳ありませんでした……」


 ファイラは一切の反論をしなかった。

 しおらしく真摯に謝るその様子を見て、その場の全員が息を呑んだ。面白半分に彼女たちの様子を伺っていたジークも例外ではない。超常の力を振るう絶対者の魔法使いが、それも暴力的な言動の目立つ不良少女が頭を下げるなど、誰も想像していなかった。


「なんで、謝るのよ」


 ファイラに怒鳴りかかった当の女性もまた、困惑していた。


「…………」


 ファイラは何も言い返さず、無言で頭を下げ続ける。


「だって、あなた、何も悪くないじゃない……。私たちを助けてくれたでしょう? なんで謝るのよ……。あなたみたいな子供に頭を下げさせて……助けてもらった私が怒鳴って……これじゃあ私が、八つ当たりをする恩知らずのバカみたいじゃないのよぉ……! うっ、うううううう〜……!」


 女性は口をへの字に曲げて、涙をボロボロと溢した。両手で顔を覆い、わあわあと声を上げて赤子のように泣きじゃくった。

 恥も外聞もなく泣き崩れる女性の側に、彼女の息子と義父がおずおずと寄り添った。ジークもまた、頭を下げ続けるファイラの肩にポンと手を置く。


 よくやった。


 ファイラはジークにそう言われたような気がした。


「お前さん方は、聖骸教会を訪ねるといい。元の生活には戻れねえかもしれないが、少なくとも身の安全は保証されるはずだ。道中が不安なら、そこまで送ってやるぜ」


 任せろと言わんばかりに、上空でカーくんが一声鳴いた。


「ううっ、グスッ、うううっ、ご、ごめんなさい……」


 泣き続けていた女性が謝罪を口にすると、ファイラはようやく顔を上げた。


「ごめん、なさい、ね……。わ、わたし、グスッ、じぶんでも、いま、うまく、ものをかんがえられないの……。ひどく、とりみだしてしまって、しつれいなことを、して、しまい、ました……ヒグッ……。でも、これ、これだけは、言わないと……」


 女性は涙で乱れた顔をごしごしと擦り、顔を上げた。しかしファイラの目を真正面から見据えると、再び泣き出しそうな表情になる。それでも彼女は唇を噛み締めて邪魔な感情を押し殺した。そして喉の奥から言葉を絞り出す。


「助けてくれて、ありがとう……ございました……」


 今度は女性がファイラに対して深々と頭を下げた。


「あ……」


 ファイラもまた、何か言葉を返さなくてはならないと思った。しかし必死に探せど探せど、この場に相応しい言葉は見つからない。彼女は自身の教養の無さを恨んだ。


「…………うん」


 結局、ファイラは曖昧に頷くことしか出来なかった。己の不甲斐なさを恥じて握り締められたその拳を見て、ジークは今回の救助活動に確かな成果を感じた。


(よしよし、出だしは上々ってとこだな)


 ジークとて馬鹿ではない。

 こうしてイノセントにより被災した地域を回り、地道に救助活動を行うだけでは何も解決しないことなど、承知の上である。

 事実、ファイラが一人を助ける間にもイノセントは百人を殺すだろう。焼け石に水と言われれば、まさにその通りである。


 だがそれでも、この行為は必要な事だった。


 これはファイラをイノセントに勝たせるために、そしてイノセントを望ましい方法で止めるために、ジークが提案した「人助け」の一環である。

 ジークは作戦の全貌をファイラに明かさなかったが、ファイラは疑いの目を向けるどころか、ジークの予想を超えて真剣に人助けに取り組む姿を見せた。


 そんな少女の成長する姿を見て、老人は眩しそうに目を細めるのであった。






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