第14話。衝撃! 魔法少女の秘密!
イノセントに勝利する方法を模索する前提として、本題に入る前にファイラは自身の能力をジークに説明した。
しかしながらファイラの予想以上にジークが細かく何度も質問をしてきたために、実際に能力を見せるパフォーマンスを加えざるを得ず、説明時間はかなり長くなってしまっていた。
「アタシ……私の使える魔法は、だいたいこんな感じだ、です」
「おう、大体わかった。自由に性質を変化させる火を出せるってことだな。冷たい火も出せるし、硬度を持たせることも出来るし、自動で敵を追いかけさせることも出来るってか。魔法使いの能力ってもんは相変わらず面白えなぁ。ところで、お前さんを運んでくれたカラスの魔法はどんなもんなんだ?」
「カーくんか? 瞬間移動だぜ」
「もっと詳しくだ」
「あ、ええと……昔クロック・ハウスから聞いた話だけどな……ですが、その気になれば山一つを空から降らせたり出来るそうだ。ただし、瞬間移動した距離や飛ばした物の質量によって、次に瞬間移動を使えるようになるための時間が伸びてしまうらしいぜ……です」
「そういや、そうやってあの天空島を作ったんだったな。昔、敵の体の中身を瞬間移動させて魔法使いを殺しまくるカラスがいるって聞いたが、こいつかぁ。よく手なずけたもんだなぁ」
「ただし、カーくんは戦わないぜ。カーくんと魔導管理機関はそういう契約らしい……です」
「十分よ。足として見ただけでも便利そうじゃねえか」
「それでその……なあ、アタシはどうすれば、もっと強くなれる……ますか」
「ん? 別にこれ以上強くなる必要なんかねぇだろ。お前さんはもう十分強いっての」
恐る恐る尋ねたファイラに対し、ジークはあっけからんと言い放った。
「それともまさか、俺がお前さんに修行をつけてやって、お前さんが超絶パワーアップして、激しい戦いの末にイノセントをやっつける……なんて展開を想像してたのか?」
「うっ……でも、アタシを勝たせてやるって、そういうことじゃないのか?」
「ふふん」
想像していた展開を否定されて困惑するファイラをよそに、ジークは鼻で笑った。
「自分が強いことは第一前提だが、それだけじゃあダメだな。足りねえよ。そんなんじゃ自分より弱い奴にしか勝てねえだろ。それでイノセントに勝てたとしても、5年後10年後にイノセントよりもっと強い敵が出てきたらどうすんだ? 自分より強い奴に勝つ方法は一つだけよ」
「自分より強い奴に勝つ方法……?」
ジークの言葉を反芻するファイラ。
「相手を知れ。相手に何が出来て何が出来ねえのか調べるんだ。調べるのは能力だけじゃねえ。嗜好、生態、生活、何が好きで何が嫌いなのか。思想、信念、行動理念、何でこんなことをしているのか、何を求めているのか何がしたいのかを、徹底的に調べるんだ。それこそ相手と同じ考え方が出来るくらいにな。それが出来りゃあ、どんな敵でも自殺するように簡単にブッ殺せる。なのにお前ら魔法使いときたら、持って生まれた力で大抵の相手には勝てちまうから、揃いも揃ってここが分かってねぇ。この世で最強の武器は情報よ。事前準備で戦う前に勝利を決めなっと!」
バチィン!
「痛ってぇ!」
ジークは唐突にファイラの額を指で弾いた。不意を突かれたファイラは驚きつつも額を押さえて抗議を叫ぶ。
「ビックリしただろ! 急に何しやがる!」
「はい、口調」
「くっ……! ええと……驚愕いたしました! 突然いかがなされましたかご主人様ァ!」
「ピンと来てねぇようだったから、実践してやったのよ」
「はぁ?」
「これで俺が話をしている途中でデコピンするような奴だって知ったな。それが分かりゃあ用心するだろ? なら次からは避けられる。それがデコピンじゃなくてナイフでもな」
「ッチ!」
再び額に突き出されたジークの指を、ファイラは首を捻って避けた。「な?」ジークのウインク。まだ額が痛むファイラは内心腹を立てながらも、ジークの教授を認めざるを得なかった。
「さてと、じゃあ今から早速イノセントのことを知ろうと思うわけだが……お前さんの話が下手くそなせいで、いくら時間があっても足りそうにねえな。どうしたもんかね」
「下手くそで悪かったな!」
「口調」
「ぐぐぐ……! 私の努力不足により、ご主人様のご理解をいただけず大変申し訳ありません! じゃあこれならご満足いただけますか、ご主人様ァ! 『映せ!』」
ファイラは壁に炎を這わせた。パチパチと爆ぜる炎は熱を帯びることもなく薄く広がって壁を飾るのみで、これ以上燃え広がることもない。ジークが炎を注視していると、やがて炎に様々な色が付いた。炎は揺らぎを止めてその形を平面で固定し、極めて綿密で写実的な絵を描いた。純白のドレスを纏い、こちらに奇妙な杖を向けるイノセントの姿を。
そしてその絵は、実物のように動き出した。
「ほう!」
ジークがやや興奮気味に食い付いた。そのリアクションを見て、ファイラは揺れる大きな胸を誇らしげに張る。
「お前さんが見た景色を出せるってわけか! こいつぁ分かりやすい! ついでに音も出りゃあ有難ぇんだが!」
「やってみるぜ。『思い出せ!』」
『勝負よ! 魔法少女ファイアフレア!』
ファイラの命に従い、炎の爆ぜる音がイノセントの声に変わった。再現されたものはイノセントの声だけではない。風の音や鳥の声、木々のざわめきといった周囲の環境音まで完璧に再現していた。
「ほおぅ……」
ジークが感嘆の声を漏らす。
「こいつぁスゲェ。単にお前さんが覚えていることだけを再現するわけじゃあねえな。お前さんが一度経験した事象なら、覚えていないことでもこんなに精密に再現できるのか。……こいつぁ炎を操るなんてレベルに収まる能力じゃねえぞ。お前さん、本物の天才だな」
「え? 天才? へへへ、そうかな? へへ」
(チョロいな。こいつは叩いて鍛えるべきタイプに見えたが、褒めて伸ばす方法でも扱いやすそうだ)
頰を緩めるファイラを見て、ジークは心の中でそう評した。
「よし、これを最初から見せてくれ。しばらく集中するから話しかけるんじゃねえぞ。先入観を持ちたくねえから、補足説明はいらねえ」
「わかった。『もう少し前から映せ』」
そして炎の中の映像が巻き戻り、ファイラの視点でイノセントを補足したシーンから始まった。するとジークは炎の前に座り込み、特等席でそれを眺める。
「…………」
それを境にジークの動きがピタリと止まった。呼吸のために上下するはずの肩の動きさえ消えている。ファイラはその背中を漫然と見た。
『マジカル! コミカル! クリティカル! 天に代わって悪を狩る! 夢と正義の魔法少女、プリンセス☆イノセント! 無垢なる祈りと共にただいま見参!』
ふざけているようにしか見えないイノセントの台詞にも、ジークは一切の反応を示さなかった。ジークの突っ込みを少しだけ期待していたファイラは、肩透かしを受けた気分になった。
『トリック・バイ・トリート!』
ファイラとイノセントの本格的な戦いが始まってからも、ジークの背中は岩のように微動だにしない。動きは一切無く、呼吸音さえ聞こえない。
ジークは冷静に見直すとあまりにもアレ過ぎるゴリラと炎ゴリラの応戦にも反応しなかった。その様子に生物としての気配が無いために、居眠りどころか死んでしまったのではないかとファイラが不安を覚えてしまう程であった。
ファイラは足音を立てないように気をつけて回り込み、ジークの横顔をそっと覗き込んだ。
「うぉ……」
そこにファイラは飢えた獣を見た。
爛々と輝く目玉が、獲物を捉えている。
瞬きさえもせずに獲物の一挙一動に視線を滑らせ、それでいて全体を見通す飢えた獣がそこにいた。
炎に照らし出され、その顔に濃い陰影を刻む獣の顔は、歯を剥き出しにして今にも獲物に飛び掛かろうとしている怪物にしか見えなかった。それが先ほどから老人が浮かべていた笑顔と同じ物であると言われて、誰が信じようか。
そうだ。獲物を前にした飢える獣こそ、息を潜めて気配を隠す。そして音もなく獲物に忍び寄る。哀れな犠牲者が捕食者の存在に気付いた時にはもう遅い。血に飢えた牙が突き刺さり、絶望と苦痛の中で最期の時を迎えるのだ。
その事実に思い至ったファイラの肌が泡立ち、産毛が逆立った。
(マジで何者なんだよ、このジジイ……)
この老人は魔法使いではないと言っていたが、決して凡人ではない。超常の異能を持つ魔法使いたちを見てきたファイラでさえ、目の前の老人の底が未だに見えなかった。
邪魔をすることなど出来るはずもない。ファイラは老人の側で彫刻のように固まり、過去の自分の視点を追体験した。
炎の中で過去は進む。
魔の13番駅がイノセントとファイラの間に割り込んだ。異界の13分間が始まった。魔法使いたちが次々とイノセントに敗れた。仲間の犠牲の元にファイラは天空島に戻ってきた。そこにイノセントが強襲を仕掛けた。そしてファイラは巨大なハンマーでイノセントに殴られ、全てが闇に溶けた。
過去は、そこで終わった。
「……なるほどな。こいつは大物だ」
記憶の再生が終わり、ジークが口を開くまでに、数十秒間の空白があった。今やジークから獣の相貌は消え、好好爺めいた雰囲気を取り戻している。
「何か掴めたか……でしたか?」
「んー、まあ、せいぜい半分ってとこか。残りは現場を回って調べてみるとするかね」
ジークは欠伸をして、背を伸ばした。そして重そうに腰を上げて立ち上がる。ポンポンと自分の尻を払うと、白いホコリが飛んだ。
「とりあえず今んとこ判ったのは、イノセントの正体と弱点と殺し方くらいだな」
「それ全部じゃねえか!?」
バチィン!
「痛ってぇ!」
「ばーか、まだ半分だって言ってんだろ。敵をやっつけてハイお終い! じゃあねーんだわ」
再びジークに額を弾かれ、ファイラの頭が仰反る。先ほどまでのデコピンとは威力も速度も桁違いであった。
「あっ、悪ぃ。つい力を入れちまった。これじゃ言ってることが違うって思われるわな。マジやべー」
悪びれもなく言い放つジーク。
「このクソジジイ!」
「確かに俺はクソジジイだが、メイドらしさを忘れてるぞ」
「ギギギ……! この……ええと、こちらの人糞お爺様!」
怒りつつもファイラは律儀に言い直した。
「クソジジイを丁寧に言うとそうなるのか!? そんなワード初めて聞いたぜ! ウハハハ!」
ジークは彼女の態度に破顔し、ひとしきり笑ったあとでファイラの肩を叩いた。
「とにかくだ、殺すだけなら簡単なんだぜ。どんなに強い奴でも飯は食うし、疲れりゃ寝る。イノセントを殺したけりゃあ水や飯に毒を混ぜてもいいし、寝込みに首をかっ切ってもいいな。だが、お前さんの目的は違うんだろ。本当に難しいのは丸く収める勝ち方なんだぜ。最終的にはそこを目指さなきゃならんのよ」
「……それはわかった。わかりましたが」
「あーはいはい。説教はもう十分って顔だな。オーケーオーケー、本題に入ろう。まずはイノセントの正体からだな。結論から言うぜ」
ジークの目が細まった。彼が言葉を切ると隠れ家には静寂が広がり、弛緩した空気が再び緊張感を取り戻していく。ファイラが唾を飲みこむ、その小さな音さえ部屋に響いた気がした。
「イノセントは魔法使いじゃねぇ」
「魔法使いじゃ、ない?」
「ああ。ただし、念入りに魔法使いに擬態してやがる。魔法使いだという思い込みさえなかったら、魔導管理機関も負けなかっただろうな」
「おい待て! じゃあイノセントは何なんだ!? あんなに強いのに、魔法使いじゃないってあり得るのか!?」
「俺の言い方が悪かったか。イノセント本人は普通の人間だぜ。ただし問題は、イノセントの側を飛んでいる小さい奴の方だ。もう一度再現できるか」
「わかっ……かしこまりました! 『最初から映せ』」
ファイラの命令に従い、再び炎はイノセントを映し出した。するとジークはイノセントに付き従う小動物を指差す。
「こいつだ、こいつがイノセントに不相応な力を与えて操ってやがる。間違いなくこいつが全ての元凶だ。自分の容姿をファンシーな形に変えてやがるようだが、俺の目は誤魔化せねえ。トリック・バイ・トリート? 私はおもてなしによって騙されています、ってか。趣味の悪いことを子供に言わせるねえ」
イノセントがキャンバスと呼んでいた生物は、炎が映す映像の中で、影のようにイノセントに付き従っていた。イノセントと同じ速度で空を飛び、ファイラの炎を無傷で潜り抜け、時には助言を与えてイノセントを誘導していた。
「俺はこいつを知っているぜ。33年前まで地上に君臨していた最悪の種族だ。生きた災害。魔法使いの天敵。人類と敵対し時には共存し、自分の名を知り畏れ敬う『信仰者』が増える程に力を増す。同種同士でさえ縄張りと信仰者を奪い合って殺し合う怪物だ。信仰者を一掃して奴らを駆逐するために、当時の一大組織と全盛期のアリシアさんが人類の歴史からあいつらの存在を綺麗サッパリ消し去ったはずだったんだが……そうか、また現れやがったか。しかも手口が巧妙になってやがる」
「そいつは、いったい何者なんだ……ですか」
「本当の種族名はもう俺も知らねえし、現存するどんな記録にも残ってねえ。空想上の存在として描かれた創作物と、意図的に改変された伝承が各地に残る程度よ。空を飛び、破壊を振りまき、時には人の願いを叶える。あいつらの呼び名はいくつもあるぜ。『異教徒の神』『希望を売る悪魔』『イニシエノ支配者』中でも俺が1番気に入っているのはシンプルに『竜』だな」
「竜? 竜ってドラゴンか? 空を飛んだり火を吹いたりするっていう大昔に絶滅した大きなトカゲだろ?」
「たしかにその姿を使う個体は多かったな。最強の生物としてのイメージがドラゴンなんだろう。だが、ドラゴンと竜は違う。そして……」
ジークは、映像の中で縦横無尽に空を飛ぶイノセントを指さした。無垢な笑顔を浮かべて破壊の光を放つその姿を見て、ジークもまた牙を剥いて笑った。
「こいつは竜が信仰を集めるために力を分け与えたシンボルにして守護者。常に一人だけ選ばれる最強の広告塔だ。『教祖』『巫女』『契約者』『神の子』『ウミナシヒメ』こっちも呼び方は色々あるが……竜の隣に立つ者には、相応しい呼び名があるよな」
ジークに促されてファイラの唇が自然と開いた。考えるよりも先に言葉が紡がれ、声となって彼女の唇から零れていく。
「竜騎士……!」
ファイラは自らが発した言葉で身が震えた。自分が戦っていた相手は同じ魔法使いではない。生態系の頂点に君臨する伝説上の存在と、その守護者なのだ。
ジークはファイラの様子を見て、満足そうに頷いた。
「そう、その通りだ。あの子は魔法使いじゃねえ。竜に選ばれし唯一無二の存在。ドラグーンなのさ」