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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【そして一つ大人になった誰かの話】
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第13話。爆誕! 新人メイド、ファイラちゃん!

「死ね! スケベジジイ!」


「おう、俺の悪口は別に構わねえが、言うにしてもちゃんとメイドらしい言葉を使いな。これからお前が払うことになる契約料だろうが」


「お亡くなりくださいませ! 好色ご主人様ァ!」


「グッド!」


 やけくそ気味に言い直したファイラに向けて、満面の笑みで親指を立てるジーク。満足そうな彼とは対照的に、ファイラの顔は恥ずかしさのあまりに紅潮していた。


 彼女が現在身に付けている服はいつもの耐火性ベルトではなく、メイド服である。上下一体型の黒い下地。白いエプロンドレス。頭にはフリルのカチューシャ。手には長めの白手袋。膝の上まで覆う白いニーハイソックス。そしてスカートは太ももがわずかに見える程度に短かった。


 ここは聖骸教会の時計塔内側、最上階。ジークが各地に持つ隠れ家の一つである。10㎡四方の部屋には万が一の侵入者に隠れ場所を与えない為か、幾つもの小さな引き出しを持つタンスを除いて家具は置かれておらず、他に荷物らしき荷物も無い。床に溜まったホコリは、侵入者の足跡を残すためにわざと掃除されていないのだろうか。内壁が暗幕で覆われているのは、内部の灯りを外に漏らさない為に違いない。


 ジークに隠れ家を案内されたファイラが気付いたのはこの数点くらいだったが、他にも様々な罠と工夫が殺し屋ジークの隠れ家には張り巡らせられていた。


 しかし、それを見て期待が昂るファイラにジークが提示した契約料は[ファイラがしばらくの間、メイドとしてジークに仕える]というものであった。

 しばらくがどの程度の期間を指すかはジークのさじ加減一つであったが、魔導管理機関の消滅に伴い無一文となったファイラには他に選択肢は無かった。


 そして、下働き程度ならむしろ安いものだと判断したファイラは契約を了承し、普段なら絶対に着ない可愛らしい服を着せられた羞恥に顔を赤らめる羽目になってしまっている。


「なんでこんな服を持ってんだよ!」


「そりゃあ俺が着たからよ」


「ウッソだろお前!? 最ッ悪じゃねえか!」


「おい、口調」


「ご冗談もほどほどにしてくださいませご主人様ァ! 著しく不愉快でございます!」


「はっは! やりゃあ出来るじゃねえか!」


 ジークには女性が恥じらう姿を好む性癖があった。また、金銭では買えぬ物にこそ価値を見出す男であった。今回、彼が望んだ真の報酬は[口の悪い男勝りの不良娘が、自分には似合わないと思うような可愛い格好をさせられて恥ずかしがる姿を見たい]という、個人的趣味に基づくものであった。


 殺し屋ジーク、まさに漢の中の漢である。


「まあ俺がそういう服を着れたのは、10代の後半くらいまでだったけどなぁ。こう見えて俺ぁ、すんげぇ美少年だったんだぜ?」


「ご主人様は女装趣味の変態だったんでございやがりますですね!」


「最初は仕事を楽にやるための変装だったんだけどなぁ? 標的を誘惑するじゃん? ベッドに誘われるじゃん? そして殺すわけなんだが、標的が息絶える寸前にパンツを脱いでアレを見せてやった時の、絶望的な顔が面白くなってきちまってなぁ」


「筋金入りの変態でございますわね! チクショー!」


「あの頃は荒んでたからなぁ。だが殺しが楽しくなってきたら、殺し屋としてはマズいんだよ。仕事はなんていうか、こう……ストイックにやらなきゃなんねえ。興奮し過ぎてヘタ打ったり、心を病んで自殺した凄腕の同業者も多かったんだぜ。殺しに余計な感情を混ぜるべきじゃあねぇのさ……」


「哀愁に浸ってカッコつけてるとこ申し訳ありませんが、ご主人様が女装趣味で露出狂の変態だった事実にお変わりはございませんので! いい加減さっさと本題に入ってもよろしいですかね!」


「ハッハッハ! それもそうだな! 歳食うと昔の話ばっかりするようになっていけねぇ! 座る椅子も無くて悪いが、早速仕事の話にしようや!」


 ジークは高らかに笑った。ファイラは知る由もないが、この部屋には防音加工が施されている。どれだけ大声を出しても外部にジークたちの声が漏れる心配は無い。


「ほんじゃま、あらためて自己紹介からするとするかね。俺がジーク・アルトティーガーだ。他にも名前はいくつか作ったが、この名前で俺を訪ねてくる奴だけが依頼主になれる。昔は仕事を選ばなかったが、大きなヤマからは33年前を最後に手を引いた。殺し屋稼業も引退したんで、今じゃあ貯金を切り崩して細々と生活してるただのジジイよ。……俺の自己紹介としてはこんなもんか。じゃあ次はお嬢ちゃんの番だぜ」


「アタシはファイラ・フレイア・ガルフレアだ」


「おいちょっと待て、偽名だよなそれ。まさか本名じゃないよな? 魔法使いや魔術師の中には相手の顔と名前だけで呪い殺してくる奴もいるから、魔導管理機関じゃ二つ名で呼び合うことになっているはずだろ? なあ、その名前ってまさか自分で考えたのか?」


「うるさいな! 人の名前にケチつけんな!」


「はい口調」


「ああもう! ご主人様のお言葉は耳障りでございます! 私の名前を批評するのはおやめ下さいませ!」


「ハッハ! 意外と語彙が豊富じゃねえか! オーケーオーケー、最初からやり直そうや。名前と依頼の動機は?」


「はいはい! やればいいんだろやれば! ……私はファイラ・フレイア・ガルフレアと申す魔法使いでございます! 魔導管理機関の生き残りであり、私の仲間を奪った憎き魔法使いイノセントに復讐を誓う身でございます!」


「イノセントが憎いか」


「……当然だ!」


「殺してやりたいか」


 ファイラは気づいた。ジークは先程から笑ってはいるが、その眼の奥には底冷えのする刃が隠されている。老人は談笑を装いながらその刃にファイラを映し、彼女の価値を図っているのだ。


 嘘も誤魔化しも、この老人を誤魔化すことは不可能だろう。本音を話さなくてはならない。ファイラは自分でも整理のつかない気持ちを少しずつ探るように、かつてないほど慎重に言葉を選んだ。


「……恨みは、ある。あるけど、殺してやりたいほど憎い、かと、言われると……やっぱり、そうかもしれない」


 ファイラは自分でも歯切れが悪すぎると思ったが、ジークは横槍を入れることなく彼女の言葉の続きを待った。


「でも、どこか……どこかで、納得している部分は、あるんだ。私たちは魔法使いで、私たちからイノセントにケンカを吹っかけて、みんなガチで戦って……それで負けた。だから……イノセントは強かっただけで……悪くは、ない」


 イノセントは強かっただけで、悪くはない。

 自分からそんな言葉が出てきたことに、誰よりもファイラ自身が驚いていた。


「それでも、殺したいほど憎い……けど、殺しは、しない。一生歩けないくらい酷い怪我をさせたくも、ない。……そもそもアタシは二回負けてる。勝てる気だってしない。だから、どうすればいいのか、わからなくなって……」


 自信を失い、尻すぼみに言葉が小さくなっていくファイラ。


「それで、アリシアさんに言われて俺を訪ねてきたってか」


 ファイラはジークの助け舟に、コクンと頷いた。


「アリシアさんはお前に何て言った」


「……アリシア、さんは」


 あの老婦人の優しい笑顔を思い出し、ファイラの胸が詰まった。それでもファイラはスカートの端を握り締める拳に力を込め、喉の奥から絞り出すようにして彼女の遺言を紡いだ。


「あの子を止めて、と、言った」


「そうかい。じゃあ止めてやらねえとな」


 ジークは懐から一本の葉巻を取り出した。しかし彼はそれに火を点けるでもなく、名残惜しそうに眺めた後に再び懐にしまい直す。その様子を見て、ファイラは不思議そうに首を傾げた。


「吸わないのか?」


「仕事中は吸わねえよ。身体に臭いがついちまうからな。一服は仕事が終わってからのお楽しみだ。……さて、だいたい話はわかったし、商談をまとめるか!」


 パァン! ジークは豪快に両手を叩いた。


「依頼内容は魔法少女イノセントを止めること。殺さず、障害も残さず、テロ行為からきっちり足を洗わせること。さらに贅沢を言えば、お前さんをイノセントに勝たせてやって、曲がりなりにも敵討ちを成立させてやること。これだけでいいんだな?」


「いや、これだけって……そうなんだけどよ」


 ジークがあまりにも簡単に言い放つので、ファイラは鼻白んだ。


「お? 出来るわけねえだろ簡単に言うな、って顔してんな? ハッハ! いい事を教えてやるよ、お嬢ちゃん」


 ずい、と。ジークはファイラの鼻先に顔を近づけた。


「最初から無理だと諦めるから、無理になっちまうのさ。逆だってそうだ。勝てる出来る必ずやれる。そう信じれば、どんなバケモンにだって勝つ方法が見つかるもんだぜ。俺は今までそうやって大物を何匹もブチ殺してきたんだ。中には今思い出しても小便チビっちまうようなおっかねえバケモンもいたが、結局のところ最後に勝ったのは俺よ。殺して死なないバケモンなんて一匹もいなかったぜ。だから、断言してやらぁ」


 そしてジークはファイラの肩に手を置いた。近づけていた顔を離すと、顔を綻ばせてニカッと笑い、親指を立ててウインクをした。


「良かったな。お前さん、勝てるぜ。俺と組んだ時点でお前の勝ちよ。どんな敵にだってビビるこたぁねぇ。無敵の俺様が、バケモンへの勝ち方ってヤツを伝授してやらぁ!」


 老人の手は異様な程に熱かった。その熱はファイラの肩を通して彼女の心の臓に流れ込み、燻り消えかけていた胸の炎を強く揺さぶり、再び燃え上がらせた!


「アンタを信じるぜ、ジークさん……!」


「ハッハ! いい顔になったじゃねえか! そうよ! それが狩人の顔だ! これで契約成立だな! ならさっそくイノセントちゃんをやっつける方法を考えていこうじゃねえか!」


「よろしくお願いします! ご主人様!」


 ファイラはジークに向かって勢いよく頭を下げた。

 ジークの瞳に映るそんな彼女の姿に、かつての依頼人たちの影が重なる。


 家族を殺された女の子がいた。

 魔法使いに娘を拐われた父親がいた。

 国を乗っ取られた元王子様がいた。

 人間に住処を追われた怪物もいた。


 ジークが彼らの要望を叶えることで新たな人生を歩み出せた者もいれば、より一層不幸になった者もいたし、ジークの目の前で自殺してしまった者もいた。


(今度は、気持ちの良いハッピーエンドにしねぇとなぁ)


 誰に聞かれるでもなく、年老いた狩人は心の中で決意を固めるのであった。




挿絵(By みてみん)




 ジークの絵はレイヴンさんに描いてもらいました。

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