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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【そして一つ大人になった誰かの話】
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第9話。爆走! 悪魔鉄道超特急!

 ガァン! ……ガァン、ガァン!

 ガギャギャギャギャギャアアアアアンンン!


 イノセントの光弾によって焼け焦げた鉄屑と化した客室は、残骸を撒き散らしながら鍵盤の上を転がり滑った。


 しかしそれもやがて止まる。


 ZaWaaaaaaaNa.LyuMiRarrry……。

 LuMuuuuuuuLa.ParrLuSyeee……。


 人形たちのアカペラが響く。


 イノセントは燻り煙を上げる鉄塊を警戒して距離を取っていたが、反撃が来る気配は無い。

 彼女は角度を変えて回り込みながら鉄塊に近付く。先程の光弾によって粉微塵に粉砕されたトランペットの金粉が、雪のように降り注いでいた。


 その直下に敵はいた。


 ヒュ……ヒュー……。


 今にも消えそうな呼吸の音。

 鉄骨がルミナの腹を貫いて、鉄塊に縫い付けていた。右目は潰れ、上半身には無数の鉄片が突き刺さり、皮膚は焼けただれ、客室の転倒に巻き込まれて骨は折れ、光弾を受けた下半身は消滅して中身を溢れさせていた。


 彼女は、鉄屑に混ざる血のオブジェと化していた。


 Pa.TarrrrrrrRe.ZaNaSes……。

 En.DeeeerGu.NoWaZye……。


「イノセント、後ろの道が消えていくよ。嫌な予感がする。先を急ごう」


 イノセントの横に浮かぶキャンバスが、後方を見てイノセントを急かした。キャンバスの言う通り、遥か後方に続いていたはずのレールが幻のように少しずつ消えていく。


「うん。……でも、ちょっとだけ」


 イノセントは瀕死のルミナの前に降り立った。

 ルミナの青い瞳がわずかに動き、イノセントを捉える。もう魔法を使う力など残ってはいない。彼女はただ死を待つばかりである。


 ヒュゥ……ヒュゥ……。


 イノセントはルミナから視線を落として顔を伏せ、眉をひそめて魔法クレヨンを強く握り締めた。彼女はそのまま憂い気な表情で何かを考え込むようにしばし沈黙を保っていたが、不意に顔を上げて弾けるような笑顔を見せた。


「いい闘いだったわ、魔法少女ルミナ! 正々堂々お互いの全力をぶつけ合ったベストバウトね! もし星の巡りが違っていれば、きっと私たち友だちになれたかもしれないわ! でも、あなたとの戦いのおかげで私はまた一つ強くなれたわ! ありがとう!」


 すでにルミナの目からは一切の感情が消えていた。あれだけ燃え滾っていた憎悪も怒りも、もはや存在しない。人魂のような虚ろな光を残し、イノセントをただぼんやりと見つめていた。


「安心して! あなたの尊い犠牲は決して無駄にはしないから! 世界の平和は必ず私が守ってみせるわ!」


 ヒュ……ヒュ……。


 もはや聞こえているかも定かではないが、命の灯火が消えつつあるルミナに対して、イノセントは誇らしく胸を張った。


「あら?」


 ボロボロになったルミナの右手が震えながらも動き、微かに持ち上がったことにイノセントが気づいた。


「そっか、握手ね!」


 喜び駆け寄るイノセント。

 しかしすぐにその笑顔が固まる。


「え?」


 イノセントの眼前に突き付けられたものは、ルミナが最後の力を振り絞って立てた中指だった。


 ヒュ…………。


 ルミナの呼吸が止まった。

 右手が地に落ちる。蒼く輝いていた左目の光も、その命と共に消え去った。イノセントの足元にはルミナから流れた血が広がり、頭上からは金色の塵が降る。


 ZaWaaaaaaaNa.LyuMiRarrry……。

 LuMuuuuuuuLa.ParrLuSyeee……。


 鎮魂歌が静寂を埋めていた。


 項垂れたイノセントの横顔を、彼女の髪が隠している。

 イノセントは何も言わず、しばらくそのままルミナの死骸を見つめていた。


「……キャンバス。私、言葉を間違えちゃったのかな」


 Pa.TarrrrrrrRa.ZaNaSes……。

 En.DeeeerNa.NoWaZye……。


 宙を浮く小動物は、そんな彼女に優しく寄り添った。


「仕方がないよイノセント。世界平和には犠牲が付きものなんだ。君は優しいから、この魔法少女のような悪人でも救いたかったのかもしれないけれど、正義の敵を助けることは悪事に加担することになってしまうよ」


「そう、なのかな……」


「そうとも。さあ顔を上げて胸を張るんだ、イノセント。君は誰にも出来ない正しいことをしているんだから、後悔したり迷ったりする必要なんて無いんだよ。それに、君がここで立ち止まってしまったら、君の助けを待つ人々に申し訳がないと思わないかい? 世界にはまだまだ君の力を必要とする人々がいるんだよ」


「そっか、そうよね……うん、私、頑張るから!」


 イノセントはドレスの袖で目元をゴシゴシと拭いた。

 そして再び顔を上げた時、彼女は輝くばかりの笑顔を取り戻していた。


「その意気だよイノセント! さあ、もうひと踏ん張りだ! 一緒に頑張ろう!」


「任せて! 一気にやっつけちゃうから!」


 イノセントは腕まくりをしてガッツポーズを決めた。翼を開き、純白の火の粉を散らして再び空へと舞い上がる。

 彼女は飛び去る前に、無惨な姿となったルミナの姿をもう一度だけ見下ろした。


 PATA! Wander.MaDar.SaLe!

 I.WakeNakiKoYA! NeMur.Tamor!


 イノセントは胸の前で十字を切った。それを合図に彼女の迷いが消える。余計な考えは後回しにしよう。今は正義と平和のために戦い続けなくてはならないのだ。


 光の矢となったイノセントが、死骸の頭上を飛び越えて遠ざかっていく。その飛翔から放たれた風が死骸の髪を揺らした。


 Kono.TamaSie.Ni!

 SukuiAReeeeeee……!


 人形たちによる合唱は彼女の死を悼むように、異界のコンサート会場に美しくいつまでも響き続けていた。






「トリック・バイ・トリート!」


 巨大な落書きの鎖が人形と客室の一つに絡み付いた。両者を結び付ける鎖が伸びきると、客室は横転しレールから滑り落ちて空中に逆さ吊りとなった。


 イノセントは急降下して客室を覗き込む。しかし空だった。外れだと分かれば無人の客室を置き去りにして、イノセントは次の客室を探す。この繰り返しも、もう5輌目だった。


「ねえ、イノセント。どうして一つずつ調べているんだい? 一気に壊して回った方が早くないかな?」


 イノセントの非効率的な行動を疑問に思ったキャンバスが質問を投げかけた。するとイノセントは、その疑問に人差し指を立てて得意気に答える。


「それはダメよ、キャンバス。もし全部壊しちゃったら、私たちが元の世界に戻る道がわからなくなってしまうわ」


「なるほど、たしかにその方が確実だね。僕は敵をやっつければ元の世界に戻れると思っていたよ。君は本当に賢いね」


「ふふーん。私だってちゃんと考えてるんだから!」


 その後もイノセントは分離して走る客室を次々と捕らえた。しかし客室もまた、数が減る度に新たな工夫を見せてイノセントを手こずらせていた。


 7輌目は煙幕を出していて、とても煙たかった。


 8輌目は他の車両群と90度異なる方向に走り始めたので、優先して狙わざるを得なかった。


 10輌目は近寄り難い刺激臭を放ってイノセントの接近を拒んだ。


 11輌目は人形に衝突して壊れた振りをして、イノセントが通り過ぎると逆走した。イノセントは慌てて追いかけたが、追い付くと中には誰も乗っていなかった。


 13輌目は曇りガラスになっていて中が見通せず、イノセントが近付いた途端に窓という窓からナメクジに似た無数の触手が飛び出してきてイノセントを捕らえようとした。


 15輌目を撃破した時、唐突にコンサート会場が消えた。世界は赤い空と白骨の大地がどこまでも広がる最初の様相を取り戻していた。


 17輌目もハズレだった。窓のない車両だったが、中からファイラの怒鳴り声が聞こえていたから警戒したのに、いざ天井を破ってみると中には誰もいなかった。


 18輌目はなぜか最初から壊れていた。中身は丸見えで誰もいなかったので、イノセントはスルーした。


 19輌目にも騙された。窓から顔を出すファイラと白服の紳士の顔が見えたので警戒して距離を取っていたのに、近づいてよく見てみると精巧な蝋人形だった。イノセントが落書き鉛筆で客室を破壊した時に付近を見渡すと、13番駅と書かれた看板が立てられていた。


 20輌目。窓以外の全てが鏡張りになっている車輌だった。鏡が周囲の景色を映すので非常に見つけにくかった。窓には鍵がかかってなかったのでイノセントがそこから入ってみると、血塗れで項垂れ、座席に腰掛ける片手片足の男性の姿があった。


 また偽物かとイノセントは思ったが、今度はどうも本物の人間のように見える。男性に動く気配が無いのでイノセントは自分から近づき、男性の白髪の合間に手を差し込んで、彼の額にそっと触れてみた。


 冷たい。


「キャッ!」


 驚いたイノセントが反射的に手を離すと、図らずも彼を突き飛ばす形になってしまった。死骸の背中が座席の背もたれに当たってもたれかかり、彼の顔が正面を向いた。


 その口元には勝ち誇るような、仄かな微笑があった。


「次はぁああああああああ、深海ぃいいいいいい、深海ぃいいいいいい」


 アナウンスが鳴る。

 この世界にはもうファイラもクロック・ハウスも居ない。大切な乗客はセドリックが目的地まで送り届けた。残るは招かれざる無賃乗車犯だけだ。

 彼は自分の役割を成し遂げたのである。


「あ……車掌さんの帽子……」


 イノセントはセドリックが被っていた帽子に目をつけた。

 彼女は車掌を自分自身が殺害してしまったことを知らない。次なる目的地は深海、何処とも知れぬ海の底。目的地の変更権を持つ者はもう居ない。


 イノセントはしばらく車掌の亡骸を眺めて思案に耽っていたが、やがてポンと手を打った。






 ファイラとクロック・ハウスは天空島へと帰還していた。イノセントが追い付くよりも遥かに早く、セドリックは彼らを無事に送り届けていたのである。


「クソッタレ! クソッタレ!」


「ファイラちゃん、自分をそんなに責めないで。これはあなたの責任じゃないのよ。私たち大人の責任なの。それにファイラちゃんは、きちんと自分の使命を果たしてくれたわ」


「でも、でもよ、アタシがもっと、もっと強かったら、ルミナもセドリックを見殺しにしなかったのに……!」


 涙目で壁を殴ったファイラの拳を、老婦人が優しく両手で包み込んだ。ただそれだけで、怒り、悲しみ、無力感といった、ファイラの胸の内で煮えたぎる負の感情が中和されていくのを、ファイラは感じ取った。


「違うよ、見殺しなんかじゃない。それは命懸けで戦った彼らに失礼な物言いだ」


 彼女たちを見守るクロック・ハウス。彼の胸中には仲間を失った悲しみに勝る達成感があった。


「彼らは勝ったんだ。イノセントは彼らによって、二度と戻れない世界の果てへ連れて行かれた。これで……」


 世界が赤く染まった。


「何?」


 足元には白骨が積み重なる。地の果てには黒い影が躍り狂う。警報音が鳴り渡り、異常な長さの腕と脈打つ血管が道を作った。上空から錆びた鉄板が落ちてきて白骨の地に突き刺さった。そこには[13番駅]と書いてあった。


 汽笛が鳴る。彼方より絶叫が迫る。赤い光を放つ巨大な頭蓋骨が来る。客室の窓から手を振る人影が見える。


「セドリック!? お前、生きていたのかよ!」


 喜び、駆け寄ろうとするファイラ。しかしその足は数歩進んで止まる。

 彼女は気づいてしまった。人間にしては大きく丸すぎる頭と細すぎる腕、そして子供が描いたような落書きの顔に。

 そして落書き車掌が被っている血塗れの帽子は、かつてセドリックが愛用していた物だった。


 客室の屋根に取り付けられていた二列のスポットライトが一斉に点灯し、強い光で上空を照らし出す。


 そこには、お決まりのポーズを取るイノセントの姿があった。


「マジカル! コミカル! クリティカル! 天に代わって悪を狩る! 夢と正義の魔法少女、プリンセス☆イノセント! 無垢なる祈りと共にただいま見参!」


 13番駅の運行時間は片道で13分。現実世界で13秒。

 ファイラとクロック・ハウスが天空島に帰還してから、わずか数十秒後の出来事であった。




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