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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【そして一つ大人になった誰かの話】
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第3話。集結! 悪の魔法使い軍団!

 天空島にそびえる古城の内部空間は、実物の500倍に拡張されている。しかし万が一の侵入者対策として『楽しい迷宮(ハッピーダンジョン)』が大いに張り切った結果、複雑怪奇な迷路と非人道的トラップと防衛用拠点徘徊性生物とランダムアイテム設置機能が入り乱れる混沌の魔境と化してしまっていた。


 どれくらい混沌としているかと言うと、例えばトイレに行くためには迷宮各地に散らばった石のレリーフを集めて正しい順番で古城入り口の石像の裏にはめ込んで噴水が止まったら池の中に隠されているクランクを拾って一旦外に出て犬小屋の中の杭を引き抜き空いた穴にクランクを差し込んでグルグル回すと音楽室の隠し扉が開くのでピアノで特定の曲を弾くとようやくトイレへの隠し通路が開く。なお使用後は再び迷宮にレリーフが散らばる……といった正気を疑うような仕様になっている。


 当然ながら誰もそんな施設を使いたくないので、移動には全員がワープゲートを利用している。『大泥棒(パンツハンター)』が世界各地に設置した空間と空間を繋ぐ門がなければ、内部の移動どころか天空島に辿り着くことも困難だろう。


 ちなみに余談ではあるが、この件を巡っての大喧嘩でハッピーダンジョンもパンツハンターも天空島から出て行ってしまっている。




 古城には天井を突き抜ける巨大な広葉樹があった。

 直径8m高さ50mを誇るこの巨大樹はハッピーダンジョンが歪めた空間をも突き抜け、古城内に穏やかな陽射しを運んでいる。

 巨大樹の根本。古城内で繁殖してしまった雑草に囲まれて、ロッキングチェアに身を委ねている老婦人がいた。風が巨大樹の枝を揺らして心地良い音を奏でる。


「ねえ、ミレニアムさん。どうしても人は争い合わないといけないのかしら……」


 彼女は通称『平和の祈り手(ピースメーカー)』。前人未到の超長距離の射程距離を持つテレパシストである。

 彼女のテレパスは相互理解に特化している。一度に複数人の思考を繋げることも、異なる言語で会話を交わすことも、個人の記憶を読み取り他者に伝えることも、彼女にとっては何ら難しいことではなかった。その能力を用いて、ファイラのような天空島に常駐していない魔導管理機関メンバーへの連絡は彼女が担っている。

 最古参の一人である彼女は、かつてはクロック・ハウスと恋人関係にあったという噂もあるが、その真偽は定かではない。


「う、ぉおおおおおぉぉん」


 巨大樹が唸り声とも叫び声ともつかぬ奇妙な声を発した。生い茂る葉の一枚一枚に赤い目玉のような模様が浮かぶ。

 この巨大樹こそが『百々目樹(ミレニアム)』と呼ばれる世にも珍しい植物種の魔法使いであった。高い知能を持ってはいるが人語を発声する器官は待っていないため、ピースメーカーが発見して自動言語変換を行なっていなければ、ただの不気味な木としてその生涯を終えていただろう。


「人類種は、まだ弱ぁああい。現在の文明レベルではぁぁあ、いずれ来たる侵略種に敗北してしまぁああう。人類種の滅びはぁああ、この星の生態系の滅びぃいいい。人類種は互いに殺し合いいい競い合ってええ進歩しなくてはぁあああ、この星を守ること能わずぅううう」


 ミレニアムには未来を視る能力があった。

 そして、その予言の的中率は80%を誇る。ミレニアムが言うには未来とは不確定要素だらけであり、視えるものは実現する可能性がある複数の光景の断片のみなので、それらをつなぎ合わせて、その時点で最も実現する可能性が高い未来を予測しているということだった。彼の能力は未来予知ではなく、未来予測と呼んだ方が相応しいだろう。


「やっぱりそうなのね……。とても残念だわ」


 このやり取りはもう何度繰り返したも分からない。老婦人と巨大樹にとって、お決まりの挨拶のようなものであった。


 そこへファイラとクロック・ハウスが到着する。


「ちーっす、邪魔するぜー」


「あらあらあらあら! 来てくれたのねファイラちゃん!」


 老婦人が椅子から立ち上がり、両腕を広げて歓迎のポーズを取った。ファイラは足を止めて少し悩んだ


 が、気がつくと老婦人の腕の中にいた。言わずもがな、後ろで彼女らを見守るクロック・ハウスの仕業である。ファイラはげんなりとしながら老婦人のされるがままに抱きしめられたり頭を撫でられたりした。


「疲れてなーい? お腹は空いてない? ごめんなさいねえ、こんなおばあちゃんのお願いを聞いてくれて、すっごく嬉しいわぁ……! ファイラちゃんは本当に良い子ねぇ〜!」


 わしわしと頭を撫でられることに不満そうな顔を見せるファイラであったが、子供扱いをされても内心ではそれほど嫌がってはいない。すでにファイラは天涯孤独の身であるため、ここまで顕著に家族のように接してくれる者はこの老婦人しかいないからである。


「いーからさっさと本題に入ってくれ……。新しく見つけた魔法使いはどんな奴なんだ?」


「それがね、妙なのよ」


「妙?」


 老婦人は撫でる手を止め、心配するようにファイラの顔をじっと見つめた。


「この子ね、私の呼びかけも聞こえていないみたいだし……心の声も全然聞こえないの。……ううん、それだけならまだいいのよ。抵抗する強い力を持った子は今までにもいたし、私の力は結界や守る力までは破れないもの。そういった力があると思えば、全然おかしなことじゃないの。でも、変なのよ。おかしいの」


「チッ。何がそんなに変なんだ」


「この子はたくさんの生き物を出せる魔法使いみたいなんだけれど、その生き物たちもこの子と同じなの。声が全然聞こえなくて、他の人の声を通さないと存在がわからないのよ。まるで本物の生き物じゃないみたい。それにミレニアムさんも、この子が直結する未来は視えないって言ってるの」


「ミレニアムも?」


「甚だ不可解なりぃいいいい」


「本当は僕と『無限牢(プリズン)』でスカウトに行こうと思っていたんだけどね、ミレニアムがファイアフレアちゃんじゃなけりゃダメだって言うんだよ。ファイアフレアちゃんしか勝てないってことなのかな」


 それまで黙っていたクロック・ハウスが口を挟んだ。ファイラは眉をしかめて予言の巨大樹を見上げる。


「否、否なりぃいい。件の魔法使いへの勝利ではなくぅううう、ファイラ・フレイア・ガルフレアによる交戦こそ重要なりぃいいい。この魔法使いとの接触はぁあ、ファイラ・フレイア・ガルフレアの成長に必要不可欠なりぃいい」


「ハッ、アタシを鍛えるためってか? じゃあアタシが嫌だって言ったらどうなるんだぜ?」


 天空島に来ている時点でファイラに断る気はなかったが、挑発するようにファイラは軽口を叩いた。


「う、ぉおおおおおおおおん」


 ファイラの軽口を真に受けたミレニアムが唸る。鮮血の赤色が全ての葉に浮かび、無限に枝分かれする未来の断片を見通す感覚器官と化す。

 三人の魔法使いが見守る中、やがてミレニアムは結論を出した。


「人類は、500年以内に、滅びる」


「は!? ……マジかよ」


 これには流石のファイラも閉口した。ミレニアムは決して嘘や冗談は言わない。彼の言葉は全てが真実である。

 だがそれにしても信じがたい予言であった。ファイラは魔法使いではあるが、特別に強いわけではない。むしろ現存する戦闘特化型の魔法使いの中では弱い方ですらある。

 彼女の能力はただ一つ「炎への命令が出来る」というもので、かつては数多くいた炎を操るタイプの亜種に過ぎない。決してそこまで強力な魔法使いではないのだ。


 ファイラにこの仕事を断るつもりはない。断るつもりはないが……ここまで重大な案件だとは微塵も考えていなかった。

 人類の命運が賭かるような役割を、果たして自分が成し遂げることが出来るだろうか?


「……そう。不安なのに頑張ってくれるのね」


 ファイラの結論と不安を感知した老婦人は、優しくファイラの手を握った。


「でも、もしね、もし失敗したとしても、それは大丈夫なの。あなたが考える一番悪い事態になったりはしないのよ。何が良くて何が悪かったかなんて、ずっと後になってしか分からないもの。たしかに使命に一生懸命になるのはいいことだけど……夢中になりすぎて、取り返しのつかないことになっちゃった人もたくさん見てきたの。だから、お願い。無理はしないでちょうだい。これでもしもファイラちゃんに何かあったら、おばあちゃんはもう生きていかれないわ……」


 そう言って老婦人は泣きそうな顔をするので、ファイラは出そうとした悪態を引っ込めざるを得なかった。


「大丈夫、僕も一緒に行くよ。危ないと思ったらすぐにファイアフレアちゃんを連れて戻ってくるからね。カーくん、送り迎えを頼めるかな」


 羽音も立てず、巨大なカラスがミレニアムの枝から舞い降りた。

 魔法使いは突然変異体のためか、同族とは異なる身体的特徴的を持つ者が多い。カラスのカーくんもまた、その一員であった。可愛げのある名前とは裏腹に、これまで百人以上の魔法使いを殺害せしめている現代最強級の魔法使いである。


「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ。心配なんかされなくてもアタシが負けるわけねーだろ。アタシ一人で圧勝だ圧勝。そこで指を咥えて眺めてな」


 ファイラがカーくんに飛び乗ると、カーくんは一声鳴いて翼をはためかせた。クロック・ハウスを置き去りにして高度を上げていく彼女たちを、老婦人は寂しそうな顔で見送る。


 ファイラは単純な性格ではあるが、馬鹿ではない。

 クロック・ハウスとプリズンの二人がミレニアムに止められたということは、この二人の出撃は死を意味する。

 同じく、ファイラにとっての勝利が重要ではないということは、ファイラの敗北が確定的であることも意味している。

 どちらも承知の上で、ファイラは一人で戦うことを選んだ。


「……じゃ、僕はセドリック君に声をかけてくるよ」


「頼んだわよ……どうか、あの子を死なせないであげて」


「もちろんさ。あの子は僕たちの希望そのものだからね」


 そして、そんな彼女の健気さを知っている魔法使いたちは、危険と知りつつも彼女を一人で戦地に送り出すことは出来なかった。


「時期的にそろそろなんだろう? ミレニアム君」


 その選択が、命取りになることを知っていても。


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