第2話。登場! 炎の魔法少女!
混同されやすいが、魔術師と魔法使いは別物である。
魔術師とは固有名詞ではなく俗称である。結界学者、召喚学者、生物学者、神霊学者、考古学者……その他、複雑怪奇に細分化されたそれぞれの技術系統の専門家をまとめて魔術師と呼ぶ。
どれもこれも難解で狭き門ではあるが、適切な知識と技術力と資金力さえあれば一般人でもそれなりの結果を出すことは難しくない。言ってしまえば魔術師には誰でもなれるのである。
そして魔法使いもまた、俗称である。
しかしその性質は研究職の魔術師とは大きく異なる。
自然発生型戦略兵器。
魔法使いにはこの名称が相応しい。
血統や種族に関係なく何万分の一という確率で生まれるこの一世代限りの個体は、発生する度に類を見ない固有の特殊能力を持って世界情勢を一変させる。
0から1を生み出し、山一つを丸ごと宝石に変え、天から燃える巨石を降らす、世界の理を書き換える奇跡を振るう者。
それが魔法使いである。
しかし33年前、この力を持って外敵を駆逐した人類は、同じ力を同族との争いに利用し始めた。
魔法使いに勝てる者は魔法使いだけである。人類間の戦争は兵力や豊かさではなく、どれだけ多くの魔法使いを揃えられるかで勝敗が決まるようになっていた。人知の枠を超えた超常の戦いで多くの民が死に、幾つもの国が消え、名を馳せた魔法使いが次々と死んだ。
そして終わりの見えない殺し合いに嫌気が差した当時最強級の魔法使いたちが結託して「魔導管理機関」を結成し、魔法使いの戦争を終わらせたのが今から12年前である。
1、魔法使いによる国際紛争への干渉を禁ずる。
2、自衛を除き、魔法使いは許可無き戦闘行為を禁ずる。
このたった二ヶ条の条約を守らなかった国も魔法使いも、魔導管理機関の集中攻撃を受けて消滅した。亡国の危機にある国が魔法使いに頼らざるを得なくなった場合、そこまで追い込んだ敵国も同罪と見なして消滅させた。
多くの血が流れたが、そこまでやってようやく全ての国が魔法使いへの依存を止めた。それが今から12年前の出来事である。
地表から上空6000m。存在を固定された巨大積乱雲に隠れて浮かぶ孤島があった。天空島ラ・プントゥー。複数の魔法使いが協力し合って作り出した魔導管理機関の本拠地である。
天空島はこの高度にありながら、かつて地上にあった時と同じ環境を維持し続けている。水源も無いのに川が流れ、雲が無くとも雨が降り、垂直に切り立った海からは魚が釣れ、四季折々の花が咲く庭園があった。
風は花々が落とした色彩を優しく掬い、ほのかな甘い香りを宿して天空島を流れていく。
風に撫でられて少女の髪がたゆたう。
肩の高さに切り揃えた明るい赤色の髪。やや長めのもみあげ。揺れる髪の合間から覗く可愛さと野生を併せ持った美貌。そして年齢相応以上に豊かに実った胸。
彼女の名はファイラ・フレイア・ガルフレア。
昨年に魔導管理機関の一員となった15歳の若き魔法使いである。なお、服や下着の類は一切身に付けずに耐火ベルトを素肌に巻き付けるという服装に関しては、普通の衣服では戦闘時に燃え尽きてしまうという仕方のない事情があるので、彼女のファッションセンスを責めてはいけない。
「やあ、おかえり。ファイアフレアちゃん」
人当たりのいい笑顔を浮かべた優男がひらひらと彼女に手を振った。白いスーツに白いシルクハット、黒のネクタイを愛用している金髪碧眼の男。
彼は通称、『時計屋』。時間の流れを遅らせたり加速させることができる魔法使いである。自分自身の年齢も常に遅延させているため、20代前半の青年に見えてもその実年齢は90歳を超える魔導管理機関創設メンバーの長老である。
本人は気さくな好青年を自称しており、実際にその通りであるのだが、何故か「あいつはいつか笑顔で裏切る黒幕タイプの悪人」という事実無根のイメージが定着してしまっている。
「おかえり言うな。あと人の名前を勝手に省略するんじゃねえ」
「だってこっちの方が呼びやすいんだよねえ。コードネームもそろそろ考えないといけないし……『正義の炎』とかどうかな」
「ダッセェ……。あとちゃん付けもやめろって言ってんだろ。アタシはもうお子様じゃなくて一人前だぜ」
「ははは、もうすぐ百歳になる僕から見れば、まだまだお子様さ。それに一人前のレディになりたかったら、まずはその口の使い方から直さないといけないよ」
「言ってろ、クソジジイ」
ファイラはクロック・ハウスに中指を突き立
てたつもりだった。
「じゃ、とりあえず今回のお仕事の話をしながら『百々目樹』のとこに行こっか」
一瞬たりとも目を離してはいないのに、クロック・ハウスはファイラの隣に並んで肩に手を置いていた。
彼の魔法が発動するために必要なタイムラグは0秒。そして時間を止めるこの魔法を破れた者は、今までわずか1人だけである。
「……ヘンなトコ触ってねーだろな」
かつての手痛い敗北を思い出しつつも、ファイラは強気な姿勢を保とうと努力する。
「失礼だなあ。今回は触ってないよ」
クロック・ハウスは両手を広げて大袈裟に肩をすくめた。
「じゃあ以前は触ってんじゃねーか!」
ファイラがクロック・ハウスの顔面を狙って繰り出した右ストレートは
鮮やかに空を切った。
「実はね、新しい魔法使いが見つかったんだ」
「あん?」
彼はファイラの背後にいた。この男を殴ろうとしても無駄なので、ファイラは渋々と拳を収めて話を聞く。
「マグナオプス帝国の主要な王族と貴族たちが、たったの数日でみーんな殺されちゃったよ。他国に攻め込んでた帝国兵もほぼ全滅。おかしいと思って調べたら、やっぱり魔法使いの仕業だったようだね」
「へえ、いい気味だぜ」
「ファイアフレアちゃんはあの国嫌いだったからねえ」
「それで、そいつはどっかの国が雇った魔法使いなのか?」
「しばらく泳がせてみたんだけど、どうもそれらしき動きじゃないんだよねえ。貴族たちが貯め込んだお金を一般人にバラ撒いたり、あちこちの戦場に突撃して両方の兵隊をボコボコにしたり……まるでちょっと前のファイアフレアちゃんみたいだよ」
「ケンカ売ってんのか?」
「いやいや、他意はないよ。この動きはどこにも所属していない野良の魔法使いっぽいなーって。しかも僕たちのことを知らなくて、正義感が強い子だね。ほら、ファイアフレアちゃんだってそうだったでしょ? そういう子はちゃんとお話すれば分かってくれるからね」
「……チッ」
ファイラは苦々しそうに舌打ちをした。正義感の強かった彼女は、魔法使いとして覚醒したばかりの頃に似たような事件を引き起こしている。
彼女はこの世界が許せなかった。
飢えて死ぬ者。肥え太る者。戦場で殺し合う若者。安全な場所でそれを命令する老人。恋人に愛され子を育む美女。娼館から使い捨てられた病人。死んだ目をした奴隷。欲望のままにその体を貪る貴族。奪われる者。奪う者。
そういった格差の何もかもが、彼女は気に食わなかった。
魔法使いとしての力が増してきたある日を境に、彼女は不公平な社会構造を破壊してやろうと後先も考えずに暴れ回り、魔導管理機関に発見され、大立ち回りの末に死ぬ寸前まで追い込まれた。
当時、死ぬまで抵抗を続けようとした彼女を庇った者が、クロック・ハウスである。そして彼女は魔導管理機関の一員となることを決めた。
君の正義は分かったよ。でも僕らもね、この世界を少しでも良くして、一人でも多くの人が幸せに暮らせる世の中を作ろうとしているんだ。お願いだから、君の力で僕たちを助けてくれないかなぁ。
自分を庇ってくれたクロック・ハウスの言葉を、今もふとした時にファイラは思い出す。
そういう事情もあって、ファイラは態度こそ悪いものの、仕事に関しては意外なほど素直に引き受けるのであった。
「任せな。ちょうど退屈していたところだ。新入りを軽ーく可愛がって、現実ってやつを教えてやるぜ」
ファイラは灰島さんに描いてもらいました。ギザギザの歯が大変性癖に刺さりますね。
今回は出題編とかはありませんが、勘のいい方は早い段階で気付いてくれるのではないでしょうか。




