最終話。確信犯、有罪判決を受けてなお反省の色無し
ー20時頃ー
「オ〜ウイエスッ! オ〜ウイエスッ!」
「シーッ! シィィーッ! シーハーシーハー!」
「ンンーッ! カマーン! カマァーン!」
何やら激しく戦っているような声とスパーンスパーンと肉を叩くような音が、ビリーさんとメリッサさんがいる部屋の中から廊下に飛び出していました。
(げげっ、もうヤってる!)(ん? 何をだ?)
クレア様とハスキさんはドアの前でヒソヒソ声で話し合います。
(何ってアレだよアレ! 男女が一つの部屋でやるアレ!)(アレじゃわからないぞ)(……子作りだよ!)(ふーん。でも子供ってどうやって作るんだ?)(そこからか!? えーと、ええええーっとぉ……女性が男性から……た、種を受け取って、お腹の中で育てる……)(そうだったのか。でも何でお前の顔は赤いんだ?)(いいからとにかく突入だ!)(おう!)(私はここで待ってますね。あはは……)
クレア様の合図とともにハスキさんがドアを蹴破りました。「GO! GO! GO!」そして二人はアレが行われている部屋へと突入して行きます。
「キャア! 何よあなたたち!」
「風紀の者だ! 神妙にお縄を頂戴しろ!」
「なあ、風紀の者って何だ?」
「オーマイガッ! オーゥマイガッ! オッオッオ!」
「おい止まれ! 大人しく両手を上げて床に伏せろ! さては気づいていて最後までヤる気だなお前!? 無理やり引き剥がすぞ、ハスキ!」
「おう!」
「オウケーイ! レッツゴゥー! ファイブ!フォー!スリィー!」
「何カウントダウンしてんだコラァー!」
「やめて!私たちの神聖な儀式を邪魔しないで!」
「うるさい! お前らがヤると人が死ぬんだよ!」
「どういう原理でそうなるの!?」
「酒と薬と性行為は惨劇への特急券だ!」
「イッツァショウターイム!」
「ああーッ!? この野郎出しやがったー!」
「スンスン……これが種か?」
「コラッ! そんな汚いもの嗅ぐなハスキ!」
「ふぅ……そうだぜ……これが生命の種だ……神秘的だろ? 神がお与えになった愛の奇蹟だぜ……もっと近くでご覧……」
「ぎゃああああ!? 近づけるなブッ殺すぞ死ね!」
「アンッ!」
「イヤアアア! ビリーのビリーがぁー!?」
「安心しろ、峰打ちだ!」
「峰打ちでも致命傷じゃない!」
「死ぬ前に、もう一度空が見たかった……」
「さあ次に行くぞハスキ! この調子で明日の朝まで予兆をどんどん潰すんだ! 私達の戦いはこれからだ!」
「なんだかなぁ」
ー21時頃ー
「ハッピーちゃーん! ハッピーちゃーん!」
「どうした、何の騒ぎだ」
「実は妻の愛犬がいなくなってしまってね」
「あなたに転ばされた時に逃げたままなのよ! きちんと謝って頂戴!」
「うっ、それは本当に悪かったと思っている。転ばせてしまい、申し訳ない。この通りだ」
「きっと外にお散歩話に行っちゃったに違いないわ! 探しに行かなくちゃ!」
「だからそれを止めろって言ってるだろうがクソババア!」
「ギャアアアーッ!?」
「君ぃ! 今反省してると言ったばかりではないかね!?」
「それとこれとは話が別だっ! 犬くらい見回りついでにハスキの鼻で探してきてやるから今晩は部屋に閉じこもって一歩も出るな!」
ー21時半頃ー
「ほら愛犬だ。勝手に食堂に入り込んでた」
「ああよかったわ! 私がいないとこの子ダメなの! ンン〜よしよし、怖かったわねぇ〜!」
「犬ばっかりじゃなくて少しは孫も可愛がってやったらどうだ」
「孫? 孫なんてここには連れて来ていないわよ?」
「は? いやいや、顔色の悪い少年が居ただろう?」
「いいえ、私たち夫婦だけよ? そもそも子供なんて居たかしら、あなた?」
「私は見ていないが、居たのかもしれないね」
「なあ、ここ二人部屋だぞ」
「ゴホッ、ゴホッ」
「ほら! ほらほらほらほら! 今声が聞こえた!」
「クレアさん、あなた疲れているのよ」
「憑かれているのはお前らだからな!? 撤収だ撤収! こんな場所に居られるか! 私は帰る!」
「あの〜クレア様? その台詞も危ないのでは……?」
ー22時頃ー
「あら? トムあなた、顔色が真っ青よ?」
「どうにも気分が優れなくてね……昼間の雨で風邪を引いてしまったみたいだ……」
「そういえばその腕の包帯はどうしたの?」
「ああ、これかい……? 実はキャンプに来る前、錯乱した女の人に噛まれてしまっ「オラァーッ!」
クレア様のエルボーがこめかみに命中!「ウボァー!?」トムさんは口から盛大にゲロを吐いて倒れました。
「病人になんてことをー!?」
「うるさい! こいつがゾンビになる前に手足を縛って柱にくくりつけるんだよ!」
「そんな酷いわ! 彼は病人なのよ!? せめてベッドにしてちょうだい!」
「ベッドならいいのか」
「あの〜、せめて先にお医者様に診せた方がよろしいのではないでしょうか……」
ー23時頃ー
「クレアさん、少しいいですか」
「探偵か。どうした」
「実は重大な手掛かりを見つけましてね」
「おお、流石は名探偵だ」
「この事件の真犯人がわかりましたので、オーナーの部屋に皆を集めてくださいませんか」
「えっ?」
「ん?」
「私は準備がありますので、申し訳ありませんが先に現場に戻って皆と待っていてください。それでは後ほど」
「ストォーップ!」
「たわばっ!」
「いいのか? そんな強く殴って」
「しまった……気絶させるつもりはなかったんだが、つい力が入り過ぎた……。まあいいか、今となってはこいつも安全じゃない。こんな事を言う奴は止めてやらないと殺される」
「真犯人とか言ってなかったか?」
「……朝になってから聞こう。今は惨劇の可能性を少しでも減らす事に全力を注ぐんだ。もうじき日付も変わる。本格的に何かが起こるとすればそろそろだぞ。警戒しよう」
ー23時半頃ー
「どうしたんだい、アニー。こんな時間に」
「怖くて眠れないのよ、マイク。クレアさんは正気を失っているように思えるの。私だっていつ襲われるかわからないの」
「たしかにその通りだね。オーケー、僕が助けを呼んでこよう。それと、帰って来たら伝えたいことがあるんだ。だからそれまでこの母の形見のペンダントを預かっていてくれないか」
「わかったわ、マイク。どうか無事に帰ってきて。約束よ」
「ああ、約束だ。それじゃあ行ってく「馬鹿野郎! もっと命を大切にしろー!」あべしっ!」
「マイクー!?」
「そんな台詞を吐いて出て行ったら死ぬに決まってるだろうが!? お前も朝まで部屋で寝てろ!」
「なあ、気絶した奴らは一箇所にまとめて置いた方がよくないか?」
「おっ、確かにそうだな。ゾンビになりそうなトム以外はロビーに固めて布団を被せておくか」
「そんな酷いわ! トムはマイクの親友なのよ!? せめて人間のうちに殺してあげてちょうだい!」
「オレ、お前もだいぶ酷いこと言ってると思うぞ」
「さすがにまだゾンビになってないのに殺してしまうと殺人犯になると思います……」
ー深夜0時頃ー
「ウワーッ! 壁が崩れてミイラ化した死体が出てきたーっ! 怪しげな魔術書を持ってるぞーっ!」
「はっ!? 私今すごく怖い夢を見たの! 恐ろしい殺人鬼が次々と私たちを殺して回る夢よ!」
「大変ですーっ! 地下室の床に穴が空いて階段が現れましたーっ! 真っ暗な地の底から不気味な声が聞こえますーっ!」
「誰だねこんな所に女の子の人形を置いたのは! 危うく踏んで転ぶところだったではないかね!」
「キャア! 今窓の外に大きな怪物がいたわ! すごく大きな口と牙があったの!」
「見てください……この壁に飾られている絵は私の父が描いた絵です……。自殺した父の姉の後ろ姿の絵なのですが、見るたびに少しずつこっちを振り向いてきていませんか……」
館のあちらこちらから一斉に悲鳴が上がりました。同時多発テロ的な状況を前に、ロビーのソファーに座って正面ドアの見張りをしていたクレア様が口からコーヒーを吹き出しました。
「馬鹿なーっ! 数で押してきやがっただとー!? マナー違反だろこれー!?」
「何のマナーだ?」
「こういう場では普通、怪物は一体ずつしか出しちゃいけない事になってるんだよ!」
「えっ、そんなレギュレーションがあったんですか」
「ふーん、そういうものなのか」
「そっちがその気ならこっちも手加減無しだ! 片っ端からブッ壊してやる!」
「なんかお前、ちょっと楽しそうだな」
「私は下手に動かない方がいいと思うのですが……」
ー深夜未明ー
「ああ、なんと素晴らしい。この本から叡智が流れ込んでくる。知らない文字なのに何が書いてあるのかわかるよ……君の言う通りにすれば、君を生き返らせることができるんだね……」
「馬鹿野郎! こんな古典的な手に引っかかりやがって!」
クレア様は探偵さんの友人の手から本を奪い取りました。「返せぇぇ! その本は私の恋人だぁぁ!」本を取り戻そうとする彼の脇腹を「よっと」すかさずハスキさんが横合いから蹴り付けて「うぐっ!」彼を壁に叩き付けました。
「この本、確実にロクなものじゃないな。どうせ表紙は人間の皮で、中のインクは人間の血が使われてるとかそういうヤツだろ。そんでもってそこのミイラの魂が封じ込められてて、生身の人間の体を手に入れる機会を狙ってるとかそういうよくあるアレだろう」
「うう……返せ……私の恋人……」
「こんなものは!」クレア様は目をカッと見開くと「こうして!」没収した本にナイフを突き立てて「こうして!」ビリビリに引き裂くと「こうして!」一片も残さず暖炉に突っ込み「こうだぁー!」トドメとばかりにマッチで燃やしました。
「ああー! 私の全てを受け入れ優しく包み込んで欠点も何もかも愛してくれる理想の恋人がー!」
「そんなの世界のどこにもいるわけないだろ。そんなんだからお前、独身なんだぞ」
「あんまりだー!」
ハスキさんの追い討ちを受け、探偵さんの友人さんは気絶して動かなくなりました。ショックが大き過ぎたのだと思います。
「ああ……何もここまでしなくても……」
「後で動きそうだからついでにミイラも燃やしておこう! さあ次に行くぞ!」
ー深夜未明ー
「ふーむ? この人形の皮や目玉……まるで本物の人間のもののように見えるが……? それに何故ハサミを持っているのだろうか?」
「セイヤーッ!」
炸裂クレア様の飛び膝蹴り! 人形の首が折れました。「オラァー!」クレア様は人形の手からハサミを奪うと人形の顔に突き刺し「どっせーい!」首をねじ切って窓の外に放り捨てました。
「うわあーっ!? 何だね急に!」
医者のおじいさんは突然の襲撃に慌てふためきますが、クレア様は一瞥もしませんでした。
「さあ次! どんどん行くぞ!」
「あのー……まだ何も起こってないのに、少しやり過ぎではないでしょうか……」
「なんかオレたち通り魔みたいだな」
ー深夜未明ー
「これが振り向いてくるという女の絵か?」
「はい……」
「まるで写真のようにリアルな絵だな。女と一緒に描かれているこの男は?」
「父です……しかし父は、この絵に自分を描いてはいなかったはずなのです……」
「と、言うと?」
「父はこの絵を描いた後に失踪しました……彼女が寂しがっている……そう書かれたメモを残して……」
「それお前の親父は絵の中に連れて行かれてるじゃないか! こんな怖い絵を飾るなよ! オーナーは頭がおかしいのか!?」
「あまり良い噂のある方ではなかったようですよ」
「この絵も燃やすか?」
「それは止めた方が賢明です……この絵を破いたり燃やそうとした方が今まで何人も心臓麻痺を起こして亡くなっていますから……」
「力押しじゃ無理か。どうする?」
「対策は思い付いた……が、こんな手を思い付いてしまった私の心は汚れているので少し悲しい……。画家、ちょっと耳を貸せ」
「はい……ふむふむ……なるほどなるほど……ええっ!? 裸の男性を何人もこの絵に描き込むんですか!? 」
「馬鹿! 声が大きい! 寂しがってるなら友達を増やしてやるだけだ! 呪われた絵の雰囲気をエロで消すんだよ!」
「それなら得意です! 任せてください!」
「得意なのか……」
「裸の男性なら描き慣れています!」
「慣れてるんですか……」
「 ショタからオジサマまで、ありとあらゆるギンギンの男性を書き込めばいいんですね! つゆだくで!」
「そこまで私言ってないよな!? なんでテンション上がってんだお前! さてはそっちの画家か!」
「大人の心はみんな汚れてるな」
「えっと、下ネタ多くないですか……? そろそろ自重なさった方がよいのでは……?」
ー深夜未明ー
「ああくそ忙しいなもう! メイド! 階段が出てきた地下室はどっちだ!」
「はい、こちらです! わたくしもう恐ろしくて恐ろしくて、妹とのアリバイ作りも手につかないんです!」
「……今、お前、犯罪予告、しなかったか」
「しっ、してません!」
「こんな時間に地下室に何の用事があるのかなって」
「特にありません! 目つき、怖いです!」
「まあいい。とにかく怪しい場所を調べると死ぬのが鉄則だ。地下室は封鎖して誰も立ち入れないようにする。必要な物があっても、もう入るな」
「そんな! 地下室に隠してあるトリックに必要な道具を諦めないといけないんですか!? 包帯男への変装役もあるのに!」
「お前本当は犯罪計画隠す気ないだろ!? もしまた誰か殺されたら、怖い犬けしかけるからな!」
「なあ、それってオレのことじゃないよな?」
「どちらかと言うとクレア様の方が狂犬っぽいですよぉ……」
ー深夜未明ー
「ハッハー、外に怪物がいるだって? 俺に任せな! この鍛え抜いた筋肉でハントしてやるぜ!」
「だからなんでお前らはわざわざ外に出たがるんだぁ!?」
「甘い!」
「何っ! 防がれたっ!?」
「愚かなり。タフガイに同じ技は二度通じぬ」
「ビリーは通信空手のチャンピオンなのよ! 素敵! 抱いて!」
「この野郎! キャラまで激変しやがって!」
「この鍛えた筋肉の前にあらゆる攻撃は無意味と知れ。貴様の非力な拳など何万発でも跳ね返して見せよう。女に生まれた不運を嘆くがよい」
「ふーん、オレも試していいか?」
「構わぬ。悔し涙を拭くハンカチを用意するがよい」
「あっ、馬鹿! お前の力で殴ったら……!」
「そーれっ!」
「ぐっはぁあああああああ!?」
「ビリィィイイー!?」
「ヒィッ……」
「……こうなるよな。やっぱ防御力自慢なんてするもんじゃないな」
「フン、大したことなかったな」
「酷いわあなたたち! ビリーが何をしたっていうの!」
「……何もしてないな! すまん!」
「あ、あの……何も壁を突き破るほど強く殴らなくてもよかったのではないでしょうか……? 下手すると障害が残ってしまいますよ……」
ー深夜未明ー
「夢の中で最初に殺されていたのはオーナーさんだったわ! 現実と同じように胸を刺されて殺されて! それから殺人鬼は部屋に鍵をかけたの! 夢の中で鍵をかけたからあの部屋は密室だったのよ!」
「よしアニー、お前は寝るな! 夢の中で殺されたら同じように死ぬぞ! はい解決! 次!」
「だんだん雑になってきたな」
「さすがに体力がな……。そろそろ予兆も落ち着いてきたようなんだが、朝まで油断は禁物だ」
「そんな! 眠らないなんて無理よ!」
「仕方ない、いざとなったらこれを使え」
「これは……注射器?」
「眠気が吹っ飛んで気持ち良くなるお薬だ」
「廃人になるわよ! 使ったら二度と戻れなくなるじゃない! ちょっと興味あるけど!」
「興味あるのか……」
「あの、それはただの悪い夢だと思います。私が言うのも何ですが、そういうお薬に手を出すのは人としてどうかとですね……」
ー早朝未明ー
「ふふふ……ついに完成したぞ……! 究極にして至高のスープ! これさえあれば世界の頂点に立つことも夢ではない! どれさっそく一口……」
「飲ませるかぁー!」
「ひでぶっ!」
「まったく油断も隙もない! しばらく何も起こらなかったからって、少し目を離した途端に怪しげな実験を始めやがるとは! さては化け物にでも変身するつもりだな! このクソコック!」
「スンスン。特に変な物は入ってないみたいだぞ。試しに飲んでみるか?」
「何っ、本当か? ……ズズッ」
「どうだ?」
「……うん! ただの美味いスープだった! 朝食の仕込みを邪魔してすまん!」
「あの……人的被害が大変なことになってますので、そろそろ止めた方が良いのではないでしょうか……?」
ー早朝未明ー
「……さて、そろそろ朝なわけだが、最後まで油断は禁物だ。現状確認を兼ねた見回りに行くぞ」
「わ、わかりました」
「おう」
「まずは気絶したババァと、人格の変わった医者の部屋」
「ねえねえお姉ちゃん遊ぼうよ! ゴホッゴホッ」
「よし異常無し!」
「なあ、これって医者は取り憑かれてないか?」
「異常無しったら異常無し! 次!」
「続いて、封鎖した地下室と、その前で見張りをしているメイド姉妹」
「わ、私はいくら殴られても構いません! ですからどうか妹だけは……!」
「殴るなら私にしてください! 姉さんは何も悪くないんです……!」
「こいつらが怯えてるのってオレたちじゃないか?」
「異常無し! 次!」
「私も少しその気持ちわかります……」
「普通に風邪だったトムの部屋」
「ゴホーッ! ゲホッゲホッ、ゴホーッ!」
「縛って放ったらかしにしてたから悪化したな」
「こんなのもう人災です……」
「異常無し! でもゴメン! 医者から分けてもらった薬と水を置いておくからちゃんと飲むんだぞ!」
「全裸の男達に囲まれて幸せそうにダブルピースをしている呪われた女の絵と、力尽きた女性画家の部屋」
「ふふ……芸術とはエロと見つけたり……」
「うえぇ……」
「この絵の白いのは全部種か? 種を浴びせられて喜ぶなんて、人間の感覚は変わってるな」
「こら! 間違った性知識を持つな! 普通の人は喜ばないからな! 異常無しなので次!」
「ハイテンションになったアニーの部屋」
「ティヒヒヒ! 思い出したわ! 私の腕ってリンゴだったのよ! 皮を剥かなくちゃ食べられないじゃない! ナイフはどこかしら!」
「ドン引きです……」
「こんなんになるくらいだったら、薬を渡さずに寝かせてやった方がまだよかったんじゃないか?」
「死んでないから異常無し! 次!」
「そして、殴り倒しまくったその他大勢が横たわる死屍累々のロビー」
「………………」
「異常、無し……」
「酷い……酷すぎます……いくらなんでもやり過ぎです……」
「大惨事だな。これって、オレたち犯罪者になるんじゃないのか?」
「逃げたら指名手配だな……どうしよう……バリスに借金頼んで金で解決するしかないのかな……」
ドンドンドンドンドンドン!
その時、激しく玄関のドアが叩かれました。突然の緊急事態を前にして、落ち込んでいたクレア様の背筋がピンと伸び、不敵な笑みが浮かびます。
「陽動で私達の体力を奪ってから本命の登場か。ふふふ……面白くなってきたじゃないか。ジェルジェから生還した私が生半可な怪物にビビると思うなよ」
「ええっ!? あのジェルジェから!?」
「スンスン。なんだ、敵かと思えばお前か。そんなに叩かなくても今開けるぞ」
「あ、待て! 法則ではこんな時にドアを開けると……いや、開けていいのか……?」
「クレア様?」
「ずっと感じている違和感、今のハスキの態度、探偵が仄かしていた真犯人の存在、人と怪物の起こす事件……これらから導かれる可能性は……」
「あっ、まさか」
「なあ、開けてやらなくていいのか?」
「開ける。開けるが、その前に」
「その前に?」
「私達とずっと一緒に居たコイツをブッ飛ばせ!」
「それで結局、誰だったんだこいつ? 見た目も匂いも全然ミサキと違うのに、何でオレたちはミサキだと思い込んでたんだろうな?」
「奇想天外な事件を引き起こすのは大抵魔術師の仕業だ。きっとここはこいつの実験場だったんだろう。私達の正しい認識を阻害して内部に入り込み、自分の研究成果に襲わせてデータを採るつもりだったに違いない。全く、特殊能力を使った犯罪を起こしてはいけないというミステリーのルールも守れない三流め」
「あの〜クレア様? ハスキさん? この倒れている方々はいったい……?」
「ふっ。だが残念だったな! お前の邪悪な企みは、この名探偵クレア様には全てお見通しだ!」
「お前、本当は探偵役やりたかったんだな」
「ハスキも何か決め台詞を言ってやれ!」
「えーと、じいちゃんの名はいつも一つ」
「あのー、どうしてクレア様は倒れてる方に対して威張られているのでしょう? もしかして倒れている方々って……」
「ああ、オレとクレアがブン殴った」
「ええっ!? もしかして悪い人たちだったんですか!?」
「いや、こいつ以外は何もしてない一般人だぞ」
「じゃあどうしてそんなことを!?」
「こいつは美味いスープを作っていたから殴った。こいつは真犯人に気づいたから殴った。こいつは外に助けを呼びに行こうとしたので殴った。こいつは筋肉を自慢したから殴った。こいつはモテないから殴った」
「酷い! 何一つ殴る理由になってませんよね!? 犯罪じゃないですか!」
「ちなみにこいつはミサキだと思っていたので殴った」
「ええええ!?」
「いいんだミサキ……もう終わった事なんだ」
「何で一仕事やり遂げたみたいな顔してるんですか!? ちゃんと説明してください!」
朝日に輝き勝利の余韻に浸るクレア様は、とてもいい笑顔をしていました。
そしてその後、悪い魔術師を捕まえたクレア様は聖骸教会に感謝されーー
ーーそれはそれ、これはこれとして、被害者から傷害罪で集団訴訟を起こされ、緊急避難の主張は却下されて裁判に負け、慰謝料を支払うために多額の借金を背負いました。
「何故だーっ!? 悪い奴を捕まえて人の命を救っただろ!? 良い事をしたのにこのオチは納得いかない!」
おしまい。
叙述トリックに見せかけたギャグ回でした。黒幕は語り手ですが、探偵役(?)であるクレアも犯人となってしまっています。




