第1話。欲張りセット
息抜きに書いたギャグ回です。
ゴオオオオオオオオオオオ。
ロビーのドアが開くと、荒ぶる風と雨がロビー内に流れ込んできます。嵐の夜の来訪者に、ソファーに座って談笑していた男女の視線が一斉にそちらを向きました。
彼らが固唾を飲んで見守っていると、ずぶ濡れになった女性たちが風に押されるようにして中に入ってきました。最初に入ってきた金髪の女性はドアを閉めようとして風の抵抗を受け苦労しましたが、最後に入ってきた銀髪の女性は片手でそれを軽々と閉めました。
「ふう、助かったぞハスキ。それにしてもまるで嵐だな」
「本当に凄い雨ですよね」
「すっかりはぐれてしまったが、あいつらは大丈夫だろうか」
「ふん、こんな雨なんかに負けるものか」
「そうだな、レトリバもいるし心配ないか。そっちより私達の宿泊費の心配をした方がよさそうだ。どうもこの館は宿泊施設のようだぞ。どおりで玄関に鍵もかかってないはずだ。今の手持ちで足りればいいんだが」
来訪者を迎え入れたロビーは吹き抜け状になっています。正面玄関の横には小さめのカウンター。中央には二階に続く階段。そして壁際にはテーブルとソファーが並べられており、五人の男女が腰掛けていました。
そのうちの一人がソファーから立ち上がり、朗らかな微笑みを浮かべて来訪者に手を振りました。爽やかそうな若い男の方です。
「やあ、僕はマイクっていうんだ。君たちもこの雨から逃げて来たのかい? それともここのお客さんかな?」
「いや、客じゃない。この豪雨から避難させてもらおうと思って逃げ込んで来た」
「まあ奇遇ね! 私たちと一緒だわ!」
マイクさんの向かいに座っていた金髪の女性も立ち上がりました。大きな胸を強調するように襟元が開いた服を着ていて、派手な化粧もしています。
「ハァーイ、メリッサよ!」
「クレア・ディスモーメントだ。今はまだグランバッハ家の騎士をやっている」
「まあ! 女性の騎士様なんてクールだわ! クレア様とお呼びするべきかしら!」
メリッサさんが手を差し出すと、クレア様は一旦彼女の胸を睨んでから握手に応じました。
「様付けでなくても構わない。こっちがハスキで、こっちは……「そうそう、彼が恋人のビリーよ! 私たち付き合って一年目なの! 彼ったらとってもタフなのよ!」
「ハッハー」
メリッサさんがクレア様の台詞を遮って恋人を紹介すると、頭を短く刈った筋肉質の男性が私たちに軽く手を振りました。メリッサさんは彼の後ろに回ると、背中側から抱きついて彼の肩にアゴを乗せます。それを見たクレア様のこめかみにビキイッ!と青筋が浮かび上がりました。
「トム、お前も挨拶くらいやれや」
「挨拶って……僕は別にそういうのは、痛っ!」
ビリーさんはこちらに背を向けて座っていた少し太めの男性の足を蹴りました。抗議がましく足をさするトムさんに対してビリーさんは意地悪く笑うと「ちっ、コミュ障野郎が」と罵りました。
「ちょっと、やめてちょうだい。こんな所で喧嘩して恥ずかしくないの?」
「ぼ……僕は別に喧嘩なんて……」
「する度胸も無ぇわな。ハッハー」
黒髪の女性の方がビリーさんとトムさんの間に割り込みました。一見して特徴らしい特徴はあまりなく、化粧もしていないためにメリッサさんとは対照的な地味な印象があります。
「彼女はアニー。メリッサの友人なんだ。一緒にキャンプに来たのは今回が初めてだけど、良い子だよね」
「……ん?」
クレア様が少し眉をひそめました。
「スンスン。……んっ」
ハスキさんは鼻を鳴らしたあとで、クレア様に続いて怪訝そうに眉をひそめました。
「見苦しいとこを見せてしまったけど、犬がじゃれ合うみたいなものさ。僕ら三人は子供の頃からずっとこんな感じで、それで今まで上手くやってきたんだ」
「……んん?」
「どうかしましたか、クレア様?」
クレア様は何かを考えるように口元に手を当てると、ロビーに集まったメンバーを吟味するように眺めました。
「すまないが、一つ聞かせてほしい。君達は男女混合の友人五人組でキャンプに来たのか?」
「そうだよ。でもこの通り、あいにくの天気になってしまってね。慌てて帰ろうとした矢先にこの館を見つけて入れてもらったんだ」
「それはもう酷い嵐だったわ! ビリーがいなかったら今頃私なんて風に飛ばされていたかも!」
「僕は最初から反対だったんだ……この辺は昔とても酷い事件が起こった所だし、もしかしたらこの館がその建物かもしれないし、じいちゃんだって絶対近づくなって言ってたし……」
「ヘーイ、またその話かよ。うんざりだぜ」
「でもこれは十年前に本当に起こった事件で、かわいそうな子供が犠牲に……」
「待て、待て待て」
クレア様はトムさんの話を遮りました。雨に濡れたせいか、クレア様の顔色も悪い気がします。
「確認するぞ。君達はこの館の近くにキャンプに来た若者五人組で、運悪く嵐が来たためにこの館に避難した。しかしこの辺りはどうやら曰く付きの土地で、年寄りはここに近づくことを禁止していた」
「うん、そうなるね」
「近づくことが禁止された理由なんだけど、これは十年前に本当に起こった事件で……んんっ!?」
「いいから今はその話はするな」
クレア様が手をかざして、トムさんの口を物理的に塞ぎました。トムさんは少し驚いたようですが、コクコクと頷くとすぐ静かになりました。気のせいか顔も少し赤くなっています。
「それで君たちのメンバーだが、爽やかそうな好青年と」
「好青年なんて言われたら照れるね」
「巨乳の金髪美女と」
「まあ、美女だなんて! あなたも顔の傷と胸は残念だけど十分キレイよ?」
「胸の話は二度とするな。それとタフガイの彼氏」
「ハッハー」
「地味目の女性と」
「どうも」
「昔の事件に詳しい陰気な男」
「あ、これは十年前に本当に起こっ「だからその話は後にしろ」
クレア様がまたトムさんの口を塞ぎました。
「キャンプの後で用事がある者はいるか? 小さな約束でも今後の予定でもいい」
「僕は妹の誕生日パーティーくらいかな」
「私とビリーは帰ったら結婚するのよ! ねっ!」
「ああ。俺も実家を継いでそろそろ落ち着かねえとな。これを機に人生ちょっと考えてみるぜ」
「私は特に無いわ」
「僕は……その、今ちょっと気になってる女性がいて……帰ったら交際を申し込もうかなって……」
「んん……」
クレア様がうめくような声を出しました。
「まあ! 奥手なトムにもようやく春が来たのね!」
「へえ、そりゃめでたいね!」
「帰ったら一杯やろうぜ! 詳しい話を聞かせろよ! ハッハー!」
「んんんんんん……!」
クレア様がずぶ濡れになったままの自分の頭をわしゃわしゃと搔きむしりました。
「お前ら絶対ここで死ぬ気がする……」
「ええっ、なんで!?」
「法則を知らないのか?」
「法則って何かしら?」
「やっぱり十年前のあの事件が……」
「いいからその話は絶対にするな。お前はその話をしたら間違いなく死ぬぞ。それとお前らはもう二度とキャンプに行くな」
「ええっ!?」
「私の考え過ぎかもしれないが、とりあえずはもう少し話を聞かせてくれ。ここには他に誰が居る? 他の客や従業員は何人くらい見た?」
「えっと、従業員は支配人のおじさんと双子のメイドさん、あとは太ったコックさんがいたかな。会ってないけど、オーナーさんもいるみたいだよ」
「んん……」
「お客は私たちみたいに嵐から避難してきた人たちのようね。モジャモジャの髪の毛の男性と、その友人の小説家の男性と、画家の女の人がいたわ」
「んんんん……!」
「医者のジジイと、小さい犬を抱いてるヒステリーババアと、孫っぽい喘息持ちのガキの一家もいたぜ」
「んんんんんん!」
「あと全身が包帯でグルグル巻きの人もいたわ! 落雷で大火傷したんですって!」
「酷すぎる! 数え役満か何かか!? 今すぐ殺人事件が起きてもおかしくないぞ!?」
「そうなの? よくわからないわ」
「あ、殺人事件といえば「ふんっ!」ぶひぃっ!?」
クレア様の鉄拳がトムさんの顔に命中しました。トムさんは顔を抑えて悶絶します。
「おい! 何なんだいきなり!」
「苦情は後で聞く!」
クレア様は彼らに背を向けてこちらに向き直りました。ハスキさんの上にある耳に口を近づけてヒソヒソ話を始めます。
「なあ、どうかしたのか?」
「不味いぞ。この状況は非常に不味い」
「と、言われますと?」
「何がだ?」
「ここは殺人舞台だ」
「キリングステージ?」
「簡単に言えばお約束だ。孤島や雪山などの外界と途絶された環境で、ある特徴を持つ人物像が揃うと必ず殺人事件が起こる」
「必ずか?」
「必ずですか?」
「必ずだ。それも大きく分けてニつのパターンがあるが、今回は両方の条件を満たす人物像が揃ってしまっている気がする」
「お前がさっき確認していた人物像がそれか。ニつのパターンっていうのは何だ?」
「犯人が人間か否かだ。人間の犯行なら数人ほど殺したあたりで必ず捕まっているが、怪物の仕業なら最大でも事件の語り手の一名しか生き残れない」
「詳しいですね、クレア様は」
「それって最後の一人が他の全員を殺して、都合のいい怪物の話をでっち上げてるんじゃないか? 同族で殺し合うなんて、人間はおかしいぞ」
「確かにその可能性もあるな。しかし手練れの冒険者を含む全員が惨殺されて何が起こったのか分からない事件もあるから、一様にはそうと言い切れないぞ」
「じゃあここも危ない場所なんだな」
「ああ。それにこういう場に一度入ってしまったら、逃げようとする事が一番危ない。こういう時は下手に動かず助けを待つのが鉄則だ。余計な事をすると被害がどんどん大きくなる」
「なるほどな」
どこまでも真剣なクレア様の忠告に、ハスキさんがうんうんと頷きました。
「それでさっきから血の匂いがしてたのか」
「は?」
「キャアアアアアアアアアアアアアアアー!」
ハスキさんの一言が合図だったかのように、館の奥から絹を引き裂くような女性の悲鳴が聞こえてきました。
こうして、私たちの長い夜が始まったのです。