第27話。世界樹の夢
星の数だけ地獄はある。
ソルの斬撃はことごとくバリス卿を刻んだ。◾️を突き、◾️を抉り、◾️を切り落とし、◾️を断って、バリス卿の全身を余す所なく斬り刻んでいく。
しかしバリス卿は怯まない。いくら傷が治るとはいっても痛みは感じるはずなのに、懸命にソルに食らいついていく。
ソルが門を開き、バリス卿は臆することなく新たな地獄へと踏み込む。
ソルが防ぐ必要のない攻撃を防ぎ、繰り出す意味のない剣を振るう内に、少しずつバリス卿に変化が現れた。ソルの剣が迫るたびに瞑っていた目を開くようになり、ソルの剣先を視線が追うようになっている。
今、二人は真っ白い何もない世界にいる。
そうなれば次はその剣先に合わせて体を動かし、避けようとする動作や自分の剣を合わせようとする動作まで見られるようになり始めた。
ソルは今や、宇宙だけでなく別の世界にも扉を開くことができるようになっていた。
ソルの望みを叶えることができる世界へと繋がる門。それが私からの最後の贈り物だ。
そのうち、ソルの体にバリス卿の剣が少しずつ掠るようになってきた。さらにソルの剣がバリス卿の急所を捉える頻度も減ってきている気がする。
ソルの剣を学び、成長しているんだ。
残像が異様に尾を引き、幾重にも重なり合う。
二人の騎士がいる場所は、時間の流れが違う世界のようだ。おそらく彼らの体感時間は何倍あるいは何十倍何百倍にも引き伸ばされているだろう。
その時間を使ってソルはバリス卿に自分の剣を教えていた。この先、バリス卿が自分の人生を戦い生きるための力を与えるために。
「いいのか、よそ見なんてしていて」
果ての無い不死者たちの剣舞をもっと見ていたかったけれど、終わりは私の方に来てしまった。
「あなたこそ見ていたでしょう。それに、警告なんかしないでウルグン卿みたいに不意打ちすればよかったのに」
潮風が肌を撫でる。
「今の私は騎士だからな。正々堂々戦ってやる」
クレア卿は少女二人に支えられながら強がった。
「そんなボロボロで、何ができるっていうの」
彼女の三つ編みは解けてボサボサ。顔には擦り傷ができていて、体は土まみれ。さらには息を吸う度に体のどこかが痛むらしく、しきりに顔をしかめていた。
「決着を着けてやる。それにお前の方こそボロボロだろ。それで立てるのか」
言われて初めて私は自分が倒れていたことに気がついた。花も幹もいつのまにか枯れて朽ち果てている。
「立てるのか、って?」
世界に入っていた亀裂も一秒ごとにじわじわと広がっていく。あの6日目と同じだ。私の一部であるこの空間そのものにも死が訪れようとしている。
そうか、私、死ぬんだ。
「バカにしないで」
でもユカリ・クレマチスのアバターはまだ生きていた。世界樹の種だから。本体より優先させて生存させるための機能が備わっているから。もう少しだけ、時間がある。
「たかが立つくらい」
残された精一杯の力を腕に込めて這い、枯れた花から下半身を引き抜く。足、足はまだ動く。紫色になって壊死が始まっているけど、まだ感覚はある。大丈夫、立てる。立てるはず。
「あなたたちにできて……」
鉛のように重い足をなんとか曲げてお腹の下に運び、両手をついて体を起こすと四つん這いになれた。重心を少しずつ手から足に移動させる。じくじくと腐った汁が滲むような音がお腹からしたけれど、まだ大丈夫。大丈夫。すぅ、はぁ。
「私にできないはずないんだから!」
思い切って勢いよく足を伸ばすと、立ち上がることはできた。やった。でも気を抜くとすぐにでも倒れて手足が腐り落ちてしまいそう。お願い、もう少しだけ。
私はクレア卿を睨んだ。クレア卿も私を睨み返す。
「……ミサキ、騎士たちに遺族からの手紙を読んでやってきてくれ」
「はい!」
「ハスキは……」
「オレは文字なんて読めないぞ」
「そうだったな。じゃあ念のためミサキの護衛についてくれ」
「おう!」
「それと騎士たちから遺族に遺言があるかもしれないから、聞いてやってほしい」
「任せろ!」
クレア卿は少女二人を退がらせた。支えを失ったクレア卿はフラついていて立つのもやっとの状態だ。
そんな体にも関わらず、クレア卿は籠手と腰につけていたナイフを取り外して投げ捨てた。
「これでお互い武器は無し、対等だ」
「対等にこだわるなら、その胸の鎧も外したらどう」
「ふざけんな。私が不利になるだろ」
クレア卿は私の胸を睨みながら即答した。こういう正直なところは嫌いじゃない。
「クレア卿、私が憎い?」
「さあ、どうかな」
「私はもう放っておいても死ぬのに、まだ痛め付け足りないの?」
「ああ、お前の彼氏に殴られた分を返してやる」
「そう。でも私、もう今までみたいに一方的に痛め付けられる気は無いから」
「上等だ、このいじめられっ子が。殴り返す度胸があるならやってみろ」
クレア卿はひょこひょこと歩きながらこっちに向かってきた。私も足を引きずるようにモタモタとクレア卿との距離を詰める。
すぐそこでは超常の戦いが行われているのに、こっちはなんて低レベルなんだろう。
私とクレア卿は手を伸ばせばお互いの顔に触れられるくらいの距離で睨み合った。
クレア卿が手のひらを上に向け、私を挑発するようにクイクイと指を曲げて手招きする。
「どうした。殴ってみろよ、お姫様。他人をけしかけるのは得意でも、どうせ自分が戦ったことはないんだろ」
「……うるさい」
「そういえば何か言ってたな。今までずっと我慢して耐えてきたのに報われないとか何とか。はっ、当たり前だろそんなの」
クレア卿は顔の傷をカリカリと掻き始めた。彼女の顔を手が覆い、あの特徴的な鋭い目が指の隙間から私を見据える。
「だってお前は世界樹の種を撒き散らす為に産まれてきた化け物だからな。住民たちの苦痛は美味しかったか? 被害者ヅラした諸悪の根源が」
「うるさいってば」
私は拳を強く握った。噛み締めてしまった唇から血が出てくる。
怒り。怒りだ。怒りが私の内から噴き出してくる。
「どうした。本当の事を言われて怒ったか? なら何度でも言ってやる。お前は生きているだけで不幸を撒き散らす害悪だ。誰もがお前なんか死ねばいいと思っている」
「そんなの……」
「お前は人間じゃない。化け物だ、化け物。人間の振りをした偽物だ。それが一丁前に私も幸せになりたいとか? 普通の人生が欲しかったとか? 甘えた寝言抜かしやがって。そんなに可哀想な私が好きか? 生まれて来なければよかったのにな、お前」
「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」
もう、許さない。私は手を大きく振り被った。
私の動作を見て、クレア卿の目がわずかに細まる。
「そんなのあなたに言われなくたって、自分でもわかってる! 私なんて生まれて来ない方がよかったってことくらい!」
そして思いっきり右手を振り抜いてクレア卿の頬を張った。パァーン、といい音が鳴る。あ、私、人を叩いたのは初めてだ。叩いた右手が熱い。手のひらに残る痺れから私は初めての手ごたえを感じている。
快感と背徳感が背筋を這い上がった。
「ペッ」
クレア卿が血の混ざったツバを吐き捨てた。そして怒りの込められた目で私を睨む。……あ、来る。
「やりやがったな! この悲劇のヒロインもどきが!」
「あっ!」
クレア卿の反撃。握り拳で左頬を殴られた。足がよろけて転びそうになったけど、何とか踏みとどまれた。
頰の熱と共に強い怒りが燃え上がっていく。酷い! 私は平手だったのに! グーで殴るなんて!
「私、は、悲劇のヒロインでも、お姫様でも、ない! ずっとずっと、世界樹と、戦ってきたんだから!」
今度は私もグーで殴り返した。クレア卿の顔に当たったけれど、ちゃんと芯で当たらなかったから手応えは薄い。むしろ殴った私の方がバランスを崩して転んでしまいそうになった。
「こんなものを外に出してはいけないことくらい! ちゃんとわかってるんだから! だから今さら死ねとか言われなくても! 私ちゃんと自殺したでしょう!? 世界樹を殺したのはあなたじゃない! 私! 私! 私なんだから!」
「じゃあ大人しく一人で死んどけばよかっただろう!? 何でそんなに私が憎い!? 何で私を道連れにしようとした! ええ、コラ!」
クレア卿にまた顔を殴られた。でも重そうに持ち上げた腕には力が全然入っていなかった。殴るというよりも、拳で強めに押しているという方が近いかもしれない。そんなので倒れそうになる私も私だけど。
「ただの嫉妬だけど!? 悪い!?」
「ぐっ!」
私も殴り返す。情けないくらいに力を込められない私のパンチは、今度はちょっとだけ手応えがあって、クレア卿を二歩よろめかせた。
「だってあなたは満たされている側の人間でしょう! 自由があって! 力があって! 才能があって! 頭が良くて! 人望があって! 美人で! ……未来があって!」
「贅沢言いやがって! お前だって美人のくせに! クソでかい胸を自信満々にブラ下げやがって! イケメン騎士様の彼氏持ちのくせに!」
「痛っ!」
クレア卿は私の髪を掴んで頭を引き寄せ頰を殴った。本当にこの人、頭に来る。私は痛みに怯むどころか、より一層やる気が湧き出てきた。
「……じゃあ私の代わりに陵辱されまくってみる!? 私を見てよ! 人生に無限の可能性なんて無かったじゃない! 生まれた時から人生なんて詰んでたじゃない!」
私もクレア卿の髪の毛を掴んで殴ろうとしたけど、足がもつれて倒れ込んでしまい、クレア卿の額に頭突きをしてしまった。「くぅっ!」「んんっ!」そのまま倒れ、二人で頭を抱えて痛みに悶える。
「……だから何だ! 自分が辛い思いをしたから、他の人も同じ目に遭えってか!? だから自分も酷い事をやっていいってか!? それが悲劇のヒロインごっこじゃなくて何なんだよ、ええ!? そんなに同情が欲しいか!? 同情乞食が!」
私たちはお互いの髪の毛や肩を掴みながら何とか立ち上がり、再び交互に殴り合いを始めた。もう私がクレア卿を掴んでないと立てなくなっているように、クレア卿も私を掴んでないと立てないのかもしれない。
「同情が欲しいなんて一言も言ってないでしょう!? この母性欠乏症!」
「言いやがったな! この被害者特権泥棒!」
「うるさい! このエセ偽善者!」
それからは互いに思い付く限りの罵詈雑言を放ちながら殴り合う。子供にも笑われるくらいに下品で醜い戦いだった。頭に血が昇るにつれて使える語彙も段々と減っていき、ただの悪口へと変わっていく。
「この手首切るブスが!」「偽ヒーローのくせに!」「なんちゃって女王様め!」「実力不足のハリボテナイト!」「力を手に入れた途端に調子に乗ったイカレビッチ!」「住民皆殺し!」「終わった話を蒸し返すクソババア!」「悪人顔!」「ヒス女!」「ずん胴!」「駄肉!」「SM嬢!」「腹黒!」「冷血漢!」「メンヘラ!」「ムッツリスケベ卿!」「淫乱ドスケベボディ!」「平坦!」「構ってちゃん!」「貧乳貧乳貧乳!」「ああ!? マジでブッ殺すからなこのクソ女!」
べちん、ばちん、と情けない音ばかり鳴る。
ノロノロと繰り出される拳をお互いに避けることもできず、殴った方さえ自分の拳の痛みに悶えるような、そんなレベルの低すぎる戦いだった。
ソルに見られたら笑われるかな。きっと笑わないだろう。必死に戦う人をソルが笑うはずがない。でもみっともなさすぎるから、少し引かれるかもしれない。
ああ、世界が壊れかけてきた。何もかもにヒビが入っていく。ああ、ああ……もう時間がない。
もっとやりたかったこと、言ってやりたいことは、たくさんあったのに、私の人生は終わろうとしている。
でも、これだけは言っておかないと我慢できない。
「なにも私はお金持ちになったり王様になったりしたいわけじゃない! ただ普通で平凡な人生が送りたいだけだったのに! 結婚して子供ができて家族で一緒にご飯を食べて! なんてことのない話をして、普通に年を取っていく当たり前の人生が欲しかっただけなのに! どうして私にはそんなことも許されないの!? 普通の人生! 普通の家族! 普通の、普通の、普通の……夢っ! うっ、ううううう! うあああああ! どうしてっ! どうしてどうしてどうしてどうして! ふっざけないでよおおおおおおお!」
パカァーン! と今日一番のイイ音が鳴った。クレア卿のアゴに私の渾身の一撃がクリーンヒットした音だ。
「お〝っ……!」
クレア卿の目が裏返った。少しずつ体が後ろに傾いていき、とうとう仰向けにひっくり返って倒れた。
「ハーッ! ハーッ! ハアァーッ……!」
私は何とか膝に手をついて、倒れないように粘る。ここで倒れたら引き分けだ。そんなの嫌だ。だって私は勝ちたい。
体が熱い。痛みより高揚の方が勝っている。何度も何度も息を吸って、吐いて、体の熱を中和する。すごい手応えだった。
クレア卿は完全に伸びていた。しばらく警戒していたけれど起き上がってくる様子はない。一方で私はまだ何とか立ってられる。
……なんだ、私結構凄いじゃない。騎士と殴り合って勝てるなんて。
私の鼻血は止まらないし目も腫れ上がって青アザだらけだけど、勝利の満足感が私の胸を満たしていた。
ソル、私、勝ったよ。あのクレア卿に、勝ったの。
「クレア様! 大丈夫ですかっ!?」
従者の子がタオルを持ってあたふたと駆け寄ってきた。その後ろからはウルグン卿を背負った人狼の子が歩いてくる。
「クレア卿の顔の向きを変えて気道を確保しろ。鼻血が喉に流れないようにするんだ」
「うへぇ。お前、血の匂いが酷いぞ。この服、気に入っていたのに……」
「すまん」
ウルグン卿の切断面から流れ出した血が女の子の服を汚すので、女の子は不満顔だった。
「勝負あり、ですな。おめでとうございます。これで少しは気が済みましたかな」
グチャグチャの肉塊になったキュリオ卿も、血の河を引き摺りながらこっちに這ってきた。その左手には凍ったままのビステル卿を抱えている。
私は深く息を吸い込んで、吐いた。
私は自然と笑顔になっていた。
「……ええ。思っていたよりも、ずっと」
人狼の子がキュリオ卿の隣にウルグン卿をそっと寝かせた。
「ならば、これでようやく終わりですかな。いやはや、まったく、酷い悪夢でしたな……」
「そう、ですね。本当に長くて……酷い、夢でした」
地面から結晶化した思い出が湧き出してきた。世界樹が眠る時に発生する、吸収した記憶の整理現象だ。世界樹が、私が、二度と目覚めることのない眠りにつこうとしている。
当たり前だけれども、湧き出してきた記憶の全てが私に関する記憶だった。私はそれらの欠片を眺めて、今までの人生を振り返った。
色々なことがあった。
突然この世界に産み落とされて、地獄を見て、この町が異常であることを知って、外の世界の存在を知って、時々見せつけられる普通の人生に憧れて、頑張って努力して何とかこの町から逃げようとして、諦めかけて、騎士たちが来て、ソルという唯一の理解者ができて、二人で生きようとして、でもうまくいかなくて、助けを求めて、クレア卿が来て、思いもよらない方法で世界樹を殺して、私が世界樹になって、その力を逆に利用して、クレア卿と戦って、言いたいことを言ってやって、殴り合いをして、勝って……。
思い返しても、本当に酷い人生だった。でも私は、私にしかできない唯一無二のことを確かに成し遂げた。
この不幸を私で終わらせること。
これだけは他の誰にもできない私だけの功績。世界樹に利用されるだけだった私が作り上げた逆襲劇だ。他の誰でもない、私の、私だけが選べた人生だった。
「我らが隊長殿と後輩は……まだやってますな。見えますか、ウルグン卿、ビステル卿。少し目を離した隙にバリス卿は随分と逞しくなったようですぞ。男子三日会わざれば何とやらですなぁ」
ソルは今や複数の座標を同時に繋げるようになっていた。酸の霧でバリス卿の目を潰し続け、上下左右から流星を絶え間なく浴びせている。
一方でバリス卿はそれを少しずつ回避できるようになっていた。見えないはずのものを避け、受け流し、最低限の損傷で潜り抜け、ソルに反撃を試みている。
技量はまだまだソルの方が上だけれども、これだけの経験を積んだ彼が現実の世界で目覚めたなら、きっと凄い騎士になれるだろう。もし貴族に戻るとしても、今日の経験は無駄にはならないはずだ。
三騎士は並んで彼らの戦いを見守っていた。凍っていたはずのビステル卿も、いつのまにか微笑むような表情に変わっている。
「そろそろ、眠くなって、きましたな……」
「……そうだな」
もうすぐ世界が壊れる。
私はここで死ぬ。ソルも人としては生きられない。この町はとても酷い場所で、無限大の苦痛を世界樹に捧げるためだけに私たちの人生はあった。これは誤魔化しようのない事実だ。
けれど、この地獄から新しく生まれて外に出ていくものもある。それはまだ、ほんの小さな芽にすぎないけれど、もしかしたらいつの日か……この町で踏み躙られてきた美しいものたちを救える大樹になれるかもしれない。
そして、もしそんな希望の花が咲いたら……その時にやっと、私の人生は、いえ、私たちの人生には意味があったと、無意味ではなかったと、世界樹の養分なんかではなかったと、胸を張って言えるようになるだろう。
ソルはバリス卿を育てることで、それを私に伝えたかったのかもしれない。
近くで何かが光った。
「勝手に撮影してすみません。でも、どうしても残しておきたかったんです……」
従者の子がカメラを手にしたまま頭を下げた。……この子の名前、何だったかな。結局、人の名前をなかなか覚えられないクセは治らなかった。私は苦笑した。
クレア卿はこの子に膝枕をされたまま気絶している。脳震とうを起こしてなければいいのだけど。
「クレア卿が起きたら、伝えてほしいことがあります」
「はい。何でしょうか」
「人を殴ったのも、誰かとケンカしたのも初めてでした。最後に対等な相手として……普通の人間として扱ってくれて、本当にありがとうございました。……そう伝えてください」
「はい!」
従者の子は元気よく返事をして、少しだけ出てきた涙を拭いた。そしてにっこり笑う。いい子だ。いい笑顔だ。私も思わず笑ってしまった。
今や痛みは無い。心地よい疲労感と共に意識が薄まり始めた。考えがうまくまとまらなくなっていくのに、不思議と強い安心感がある。
そうか、これが眠気なんだ。
もう思い残すことはない。周りではいくつもの寝息が聞こえ始めてきた。みんな、やっと眠ることができるんだ。
想像していたよりも、死はずっと優しかった。
贅沢を言えばソルに抱かれて眠りたかったけれど、最後までソルの勇姿を見ながら眠れるのも悪くない。
何より、騎士としての最後の役目を果たそうとしている彼の邪魔をするわけにはいかないから我慢しよう。
おやすみなさい。ソル。
私は少しだけ先に寝ます。
あなたと過ごしたこの地獄は。
私にとって天国でした。
ありがとう。さようなら。
愛しています。
愛して、います……。




