第22話。ダイジェスト賭博大会
2日目。
雨の中で騎士達は家々を一件一件回り、住民たちに大会概要を丁寧に説明して回った。ほとんどの住民は疑いを持ったが、渡された大金を前にして参加を断る者はいなかった。
前日からの準備と運営役としてスカウトした者たちの協力もあって、悪天候にも関わらず2日目の時点でほとんどの準備を終えることができた。
3日目。
朝9時から開会式を行った。全ての住民を集めるには広場は狭すぎたので、開会式を見れない住民が大多数となってしまった。
バリス卿は台本を見ながらスピーチを行ったが、いつもの喋り方のように終始どもり気味だったために威厳を出せず、住民たちの懐疑的な視線を浴びることになった。代わりにクレア卿が力押しのようなスピーチで住民たちを怯えさせて黙らせていたのは少し面白かった。
そしていざ大会が始まると、最初は半信半疑だった住民たちもそのうち楽しそうに賭け事に興じ始めた。暴力事件は微々たるもので、クレア卿の作戦は成功の兆しを見せ始めていた。
4日目。
いつもなら凄惨な殺し合いが始まっている時間のはずなのに、暴力ではなく秩序が町を支配していた。
多少のトラブルはあれど、クレア卿は事前に用意していたマニュアルを運営役にも配布することで解決役を劇的に増やして対処に当たった。
聞くところによると、この計画立案そのものはクレア卿だが、それをゴート卿が寝る間も惜しんで細部まで徹底的に煮詰めたとのことだった。この夥しい量の書類の一枚一枚に、ただ一人生還した騎士の執念が垣間見えた。
5日目。
町には歓喜と興奮が満ち溢れていた。残虐行為も怪物も出現する気配さえ見せない。暴力行為に繋がりかねないトラブルはすぐに通報され、事件の芽も出ないうちに片端から騎士たちに摘み取られていた。
その努力の甲斐あってか、地下室の世界樹は成長の素振りを全く見せず、衰弱し弱っていた。
このまま本当に世界樹を殺すことができたらどうなるのだろう。
私は自分の胸に湧き上がりつつある希望と、それより大きくなっていく不安の広がりを感じ始めていた。
そして6日目の今日。
熱狂に酔いしれる博徒たちの歓声が耳に痛い。町のあちこちで様々な種目の競技大会が開かれ、市民たちは今まで掴んだことのない大金を前に狂騒していた。金銀財宝で着飾った人々が罵声を飛ばし、紙幣が紙くずのように投げ交わされる。
競技の勝敗に関わらず人々の顔には常に笑顔があった。何せこれは最初から客にプラスにしかならないように仕組まれた八百長なのだ。参加するだけで丸一日の負けを取り戻せるだけの金額が支払われる。それまで娯楽らしい娯楽も無かった田舎町の住民たちは、大人も子供も皆が常勝の賭博に狂乱していた。
私とソルがよく老人とチェスをしていた広場には町内運動会用の簡易テントが設置されていて、天下一賭博会運営本部と書かれた横断幕が掲げられていた。
テントの周囲ではひっきりなしに大勢の人間が走り回り、競技の進行情報やトラブルを運営本部に逐一報告している。
その全てを、あの主従コンビが対応していた。
「参加者が多すぎて空気ポーカー大会の審判役が足りません! 審判役を増員してください!」
「予選と称して最初に二人一組でババ抜きをさせろ! 負けた奴を審判役にして進行させるんだ!」
「運営委員長! 私的に賭けをして種銭を失った人がまた来ました! これで今日5人目です! 一応初犯のようですが!」
「大会規定以外の賭けは禁止だって言ってるだろ! 初犯なら次は今までに渡した種銭を全て返してもらうと警告してから追い銭を渡せ!」
「委員長! こっちは性犯罪者です! しかも反省の色が全く見当たりません! 女を犯して何が悪いとかふざけたこと言ってます! 刺していいですか!」
「刺すのはダメだろ!? オシオキゾーンにブチ込め! すぐ私も行く! 被害者には教会の神父のカウンセリングを受けさせてくれ!」
「チェス大会のエキジビションマッチですが、対戦相手が強すぎて優勝者でも相手にならないので賭けが成立しないとクレームが来ています! どうやら騎士の方が優勝者と対戦しているようなのですが!」
「ビステル卿か……大目に見てやれ! ガス抜きになるなら仕方ない! エキジビションマッチのルールを変更して、単純な勝ち負けだけでなく、何手で勝つかの予想を追加させろ! 一番近い予想をした奴が総取りだ!」
「クレア様! 今戻りました! 世界樹に成長の様子は見られません! すっかり萎びてヒビも入っていました! きっともう少しです!」
「偵察ご苦労、ミサキ! 戻ってきてすぐで悪いが、少し代わってくれ! オシオキゾーンに行ってくる!」
「はい! 任されました!」
「副委員長! 大会優勝の報酬をクレア委員長に変更してほしいという要望が数件よせられています!」
「えっ!? ちょ、えええ!? 私ぃ!?」
「わかります! クレア様は美人ですからね!」
「ちなみに副委員長にはその10倍の数の要望が来ています」
「えええっ!? 私ですかぁ!?」
「……」
「えっと、あはは、どうしましょう、クレア様……」
「うん……ミサキは可愛いからな……私は新入りをオシオキしてくる……」
「あ、クレア様!?」
「すみません副委員長、市内のお酒を買い占めて値段を吊り上げている業者がいるのですが、どうしましょうか」
「えーと、そのままで構わないと思います。でも、そういうことをすると信用が落ちてこの大会の後は誰も買ってくれなくなりますと伝えてください」
代わりに対応を始めた従者を残し、クレア卿は複雑な顔で本部テントを離れてオシオキゾーンへと向かった。オシオキゾーンは本部から30mほどしか離れていない広場の片隅に設けられているので、ここからでも十分その様子が見れる。
オシオキゾーンは地面に打たれた杭に四角くロープを張っただけのエリアで、傍に設置されたテーブルの上にはいくつかの……アレな道具が置かれていた。
様々な罰則を犯した者がここに連行されて拘束されるわけだが、拘束される彼らでさえ苦痛を感じないようにクレア卿は工夫していた。
「これは仕事これは仕事これは仕事……よし、頑張ろ」
クレア卿は気合いを入れるように自分の頬をパンパンと叩き、馬用のムチを手にした。
「ンン〜! ンンン〜!」
縄で縛られた上に目隠しと猿ぐつわをされた男性が、十数人ほど全裸で正座をさせられている。彼らの首には木札がかけられており、性犯罪、私的賭博罪、暴力罪といった彼らの罪状が書かれていた。
こうして見ると性犯罪者の割合が多い。世界樹によって増幅された性欲を抑えきれなかった人が入れ替わり立ち替わり罰を与えられている……のだが。
身を捻って逃げようとしているのは先ほど連れて来られた人だけで、他の人たちはクレア卿の接近を察知すると軒並み顔を赤らめて鼻息を荒くしていた。それと、よく見れば今来た男性は肉屋の主人だ。
「ほう、貴様が新入りか」
クレア卿は新しく来た人の太ももを踏みつけ、耳元でさえずりかけた。
「ンンン〜!?」
肉屋さんが体をビクリと震わせる。
「おや? これはどういうことだ? 私が声を出していいと言ったか? この……豚がっ!」
「ンンー!」
ムチが肉を叩く音がここまで聞こえてきた。肉屋さんは痛みに身をよじり呻き声を漏らした。
「なんだ? まさか一丁前に痛みを訴える気か?」
「ンーッ! ンーッ!」
「ははは、大人のオスが情けない声で鳴くものだ。ここか? ここが傷むのか? よしよし……可哀想に」
「ンンー!」
クレア卿は肉屋さんを抱き寄せ、自分が叩いた場所を優しく撫でた。耳元で甘くささやかれた肉屋さんの背中が仰け反る。
「しかし貴様、わかっているのか? これはぁ、罰なのだぞぉ……? 人としてルールが守れなかった豚野郎にはムチが必要だと思わんかぁ? んん〜?」
「ンッ! ンンッ……!」
クレア卿が肉屋さんの下腹部辺りに足を置いた。
「おや……? おやおや? 妙だな。たった今ムチで痛みを与えられたはずなのに、なぜ貴様は元気になってきているんだ? まさかとは思うが、痛め付けられて喜んでいるんじゃないだろうなぁ?」
「ンンンンン……!」
クレア卿は肉屋さんを踏みつけた足をグリグリと動かした。
「惨めだなぁ、貴様は。公衆の面前で踏まれて罵られているというのに、悔しがるどころか嬉しそうではないか。そんなに見下されて踏まれるのが好きなのか? この……変態がっ!」
「ンンーッ! ……ン?」
再びクレア卿がムチを振るったが、叩かれたのは地面だった。クレア卿が再び肉屋さんの耳元に口を近づけた。
「ふふっ……ばーか」
「ンンッ!?」
「もっと叩いてもらえると思ったかぁ? 叩かれて喜ぶような変態に、褒美を与えるわけがないだろぉう……?」
「ンンッ」
「これから私は、お前をいないものとして扱う。お前が自分をオス豚だと認め、自分から叩いて欲しいと懇願するまでずぅーっとこのままだ」
「ンンッ!?」
「想像してみろぉ? 誰からも話しかけられず、相手もされず、目も口も塞がれたままずーっと放置される寂しさを。そのうち、私が与えてやった痛みが恋しくなるぞぉ? なにせ、貴様に許される唯一の刺激だからなぁ」
「ンンッ……!」
そう言い残すと肉屋さんをそれっきり放置して、クレア卿は他の人たちの……教育?を始めた。
「見事な手腕ですね」
いつのまにか隣にソルがいた。腕を組み朗らかな表情でクレア卿の……お仕置き?を見守っている。
「えっ、ソルもああいうのが好きなの」
「えっ? ええっ!? いやいやいやいや! 違いますよ! あのプレイのことではありません! だからそんな引かないでください!」
「本当?」
「本当ですとも! 私が感心していたのは、彼女の人心掌握術です! この町の住民たちも私たち聖骸騎士も皆が彼女の指揮に従い、それが当然であるかのように動いてますよね! 単にグランバッハ家の後ろ盾があるからということではなく、彼女には騎士の隊長職を超えたカリスマ性と経験があるように感じられるのです! それに感心していたというわけだったのですよ!」
「早口で怪しい」
「えええっ!?」
「ソル。正直に答えて。男の人はみんなああいうのが好きなの……?」
私が指差した先で、クレア卿は太った男の人を椅子にしていた。しかも座り心地が最悪だと罵りながら男性のお尻をパシンパシン叩いている。けれども叩かれている男性は嬉しそうで、私には全く理解できない世界だった。というか理解したくない。
「全員ではありません……が、そういう趣味嗜好の方はいると思います」
「痛みは苦しいものなのに、それを与えられて喜ぶ人がいるのはなぜ?」
「私もそっちの業界に詳しくはないのですが……おそらく痛みを与えている者に愛があるからではないかと思います」
「痛みを与えることが愛だというの?」
「そういう形の愛もあるということです。例えば……親に溺愛され、自分は指一つ動かさずとも望むもの全てを与えられて甘やかされて育てられた子供がいるとしましょう。その子が大人になり庇護者を失った時、一人で生きていけると思いますか?」
「……無理だと思う」
「その通りです。自分一人では何もできずに死んでしまうでしょう。ですので我が子の成長を促すことために厳しく試練を与えることこそが親の愛なのです。さらに広い見方をすれば、人は誰しも神の子です。人生が困難に満ち溢れている理由は、死後の世界に向けて魂を鍛えるための神の愛なのだと聖骸教会では教えています」
「そう。それでソルとしては、ああいうプレイはアリなの?」
「ええっ!? 結局話が戻ってくるんですか!?」
私が指差した先で、クレア卿は裸の男の人に首輪をつけて散歩を始めていた。晒し者にされた男性は時々豚のモノマネをさせられて、上手に鳴ければクレア卿に褒められ撫でられて喜んでいた。
「誤魔化さないで」
「ええっと、いや、その、ですね、単純にアリかナシかで答えるのは難しくてですね、もう少しマイルドなら一考することもできるかもしれませんが」
「アリなの? ナシなの?」
私が詰め寄るとソルは顔を赤らめて後ずさった。
「どちらかといえば、アリ、ですかね……」
「ふーん……」
「ああ、軽蔑しないでください! 痛いのが好きなわけではなくてですね! ここに来てから大抵の苦痛は経験しましたのであれくらいなら全然平気というか可愛いものといいますか! 未経験の特殊なプレイに興味が出てしまうのは男のサガなのです! 許してください! そんなに引かないでください!」
ソルをからかうのは楽しい。私はにやける口元を隠して笑った。
「フフッ」
「ユカリさん、また私をからかいましたね」
「ごめんなさい。ソルが元気になってくれたことが嬉しくて……フフ」
「最近は希望を見失っていましたからね、はは……」
「ソル卿、来ていたのか」
私とソルが話をしているとクレア卿が割って入ってきた。違反者は連れていないが罰則?は与え終わっのだろうか。もしかしたらあれは単に罪人の性欲を発散させるだけのものではなく、そっちの趣味があるクレア卿のガス抜きを兼ねていたのではないかと邪推してしまう。
「ええ、邪魔をしたくはなかったので待たせていただきました」
「呼んだのは私なのだから、声くらいかけてくれてもよかったんだが」
「ははは、次回からはそうします。それで、どのようなご用件でしょうか」
「ああ……うん……そう、なんだ、が」
クレア卿は何かを言いたいように見えたが言葉の切れが悪く、私とソルの顔を交互に見ては顔を曇らせていた。何か言いにくいことでもあるのだろうか。
「いや……何でもない」
「そうは見えませんが、何か不測の事態でも?」
「……気にするな、それよりもう午後だ。この6日目の終わりは何もかもが消えてしまうんだろう。現実世界での世界樹がどうなっているかは戻った時にしか分からないが、そこから先は私達に任せて、その、あれだ」
クレア卿は私たちから顔を背けた。気にするなと言われたけれど、そんなに辛そうな顔をされるとむしろ気になって仕方がない。まだ私たちに何か隠していることがあるのだろうか。
「残りの時間は、二人で自由に過ごしてくれ」
「私の職務はよろしいのですか?」
「ああ。怪物も現れないし他の騎士も頑張ってくれている。この調子なら問題なく周期を終えられそうだ。後は二人の時間に当ててくれ」
「ありがとうございます。クレア卿の心遣いに感謝いたします」
「ありがとうございます」
「頼むから礼は言うな……」
クレア卿は暗い顔をしたまま、私たちを置いて本部テントへ戻っていった。彼女のことは未だによくわかっていないけれど、時折二面性のようなものを感じる。騎士として強く振舞ってはいるが、たまに垣間見える素の部分からは見た目と正反対の弱さのようなものを覚えた。
その寂しげな後ろ姿に、彼女が一度だけ呟いた言葉が重なる。
「花であればいずれ実をつけ種を飛ばす……か。どうしてこんな当たり前の事に気付かなかったんだ私は……」