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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【生まれてくるべきではなかった誰かの話】
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第21話。お祭り作戦会議

「まずはこれを見てくれ。この世界での世界樹の成長速度と住民達の状態の関連性を表したグラフだ。日が進むにつれて加速度的に世界樹は成長し、住民達が感じる苦痛も最高潮に達していく」


「ふむ。初日はほとんど成長がありませんが、4日目以降は爆発的にグラフが伸びていますな。わかりますぞ」


「そうだ。殴り合いの暴動が起こる3日目までよりも、殺し合いを超えた凄惨な拷問や陵辱が起こる4日目の成長の方が著しい。この事実から世界樹が最も好む養分は人々の苦痛である事が分かる。騎士達は暴動を止めるために暴徒を斬り捨てる事もあったようだが、その行為は世界樹の成長を加速させてしまっていたようだ」


「なるほど。人が感じるあらゆる感覚の中で、痛みは他の全てを押し潰す強さを持ちます。それを養分にして成長していたということですね。わかります」


「世界樹アノニマスは苦痛をエネルギーに変える未知の生物だ。住民達から吸い上げた養分でこの世界を構築し、何とかの水車のように巡り巡って世界ごと同じ場所をグルグルと回り続ける事で自身の永続性を保つ一種の永久機関と考えていいだろう。この世界に複製された世界樹の特性からも分かるように、世界樹を通常の手段で破壊する事は不可能だ。養分がある限り、どちらの世界の世界樹もすぐ再生してしまう」


「よって、その養分を絶つことで世界樹を痩せ細らせ、現実世界での我らの体のように餓死させるということだな。目には目を歯には歯をとはよく言ったものよ。ここまではわかるぞ」


「だからギャンブルをする」


「わかりませぬ」


「わかりません」


「わからぬ」


「ギャンブルだ」


「わかりますが、わかりません……」


「クレア様、もう少し順を追って説明された方がよろしいのでは……」


「ん、そうか。じゃあそうする」


「お願いします」




「世界樹は苦痛を吸い上げるために人々から人間性を剥奪するが、住民達の変化には明確な段階がある。それを7つの段階に分けてみた。


 1…不安や恐怖による精神的な安定の崩壊。

 2…ストレスの増加に伴う攻撃的な欲望の増大。

 3…理性の希薄化による攻撃的行動の開始。

 4…加虐的嗜好の極端な肥大化。

 5…肉体の変貌を伴う人間性の完全な消失。

 6…共食いを繰り返した後に消滅。

 7…再生開始。完了後は1日目へ戻る。


 ここまでは理解できますか、坊ちゃん」


「う、うむ。何とか」


「このうち住民達の変化が最も大きいのは4から5にかけての段階で、6を迎えると特筆した変化は見られなくなる。そうだな、ソル卿」


「はい。その通りです。6日目になると共食いを繰り返していた怪物たちの数も減り、強い怪物を除いて動く者は殆どいなくなります」


「では次にこれを1日ごとに区切った世界樹の成長過程と比べてみよう。


 1日目…種。

 2日目…発芽。

 3日目…家を飲み込むほどに成長。

 4日目…更に急速に成長し、付近一帯に広がる。

 5日目…巨大化し町中を覆い始める。

 6日目…複数のツボミが出現。

 7日目…役割を果たし消滅。そして再生開始。


 この通り、世界樹に関しても成長が著しいのは4日目と5日目です。ここまでは大丈夫ですか」


「う、うむ」


「確かに世界樹は4日目から爆発的に成長していました。6日目を迎えた時点では成長が殆ど止まっていたことからも、住民たちの変化と連動していると考えて間違いはないでしょう」


「よって、5が終了した時点で世界樹の食事はほぼ完了すると考えていいだろう。6で残飯を捨てて後片付け。7で食材を再度準備して調理再開だ。そこで、このサイクルを1や2の時点で止める。最悪でも3だ。決して4の段階へは進ませない」


「ほう」


「4の段階で人々は発狂するとソル卿の報告書にはあったが、実際には違う。人々が完全に狂ってしまうと苦痛を感じなくなってしまうから、世界樹は最低限の理性を残している」


「しかし、自らを傷つける者もいました。彼らは狂っているようにしか見えませんでしたが」


「違う。彼らは人を傷つける前に自分を傷つけて止めようとしていたんだ。その最たる例がビステル卿だ。狂ったように見えても自らの異常を自覚すれば、すぐさま火に飛び込んで自害したそうだ」


「ふん、そんな記憶はないがな」


「理性が残っているからこそ4日目に残虐な拷問ができるし、怪物になった後も会話が成り立つ。世界樹は人々の理性の全てを奪い切ることはできないんだ。そこに付け入る隙がある」


「なるほどですな」


「ソル卿やウルグン卿のように強く己を律する自我があれば抵抗は可能だが、全ての住民にそれを求める事は不可能だ」


「でしょうな」


「そこで、発想を逆転させる事にした。欲望を抑えさせるのではなく、暴力的行為以外の形で発散させる。作戦通りに進めば4日目を迎えても人々は残虐行為を起こさず、苦痛を感じないので世界樹への栄養供給も絶たれるはずだ。理屈は分かったか?」


「かろうじて理屈はわかりましたが……その手段が賭博とは……」


「いえ、最後まで聞きましょう。これは剣や武器を使った力の戦いしか知らない者からは決して出てこない発想です。クレア卿、続きをお願いします」


「ああ、次の説明に進む」




「ギャンブルとは言ったものの、カードやサイコロを使う一般的な賭けだけじゃない。スポーツやボードゲーム、絵画や音楽コンクールなど、他者と争う全ての娯楽を賭けの対象とすることで闘争心を逸らす」


「なるほど、他者への攻撃を物理的なものではなく、点数や順位などの概念的な攻撃に置き換えるのですね。しかし、それならギャンブルにしなくてもよいのでは? 例えばジェルジェ大運動会などはどうでしょう」


「悪くはないが弱い。欲望と快楽が向かう先が必要なんだ。それには金が最も適している」


「金とな」


「金に対する人間の欲は、生物として見れば異常だ。金で得られる物ではなく金そのものに執着し、手元にあるだけで快楽を感じる。これは人間以外の生物には決して理解できない人間特有の性質だ。世界樹とて例外ではない。理解できないものには世界樹も干渉できないだろう」


「ふむ…他人を攻撃することでしか満たせなかった欲望を、お金を集めさせる事で満たさせるわけですか。しかし賭けには種銭が必要です。それに負ける者も出るでしょうし、生半可な儲けでは欲望の受け皿にならないのでは?」


「その心配は無い。現金のみならず金銀財宝をギチギチに詰め込んだ幌馬車を持ってきた。これを住民達に種銭として最初に配る。さらに一度の賭け金には上限を設けてあるので、6日間負け続けても絶対に手持ちが0にはならない」


「ふん、随分と景気のいい話よ。それで? その金銀財宝の詰まった馬車は何台あるのだ? まさか住民全てに配るのにわずか数台ということはあるまいな?」


「319台だ」


「さんびゃくう!?」


「319台です」


「たった今お前の主人から聞いたわ! なぜ繰り返した!? それとこの端数は何だ!?」


「随分と驚いているようだが……それって少なすぎるという意味だよな?」


「逆に決まっておるだろうが! ええい! その腹の立つ顔を今すぐ止めよ!」


「おお……随分と思い切った投資ですな」


「ああ、当主様より借り受けた資金にプラスして、坊ちゃんの私財を売り飛ばして用意した」


「えっ? い、今なんと?」


「さすが大貴族ですな、バリス卿……」


「い、いやいや! 私の家や領地を売ってもそこまでの大金にはならぬぞ!? 第一なぜ勝手に……」


「ああ、馬車1台分にしかならなかった……」


「な、なぜ私の私財を勝手に売り払っておいて不満そうなのだ!? そ、それに残りはどこから!?」


「不満などと、とんでもない。その1台で十分でした。この世界の特性をお忘れですか、坊ちゃん」


「と、特性?」


「ジェルジェの霧の中に入ったものは生物非生物の区切りなく、この世界に複製されるのですよ」


「う、うむ?」


「ですので1台の馬車にロープをつけて力自慢の者達に町の入り口から離れた斜面を利用して300回ほど引き戻しをさせる事で出入りを繰り返し、この世界に馬車ごと金銀財宝の複製を大量に作りました」


「何たる悪魔の発想か……!」


「現実世界に持って帰れないのが残念で仕方なりません」


「そ、そういう問題か!?」


「各種競技に使う道具も別の馬車に積んで複製しまくりましたので、実際はもっとあります。ジャンル毎に199台ほど」


「霧からはみ出すわそんなん!」


「理性が完全に飛んでしまうと困るのであまり使いたくはありませんが、頭がパーになるレベルの麻薬も増やしました。使うと気持ちよくなって苦痛を一切感じなくなります」


「悪魔の発想どころか悪魔そのものですな……。人の業の全てをこの清貧な田舎町に持ち込むつもりですぞ、このお方……」


「……っ! ふふっ!」


「ソル卿様? どうかなされました?」


「あっはっはっはっは! 本当に、本当に何ということをするのですか貴方は! 面白い! すごく面白い発想です! ましてや、思い付いたからといってジェルジェに行って実行しようなどと! とんでもない騎士もいたものですね! あっはっはっはっは! 本当に! 精鋭中の精鋭です! いや本当に凄い!」


「何がツボに入ったのかは分からんが、気に入ってくれたのなら何よりだ」


「打てる限りの手は尽くしたなどと自惚れていた自分が恥ずかしい限りです! あっはっはっは! す、すみません! ちょっと、ちょっとだけ待ってください! ふふふふっ!」


「すみません。ソルは一度ツボに入ると長いんです」


「構わない。次は段取りを説明する」




「私達は全員、運営側に回る。まず真っ先にやらねばならない事は、住民達への説明と参加要請だ。手分けして一件一件家を回って大会説明書と種銭を配ってほしい。幸いにも今日の夜から明日の夜までは必ず雨が降るので、出歩く住民はいないはずだ」


「しかし賭博大会の説明と申されても、説得力のあるカバーストーリーを用意する必要がありますぞ。まさか世界樹について話すわけにもいきますまい」


「もちろんそれも用意してある。大会準備の項目を開いてもらいたい。住民達の疑問を逸らすためのストーリーを考えてきた。ミサキ、読んでくれ」


「はい!」


「ふん、どんな名目を掲げるのやら」


「えー、唐突ですが、ジェルジェは大貴族バリス・グランバッハ様の領地となりました」


「わ、私か?」


「悪くない出だしですね」


「つきましてはこれより、領主様就任祝いのお祭りを町の住民全員でやってもらいます。住民だけでなく外部から来た者たちも全員が対象です。拒否権はありません。不参加者は市中引き回しアンド打ち首です」


「むう、雲行きが……」


「領主様はギャンブルに狂う愚民を見るのが何よりも大好きです」


「言い方!」


「単なる賭博ではなく様々な種目を用意しましたので参加者としてだけではなく、時には外ウマに乗ったり、時には審判となって大会を盛り上げてください」


「ふむふむ。見たところ名簿があって、各家庭ごとに休憩時間や審判役を担う時間まで決められていますね。私たちが世界樹の心臓を探していた頃に作った各家庭の調査リストを応用したのでしょうか」


「なお、お祭りの開催中は魔法ゲンキ・スゴイ・モリモーリによって皆さんは一睡もできません。副作用として人や家畜が凄い興奮して、死んでも生き返るくらいに活きがよくなったりすることもありますが気にしないでください」


「おい、名前!」


「あと魔法の影響でごくごく稀に人が変身したりしますが、ただちに影響はありません」


「ただちに影響が出てるから変身するのではぁ!?」


「さらに逃走者や離脱者が出ないように、魔法ニゲチャ・ダーメによって町を閉鎖します。赤い霧を吸い込むとバカになって日にちの感覚がわからなくなるので近づかないように」


「だから名前!」


「ちなみに参加者全員に先払いの参加報酬兼種銭として、領主様より金銀財宝一袋が与えられます。10日後に所持金の集計を行いますが、上位入賞者には現在の所持金の10倍の報酬が与えられます。さらに優勝すればこの町の管理者としての地位と巨乳の美女が副賞として与えられますので、皆様の健闘を祈ります」


「10日後ならば実際の集計は不要ということですかな。楽でよいですな」


「あの……私、報酬にされてませんか……」


「ほーう? 巨乳で美女だという自覚はあるんだな? このっ、このっ!」


「あの、胸をつつかないでください……」


「……」


「……」


「……」


「なぜ騎士の皆様がたはお黙りになられたのですか……」


「す、すまぬ。つい」


「見てしまいますよね。わかります……」


「うむ……抗いがたいですな」


「あの……読み終わりましたけど」


「んん! コホン! ……ところどころ雑ではあったものの、大金を渡されて参加を拒否する者はおらんでしょう。多少はアレンジする必要があるとはいえ、カバーストーリーとしては及第点かと思われます」


「このっ、このっ……!」


「クレア様!? いつまで涙目でユカリさんの胸をつついているんですか!?」


「うるさい! 今から成長する可能性がある君に何がわかる! なんだこれ! メロンかそれともスイカか!? このっ! このぉー……!」


「あっ!? こ、これ世界樹の影響です! すみません皆さん! クレア様を巨乳から引き離してください!」




「先ほどは失礼した。巨乳に対するアレルギーを世界樹に利用されてしまったようだ。油断したつもりはなかったが、まだまだ修行が足りなかった」


「ははは、私も最初はそうでしたよ。しかし慣れれば不自然に感情を引き出される感覚がわかるようになりますので、そのうち抵抗できるようになりますよ」


「そんなものかな……」


「では気を取り直して続きといきましょうぞ」


「ああ。住民達の説明と参加に関する項は終わったな。次は大会運営だ」


「どう計算しても我々だけでは手が足りませぬな」


「その通りだ。だから怪物化しにくい人材を確保して運営側に回す。これがそのリストで、彼らがこなすべき役割もすでに一人一人用意してある。彼らへの報酬は弾んでくれ。以前にソル卿とユカリが怪物化する住民について調べてくれた事が役に立った」


「それは何よりです。彼らは元々己を強く律し狂乱の中でも理性を保てる方々ですので、心強い味方となってくれるでしょう」


「待て、先ほどから気になっていたのだが、どれほど規則があってもルール違反を犯す者がいよう。他人を傷つけ力づくで金を奪おうとする者をどう抑えるつもりだ。厳しい罰則を設けるべきではないか」


「いや、不正の防止には増幅される欲望を利用する。すなわち罰則ではなく褒賞だ。最後まで不正を犯さなかった者には金銭では手に入らない参加賞を与える」


「ほう? 参加賞とな」


「巨乳黒髪美女の巨乳モミモミ権だ」


「ふん、何かと思えば巨乳黒髪美女の……なんてぇ!?」


「巨乳モミモミ権だ」


「何人いると思っておるのだ! 破裂するわそんなん!」


「むしろ破裂しろ」


「いったいその憎悪はどこから来るのですかな……」


「あの、私はトロフィーか何かですか……」


「えっと、大丈夫です! 先ほども説明したとおり、実際には大会の期限は世界樹の周期スパンより長いので、イベント参加報酬が最後に支払われることはありません!」


「ふん、そういうことだ」


「とんだ詐欺運営ですな……」


「しかしこれでは女性の方には効果が無いのではないですか?」


「問題無い。女性にはイケメン騎士のキス権を用意する」


「ホホッ! いや、まいりましたな! イケメン騎士のキス権ですと!? いやはや、妻以外の女性に触れるつもりはなかったのですが、そういうことならば仕方ありませぬな! 不可抗力ですな!」


「手鏡をしまえオッサン! お前のわけないだろ!髪を整えるな! そのヒゲ全部毟るぞ!」


「なんと!? この上ない適役だと思ったのですが!?」


「どう考えてもソル卿の役割に決まってるだろ!」


「ははは、暴力行為防止の役に立つのなら構いませんよ。しかし、本当に私で効果はあるのでしょうか」


「ソル卿様はスゴくカッコいいから、大丈夫だと思います!」


「いやぁ、照れますね。ははは」


「気をつけろよ、ミサキ。顔のいい男は性格が悪いんだ」


「ええっ!?」


「いやいやいやいや、偏見です!」


「なら……お顔が、その……そうではない感じの方は……?」


「もっと性格が悪い」


「最悪じゃないですか!」


「ええい! いつまで顔の話をしておるのだ! さっさと次に進まぬか!」


「顔の悪い男は性格も悪い……と」


「バリス卿!? 今のは残さなくてよいのですぞ!? そもそも議事録を残す必要もないのでは?」


「い、いや、だが、こういう場では今までのように書いていないと、どうも落ち着かぬのだ……」


「ははは、今頃ゴート卿も困惑しているかもしれませんね。なんだかお祭りの準備をしているようで、楽しくなってきました」




「詳しい大会運営方法や進行スケジュールなどは事前に組み上げてある。忙しいが休憩時間もきちんと入れてあるので、各自自分の役割を確認してくれ」


「ふむ…我々騎士は不正や暴力行為の監視といった、トラブル対応がメインのようですな」


「ああ、基本的には審判役や測定係などの競技進行役は全て住民達に行ってもらうからな」


「監視といいますが、実際にはどう動けばいいのですか?」


「まずはとにかく人前に姿を見せればいい。目立つようにこんな感じの旗印や腕章をつけて、運営側の騎士が目を光らせているとアピールしてくれ」


「ダメ、絶対。不正や暴力、危険行為。ルールを守ってみんなで明るく楽しい賭博大会……これを着けろと?」


「なにかの嫌がらせか、これは」


「運営に携わる住民達にも着けてもらうし、もちろん私も着ける」


「華々しく散る覚悟を決めたのに、どうも締まりませんな」


「ははは、いいじゃないですか。私は結構好きですよ、こういうセンス。血生臭い仕事ばかりしてきましたが、本当はこんな仕事の方が向いてると思うんですよね、私」


「私もそう思います……」


「それとウルグン卿には特別に私達の監視を頼みたい」


「ほう、我らの監視とな」


「ああ。この作戦が失敗するとすれば、私達の暴走が切っ掛けになると考えている。ガス抜きができる住民達と違って、私達にはそんな機会が限られているからだ」


「ふむ…確かにその通りですね」


「特にキュリオ卿が怪物化する可能性は現在まで100パーセントだ。理性が弱いのか、あるいはストレスに弱いのか」


「むむ、何やら責められておるようですが、記憶に無い事で咎められるのは納得がいきませぬな」


「ミサキ、このオッサンには近づくなよ。あんな美人の奥さんがいて浮気するような奴だからな」


「いや、浮気と言えば浮気なのですが、違うのですよ。実は私は浮気をしようと思ってしたのではなく、酒を飲んでいたらいつも気づけば翌朝で、隣に見知らぬ女性が寝ているのです。実は妻には発覚していませんが、隣に男性が寝ていた時もあって流石に反省しましたので今はこうして酒を絶っているのです」


「お、男の方と……?」


「ちなみにガチムチの中年大工でした。翌朝はお尻が焼けるように痛くて涙が出ましたぞ。ベッドも糞まみれで自分の口臭が……」


「おうこら私の弟子の耳を汚すな。ブッ殺すぞ」


「お、落ち着けい! うむ、酒に酔った上での過ちくらい私にも経験がある! ……に、しても! 確かに今のキュリオ卿の発言は女性の前では不適切であった! だから剣を収めよ! クレア卿!」


「えっと、大丈夫ですよクレア様! 私こう見えてもいろんなことに耐性がありますから! さぁ、作戦会議を続けましょう! 騎士様方や私たちが怪物化した時の対策ですよね!」


「チッ」


「すみませんでした……以後気をつけます……」


「じゃあ次は怪物が出現した時の対処法についてだ。一人も怪物化させない事に全力を尽くすつもりだが、出現してしまった時こそが卿達の力の見せ所だ。私が卿らの協力を取り付けたかった理由がここにある」




「そもそも怪物化とは何か、という点から始めたいのだが……考察は立てられたものの、結局は憶測の域を出なかった」


「いえ、聞かせてください」


「おそらく個人個人の心の奥底にある衝動が、世界樹によって捻じ曲げられて具現化させられた姿ではないかと思う」


「ふむ、衝動ときたか」


「捻じ曲げられたというのは?」


「キュリオ卿は酒を飲みたいという欲望を、人を食いたいという形に曲げられたのだと思う。ビステル卿は世界樹を跡形もなく焼き尽くさなくてはならないという義務感を、人間を焼き尽くさなくてはならないという形に曲げられたのだろう。他には……罰を与えられる事を望んでいる者がいるかもしれないな」


「ウルグン卿……」


「……」


「その事を踏まえた上での対策だが……ソル卿、今まで全ての怪物と戦ってきた貴兄の意見を聞きたい。怪物化した住民は騎士が一対一で勝てない相手か?」


「いえ。見た目は恐ろしいですが、怪物化した市民ならば我ら騎士の相手ではないと思います。憲兵や冒険者もいますが誤差の範囲内でしょう」


「四肢の切断などによる拘束は可能か?」


「形状にもよりますが、それほど難しいことではありません。不死身の怪物に対しては最も有効な対処法ですね」


「住民が怪物化した際はすぐに騎士が駆けつけて怪物の手足を切り落として無力化し、世界樹が養分を吸えないように麻薬を打って苦痛を和らげる。これは可能か?」


「はい。十分可能かと思われます。様子がおかしい者を見つけたらすぐ最寄りの騎士に通報するように住民たちには周知しましょう」


「ならば騎士のうち誰かが怪物化した場合、他の全ての騎士で戦えば勝てるか?」


「……勝てません。私たちのうち誰が怪物化しても終わりです。なすすべなくこれまでの全てが瓦解するでしょう。とても人間が太刀打ちできる相手ではないのです」


「むう…ソル卿をしてそこまで言わせるか」


「だからなるべく怪物化しないように、キュリオ卿は適度に酒を飲んでくれ。いいか、適度にだぞ。他の者達も自己の判断でガス抜きをしてくれ」


「し、しかし精鋭であるクレア卿ならば、か、勝てるのではないか?」


「いや無……んんっ、私が怪物化しないという保証もないのですよ、坊ちゃん」


「あ、ああ。そ、そうであったな」


「しかしガス抜きをしていても、前述の段階を一気に満たしてしまい怪物化する可能性があります。その場合への対策はどうしましょうか」


「怪物騎士への対策としては、切り札を用意した」


「き、切り札とは?」


「一度きりの切り札ですので今は詳細を明かせません。しかし、世界樹によって捻じ曲げられた衝動を上回る強い衝動を理性ではなく記憶から呼び起こすことで、怪物化した騎士の動きを止める事が出来るはずです」


「では我々の誰かが怪物化した際はクレア卿に一任してもよろしいのですかな?」


「ああ、そのためにウルグン卿に私達の監視を頼みたい。様子がおかしな者や怪物化の兆候のような動きを見せた者がいれば、すぐに私を呼んでくれ」


「……任せろ」


「しかし、万が一クレア卿が怪物化した際はどうすればよいですかな? とても我々で敵う相手とは思えませぬが…」


「その時は普通に倒……んんっ、その時はミサキの指示に従ってくれ」


「ふむ? 承知致しました」


「よろしくお願いします!」


「これがこの作戦における最も重要な役割だ。歴戦の精鋭である貴兄らの武力とチームワークが必要だ。限界が近いと思ったら無理をしないでくれ。限界を迎えそうな仲間がいたら私に伝えてくれ。必ず何とかしてみせる」


「ホホッ、ここまで言われては信頼に応えないわけにはまいりませんな」


「ははは、全てが上手くいき世界樹を倒せたのなら、我らラインバルト隊の銅像でも立ててもらいましょうか。聖骸教会の負担で」


「ふん、あのケチくさい本部がそんなもの建てるわけがなかろう。殉教者の墓に名前を掘られて終わりよ」


「な、流れを切ってす、すまぬが、わ、私は何をすればいいのだ?」


「確かにバリス卿は騎士として動くわけにはいきませんね。領主役ですから」


「坊ちゃんは偉そうな服を着て、偉そうにふんぞり返っているだけで結構です。ただ一応、最初に開会宣言をしてもらいます」


「う、うむ。だ、だが心配だ、何を言えばいいのだ?」


「原稿は用意してあります。ご心配なく」


「わ、私に領主の振りなどできるだろうか? じ、自分でも貴族に相応しくないと、お、思っているのだ。う、上手く演技ができる自信がない……」


「大丈夫ですよ。私だって演技には自信がありませんでしたが、まだバレてません」


「そ、そうか……苦労をかける」


「……ん!?」


「クレア様!」


「あっ……そうそう! 坊ちゃんはなるべく姿を隠しておいた方がいいでしょう! 何でも時々坊ちゃんは姿が消えたり出てきたりするそうですから! 領主様が目の前で消えたら混乱が起きますからね!」


「むう、今……」


「おそらくジェルジェの時の流れと現実世界での時の流れが若干違うために起こる不具合でしょう! 坊ちゃんの体は現実世界にありますので、その誤差を修正するために度々坊ちゃんだけ時間が飛んでいるのだと思います!」


「ば、場所が変わるのもか?」


「あの、クレア卿……」


「場所が変わるのも大した問題ではありません! チェスの駒を一旦盤上から外して、元に戻した時に場所がズレたようなものでしょう! 坊ちゃんは私達と違って青い根を途中で引き抜いた事とも関係があるかもしれませんね! 不具合ですね! でも何も気にする事はありません! 何も気にする必要は無いのです! 大切なのはあの憎っくき世界樹アノニマスをどう倒すか! そうでしょう!」


「う、うむ」


「さて、大筋の話が決まった所で食事休憩にしましょう! ちょうど真ん中に食卓もありますからね! それでは私は注文を取ってきます! 何せ金は有り余ってますからメニューの順に全部頼んできますね! それでは!」


「あ、クレア様! 私も行きます!」


「まぁ、よいか……」


「いやはや、どうにも煙に巻かれたような気がしますなぁ」


「ははは、いいじゃないですか。触れられたくないことにはお互いノータッチにしましょう」




「ユカリさんは何も食べないのですか?」


「ええ。この世界では何も食べなくても死にませんし、食べられる側の苦痛を知っていますので……」


「逆にバリス卿はよく食べますな」


「も、申し訳ない。も、元の体に戻れた時に、す、少しでも栄養をつけねばならぬと思って」


「いや、責めているわけではありませぬぞ。感心していただけです」


「ですが坊ちゃん、この世界の体は世界樹が作り出した仮初めの体です。空想小説ではアバターと呼ばれる類のものでして、こちらの体と現実世界の体は相互干渉しないのです」


「そ、そうなのか。クレア卿は、は、博識であるな」


「子供の頃は本が好きで、図書館に入り浸っていましたからね。人生何が役に立つか分からないものです」


「あれ? ユカリさん、どうしてソル卿様のチャーハンからグリーンピースを取り除いているのですか?」


「すみません。ソルが苦手なので……」


「子供か!」


「ははは、いやぁ、面目ない。ユカリさん、いつもありがとうございます」


「お二人ともすごく仲がいいですね! 素敵だと思います!」


「ミサキ、ちょっと……」


「はい。どうなされましたか? ……ええっ!? 私がそれを聞くんですかぁ!?」


「いいから聞けって!」


「うう……わかりました。えっ、と……です、ね。その、そのぉ……」


「はい、何でしょう」


「ソル卿様とユカリさんは……その、えっと、どこまでの関係なのでしょう……」


「ははは。恋人同士であり、かけがえのないパートナーですよ。彼女がいなければ、今頃私は発狂していたかもしれませんね」


「ソル……」


「わぁ、素敵です!」


「我々からしてみればその関係には違和感しかないのだがな…記憶を奪われるとは難儀なものよ」


「……え? 何ですかクレア様? え? もっと具体的に? ……ええ?」


「ふむ?」


「ええーっと……えーと、そのぉ、えぇーと、お二人は……」


「おや、どうされましたクレア卿。急に後ろを向かれて」


「……」


「お二人はっ! セッ、セッ、セッ……クス! されたのですか!」


「ぶふぉっ!?」


「クレア卿! 未成年に何を問わせているのですかな!? 他人の情事に興味があるならせめて自分で聞かれるべきではないか!?」


「……」


「ええい! こっちを向かぬか!」


「ク、クレア卿の耳が真っ赤になっておる」


「うるっさいなぁもう! ヤッたかヤッてないかどっちなんだ!」


「下品ですぞクレア卿! それと、堂々と聞くならせめてこちらを向かれてはいかがか!?」


「もちろんやりました」


「ソル……!」


「ユカリさん、顔真っ赤ですね……」


「お前の主人はもっと赤くなっておるぞ」


「それはいつだ? 最初の1週目には体の接触はあったか? 体液の交換的なアレとかコレは?」


「まだ聞くのか!?」


「聞いて何が悪い!」


「ついに開き直りましたぞこの方……」


「いえ、最初はそんな関係ではなかったもので……」


「……すみません。実はあの最初の7日目でソルが死んだ後……キスを、しました……」


「ええっ!? 初耳ですよ!?」


「すみません……つい、雰囲気に流されて……」


「ん……そうか。キスか……」


「ふん、とんだ女騎士様もいたものだ。むっつりスケベ卿にでも改名するがよかろう」


「誰がむっつりスケベ卿だと!? お前なんかツッコミ卿のくせに!」


「ツッコミ卿だとぉ!?」


「ほらまたツッコんだ! ツッコミ卿にクソミソ卿に根暗卿にオッパイ卿だ! お前達は!」


「まさかクソミソ卿とは私ですかな!?」


「じゃあ消去法でオッパイ卿は私じゃないですか!」


「もうやめてくださいクレア様! 私恥ずかしいです!」




「あの……私もソルやクレア卿様のお手伝いをしたいのですが……」


「と、言われてもな。坊ちゃんと同じように着飾って姿を民衆に見せるだけで助かるんだが」


「でしたらユカリさんにはアレを着てもらいましょう。とても似合っていて最高に綺麗なんですよ、ははは」


「ウェンディングドレスですか……」


「それすっごく見てみたいです! 憧れます!」


「では後で一緒に買いに行きましょうか。ちょうど私も新しいマントが欲しかったのですよ。もうお金の心配はいりませんしね、ははは」


「気をつけろよ、ミサキ。胸のでかい女は性格が悪いんだ」


「ええ!?」


「ええ……偏見です……」


「では……えっと、胸が、そうではない方は……?」


「もっと性格が悪い」


「ええ……」


「自供したな。逮捕だ」


「正体を現しましたな」


「……あっ」


「悲しい……あまりにも……」


「クレアさん、何か食べたいものはありませんか? 何でも奢りますよ……」


「やめろ! 優しくなるな! そろそろ作戦会議も終わりだ! 細かい部分を再確認したらすぐ動くぞ! こき使ってやるからな!」




「……さて、色々話し合ったが、もうこんな時間だ。そろそろ始めよう」


「それではクレア卿、指揮官として挨拶をお願いします」


「急に言われてもな……数分だけ時間をくれ」


「ふん、頭に比べて口は回らんと見える」


「あ、クレア様! 頭がいいって褒められてますよ!」


「褒めとらぬわ!」


「ええ、私もそう思います。そうでなければここまで用意周到な作戦を思い付いたりできないでしょう」


「えへへ、私も考えたんですよ」


「ホホッ、これは将来有望な若者ですな!」


「ははは。顔立ちも可愛らしいですし、将来が楽しみですね」


「ソル」


「ああ! 違うんですよユカリさん! これは浮気とかじゃなくてですね……!」


「あの、もうちょっと静かにしてくれないかな……」




「うん……よし、聞いてくれ」


「今から始まるのは総力戦だ。人類の歴史が生み出してきた幾多の文化を刃と変えて世界樹を討つ」


「人が互いに殺し合う事しか出来ない獣ならばこの作戦は失敗するだろう。そんな獣には世界樹に飼育される家畜の生涯が相応しいのかもしれない」


「だが、私は人と獣は違うと思う」


「人は神が作った弱肉強食の原理を否定する唯一の生き物だ。暴力を善しとせず、誰かを傷つけずに闘争本能を満たす方法を探し続けてきた。そうして生まれたものがスポーツやボードゲームや賭博などの娯楽。すなわち、絶対のルールの元に行われる偽の闘争だ」


「だが真の闘争から生まれた偽の闘争はオリジナルを超える。偽の闘争は闘争心を満たしながら恐怖や苦痛などの負の感情に打ち勝ち、怒りや悲しみさえも時にはプラスに変える。私達は偽の世界樹が引き起こす真の闘争を…偽の闘争を持って叩き潰す!」


「聖骸騎士よ! 救世主の永眠を嘆く必要はない! 神が悪魔を倒してくれないのならば、人は人として悪魔と戦い勝利してみせよう!」


「それでは……作戦開始!」











「いや、拍手とかいいから! 恥ずかしくなってきた!」




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