第19話。この女騎士、容赦せん!
幌馬車を率いていざジェルジェに来てみると、本当に現実の世界との違いが分からなかった。肌をつねれば痛みがあるし、馬の匂いも干し肉の味も確かに感じた。
だが時間帯が決定的に違う。私達が入り込んだのは夜のはずだったが、今は朝になっている。
やはりここは異なる世界だ。太陽の光も海の水も当時の状況を再現されているだけで、実際は外の世界と繋がってはいない。
騎士達はイメージ通りだった。顔の良い青年がソル卿で、口髭がキュリオ卿、羽帽子がウルグン卿、オールバックの男がビステル卿で……ん!? え、じゃあ、あのムキムキなのがバリス卿なのか!? 何だあの筋肉ダルマは! 馬が小さく見えるぞ!?
植物人間となったガリガリのイメージしかなかったが、ジェルジェに入る前はあんなに健康体だったんだな。メチャクチャ強そうなんだが……。
おっと、もう本番だ。練習はしたけど、緊張するなぁ。女騎士らしく、女騎士らしく……。よし、頑張ろう。
「救助だと? 胡乱なことを言うものだ。我々は今しがた到着したばかりではないか」
「残念だが不正解だ。貴公らラインバルト隊は半年前にここジェルジェに入り、若君とゴート卿以外の全員が死亡した」
「何だと!?」
まぁ、そりゃ驚くよなぁ。
「事実だ。その後も貴公らの魂はジェルジェの世界樹に囚われ続け、数え切れないほどの死と再生を繰り返している。ソル卿、貴公ならば理解できよう」
「……はい」
「ソル卿!? このような戯言を受け入れるのか!? 第一、女の身で騎士だと!? グランバッハ家に仕えているというならば、まずはその証拠を見せてみよ!」
お前はすでに死んでいると言われて、はいそうですかと受け入れる奴がいるとは最初から考えていない。もちろん証拠はいくつか幌馬車に詰んできてある。
「ふん、貴公と同じ台詞を吐いた輩は今まで掃いて捨てるほどいたが、結局どいつもこいつも私に媚びへつらった。貴公の反応が楽しみだな。ミサキ、まずは任命状を出せ」
うっわぁ。私、嘘ついてるくせに偉っそう。こんな事言っちゃって大丈夫かな。後で謝ろうかな……。
「はい!」
ミサキはミサキで返事だけは元気だったが、幌馬車の中から任命状を探してくるのが微妙に遅くて少し不安になった。
「……」
「……」
「……んん」
「ありました!」
気まずくなってソワソワしてきた頃、何かをひっくり返したような音を立てて幌馬車から飛び出してきたミサキが、任命状をビステル卿に渡した。
「お待たせしました! ご確認ください!」
「むぅ、確かに本物に見えるが……」
「どうぞ、坊ちゃんもご確認ください」
「ぼ、坊ちゃん? 私のことか?」
「はい。グランバッハ家に仕えているとはいえ、我が主君はあくまでもご当主様のみ。そのご子息様でも私から見ればまだまだ半人前の未熟者ですので、ご自身の立場をわきまえて頂きたい」
うわぁー! うっわぁー! 私、貴族にとんでもないこと言ったぁー! 相手が相手なら不敬罪で切り捨て御免されるやつだこれ!
「う、うむ……すまぬ」
あっ、そこ謝るんだ。素直というか何というか、本当に気が弱いんだなぁ。あんなガチムチなのに……。
「分かればよろしいのです。では、ご確認を」
「う、うむ。確かにこれは、我がグランバッハ家の任命状で、父上の印も押されておる」
バリス卿は私の顔色を伺うように、任命状と私を交互に見た。
その通り、この任命状は間違いなく本物だ。少なくともこの依頼を受けている間は、私は間違いなくグランバッハ家に仕える女騎士としての身分を保証されている。
けど女騎士かぁ。ガラじゃないなぁ……。
アベルも何か言ってた気がするが、転職は無理だ。
「し、しかも父上直属の騎士ということは、精鋭中の精鋭……! 一人で並みの騎士十人分の強さを持つ者のみが選ばれるという騎士団の、その、隊長職!」
「ふーむ、たしかにそう言われてみると、並々ならぬ眼光ですな。幾多の死線を潜り抜けてきたような凄味を感じます」
「ふん、そのような世辞は聞き飽きた」
おいおいおいおい、余計な設定をつけ足すな! 私そこまで強くないからな!? あと目つきが悪いのは、ほっとけ!
「だが、なぜその直属の騎士が一人で?」
「無論、この程度の問題など私一人で十分だという事だ」
「何だと!? 思い上がりも甚だしいぞ!」
うん! 私もそう思う! 騎士達の協力は必要不可避だ! それにしても確かに怖い顔してるなこの騎士! ああああ、何かどんどん墓穴掘っている気がする! まずい、予定通りなのにパニクってきた! やっぱり私、演技とか向いてない! いや待て、落ち着け私! とりあえずリラックスするために笑ってみよう! どんな時でも余裕がある振りをしろって習ったしな! 敵に弱みは見せた時が襲われる時だ! 騎士達は味方だけど!
「フッ」
「おお……ビステル卿に凄まれても鼻で笑うとは、凄い自信ですな。女性の身でありながら当主直属の騎士に取り立てられる者は、肝も座っておられる……」
「ぬううううう……!」
うわぁ! ビステル卿の顔真っ赤! これ絶対凄い怒ってる! 怖っわぁ! 馬鹿にされたと感じたよなこれ! アハハ! なんかもうどうにでもなれー! こうなったら行くとこまで行っちゃうぞぉー!
「だが、それでは貴公らの顔が立つまい。私に協力すれば、貴公らが命と引き換えにジェルジェを解放したという名誉を与えてやる。協力しようがしまいが、すでに貴公らは死んでいる身だ。最後に国の為に役に立てるのであれば、悪い話ではあるまい」
ああ、これ絶対私悪役じゃん。騎士達を働かせて、その手柄を横取りしようとしてるハイエナじゃん……。
「ふざけるな! 事の真偽はさておき、聖骸騎士が貴族の飼い犬に協力などできるか!」
あー、やっぱりそう取られるよなぁ。いやでもあんたも元々貴族だろ……。仕方ない、押してダメならもっと押そう。下手に出たらダメな時もある。
「ほう、どうやらビステル卿は名誉よりも意地の方が大切だと見える。……結構結構、それならば貴公の名誉がいくら地に落ちようとも問題は無いな。元、貴族の、ビステル卿。貴公の経歴はすでに調べ尽くしているぞ」
「何だと?」
「ミサキ、資料を」
「はい、どうぞ!」
「お? 今度は早いな」
もしかしてさっき遅かったのは、これも一緒に探していたからなのだろうか。私はミサキから受け取った資料をパラパラとめくった。
グランバッハ家のツテを使い調べ上げてもらった騎士達の経歴が、全てここに記載されている。
「かつては随分と情熱的な性格だったようだな。貴族の次男としての地位を捨ててまでメイドと駆け落ちするとは、それほど良い女だったのか?」
「何いっ!?」
「おお、意外です……」
「だが結局、その女が期待していたのは貴族の妻としての生活だったようだな。結婚生活は一年と持たずに破綻し、長女の出産を待たず……」
「待て! 待て待て! ちょっと待て!」
「他にもあるぞ。例えば酒癖の悪い者がいるな。酔った勢いで妻の服を着て女装し、みだらな格好で徘徊した罪で……何してんだオッサン」
「ん、んんっ! ゲホッゲホッ!」
キュリオ卿が激しく咳き込んだ。いや本当に何してんのこの騎士。私もつい素が出てしまったし。
「ふん、知られても致命的な過去ではあるまいに。まだまだあるが……どうだ、少しは私の話を聞く気になったか」
あと二人の経歴は洒落にならない。騎士達を脅迫する事が目的ではないので、ここらで止めておこう。
「どうやらジェルジェについてだけでなく、私たちに関しても詳しくお調べになられたようですね。どのようにして世界樹のことを調べられたかはわかりませんが、この町が地獄だと知った上で来られたのなら、相当な覚悟が必要だったはずです。一度お話を伺ってもよろしいでしょうか」
ソル卿が歩み寄ってきた。
よしよし、何とかまずは彼らに話を聞いてもらう段階にこぎつけられた。これで取っ掛かりが作れたぞ。
「無論だ。よく貴公らが拠点にしている民宿で詳しい話をしよう。近くで様子を見ているであろうユカリ・クレマチスも交えてな」
「彼女のこともご存知でしたか。これは隠し事はできませんね、ははは……。ユカリさん、こちらへ」
ソル卿の合図を受け、離れて様子を伺っていた黒髪の美女が雑踏の合間を縫ってこちらへ近寄ってきた。……ん、んん!? おおおおおお!?
「騎士様、初めまして。ユカリ・クレマチスです」
「……」
「あの……?」
予想外の事態に、私は慌ててミサキの顔を見た。信じられない。こいつ、人間じゃない。化け物だ。過去最強だ。ミサキは相変わらずアホっぽい顔できょとんとしているが、お前これ見て何とも思わないのか。
「ミサキ、こいつ……」
「はい。どうかしましたか、クレア様?」
「あのスレイより、ニ回りほどデカくないか?」
ユカリ・クレマチスは凄まじい巨乳だった。一体何を食べればこんな胸になるのか想像もできなかった。
「……」
ミサキは何も言わず、悲しそうな顔で私を見ていた。