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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【生まれてくるべきではなかった誰かの話】
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第13話。ビューティフル・ワールド

 咆哮の渦の真っ只中に私はいた。

 その勢いは増すばかりで、四方八方から波のような強弱を伴ってこの身に浴びせられる。

 床も壁も小刻みに揺れ、天井からはホコリが落ちてくる。テーブル上の食器は踊り出し、端に置かれた何かの書類がバサバサと床に落ちた。


 私は滝壺に取り残された木の葉のような心持ちであった。外にいるキュリオ卿とウルグン卿は大丈夫なのであるろうか。


「な、なんだ? 私は悪魔の食卓にでも迷い込んだのか?」


 ダンッ、ダンッ。裏口のドアが強く叩かれた。

 そうだ、外にはまだ二人がいたはず。彼らを今すぐ中に入れて籠城すれば助かるかもしれぬ。


「キュ、キュリオ卿か? それともウルグン卿か?」


「お待ちを」


 慌てて戸口に駆け寄ろうとした私の肩を、ソル卿が掴んだ。あ、そ、そうだ。合図だ。部屋に入る時はノックが3回で安全、4回なら危険、5回なら今すぐこの場を……。


「あーっ! ああああああーっ!」


 絶叫と共にドアが激しく乱打された。カンヌキが壊れるのではないかと思うほどに跳ね躍る。

 だがそれもすぐ静かになった。


「あっ」


 ドアの下から血溜まりが流れ込んできた。私はそれをぼおっと見ている。あ、そうか、手当てをしなくては。まだ助かるかもしれない。だが、ソル卿が私の肩を強く引くのだ。


「お待ちを。あの二人の声ではありませんでした」


「ソ、ソル卿? だが、キュリオ卿とウルグン卿がまだ外に」


「下がって!」


 ソル卿に肩を強く引かれたと思った瞬間、ドアが破られた。


「むっ!」


 戸口に奇妙な影が立っていた。何十本もの刃を寄り集め、針金で人の形に固定したような姿の怪物だ。体を小刻みに震わせながらガチャガチャと金属音を鳴らしている。


「いら、いら、いらいらいらいらいらいらいらっしゃいませええええええ」


 まるで人のような声で怪物は鳴いた。


「ハァァッ!」


 ソル卿が私の前へと躍り出て、怪物の胴を薙いだ。怪物は上半身と下半身を切り分けられて倒れ伏す。眺めていると、怪物から生えている刃の切断面から鮮血が溢れ出てきた。これは体の一部なのか。


「まだ来ます! バリス卿、バリケードを!」


 バリケード? ドアを塞ぐものを探せばよいのか? だが急に言われても、そんなものがどこにあるのか。


「イーッ! イイイーッ!」


 奇声を上げる小さな魚たちが戸口から侵入し、ソル卿の足元をくぐり抜けてきた。

 よく見れば、魚には人間の手足が生えている。鱗の一つ一つに人間の顔がついており、パクパクと口を開いて何かを訴えかけているように見える。


「痛っ!」


 ユカリさんの足に魚たちが噛み付き始めた。引き剥がさなくては。いや、先にバリケードを作らねば新たな怪物が入ってきてしまう。それよりユカリさんの足に噛み付いた魚が、体を捻ってユカリさんの肌の下に潜り込もうとしている。あれはまずいのではないか。


 ソル卿が私の隣をすり抜けてユカリさんに駆け寄った。素早い剣捌きでユカリさんの足に食らいついた魚を次々と突き刺しては引き抜いていく。ああ、今私がやろうと思ったのに。


 あ、ソル卿が戸口から離れてしまうと怪物がなだれ込んでくるのでは?

 そう思い顔を戻すと、私の顔のすぐ前には老婆の顔がぎっちりと並んでいた。


「は?」


 あまりの意味不明さに、間の抜けた声が漏れた。思わず後ずさる。

 戸口を埋め尽くして薪のように積み重なっているのは、愛想の良い微笑みを浮かべた老婆だった。どれも同じ顔で同じ服を着ている。


 老婆たちが口を開いた。喉の奥から白い何かが次々とせり上がってくる様子が見える。嘔吐に合わせて老婆の口の端が裂けていき◾️がメチメチと音を立てて千切れ落ちた。

 最初は髪の毛の塊に見えたが違った。老婆たちが吐き出しているのは、粘液に塗れた老婆自身の◾️だった。◾️の後ろには当然のように◾️◾️が続く。

 自分を口から◾️◾️した老婆は、当然のようにニ人目も吐き出し始めた。


「ご注文はああああ破裂でよろしかったでしょうかああああ」


 ソル卿に両断されて床に転がる刃物の塊が叫んだ。私がそちらを見ようとすると、腕を強く引かれた。


「ロビーまで退がります! 急いで!」


 理解ができない。したくない。今何が起こっているのかを正しく考えることが恐ろしい。

 私は何も考えないように努め、ソル卿とユカリさんに続いた。背後で何かが破裂するような音がしたが、振り返る気も起こらない。詰所のドアを潜りロビーへ。


「あ、う、ああ……」


 扉は破られ、ロビーは怪物で溢れていた。

 タコの足が生えた巨大な◾️◾️の◾️◾️。泡のように膨らみ増えて弾ける◾️◾️の◾️。身体中の◾️に野菜を突っ込んでいる女。縫い合わせた◾️◾️◾️に髪の毛をパンパンに詰め込んだ塊。

 理解の及ばぬ造形の魑魅魍魎どもが互いに喰らい合い混ざり合い犯し合って交尾している。

 安全だったはずの砦は、悪夢の祭壇と化していた。


「も、もう終わりだ。安全な場所など、もうどこにも無いのだ……。私は死ぬのか? いや、死ねぬのか? 未来永劫にこの地獄の住民となるのか……?」


 スゥ。ソル卿が小さく息を吸う音が聞こえた。


「突破します。バリス卿、背中は任せました」


 怯えもなく、怯みもなく。当たり前のようにソル卿は地獄への一歩を踏み出した。


「と、突破? あの中に入っていくというのか?」


 私の足は鉛のように重く、私の手は剣ではなく十字架を握り締めている。もはや戦意など欠片も残っていない。無理だ。こんなもの、無理に決まっている。


「わ、私は、私には、無理だ。私は、ソル卿のように強くもなければ、あ、頭も鈍い、臆病な、足手まとい、なのだ。今も、こ、怖くて、うご、動けぬのだ。だ、だからもう、もう、お、置いて、置いていってくれ。二人で、逃げて、くれ」


 私の目からはとめどなく涙が溢れていた。恐怖、恐怖、恐怖、恐怖ばかり。もう頭がどうにかなりそうだ。


「それは出来ません。聖骸騎士団十ヶ条第一条にもあるでしょう、仲間を決して見捨てるなと」


 だがソル卿は私の肩に手を置いてくれる。


「それにバリス卿、あなたは決して臆病でも役立たずでもありません。この悪夢のような世界で背中を守ってくれる者がいる。その事実がどれほど心強く、私を奮い立たせてくれていることか」


 話をしている間にも、腐汁を撒き散らす◾️◾️◾️が襲ってきた。◾️◾️の側面にはバッタに似た脚が乱雑に並び、床を蹴って左右に飛び跳ねソル卿に躍りかかる。


「ハァッ!」


 ◾️◾️がソル卿に衝突したかと思うと、◾️◾️は跳ね上げられて天井にぶつかって私のすぐ横に落ちた。◾️◾️は汚汁を撒きながら起き上がろうともがいたが、バランスが取れずにすぐ転倒した。

 よくよく見れば片側の脚が軒並み切り落とされている。今の一瞬でソル卿が切り落としたのか。なんという技量だ。流石は聖骸騎士の隊長職。


「では行って来ます。ユカリさんを頼みました。後ろにも気をつけてください」


「えっ、あ」


 ソル卿がユカリさんを抱え上げ、私に押し付けた。咄嗟のことに返事さえろくに返せぬまま、私はユカリさんを受け止める。そうだ、ユカリさんは足を魚に噛まれて怪我をしたのだ。だから私が運ばねばならぬのだ。それにしても、近くで見ると本当に大きな……。いや、何を考えているのだ! こんな時に! 私は! 女性の胸を覗き込むなど!


「重く、ないですか」


「いひっ! いえいえ全然っ!」


 咎められている気がして、ユカリさんと目を合わせることなどできない。慌てて顔を上げれば、ソル卿はすでに怪物たちの群れへ切り込んでいた。


「あの人、凄いですね」


「あ、ああ」


 ユカリさんの感想には、私も同意するしかなかった。

 赤子の◾️◾️が背後からソル卿にミルク色の毒液を浴びせた。ソル卿は振り返りもせず野菜女を掴んで盾にした。野菜女は湯気を発しながら◾️◾️る。回転するツノを顔中に持つ石膏像のような男がソル卿に体当たりを仕掛けた。ソル卿が一撃の元に首を刎ねた。だが体はまだ動き、切断面からツノが生えてきた。ソル卿はVの字状に石膏像を切り裂いて◾️◾️◾️を奪った。ミミズのようにのたうつ大量の◾️◾️がソル卿の足を登り始めた。ソル卿は体を大きく回転させて回し蹴りを◾️◾️に放った。衝撃で毛髪が振り払われ、◾️◾️は壁に叩きつけられて泣いた。それ以外の怪物たちも次々と四肢を切り落とされて動きが鈍っていく。


 とても同じ人間とは思えぬ強さであった。ソル卿が剣を振るう度に、動く敵の数が減っていく。

 不死身の悪魔どもを一方的に斬り伏せ打ち倒すその勇姿に、私の胸にも希望の火が灯り始める。


「今ですバリス卿、馬小屋を目指しましょう。目玉や髪の毛を踏まないようにこちらへ」


「う、うむ!」


 あれほど重かった足が、嘘のように動いた。

 ソル卿がいれば本当に助かるかもしれぬ。そんな希望が私の足を突き動かし、悶え苦しむ怪物たちの側を駆け抜けさせた。

 ソル卿の背を追い、外へ飛び出す。幸運にも周囲に怪物たちの姿は見えない。


「バリス卿!」


 後ろから頭を押された。私の認識はそれだけだった。だが、ソル卿とユカリさんが戦慄した顔で私を見ている。まさか…嫌な予感がして私は民宿を振り向いた。


 民宿に巨大なムカデが巻きついていた。

 全長何十メートルにも達するおぞましき怪物である。その蠢く節の一つ一つが、数珠のごとく繋がった人間の◾️◾️であった。◾️が異様に丸く膨らんでいるのは、それぞれの節が◾️を前列者の◾️◾️へ◾️◾️しているためであろう。◾️◾️の手足があるべき箇所からは葉のついた枝が生えており、それらを駆使してガサガサと素早く動き回っている。

 あのムカデが私の頭を押したのだろうか。


「えっ、無事なのですか」


 ユカリさんが不思議そうな顔で私を見上げてきた。


「怪我は、ないようですね……」


 ソル卿も困惑しているようだ。何かあったのだろうか? 私は特に痛みも感じていないが。

 むしろユカリさんがいつのまにか返り血で汚れていることの方が気になる。私が彼女を抱きかかえてから今の今まで怪物の血など浴びてはいなかったはずなのに。


「あっ」


 ユカリさんの表情が上を見上げたままで固まったので、私も釣られて上を見てみた。


 頭上には巨大な腕があった。

 異様に長い爪、はち切れんばかりに膨張した筋肉、針金のような剛毛、真っ赤に焼けた鉄を思わせる肌。

 それらを併せ持つ鬼の如き腕が民宿の二階に張り付いたムカデを壁ごと握り潰して引き剥がした。

 そんな、今さっきまで周りには何も居なかったのに。


 鬼の腕に掴まれたムカデが、各節を切り離してバラバラに逃げ始めた。地獄の底から響くような笑い声が聞こえる。


「うふぁーふぁーふぁああー。百足でなく芥虫でしたかぁあー。一匹残らず食い殺してやりましょうぞおおおー」


 腕の根元を追えば、そこにいた者は正しく鬼だった。私は足元からゆっくりとそれを見上げる。

 太さに反比例して極端に短い足が支えているのは球状の胴体だ。丸々としてはいるが、ただ太っているわけではない。その腹はトウモロコシの粒にも似た筋肉の塊に覆われていた。

 その胴体から伸びる巨腕は俊敏に動いて、逃げたムカデを次々と捕まえては顔よりも大きく開く口に運んでいる。あれだけの巨腕にも関わらず、その腕の動きは速すぎて目で追うことができない。鬼が腕を振るう度に、ごぉう、ごぉうと風が吹いた。

 頭部では歪に並ぶ四つの眼球が忙しなく動き回り獲物を探していた。鼻から下は針葉樹のごとき剛毛に覆われており、鬼が口を開くと喉の奥までビッシリと生え揃った鋭い牙が見えた。


 それは角こそ生えていなかったが、地獄の底で亡者を貪り食う悪鬼そのものであった。


「おおー、おおおー、ソル卿にバリス卿ー、ご無事で何よりでしたなぁー」


 信じられないことに、鬼は私の名前を呼んだ。


「その声はまさか、キュリオ卿ですか……?」


「少し目を離した間に、ずいぶんと小さくなられましたなぁー、ふぁーふぁーふぁー」


 鬼が体を揺らして笑った。会話の合間でも鬼は手を動かしてはムカデを口に運んで食べ散らかしている。

 鬼に齧られたムカデの傷口が赤く泡立ち、ゴボゴボと音を立てて溶け始めた。赤い汁に混ざった溶けかけの何かよくわからない◾️◾️が鬼の足元に流れ落ち、鬼が腰を屈めてそれを長い舌で美味そうに舐めとった。


 あまりにも非現実的な光景を前に、私も引きつった笑いが漏れてきた。


「なぜ、そんな、姿に?」


「それが私にもわからぬのですよぉー。ただぁー腹が酷く減りましてなぁー。ふぁーふぁーふぁー、人間は生でも美味ですなぁー」


「ウルグン卿はどちらに?」


「あの中に混ざっていたかもしれませぬなぁー。ぐうぅぇえええぇっ「助けてくれエェェェーッ! ソル卿ォォー! ウルグン卿ォォー!」ふぅうううううー!」


 鬼は腹を撫で回し、満足そうに大きなゲップを吐いた。その音を聞いたソル卿が無言のまま剣を構えた。

 ああ…私にも聞こえてしまった。今、鬼の口の奥から聞こえてきたものはキュリオ卿の絶叫だ。


「ほほ、ほほほぉー、ほぉー、お二方も、だぁいぶ混ざってきたご様子、ですなぁー」


 鬼の頬が耳の上まで裂けた。笑っているのだろうか。


「混ざってきた、とは?」


「食い千切られたそばから生える頭を見ておかしいと思わなかったのですかなぁー? 卿らもこの町に馴染んできたようですなぁー? どんどん、どんどん良く、良ぉくなりますぞぉー。喰らえば快楽、喰らわれれば地獄の苦痛。弱肉強食とはまさにこれこの通りですなぁー。ふぁーふぁーふぁぁあー」


「……」


 ソル卿は何も言い返さない。なぜだ。それに頭を食い千切られたとは誰のことだ。なぜこの怪物は親しげに話しかけてくるのだ。わからない、もう何もわからない。ソル卿、早くその怪物を黙らせてくれ。


 ズンッ。地面が揺れた。

 ソル卿が立っていた場所に鬼の拳がめり込んでいる。


 ……え?


 鬼の拳と土の間から赤黒い血が溢れてきた。そんな、そんな馬鹿な。あのソル卿が、そんな。私の手から力が抜けた。「あっ」誰かが足元で声を出した。


「ホッ、ホホホホッ、流石ですなぁー!」


 鬼が拳を持ち上げた。地面には蜘蛛の巣状の亀裂が走っているが、ソル卿の姿はない。一瞬遅れて鬼の小指がぶらりと垂れ下がった。切断面からはドス黒い粘着質の血液が滴り落ちている。小指は納豆のように粘りながらゆっくり落ちた。


 鬼の左肩にソル卿が居た。今の一瞬で鬼の拳を避けて駆け登ったのか。信じられない、なんて強さだ。鬼の4つの目玉が一斉に左に動き、ソル卿の姿を捉えようとした。ソル卿は鬼の耳を掴み、剣先を構えた。


「ハアアアッ!」


 気合いと共にソル卿は鬼の耳へ深々と剣を突き刺した。体ごとぶつけるように体重をかけ、その剣を根元まで念入りに埋め込んでいく。あの長さならば、剣先は確実に致命的な部分へ届いているだろう。


「オホッ! ホホホォー! 突かれる側も意外と気持ち良いものですなぁー!」


 鬼は嬉しそうに笑い、右手をソル卿へ伸ばした。ソル卿は素早く剣を引き抜き、鬼の手を避けて背中側から下へと逃れた。


「バリス卿! ユカリさんを連れて馬へ! 早く!」


 ソル卿の声からは今までの余裕が消えていた。それほどの相手ということなのか? 鬼がこちらを見ていた。ゆっくりとその手が伸びる。私は後ずさった。今ソル卿は何を言った? ユカリさん? ユカリさんはいつの間にか倒れ伏していた。ああ、私だ。私は落としてしまっていたのだ。ソル卿が何かを必死に叫んで鬼を切りつけている。鬼の手がゆっくり近づく。嫌だ、怖い。来ないでくれ。鬼の手が迫る。鬼の、手が。


「あっ」


 鬼の手がユカリさんを捕まえた。ユカリさんの胴体をすっぽりと包み込み、親指で彼女の頭を右に左にグリグリと撫で回して遊んでいる。鬼が少し力を込めただけで、彼女の細い首は折れてしまうだろう。


 私はそれを目の前で眺めておきながら、何もできなかった。私は、私は、私は……。鬼が私を見て笑った。私にもう片方の手を伸ばす。


「うわぁあああああああっ!」


 私は叫び、背を向けて無様に逃げ出した。勇気や矜持など、もはや私の心には一片たりとも残っていなかった。股間から漏れ出した小便が裾を濡らす。足がもつれて転んでしまった。


「ひっ、ひーっ! ひーっ……!」


 うまく息ができない。手足をガクつかせながら、恐る恐る背後を張り替えった。鬼は追ってこない。

 ソル卿が私と鬼の間に割り込んでいた。これなら逃げられるかもしれない。だが鬼の手がユカリさんを高々と掲げていた。


「喰うならやはり美女がよいですなぁー! 煮てよし! 焼いてよし! 生でもよし! ですが今日は一番搾りで頂きますぞぉー!」


 鬼がユカリさんを◾️◾️◾️◾️た。


 絞られた◾️と◾️の塊がボドボドと地に落ち、汁気の多い音を立てる。鬼が笑う。ソル卿が激昂した。ユカリさんの◾️が転がり落ちた。ソル卿が示してくれた希望は踏み躙られた。いや、握り潰された。終わった。終わった。もう何もかも終わりだ。


 私は逃げた。全てを裏切り何もかもに背を向けて逃げ出した。私は結局、役立たずの臆病者だった。


 今や町中を世界樹の黒い根が這い回り、空は赤く巨大な葉が覆い隠そうとしていた。幹は人型の像が寄り集まったように見えるが、怪物たちが追ってくるので細かく観察する余裕はない。

 私はソル卿とユカリさんに心の中で謝りながら逃げて逃げて……馬小屋に辿り着いた。


「あっ、ああ、ああああ……」


 そして血まみれの馬小屋の中には、無数の怪物たちがひしめいていた。周囲には◾️◾️が散乱し、齧りとられた馬の◾️がピクピクとまだ動いている。怪物たちの口からはビチャベチャと血や汁が溢れ出ていた。


 馬はすでに怪物に貪り喰われていた。

 逃げ続ける人生を選んできた私に、もう逃げる場所など残されていなかったのである。


 血に飢えた怪物たちが私を見て微笑んだ。背後から追ってきた怪物たちが私に追いついて囲み始めた。

 私はもう考えることを止めた。座り込み、膝を丸めて頭を抱え、胎児のように丸まって現実からも逃げた。








挿絵(By みてみん)










 そして私の番が来た。




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