第8話。中間報告書
ジェルジェ調査結果中間報告書概要。
①港町ジェルジェの異常現象について
●赤い霧によって外界と隔離されている。
●町には入れるが出られない。
●赤い霧を抜けた後にゴート卿の突然死を確認。なお遺体には目立った外傷は見当たらず、キュリオ卿の検死をもってしても外的要因は発見されず。ショック死の可能性が高い。
●後述の影響が住民達のみならず全生物に現れる。
●協力者より異常現象の周期は7日間との証言あり。
●我々が到着した時は周期1日目の模様。
●住民たちの記憶に数年単位の欠如が見られる。
●行方不明者たちの生存を確認。
●行方不明者も数ヶ月〜数年単位で記憶を喪失。
●町には破壊的な痕跡が見られないため、異常現象の被害は軽微に留まると判断可能。
●数年に渡って住民たちがどのように生活物資を補充していたのかは不明。
②住民達に現れる影響について
●記憶の混乱や不眠などの精神的な影響が発生。
●人や動物、虫などの肉体の擬似的な不死化が発生。(豚、鶏、魚、蝿などの現地生物にて実証済み。心臓を貫いても首を切り落としても意識を失うことなく生存し続ける)
●その他、時間経過によって新たな影響が増加。
●1日目は暴力的な衝動が若干強くなる。
●2日目は時間や空間に歪みが生じる(要検証)。
●3日目以降の影響は現時点では不明。
③異常現象の原因について
●協力者ユカリ・クレマチス嬢より情報提供あり。
●クレマチス家の地下室にて成人女性の遺体を発見。
●遺体はユカリ嬢に酷似。
●遺体を使った魔術的儀式の痕跡を確認。
●遺体には時間経過による変化が見られた。
●儀式内容は不明なものの、異常現象の原因と断定。
●焼却を実行。遺体と触手体の炭化を確認。
●遺体の破壊は異常現象の解決に効果なし。
●1日目は外見に異常なし。
●2日目は子宮から触手状の器官が発生。詳細不明。
●炭化によりこれ以上の変化の有無は不明。
●一連の主犯はクローカス・クレマチス氏と断定。
●クローカス氏の所在は不明。すでにジェルジェから逃走している可能性あり。
④協力者ユカリ・クレマチスについて
●主犯及び共犯者である可能性あり。
●監視の結果、不審な行動は見られない。
●クローカス氏との関係は不明。
●地下の遺体との関連性も不明。
●異常現象が発生した後の数年間の記憶を保持。
●逆に異常現象が発生する以前の記憶を喪失。ジェルジェ外部の知識や一般常識等は住民たちから教えてもらったとのこと。
●ソル卿の不注意により喉を損傷し、現在発声不可。
●読み書きができないため筆談も不可。
●名前は止むを得ず自分で付けたとのこと。
●異常現象の原因が自分ではないかという強い疑念に駆られており、巨乳事態解決のためならば自らの殺害を含むあらゆる協力を辞さないとのこと。
⑤解決案
●遺体の焼却(実行済み。要経過観察)。
●地下設備の完全破壊(保留中)。
●クローカス氏の捜索及び確保。
●ユカリ嬢の殺害(魔術的儀式の媒介である可能性を考慮したものの、殺害可能かどうかは不明)。
●……。
「……うん、解決案に関してはもう少し情報が必要ですね。今日のところはこんなところでしょうか。走り書きの箇条書きですが、後で正式な報告書として提出する際に清書するので今はこんなもので問題ないでしょう」
「致命的な誤字がありましたぞ……ソル卿」
「おや、そうでしたか? まあ後で訂正するとしましょう、ははは」
あの遺体の焼却と一通りの調査を行なった後、外が暗くなってきた頃に私たちは民宿の食堂へと集まっていました。
バリス卿はどうやら気分が優れないようでしたので、一足先に部屋で休んでもらっています。
「どうぞ、お水です」
「ありがとうございます、店員さん。さて、ようやく一区切りできましたし、そろそろ休憩して食事にしましょうか」
「おや、もうこんな時間でしたか。しかし少し待ってくだされますかな。豚や魚を食べるのは少し抵抗が出てきましたので」
「わかりました。全員決まり次第お呼びください」
トレイにコップを乗せて持ってきた男性の店員が、カウンター奥の厨房に戻っていきました。
キュリオ卿は少し悩んでポテトサラダ三人前に決め、ビステル卿はチキンの丸焼き、私とウルグン卿は魚のあら汁に決めました。ユカリさんはやはり何も食べたくないそうです。
「すいませーん、注文決まりましたー」
「うーむ、しかしどうしたものでしょうな。元凶を破壊しても事態解決どころか、更なる異常現象が発生するとは」
「住民たちも不安に悩まされていましたね。不眠を始めとして、町から出れないという事実も広まりつつあります」
「どうも手詰まり感がありますな。犯人も元凶も判明したというのに、肝心の解決策が見つからないとは。あの死骸をもっと調べておくべきだったかもしれませぬな」
「ふん、あれを放置して取り返しのつかない事態が引き起これば卿が責任を取れるのか。あれは今にも何かを産み落とそうとしていたではないか」
「ははは、冷静にいきましょう。少なくとも私たちは今の時点でやれる限りの最善を尽くしました。それにしても、朝はあんなに人がいたのに今は空いてますね。すいませーん、注文いいですかー。……うーん、来ませんね」
「店員の一人もカウンターに立たず、厨房に引きこもっているとは、まさか怠けておるのではあるまいな! おい、客が注文しておるだろうが!」
ビステル卿が椅子をひっくり返す勢いで立ち上がり、カウンターの裏から木戸を開けて厨房にのしのしと入って行きました。
あ、しまった。止めるべきでしたね。
「……おや?」
しかし予想に反して厨房からビステル卿の怒鳴り声は聞こえてきませんでした。ビステル卿は厨房に入ったかと思うと、すぐに困惑の表情を浮かべて戻ってきたのです。
「店員は居なかったのですかな?」
「……見に来るがよかろう」
「ふむ、見てみましょうか」
ビステル卿が厨房を顎で指し、再び中へと入っていきました。私が立ち上がり後を追うと、残りの3名も続きます。カウンターの裏へと回り、厨房への戸を開けました。
「うん?」
戸を開いた途端に鼻を焼く異臭を感じ、私は反射的に口元を手で押さえました。
「うっ!」
見渡す限りに◾️◾️。◾️◾️。◾️◾️。厨房の中は壁も床も天井も◾️◾️が塗りたくられていました。この飛び散り方を見るに、力任せに叩きつけたようです。
台の上に並べられた皿には、パンに挟まれた◾️◾️、小麦粉をつけて揚げられた◾️◾️、トウモロコシの粒と野菜を添えられた◾️◾️。丁寧に調理された◾️◾️のフルコースが整然と盛り付けられていました。
それらに混ざって、まだ生きている食材たちが蠢いていました。◾️◾️を何本も突き立てられた豚の◾️が床を這い回り、かまどで火をかけられた鍋の中には◾️を切り落とされて丸裸に皮を◾️◾️◾️◾️◾️が暴れています。食材の食べられない部分を捨てる廃棄用の樽はひっくり返り、溢れた◾️◾️たちが絡まりあった蛇のように蠢いていました。
「これは掃除が大変そうですね。ははは……」
「冗談を言っている場合ですかな。しかし、これは、これは、酷いですな……料理人は気でも狂ったのでは……」
「だとしても、この短時間でこんなに汚せるとは思えませんね……何時間も前から、こうだったのでしょう。おそらくあの店員が水を持ってくるずっと前から」
「よくよく考えれば、調理に使う動物が死なないことには昨日から気づけるはずですな。この店が組織的に異常を隠蔽していたことは間違いありませぬ」
「この雨にも関わらず、朝に比べて客も激減していましたね。どこに出て行ったのか気になりますね」
「見よ、糞に混ざって複数人の足跡と血の手形、そしてその主を引きずった痕跡が勝手口に続いておる。厨房を汚したのは料理人とは限らぬぞ。そもそもさっきの店員も朝は見なかったが、本当に店員なのか? 探しに行くなら止めはせんぞ」
「いえ、やめておきましょう。雨も降っていますし、外は日も落ちて危険です。警戒を強め、今晩は全員で一つの部屋を交互に使いましょう。キュリオ卿はこの厨房のことを他の店員に伝えて、厳重に戸締りをするよう指示してください。ウルグン卿はバリス卿と交代して休息をお願いします。ビステル卿は……今晩も出かけられるのですか?」
「民宿の食料庫を見てくるだけだ。荒らされていなければ腹の足しになるものもあろう」
「ありがとうございます。お気をつけて」
「卿こそ気をつけられよ。全ての元凶はすぐ近くにあるかもしれぬぞ」
「一考しておきます」
やはりまだユカリさんを疑っているのでしょう。ビステル卿は冷たく言い放つと、キュリオ卿と共に食堂を出ていきました。
ユカリさんは悲しげに顔を伏せています。私がその手を握ると、彼女は顔を上げてくれました。
「私は何があってもあなたを信じ、味方をすると誓いました。その言葉は決して違えません。未だ解決には遠くとも、必ずあなたをこの町から出してみせます。どうか私を信じ、これからも力を貸してください」
(コク)
まだ私を信じてくれなくても、笑いかけてくれなくても、こうして私の手を取って頷いてくれる。
今はそれだけで充分です。
私も人のことは言えませんからね。