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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【生まれてくるべきではなかった誰かの話】
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第3話。調査開始

「ではソル卿、ひとまずの報告ですが」


 あれから2時間が経過し、一番最初に周辺調査から戻ってきた者はキュリオ卿でした。


「どうでしたか、霧の様子は」


「予想通りジェルジェの外には出られそうにはないですな。赤い霧の中をどれだけ進んでも、全く前に進んでいる感覚が無いのです。それと、部外者には聞かれたくないことがありまして…。」


「構いません。彼女は当事者です」


「霧の中でゴート卿の死体を見つけましたぞ。我々が町に入った場所のすぐ近くですな。落馬時についたと思われるもの以外の外傷はなく、近くに馬もおりました。抵抗した痕跡や持ち物を奪われた様子もありませんでしたので、今は教会へ運び入れております」


「殺されていたのですか」


「詳しく調べてみないことにはわかりませぬが……我々に呪いや魔術の類が効かない以上、考えられる可能性は毒や病気ですな。しかし死因が毒であったならば……」


「キュリオ卿、身内の犯行を疑うのは他の全ての可能性を潰してからにしましょう」


「うむ、いけませんな。この仕事をしていると人を疑う癖がついてしまいます」


「お願いします。詳細がわかるまで、ひとまずこの件は伏せておきましょう」


「では報告が終わり次第、検死を行なうことにしましょうぞ」


 私たちはあの後、港近くの民宿へと移動していました。何はともあれ、まずは安全な活動拠点を確保する必要がありましたし、若い女性の家に男5人が居座るわけにもいきませんから。

 ちなみに一番高い部屋を2つ借りました。費用は経費で落とせるのですから、どうせ泊まるなら良い部屋がいいですね。眠ることができるかはわかりませんが。


 意外にもユカリさんは、我々への同行を了承してくれました。彼女の首を痛めつけて声を出せなくさせてしまったというのに、彼女の協力姿勢には頭が下がる思いです。

 彼女を軽率に疑ったりせず、重要参考人としてもっと真剣にお話を伺っておけばよかったですね。


「あの赤い霧は、やはり結界の一種でしょうか。我々の方向感覚を狂わせて道を見失わせているのではないかと思いましたが」


「なるほど。確かに以前に捕らえた魔術師が張っていた結界と似た感覚はありましたな。あれはただの幻覚ではありましたが……」


「今回は違うと?」


「どうも辻褄が合わぬのですよ。結界とは外部に向けて張るもの、他者の侵入を拒むものです。しかしこの町ではそれが全くの逆。入るは容易く出るは困難な結界が、内部に向けて張られている。まるで……」


「まるで?」


「外に出したくない何かを、封じておるようですな」


 口髭を撫でながら、キュリオ卿がユカリさんを一瞥しました。

 ユカリさんはソファーに腰掛けたまま、悲しげに目を伏せています。まるで自分が疑われるのは当然だというように。


「ははは、キュリオ卿にしては珍しく結論を急がれますね。確かに彼女は少しばかり怪しいかもしれません。ですが、彼女が元凶だと決めつけるのは流石に時期尚早ですよ。犯人ならわざわざ自分から私たちに接触してこないでしょう? ここは慌てず、いつものようにじっくりと捜査を進めましょう」


「うーむ……その通りではあるのですが、今回はどうにも嫌な予感がするのですよ。今すぐ手を打たなければ、全てが手遅れになってしまうという考えが、強迫観念じみて頭から離れんのです」


「そうですか……じゃあユカリさんの喉が治ったら、もう一度お話を伺ってみましょうか」


「筆談はできないのですかな?」


「残念なことに、彼女は文字が書けないとのことです。その代わりに彼女の喉を診てみましたが、あの様子なら2.3日もすれば治りそうですね」


「卿の馬鹿力で締め付けるからですぞ、まったく」


「はは、いや、それは全く、面目無い」


「我々が出払っている間に、きちんと謝罪はしたのでしょうな」


「いや、ははは、実はそれが、まだでして」


「我々の前では謝りにくかろうと思って気を使ったのですがな」


「あ、し、失礼。私だ、バリスだ」


 戸口からバリス卿の声がしました。そして戸口を叩く音が3回。トン、トン、トン。

 どうやら危険はないようですね。これが4回なら危険。5回なら今すぐこの場を離れろという合図になります。


「ご無事で何よりです、バリス卿」


「あ、た、ただいま戻った。戻りました」


 戸口を開くと、バリス卿の屈強な体躯がそびえていました。いつ見ても惚れ惚れする、鍛え上げられた素晴らしい体格です。彼はきっとこの先、優れた騎士として名を馳せ、ゆくゆくは民に頼られる領主となるでしょう。


「お、遅くなって申し訳ない。ありません」


「ははは、ちっとも遅くなんてないですよ。それにどうしたんですか、急に畏まったりなんかして。いつもの口調で大丈夫ですよ」


「い、いやその、よくよく考えれば私は新入りの身でして、れ、礼儀というものが……」


「ははは、それは言わない約束だったでしょう。それに礼儀の話をするなら、平民上がりである私こそ、貴族であられるバリス卿に平伏して然るべきではありませんか。かのグランバッハ家の次期当主に敬語を使わせていると上に知られたら、それこそ私のクビが飛んじゃいますよ、ははは」


「お、恐れ入ります。いや、恐れ入る……」


「ははは、恐れ入るのは私の方ですよ。おっと、立ち話が長くなりましたね。中へどうぞ」


 バリス卿を中へ迎え入れると、キュリオ卿が椅子を引いて着席を促しました。

 着席してからもバリス卿は落ち着きのない様子で、ユカリさんを見たり視線を外したりを繰り返しています。

 やはり彼女の怪我が気になるようですね。バリス卿は気の優しい方ですから。


「どうでしたか、聞き込みの成果は」


「……」


「バリス卿?」


「あ、も、申し訳ない。ほ、報告ですな。うむ、ま、町には捜索依頼の出されていた行方不明者がそこら中におった」


「ははは、万事解決の際には冒険者組合からの臨時ボーナスが期待できそうですね」


「だ、だか妙なのだ。聞けば誰もが口を開いて、この町には今日来たばかりだと言う。1年前に捜索依頼を出された者も先月出された者も、ぜ、全員だ」


「全員ですか。それは確かに気になりますね」


「か、彼らが認識している日付もバラバラだった。夏に来たという者もいれば、冬に来たという者もいる。住民たちは、3年前の日付を、主張していた」


「むう。彼らが記憶の操作を受けたという可能性はありそうですかな?」


「あ、わ、わからぬ。その可能性もあるのだろうか」


「どうでしょうか。彼らだけでなく町の住民全員の記憶も操作されていたとして、わざわざ街道前にあれだけの人数を集めることに何か意味があるとは考えにくいですね」


「な、ならばここはやはり、彼女にこの町のことを尋ねてみるというのはいかがか。の、喉を痛めていても、イエスとノーくらいならば……」


「なるほど、その必要はあるかもしれませんね」


「で、では、その役目は……」


「ですが先入観を持たないためにも、まずは自分たちで情報を集めましょう。その上で後ほど私が彼女に尋ねてみますよ」


「あ、う、うむ」


「ビステル卿はまだ戻られないようですな」


「ははは、あの人はプライドが高いですからね。何か有効な手がかりを見つけるまでは戻ってきませんよ。前回なんて一人で逮捕までしてしまいましたからね」


「ウルグン卿は……おっと、異常なしのようですな」


 会話にウルグン卿の名前を出すと、すぐに鳥の鳴き声が聞こえてきました。海辺には生息していないはずの鳥の声です。


「ええ、どうやらそのようですね。ところであの様々な鳥の声が出る笛は、どうやって作っているのでしょうか。聞いても企業秘密とかで教えてくれないのですよ、ははは」


「ふ、笛? 鳥? そ、それはさておき、あの……」


「おや、どうしました、バリス卿」


「き、危険ではないのか? すでにここは敵地であるにも関わらず一人で外を出歩くなど、正直言って気が気ではなかったというか……」


「ははは、その心配はごもっともです。ですがご心配は無用ですよ。この支給された甲冑は聖骸教会お抱えの一流魔術師の特製ですからね。並大抵の魔法や魔術ではかすり傷一つ負いませんとも。長年愛用している私が保証します」


「う、うむ。だが、魔術以外の方法で襲われる可能性もあるではないか。例えば無法者を雇うなど……」


「ははは、それこそ心配ご無用。たとえ不意を突かれたとて、我々騎士がそこらのゴロツキに負けるはずがありません。合間見えた瞬間に、見せしめとして魔術師ごと真っ二つにしてご覧に入れますよ」


「い、いやいや! 我々の任務は魔術師の逮捕であろう!? 殺してしまっては本末転倒ではないか!?」


「……」


「ソ、ソル卿? 如何された? まさか私の言葉に気を悪くしたのでは……?」


「いえ、バリス卿の仰る通りです。私たちの任務は魔術師の逮捕であって、殺害は緊急事態のみに認められているはずなのですが……」


「で、であろう?」


「なんと、本気だったのですかな。私はてっきりいつもの冗談かと」


「何か、何かが変ですね。知らず知らずのうちに思考を暴力的な方向へ誘導されているような気がします」


「そういえば、ユカリ殿が言いかけていたことがありましたな。確か1日目は理性が弱まるとか」


「1日目は、ですか」


「な、ならば明日以降もさらなる異常事態が引き起こされるのではないか?」


「その可能性は高いですね。7日間を繰り返すとも言っていましたから、おそらく7日目が終わると再び1日目の異常が始まるのではないでしょうか。まるで日替わり定食みたいですね、ははは」


「ソ、ソル卿! 楽観視している場合ではないのではないか!? ここはやはり、彼女の協力が、情報提供が必要だとお、思うのだが!」


「それは、まあ、手っ取り早くはありますがなぁ。ここまであからさまですと、この手の罠に何度か引っかかってしまっている以上、うかつに触れたくないのですよ」


「わ、罠? 彼女がか?」


「犯人の元に案内する振りをして罠に誘導した者がおりましたし、自白する振りをして言葉に呪詛を込めた者もおりましたな。それに、この町にいる者の記憶や意識に乱れが見られるということは、その起点が必ずどこかにあるはず。私はそれが彼女との接触によって引き起こされるのではないかと睨んでいるのですよ。実際、彼女に触れたソル卿への影響が顕著なようですからね」


「あ、ああ、うむ……」


 キュリオ卿は一瞬だけユカリさんに視線を移した後、咳払いをしてバリス卿に視線を戻しました。


 よし、でしたら次は私も動いてみましょうか。

 餌に食いついて、犯人が尻尾を出してくれれば良いのですが。


「ユカリさん。申し訳ありませんが、少しばかりお付き合いしてもらえませんか」


(コク)


「ど、どちらへ?」


「ははは、気分転換に町をブラブラしてみようと思いましてね」


「え、えっと、つまり?」


「ただのデートですよ、ははは」


 これで犯人への手がかりが掴めなくても、彼女の無罪が証明できればそれに勝る成果はありません。


 さあ、ここが勝負所ですね。

 彼女を信じるべきか否か。その判断がきっと、運命の分岐点となるでしょう。

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