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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【幽霊を見る実験の話】
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知的好奇心から生まれた絶望的結末と、さらなる知的好奇心が育む希望的再解釈

「ん? これで終わりなのか? File④はどうした?」


「さあねぇ。少なくともこの本に集録されてるのはFile③までだよぉ」


「うーん、いまいちスッキリしない終わり方だな」


「でしょでしょ〜? だからあたし様もずっとモヤモヤしてさぁ〜。クレアっちの意見が聞きたくて、この本を持ってきたんだよねぇ」


「まだ研究する気か根性あるなとは思ったが……うさんくさい話でも、ひとまずは本当にあった出来事だと仮定して考察してみるか。所々に知らない単語があったが、まぁニュアンスで何となくは分かった」


 時刻はお昼の2時頃です。ラブリーキッチンさんのお料理教室から帰って来ると、ピュアルンさんが遊びに来ていました。


「おかえり、ミサキ」


「ただいま帰りました、クレア様」


「おっかえり〜」


 テーブルの上には、お家を出る前にクレア様にお願いしていた洗い物がまだ残っていました。そのせいで本を広げる場所が無かったのでしょう。お二人は床に本を広げて対面から仲良く覗き込んでいました。


「ああ、これか? 『ビックリ仰天! 世界の怪文書!』っていう本だ。ピュアルンが持ってきた。世俗的なタイトルだが、中々面白いぞ」


 クレア様が持ち上げた古くて厚みのある本の表紙は、何故か黒塗りで潰されていました。


「知的好奇心を刺激される話がたくさんあるよぉ〜。ミサキっちも読んでみるぅ〜?」


「興味はありますがお二人の邪魔をするのも悪いので、私は後で読ませていただきますね」


 ちなみに今日のお昼ご飯は、マリアさんが持ってきてくれたキャベツとシバ君がくれた鹿肉を使った鉄板焼きです。調味料はリューちゃんが出してくれましたし、レシピはこないだラブリーキッチンさんが教えてくれました。クレア様はあんまりお野菜が好きじゃないみたいですが、こうして工夫をするとちゃんと全部食べてくれるので嬉しいです。


「じゃ、続けよっかぁ〜」


「とりあえず最初から順を追って見直していくか。まずはこの『見る』機能や『光』に関する説明は正確なのか?」


「うん、間違いないよぉ。人間の目が捉えられる光の話や熱放射の話も正確だねぇ。そこから魂の観測実験はいきなり飛躍しすぎかなって思ったけどさぁ、最初からその実験がしたかったこじつけって印象があるよねぇ。そうそう、人間が死ぬ瞬間の体重を測ってみると少しだけ軽くなったっていう別の実験の話もその本に載ってるよぉ」


「そっちも気になるな、後で読ませてくれ。続いて人間には見えない波長を見るレンズだが、これは実際に作れるのか?」


「あたし様は専門じゃないから作れないけど、光学の研究をしてる魔術師なら作れるんじゃないかなぁ。でもこの話の眼鏡で見えたのはルドンであって、一般的な幽霊は最後まで見えてないんだよねぇ。肉眼で幽霊を見える人も居るって考えると、幽霊とは別の変なのが見えちゃったんじゃないかなって思うんだぁ」


「ふーむ……波長によって見える見えないが決まるのは『見る』機能の説明で出てくる『1、目は光を見ている』の段階の話だろう? この実験では終始その段階にフォーカスしているが、幽霊を見える人と見えない人が居る本当の原因は、目が光を捉えた以降の機能の方にあるんじゃないか? 例えば『2、角膜と水晶体』の段階なら幽霊に普通はピントを合わせられない。『3、網膜に像を結ぶ』の段階では、幽霊を見ても信号に変換できない、とか」


「なるほどねぇ〜! じゃあさ! じゃあさ! 『4、視神経を通じて脳へ』の段階に原因があるなら、視覚は正常だけど脳が幽霊を認識できないってことになるよねぇ! 幽霊の声が聞こえる場合もあるから、こっちが正解っぽくないかなぁ! しかももしそれが本当ならさぁ! 本来なら幽霊を見なくて済むセーフティが人間にはあるのに、見えちゃう人はそのセーフティが正常に機能してないってことにまで繋がるよねぇ!」


「そうなると眼鏡無しでも研究員がルドンを見えるようになってしまったのは『人間にはルドンを見えないように除外する機能があったにも関わらず、それを見えるように補正する眼鏡を使い続けたせいで身体が慣れてしまってセーフティが外れたから』だろうな。明るい場所から暗い場所に移動した直後は何も見えなくても、しばらくすれば目が慣れるのと同じように」


「うわぁ新しい視点最高! さっすがクレアっち! あたし様のマブダチ! なぁなぁ、一緒にこの説を研究しなぁ〜い?」


「おいこら抱きつくな。別にそんなに仲良くはないつもりなんだが?」


 ピュアルンさんに抱きつかれたクレア様は嫌そうに引き剥がしていますが、ナインさんに抱きつかれた時とは違ってどことなく嬉しそうです。かつては敵対していましたが、ピュアルンさんはクレア様の貴重な友人枠なのかもしれません。


 ちなみにナインさんは最近ネトラレ?属性に目覚めたそうで、クレア様が他の女性と仲良くすると鬱興奮するとか不思議なことを言っていました。たぶんエッチな話だと思います。


「ルドンの話に戻るぞ。えーと……見る機能の話と光の話、熱放射やレンズの話は正しいらしいから……次はルドンの特徴か。ちなみにルドンが似ていると言われているせい……男のアレって、どんな姿をしているんだ?」


「まあ普通は顕微鏡なんて持ってないよねぇ。精子はこんなんで……」


 ピュアルンさんはメモ帳を取り出して、一本の波線がチョロンと伸びる小さな丸を描きました。「卵子はこんなん」そしてその隣には大きな丸をクルンと一つ描きます。


「この精子が一回の射精で数億匹放たれてドドーッと卵子に向かっていってさぁ、最初に卵子に辿り着いた一匹だけが受精に成功して人間になれるんだよぉ。みんな昔はこんな姿でおとーちゃんのキン●マの中を泳いでたって考えると不思議だよねぇ」


「私が今日まで聞いた中でも最悪の暴言だぞ!? お前それ二度と口にするなよ! 世の中言っていい事と悪い事があるからな!?」


「でも実際さぁ、人間生まれる前はオタマジャクシと卵の合作なんだよねぇ。だったら死んだ後にまたオタマジャクシに戻っても理屈に合ってるんじゃないかなぁ? それとさぁ、人間になれなかった他の精子はもちろんみんな死ぬけど、精子の幽霊なんて聞いたことないよねぇ? 精子の段階では少なくとも人間に魂は無いんじゃないかなぁ」


「誤魔化せてないからな! 金輪際そんなクソキモい発言するなよ! ったく……それはさておき、ルドンの摂取実験でも父親のルドン摂取は出生率と関係無かったから、やはり男のソレに魂は入ってないんだろうな」


「だよねぇ。同じように卵子の幽霊も聞いたこと無いよねぇ。じゃあ魂はどの段階で発生して人間に宿るのかっていう疑問を追求した結果がこの話みたいだねぇ」


「にしても随分と大規模な実験をしたな。こんな大人数の人体実験をしているし、その実験場はとんでもなくデカい建築物だろう? その内外に隔壁を作って、何をそんなに大量に流し込んだんだ? ルドンは生物以外は幽霊みたいに透過してしまうんだろう? グロい想像しか出来ないんだが?」


「これに出てくる【命の壁】の中身? スライムでも流し込んで水で薄めたんじゃないかなぁ?」


「スライムか。なら納得だ。私も退治した事はあるが、町一つ飲み込めるほどに増殖してたな」


 クレア様はどうやらスライム?をやっつけた事があるようです。どんな生物だったのでしょうか。後でクレア様からその時の話も聞いてみたいです。

 そろそろ洗い物の片付けや洗濯物の取り込みをしなくてはなりませんが……お二人のお話が気になるので、ここでもうちょっと聞いていたいと思います。


「File①についてはこんなところか。次はFile②だな。これに出てくる世界樹教会ってのは何だ?」


「あたし様も聞いたことは無いけど、聖骸教会にはたくさん派生や派閥があるんだよねぇ。そのせいで神の名前とか原初の男女の名前やら救世主の名前もゴッチャゴチャになって今じゃ本当の名前がどれか分かんなくなったくらいだよぉ。連中は聖人ぶってるけど、内ゲバで潰し合ったり別の宗教と併合したり分裂したりもよくやってるから、その中の一つかなぁ? そうでなくても変な宗教団体なんて世界中にたくさんあるからねぇ」


「うちにも変態教団や変態戦隊の残党が居るし、珍しい話でもないか」


「でもさぁ、こんな大規模な研究ができる組織に圧力をかけて研究を潰せるって無名の組織じゃできないよねぇ。かなりの力を持った宗教団体なんじゃなぁい?」


「それなんだが、本当にルドンの研究が廃棄されたのかは疑問の余地があるぞ」


 クレア様がページを指でトントンと叩きながら眉根を寄せました。「へえぇ〜?」ピュアルンさんが面白そうにニヤニヤと笑い、クレア様に肩を寄せて仲良く本を覗き込みます。


「廃棄方法が施設ごと閉鎖なんて非合理的すぎる。研究中止が決まったのは事実のようだが、こんなデカい施設を閉鎖して餓死するまで待つ? 外部から邪魔が入るリスクや内部から脱出される可能性を抱えて何ヶ月も監視し続けるつもりか? 随分と悠長な話だな。まるでルドンの研究を進める時間を与えたかったように見える」


「たしかに後腐れなくサクッと皆殺しにした方がいいよねぇ。研究チームがやったように健康診断とか嘘ついて一人ずつ呼び出して殺処分すればいいだけだしさぁ。でもあたし様だったら、食料奪い合いの殺し合いバトルロワイヤル見たいから悩むなぁ〜」


「それを見る時はお前も参加者だぞ。ところで【VOZ】についてはボゼや坊主の他に何か知らないか?」


「残念だけどこの資料以外は出典を知らないねぇ。見た目が似ている怪異ってだけなら、ウィルオーウィスプや人魂なんかがそれっぽくなぁい? こっちも人間の魂だって言われているよねぇ」


「確かにな。File②についてはひとまずこんなところか。次はFile③に進むもう」


「いいねぇ、ノってきたねぇ。File③だけどさぁ、ここにきて執筆者の感情や意見がすっごく出てるよねぇ。研究記録としてはちょーっとNGかなぁ」


「人間、死期を悟ると感情的になるんだろうな。だが確かに私情を排除しているFile①に比べて、File②からは明らかに個人的な意見が目立ってきている。私としてはFile②とFile③は清書していないんじゃないかという印象を受けたな」


「もう提出する必要も無くなったからねぇ。ReportじゃなくてFile呼びだったり、人体に与える影響について〜みたいな副題も無く通し番号だけだったりするのも、そういう理由なのかなぁ」


「うーん、しかし清書されてないのはどうしても引っかかるな。私もそんな詳しくはないが、研究記録っていうのは雰囲気的にチームで共有するものだろう? こんなに個人の意見が載っているのはやっぱりおかしい。それにFile③までは記録が残っているのは何故だ? 研究チームが全滅した後で回収された記録が流出してこの本になったのなら、清書済みの全記録が掲載されているはずだ。これでは『File④が作成される前に、清書後のFile①と清書前のFile②File③が流出した』としか思えない」


「んん〜!? なるほどねぇ〜! つまり研究記録を途中で外に流した奴が居るってことかぁ〜! ビオトープ内が子宮なら、その一人だけが外界に出れたのかもねぇ〜!」


「中止が決まったルドンの研究を強制的に進めさせるために、そいつが施設を封鎖されたように見せかけたのかもな。となると……書きかけの他人の資料に目を通せる権限があって、外に出れる鍵を隠し持っている奴だ。上の立場の人間だな。このプロジェクトリーダーとやらが怪しい」


「途中で外に逃げた理由としては……工作がバレた。食料が尽きた。暴動が起きた。外部から妨害が入った。ってところかなぁ」


「もう確かめるすべは無いが、研究内容が中途半端な状態で流出しているならば内部の人間も最低一人以上は脱出したはずだ。皆殺しにしたい理由が無い限り、他の者もその機に脱出できただろう。ちなみにもしもFile④以降があったとしたら、どんな研究が行われていたと思う?」


「そうだねぇ〜……あたし様だったら、まずは観察かなぁ。人間の死体からどんな風にルドンが育つのか観察記録を作るよねぇ。その次は人間の内臓のどれからルドンが生えてるのかを調べるために死体を解剖したりぃ、ルドンが生えてきている死体を壊したり焼いたりして、ルドンが育つ仕組みの解明をしてみるよぉ。死産児は種子ルドンの摂取量が少なかったから成体ルドンが開花しなかったのかどうかの相関関係も気になるよねぇ」


「そうか、今日も倫理観ゼロで安心した。ちょっと離れてくれ」


「なんでドン引きしてんのぉ!? クレアっちが聞いたんだろぉ!? ンギィー!」


 クレア様にからかわれたピュアルンさんは、ぷんすこ怒ってクレア様に飛びつきました。「おっと」クレア様はそれを軽くいなして、ピュアルンさんを優しめにコロンと床に転がします。


「続けるぞ。これまでは人間の誕生に関する実験をしていたわけだが、File③を転機に研究は人間の死へとスライドしていっただろうな」


「あたし様をぶん投げた件に関する謝罪は無しぃ? あんまり痛くないから、まぁいいけどさぁ」


 ピュアルンさんは腰をさすりながら身を起こしました。そしてまた仲良く並んでクレア様と本を覗き込みます。


「本来なら存在していたはずの人間の魂はルドンに乗っ取られているという説をどう思う?」


「生物の繁殖には肉体の繁殖機能と魂の繁殖機能が必要だと仮定しても、ルドンが人間の魂に寄生して乗っ取ってるって説には懐疑的だねぇ。カッコウっていう鳥の生態を知ってる?」


「もちろんだ。他の鳥の巣に卵を産んで、産まれた雛は他の卵を巣から落とす。そうして自分を血の繋がった雛だと誤認させて育てさせる鳥だろう?」


「ご名答〜。じゃあさぁ、もしルドンが同じように人間の魂を乗っ取る生物だったとしてもぉ〜?」


「なるほどな。それなら死産になるのはおかしい。カッコウに子を乗っ取られた親の生殖機能が失われはしないように、人間から魂の繁殖機能が失われる理由が無い。また、仮に乗っ取られて魂がルドンになってしまったのなら、ルドンの子の魂が子供に入るはずだ。それが実際には経口摂取しなくてはならないとなると……まさか、人間にもルドンにも魂の繁殖機能が無いのか?」


「そーゆーことになるんだよねぇ。魂の繁殖機能というより、単一種族での繁殖能力かなぁ。植物のおしべとめしべや受粉の仕組みは知ってる? 植物だって虫に手伝ってもらわないと繁殖できなかったりするんだよねぇ。こうして他の種族と協力して繁殖する関係を、共に生きると書いて『共生』って呼ぶよぉ。人間とルドンはこの共生関係にあるんじゃないかなぁ」


「寄生も共生関係に含まれるのか?」


「もちろんだよぉ。寄生のように片方にだけ利益がある共生は『片利共生』で、それとは対照的に双方に利益がある共生は『相利共生』って呼ばれているねぇ」


「ならば人間の死からはルドンが産まれ、ルドンの摂取つまりルドンの死からは人間の魂が産まれるわけだから、人間とルドンは相利共生関係にあると考えられるわけか」


「そーゆーこと! ルドンはルドンであって、人間の魂ではないんだよねぇ。なんか母体を殺した人を恨んでるっぽいけどさぁ。ちなみにクレアっちは幽霊を見た経験は有るぅ?」


「実際に見た経験は無いが、幽霊に命を助けてもらった経験なら有る。それに、魂の存在を証明する実例にはお前も会っているぞ。聖骸騎士のバリスがそうだ。あいつは肉体から遠く離れた魂だけをジェルジェに囚われていて、そこで得た情報を肉体に飛ばしてこちらへ伝えていた」


「なるほどねぇ、たしかに魂が存在しないならあり得ない現象だよねぇ。でもさぁ、それなら他の生物は持ってる魂の繁殖機能がなんで人間にだけは無いのかなって疑問も出てくるんだよねぇ」


「人間から魂の繁殖機能が失われた理由か……。人間の起源を辿れば原初の男女に行き着くわけだが……いや、そもそも原初の男女は、他の動物のように神が予定していた正式なツガイではない」


「おぉん? そこまで遡るのぉ? 原初の男の妻として神に作られた一番最初の女は、神を裏切って悪魔の花嫁になったって話でしょ?」


「そうだ。だから神は原初の男の肋骨から新たに女を作り、原初の男の妻とした。ここに問題があるんじゃないか?」


「あ〜、言われてみれば、これは人為的単為生殖だねぇ。原初の男女は肉体だけじゃなくて魂も複製された同一人物ってことかぁ。これじゃあ肉体的にも魂的にも全人類が同一人物になっちゃうねぇ。さらに魂には分裂機能は無く一人につき一つだけだと仮定するとぉ……『魂の生体機能が子供を自分と同一の存在だと判定しちゃうから、出産を本体からの単純分離すなわち怪我だと誤認してしまって、魂を出産する仕組みが働かない』ってとこかなぁ?」


「なんだか壮大な話になってきたな……。しかしそうなると、ルドンの存在は人類にとって都合が良すぎる。人類を監視しているというより、逆に見守っているように思えるくらいだ。こうした存在に心当たりは無いか?」


「そうだねぇ……ルドンの特徴として、物理的な肉体を持たない。魂以外の干渉は不可能な霊的存在。人類に利益をもたらす。デカい目玉が特徴的。人類を見守る。その起源は人類発祥にまで遡るとなるとぉ〜? ……天使しかなくない?」


「だが天使にしては聖書の姿と全然違うぞ。むしろ悪魔寄りじゃないか?」


「それがねぇ。原典の天使はクソデカ目玉に羽が生えた姿だったりするんだよぉ」


「ルドンに尻尾はあっても羽は無いようだが?」


「キヒヒヒ、居るじゃんね一人。神に逆らって羽をもがれて地の底に堕とされた大天使の悪魔がさぁ〜」


「誘惑の蛇、明けの明星、地獄の王、初代天使長とも呼ばれる叛逆の堕天使【リベリオン】か」


「堕天使にしてはルドンは弱すぎるから、本人じゃなくて眷属になるんだろうけどねぇ」


「しかしルドンが居なければ人類は楽園から放り出された最初の二人きりで絶滅しているわけだろう? 悪魔にしては随分と人類に親切じゃないか?」


「自分が人類最初の女を寝取ったせいで人類の子孫は死産確定になっちゃったし、お次は禁断の果実を食べさせたせいで人類が楽園追放されちゃったから、責任でも感じてるのかなぁ?」


「悪魔のくせに義理堅い奴だな。腐っても元は大天使か」


「追放フレンズとして人類に親しみでも感じてるのかもねぇ。あっちこっちに卵を隠して百年単位で復活する暴食の蝿に比べたら超フレンドリーだよねぇ。前にクレアっちが話してた説が事実なら、悪意だけじゃなくて善意も堕天使から人類に感染してたりしてぇ?」


「そもそも諸悪の根源はこいつなんだがな。さて、これで大体の謎は解けたな。まとめに入るぞ」


「あいあいさ〜」


 クレア様はピュアルンさんから鉛筆とメモ張を借りて、要点を書きまとめ始めました。私はルドン?のお話を読んでいないため正直チンプンカンプンでしたが、何となくピュアルンさんと並んでクレア様の前に座ります。


「よし、こんなところか」


 ササッとまとめを書き終えたクレア様は、私達にメモ帳を見せてくれました。




《考察。幽霊を見る実験について》


・ルドンとは、楽園追放が起きた遥かな大昔から人類と相利共生関係を持つ霊的存在であり、人間の魂そのものではない。

・人の死からルドンが生まれ、ルドンの死からは人間の魂が作られる。

・かつてルドンの真相を解明しようとした研究者達は、研究を強行したい過激派によって閉じ込められたが、未完成の研究資料が流出している状況証拠は研究者達が生還した可能性を示している。

・ルドンの正体は、その性質から堕天使リベリオンの眷族であると推測される。




「いいねぇ〜! クレアっちのおかげで超スッキリしたよぉ〜! 持つべきものはマブダチだねぇ〜!」


 ピュアルンさんは大喜びでパチパチと拍手しています。私もつられて嬉しい気持ちになったので、クレア様に拍手を送りました。


「ふっ……また世界の真実を一つ解き明かしてしまったか……」


 クレア様もなんだか嬉しそうで、得意気なすまし顔を見せてくれました。クレア様がたまに見せてくれるこのドヤ顔?は、すっごくカッコいいのに不思議なくらい可愛いので私は大好きです。


「ちなみにこれを世間に発表したらどうなると思う?」


「残念だけど、じゃあまずそのルドンとやらを見せてみろって言われると思うよぉ」


「だよな。だからこんなのは、やっぱりただの与太話だ。絵に描いた虎と戦うようなものだな」


 クレア様は苦笑して、鉛筆とメモ用紙をピュアルンさんに返しました。


「与太話と分かっていたにしては真面目に考察してくれたじゃん。クレアっちもこーゆー話が好きだったりするのかなぁ?」


「好きというか……不妊治療については少し興味があるからな」


「なんでぇ? もしかして身内に不妊の人がいるとかぁ? それともクレアっちも子作りに興味があるお年頃だったりするのぉ? それともそれともクレアっちも不妊に悩んでいるとかぁ? お相手は誰ぇ?」


 言い淀むクレア様に向かって、ピュアルンさんはグイグイ踏み込んでいきます。クレア様はちょっと嫌そうな顔をしていますが、もしクレア様がそういう事情でお悩みなら絶対にお力になりたいと思います。


「んん……別に隠す必要は無い……んだが、あんまり他人には知られたくないデリケートな話だから、誰にも言うなよ。約束してくれ。この場だけの秘密だぞ」


「おっけぇー」


「分かりました」


「かしこまりました」


 クレア様は観念したようにため息をつきました。言葉を探しているのでしょうか。眉根をひそめてしばらく押し黙っています。私達は何も言わず、クレア様が心を開いてくれるのを静かに待ちました。

 静まり返った部屋の中で、時計の音がカチコチと大きく聞こえます。1分が経ち……2分が経ち……。やがて、クレア様の唇が僅かに動きました。


「実は私は………………昔ぶっ殺した敵に呪われている。私の産む子は必ず死産になるらしい」


「ドゥェェェエエエエーッ!? お姉さまぁあああーっ!?」


 ナインさんが絶叫しながら天井から落ちてきました。ドターンと大きな音を立てて着地に失敗したかと思うと、ガバッと起き上がって大号泣しながらクレア様にしがみつきました。


「じゃあお姉さまと私の子供は一生できないんですか!? そんなっ、そんな残酷な話がーっ!? いやああああああーっ!?」


「元からお前とは子供を作れないだろうが!」


「ハーッ!? それなら逆転の発想がありますお姉さま! 私がお姉さまの子を産むんです! お姉さまはパパになってください! こないだ【パレード】でおペニ●の生える薬を手に入れてきました! それを飲んで私をブチ犯して下さい! どんと来い性行為!」


「気持ち悪い話をするな! 邪魔だから出て行け!」


「キャイン!」


 クレア様に蹴り飛ばされたナインさんは、ゴロゴロと勢いよく転がって部屋の壁に額を打ちつけました。すごく痛そうですが、大丈夫でしょうか……。


「ううう……お労しやお姉さま……。お姉さまの痛み、悲しみを、代われるものなら喜んで代わりますのに……」


 ナインさんは壁に顔を向けたままシクシクと泣き始めました。

 私……私も何か、クレア様に言わないと……。でも、でも、子供が必ず死産になるなんて、何を言えばいいのか……。


「クレアっち、今の話はホントぉ? 試した事あるぅ?」


 私にとってはすごくショックな話でしたが、ピュアルンさんは態度を変える事も無く平然とクレア様に話しかけました。


「ん、本当だ。あんまり気にしてないし、流石に試してもいないがな」


 素っ気ない態度を取られたにも関わらず、クレア様はどことなく安心したように肩の力を抜きました。おそらくクレア様は同情を望んではいないのでしょう。なら私も下手に慰めようとはせず、普段通りにクレア様に接したいと思います。


「なぜ死産になるのかは分からないんだが、もし本当にルドンが存在するのなら何か関係があるかもしれないな」


「治す方法は無いんですか?」


「分からない。もちろん治せるなら治したいとは思う……が、もし治ったとしても、私は良い親にはなれないだろうな。親の愛を知らない私のような奴が、まともな子育てをできるはずがない」


 そう言ってクレア様は自嘲しました。気にしていないとは言っていましたが、なんだか痛々しいくらいに寂しく見えます。


「そんなこと絶対無いですよ。クレア様は立派な人格者です」


「クレアっちは孤児かぁ。たしかに幼少期の家庭環境は子供の人格形成に影響を与えるって研究結果は出ているけどさぁ、親に愛されなかった子供が必ずしも毒親になるわけではないよぉ」


「そうですよ。クレア様なら絶対に良いお母さんになれます。私が保証します」


「あたし様も相談に乗ってあげるよぉ。アタッチメント理論とか社会的学習理論とかACE研究とかは知ってるぅ? 子育ての自信が無いならまずは知識を持てばいいんだよぉ」


「おお? なんだなんだ、二人して急に圧が強いな。近い近い、近いって」


 クレア様はグイグイと詰め寄る私たち二人に苦笑しながら両の手のひらをこちらに向けて、待った待ったといった手振りを見せました。


「別に今は困ってないからその話はいいんだ。それより話は戻るんだが、非生物にも魂は宿るといった文献や研究は知らないか?」


「なるほどねぇ〜! 死産になるだけで肉体的には健康なら、空っぽの器に魂を注入して蘇生させればいいって考えかぁ〜! ルドンに話を戻すどころか、その先の研究にまで興味津々じゃ〜ん!」


「いや、そういう話じゃないんだが……」


「非生物に後天的に魂を宿す研究はもちろんあるよぉ。冒険者のクレアっちなら実例をたくさん見てるんじゃない? ゴーレムとかアンデッドとかさぁ。クレアっちに壊されたけど、あたし様も勝手に動いて人を襲う殺戮人形を持ってたよぉ」


「そうか……そうだな。言われてみれば確かに何度も見ている。そうか、やっぱりゴーレムにも魂は宿るんだな。それは何というか……うん……良かった」


 クレア様は安心したように少しだけ唇の端を綻ばせました。おそらくアイさんとダグラスさんの事を思い出していたのではないかと思います。


「もしかしたら人の形をしているからルドンが人間と誤認して入り込んじゃうのかなぁ? そんでその中でルドン同士の衝突が起きてルドンが死んでルドン成分が蓄積されていって魂に発達するとかぁ……。うわぁ、研究したくなってくるじゃんねぇ! なぁなぁクレアっちも魔術師になんなぁい? 一緒に魂の研究をしようよぉ!」


 ピュアルンさんはクレア様の両肩を掴んでガクガクと揺さぶりました。連動してクレア様の頭も前後にカックンカックンと動きます。クレア様の優しげなお顔は一瞬で気怠げな表情になってしまいました。


「興味はあるが、やらない。それに魂の研究なんて非効率的だろう」


「ええ〜? どーゆー意味ぃ〜?」


「誰だっていつかは死ぬんだ。嫌でも死後の真実を知る日が来る。だったら生きてるうちにもっと有意義な事に時間を使った方がいい。せっかく奇跡的な確率で生まれてきたんだからな」


「それはそうかもしれないけどさぁ、じゃあクレアっちの言う有意義な時間ってなぁにぃ?」


「人生の限りある時間を何に使うべきか……。普遍的な問いだな。それは幸福の追求であったり、歴史に名を刻む偉業の達成であったり、人によってその答えは異なるだろう。そして私のやるべき事は……」


 クレア様は本を閉じてピュアルンさんに返しました。そして何故か私の顔色を伺うようにチラチラとこちらを見つつ、散らかったテーブルへそそくさと向かいます。


「……まずは、皿洗いからだな!」


 どうやらクレア様は、洗い物をサボって遊んでいた件を怒られると思っているようでした。




 おしまい。

以上です。

ここまで読んで下さいまして、ありがとうございました。

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