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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【幽霊を見る実験の話】
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File①

 私たち人間が日頃から当たり前に行っている『見る』という行為は、どのような仕組みかご存知でしょうか。

 それは目から外界の情報を正確に取り入れ、脳に伝え、そして認識するという、極めて精巧な生理的プロセスの一環です。

 これから順を追ってその仕組みをご説明させて頂きます。




《見る、という行為の仕組み》


1、目は光を見ている。

 私たちが物を見るためには、『光』が必要不可欠です。物体に太陽光や照明などの光が当たることで、その物体から反射された光が私たちの目に届きます。

 つまり、私たちは物体そのものではなく、物体から反射した光を見ているのです。


2、角膜と水晶体。

 反射した光は角膜という透明な膜を通って目の中に入ります。角膜は光を最初に屈折させるレンズのような役割を果たします。

 その次に、水晶体という柔軟なレンズに到達します。水晶体は厚みを調整して、遠くや近くのものにピントを合わせる機能を持っています。

 近眼や老眼などの目が悪くなってしまう症状の原因は、この調節機能の劣化にあると考えられています。


3、網膜に像を結ぶ。

 光は目の奥にある網膜に焦点を結びます。網膜は光の刺激を脳の信号に変換する特別な細胞、視細胞で覆われています。

 この網膜が傷付いてしまった場合、外界から取り込んだ光を信号に変換できなくなるため、脳に視覚情報を送信できなくなる視覚障害が発生します。


4、視神経を通じて脳へ。

 先程も少し触れましたが、視細胞で変換された信号は視神経を通じて脳へと送られます。最終的に脳の後頭部にある視覚野で処理され、ここでようやく『見えた』という感覚が生まれます。

 ここで重要なのは『目で見る』ことと『それが何かを認識する』ことは別のプロセスだという点です。例えば視覚は正常でも脳の認識機能に障害があると、見えていてもそれが何かが理解できないというケースもあります。




 さて、ここまで『見る』という機能の仕組みをご説明させて頂きました。では続きまして、目が見ている『光』に関しても、少しだけ触れさせて頂きます。

 詳細は省きますが、光の性質は『粒』であり『波』です。そして網膜の視細胞は異なる波の高さに極めて敏感に反応し、『色』という形で波の高さを見分けているのです。

 この波と波の間の距離(波長)はnmナノメートルという単位で表されており、人間の目が感知できる光の領域は、一般的に360nm〜750nmだとされています。それより低い領域の光を紫外線、それより高い領域の光を赤外線と呼びます。

 波長に上限は無く、理論上は無限大に存在すると考えられる点から、人間の目が捉えられる波長は極めて狭い範囲であると言えます。


 では、人間の目では捉えられない波長域にはどのような知覚対象が存在するのでしょうか。


 その代表例の一つが『熱放射』です。熱放射としての赤外線は、光と同じく粒子と波の両方の性質を持っており、その波長域は可視光よりも長いため、人間の目では見ることができません。一方で、その長い波長は物質の内部まで届く性質を持っており、これが熱が物質に浸透するように感じられる理由となっています。私たちはこれを視覚ではなく、皮膚を通じた触覚によって熱として知覚しているのです。


 このように目では見えなくても存在する知覚対象が他にも存在するのではないかと私達は考えました。その研究対象として選ばれたものが『魂』です。


 いわゆる『幽霊』や『霊魂』といった存在は古来より世界各地に目撃情報があるものの、その実在はこれまで疑問視されていました。しかし、先にご説明した『見る機能』や『光』及び『熱放射』の性質を踏まえると、『魂』が持つとされる性質との類似点(視認性、非接触性、物質への浸透性など)が多く見受けられます。


 ならばここで一つの仮説が考えられます。『魂』とは光や熱放射と同じく粒と波の性質を持ち、可視光の範囲外に実在する知覚対象なのではないかという仮説です。


 そこで私達はこの仮説の実証手段として、可視光域の限界である360nm〜750nmを越える波長を観測可能にするレンズの開発に取り組みました。10nm〜360nm域の紫外線を観測できる紫外線望遠鏡はすでに開発されていますので、その技術を応用して750nm〜域の波長域を観測可能にする、言わば赤外線レンズです。

 そして、このレンズの素材の配合率や屈折率を変えることにより、『レンズAは700nm〜800nmまで見える』『レンズBは800nm〜900nmまで見える』といったように、レンズ一枚あたり100nm単位での波長の観測を可能にしました。現在の技術では最大5000nmまでが観測可能域となっています。


 続いて、このレンズを用いた魂の観測実験として、次のステップが考案されました。


1、このレンズを左右に用いた眼鏡を作り、被験者1名あたり200nm域を観測可能な状態にします。

2、23名の被験者を用いて、一度の実験で700nm〜5000mm域を同時に観測可能な状態にします。

3、死刑囚の処刑を被験者に視認させることで、魂の観測および、その波長域を特定します。


 この実験が成功していれば、魂の研究や死後の世界の研究は更なる飛躍を遂げたことでしょう。

 しかし残念ながら、この実験は想定外の問題発生によって中断を余儀なくされました。

 ある波長域のレンズの動作確認を行ったところ、正体不明のオブジェクトが大量に観測できてしまったのです。

 そしてプロジェクトリーダーの最終決定により、私達はこのオブジェクトの研究を優先するように指示を受けました。


 先立ちまして、短期的な調査によって判明したオブジェクトの特性を以下に記します。




《オブジェクトの特性》


・全体像は精子に酷似していますが、側面部の大部分を占める単眼を持ちます。

・頭部の大きさは概ね2cm前後で、8cm程度の長さを持つ鞭毛があります。

・白い体色に見えますが、眼鏡を通しているため本来の色彩は不明です。

・意思疎通は不可能です。

・人間を明確に認識しており、単眼を用いて観察するような挙動が見られます。

・レンズ工房の近辺だけでなく、世界中に普遍的に散在します。上空10000mから地下300mの鉱山内部まで存在を確認できました。密度にばらつきがあるものの、中央値は1㎥あたり5体前後です。

・物体や植物は透過しますが、オブジェクトそのものは非常に脆く、オブジェクト同士や生物との接触によって破壊可能です。ただし人間の触覚では認識できません。また、生物から切り離された体の一部(体毛、爪など)は、その他の物質同様に透過対象となります。

・破壊されたオブジェクトは液状に融解し、すぐに揮発します。

・眼球以外の臓器の存在は不明です。

・水中および空中を自在に遊泳します。蚊と同程度の速度を持ち、生物との接触を避けようとする動きが見られますが、人間の飲食物に対しては極めて積極的な侵入を試みます。

・人間の排泄物からも、体内で融解したオブジェクトと思わしき揮発現象が確認されました。




 私達はこのオブジェクトを便宜上、【ルドン】と名付けました。このネーミングは、オブジェクトの外観に似た作品を描いた画家の名前に由来します。

 そして、先の調査結果から分かる通り、我々人類はこのルドンを日常的に摂取しているという驚くべき事実が明らかになりました。


 研究が進むほどにルドンの謎はますます深まるばかりです。生物なのか? 非生物なのか? ウイルスなのか? 寄生生物なのか? 何を目的として観測不可能な領域に潜み、逆に人類を観測し続けていたのか?

 これらの疑問の解消にあたり、最優先で解明しなくてはならない事項があります。

 すなわち、ルドンが生物に及ぼす影響の解明です。


 この研究の実施には、人間および動植物をルドンから長期的に隔離できる環境が必要不可欠です。当初の予算では専用施設の建築などは不可能でしたので、私達は上層部を通してLTER(長期生態学研究機関)に協力を打診しました。そしてその結果、不要となった閉鎖型環境施設のレンタルを始めとする設備・人員・資金面における多大な援助を取り付けることに成功したのです。

 そうして行われた長期的で大規模な実験の概要を、以下に記します。




《ビオトープ・命の揺籠におけるルドン隔離実験》


実験目的:ルドンが生物に及ぼす影響の解明。

実験内容:被検体とルドンの接触を断つ。

実験場:土地面積およそ30万㎡の巨大ドーム。

被検体:若く健康な男女200名(人種、病歴などに偏り無し)、各種動植物300種類(飼育難易度、生態系バランスを考慮)。

実験期間:実験開始日より1000日間。

記録手段:交代制スタッフによる24時間監視体制。被験者への定期健康診断。

ルドン侵入対策:施設の外壁(天井、地下を含む)を改修。外部と内部の両面に新たな壁を作り、二重の隔壁を作成。生物との接触によって容易に破壊可能なルドンの性質を考慮し、隔壁内部は他部門のプロジェクトチームが昨年度に開発した《記載不認可》で満たした【命の壁】によって、ルドンの侵入を防止します。また、施設内部にも警備スタッフを常駐させ、ルドンの侵入を発見次第これを破壊します。




《実験結果》


・施設内部へのルドンの侵入をほぼ防止しました。

・施設内部におけるルドンの目撃件数は、資材の搬入やスタッフの出入りの際に紛れ込んだ22件のみでした。

・大きく体調を崩した被験者は出ませんでした。

・動植物に特筆すべき影響は見られませんでした。

・人間の胎児のみ、死産率が100%を記録しました。




 研究を続行します。

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