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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【普通に皆で遊ぶだけの話】
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第7話。女の戦い

 マリアの主張は正しく、エリーの主張もまた正しい。

 人狼ゲームの最後はいつもこうなる。確実にクロだと断定できる証拠は無く、正当性を持ちながら互いに相容れない主張がぶつかり合う。


 そして主張と主張の釣り合いが取れた時、次に天秤に乗せられるのは『信用』だ。自分がどれだけ人間陣営に尽くしてきたかを主張し、あるいは対抗のプレイミスを指摘して信用を勝ち取らなくてはならない。

 負けてもいいと思っていたと発言してしまったマリアよりも、追い込まれた状況から懸命に抗って五分五分の戦況に戻したエリーに天秤は傾いていると言えるだろう。


 だがマリアは、その信用さえも叩き潰す恐るべき力技で自らに天秤を傾かせていた。


「アクセルさん……」


 マリアの手はアクセルの手に置かれていた。「はっ、はいっ!?」慌てふためくアクセルに向けてマリアは顔を近づけ、熱く潤んだ視線を送る。


「無理なお願いなのは分かっています……。でも私にはもう、これ以上の理論武装なんて残っていないのです……。それでも、あなたを負けさせたくはありません……。ですから……どうか、どうか私を信じてはくださいませんか……?」


 ルールの穴を突いてきた! これは暴力ではなく、特殊能力でもイカサマでも妨害でもない。ただ自分を信じてとお願いしているだけだ。だが、初心な少年に対してこの火力はあまりにも凶悪……!


「信用勝負の段階を飛ばして、一撃で決めに来た!? 綺麗で優しそうなお姉さんからのお願いだけど、どうか耐えて冷静な判断を、アクセル君……!」


「あー無理無理、あんなの俺の無敵バリアーでも防げませんわ。我々男性としてはね、直撃したらもう最後。死ぬしかないんですわ」


「うわ〜、マジで全力だよぉ〜。あいつ大人げないねぇ〜。キヒヒヒヒ!」


 最終決戦の展開に冥界も盛り上がり始めた。イエローやピュアルンは興味津々に身を乗り出し、レッドは腕を組んで後方兄貴面をしている。


「いやいやいやいや! 急にそんなの言われても!」


 顔を真っ赤にしてマリアの手を振り払うアクセル。


「あっ……」


 振り払われた自分の手を見つめ、痛そうにさするマリア。先程まで赤かったアクセルの顔が、今度はみるみる青ざめていく。


「すっ、すいません! 痛かったっスか!?」


 マリアは顔をふるふると横に降った。彼女の目の端から一滴の涙が伝わり落ちる。


「いいえ、悪いのは私です……。私のような醜い女に触れられたくはありませんよね……」


「グゥッ」


 肺を握り潰されたような声がアクセルから漏れた。


「泣き落とし……! あらゆる道理を無視して、この世全ての男を自分の味方にする禁断の大技だよ! これじゃアクセル君は、もう……!」


「うっわぁエゲツねぇ〜。こりゃもう決まっちまったかぁ〜?」


「おいおいおいおいアクセル君よぉ! おじさんは女性を泣かせるような男に育てた覚えはねーぞぉ! 責任取れ責任ー!」


 やいのやいのと飛び交うヤジの中で、アクセルが不意に動いた。先ほど自らが振り払ったマリアの手をパシッと力強く取り、意を決したように彼女の目を見て口を開く。


「マッ、マリアさんは、醜くなんて、ないっス」


 騒音がピタリと消えた。ザアザアと降り続く雨音だけが唯一無二の音になる。精一杯の勇気を絞り出そうとするアクセルに期待と好奇の視線が集まり、続く言葉を誰もが息を殺して待ち望んだ。果てしなく高まる緊張感に私はゴクリと唾を飲み、汗を握り込んだ両の拳に力がこもる。

 まさか、まさかお前、そっちで行くのかっ……!?


「むむ、むしろその逆っつーか、その、あの、マ、マリアさんはっ、俺が今まで見てきた女の人の中で、ぶ、ぶっちぎりで、一番……い、一番、綺麗っス!」


「まあ……!」


 涙でクシャクシャになったマリアの顔に笑顔が咲いた。彼女の頬に赤みが差したかと思うと、アクセルはそれ以上に真っ赤になっていく。


「行っ、たああああああーっ!」


 思わず立ち上がって叫ぶ私。


「ウェエエエーイ!」「イェイイェーイ!」


 そしてピュアルンとハイタッチをパァン!


「今夜は赤飯だーっ!」


 もいっちょオマケにミサキとハスキの背中をパァン!


「おねショタイチャラブバンザーイ!」


 リューイチがリーンゴーンリーンゴーンと大鐘を鳴らして、色鮮やかな紙吹雪を舞い散らせた。


「女性の涙と笑顔の飽和攻撃!? こんな恐ろしいもの食らっちゃったらもう終わりだよ! まさかこんな伏兵が居たなんて!」


 ふんすふんすと興奮するイエロー。


「愛でちゅね。おめでとうございまちゅ」


 滂沱の涙を流すラブリー・キッチン。


「ヘッ、あのハナタレ小僧がいつの間にか男の顔になりやがったじゃねえか……」


 うんうんと頷くレッド。


 愛と祝福が私達の確執を洗い流し、少年の勇気が世界平和の礎を作り出した。何か深刻な問題を見落としている気がするけど今回は珍しくハッピーエンドだ! ヤッター!
























「ふぅん」


 その一声が室温を氷点下へと叩き落とした。レッドやラブリー・キッチンを含む中身男性陣が口をつぐみ、一斉に下を向いて視線を逸らす。誰もが言われた気がしたのだろう。『お前達も同罪だ』と。


「ヒュッ」


 アクセルは息も吸えずに固まった。カタカタと全身を小刻みに震わせ、血中に送る酸素を失った肌はチアノーゼを引き起こして土気色へ変色していく。

 おい大丈夫か。そのたった一言が私の口から出てこない。唇が動かない。動けない。本能が告げている。今この状況で下手に動こうものなら……社会的に死ぬ!


「随分とまあ、楽しそうじゃない」


 鬼が居た。アクセルのすぐ後ろに。人型の黒いシルエットに浮かび上がる血走った二つの目が、アクセルを見下ろしている。

 アクセルの全身からドッと汗が噴き出した。ミサキが闇なら彼女は炎だ。アクセルは今まさに彼女が放つ激情に魂まで炙られているのだろう。

 どこか遠くに雷が落ちた。雷光を雷鳴が追いかける僅かな時の隙間が、彼女の顔を一瞬だけ照らし出す。


 ……懐かしい顔だった。地獄の町ジェルジェで見覚えがある。父親とは似ても似つかないと思っていたが、やはり血は争えない。憤怒を燃やす彼女の顔は、ビステル卿にそっくりだった。


 ドォーン……ゴロゴロゴロゴロ……。


 一拍遅れて耳を貫いた雷鳴の轟音も、今は弱々しく感じる。これからアクセルに落ちるであろう雷が、せめてこれより小さくある事を願うばかりだ。


「キヒヒヒヒ! 鬼嫁の登場だーっ! いよいよ盛り上がってきたねェーッ!」


「バカヤローッ!」


 空気を読めないピュアルンの頭を引っ叩いて黙らせた。さらに頭を掴んで無理やり下げさせる。うちの小悪党がホントにすまん! という気持ちを込めて私も頭を下げた。


「なによ……」


 しかし事態は予想していた最悪を更に上回った。アクセルに物理的な雷が落ちていた方が遥かにマシだったかもしれない。


「これでもあっ、あたし、初心者なりに、一生懸命に考えて、頑張って、ね? 真面目に、やってたのにっ……バカみたい……っ!」


 言葉の合間合間にグスグスと鼻をすする音が聞こえた。

 これはヤバイ! マリアの涙は嘘泣きだと察せたが、こっちは嘘か本当か分からない! 泣く理由としてあまりにも説得力があり過ぎる!


「あたしを見てって、言ったのに……っ!」


 彼女はわなわなと身を震わせると、顔をぐしぐしと拭ってからアクセルに背を向けた。


「…………さよなら」


 いかーーーーーーーーん!

 サヨナラのランナーを出すなアクセルーーーー!!


「エリー!!」


 アクセルの左手が素早く動き、エリーの手を掴んだ。


「頼むからどこにも行かないでくれ! 俺にはお前が必要なんだよ!」


 あまりにも真っ直ぐで、バカみたいに素直な言葉だった。エリーを傷付けた謝罪や言い訳ではなく、助けを求める自分本位な言葉だ。

 そして、それゆえに打算も駆け引きも入り込む余地が無い。どうしようもなくエリーを必要としている、愚直で嘘偽り無きアクセルの本心だった。


「……なによ。今さらそんなこと言われても……迷惑なんだけど……?」


 それがエリーに響いたのだろう。去りかけた彼女の足が止まった。彼女はもう一度だけ顔を拭い、アクセルの顔を見ようとはしないまま髪の毛をクルクルといじり始める。その頬には確かな赤みが差していた。


「ファインプレイだぁーーーっ!」


 歓喜のあまりリューイチの首をへし折る私。


「ウエェーイ!」「オゥイェーイ!」


 そしてピュアルンとハイタッチをバァン!


「今夜は焼肉だーっ!」


 ついでにミサキとハスキの背中もバァン!


「愛でちゅ……愛でお腹が満たされていきまちゅ……。ううう、おうっ、おおおうっ……!」


 嗚咽を漏らして大号泣するラブリー・キッチン。


「待って! 浮かれるのはまだ早いよ! アクセル君の右手を見て!」


 イエローの警告通り、アクセルは左手でエリーを掴みつつも、右手はまだマリアの手をしっかりと握っていた。


「あ、あれ、待って、俺、これ、俺、もしかして」


 アクセルもまた自分が置かれた状況に気付いたのだろう。またしても全身から汗を噴き出し、エリーとマリアを交互に見比べる。無言でアクセルを見つめる彼女達の視線が、重大な決断をアクセルに迫っていた。

 アクセルはもはや呼吸すらおぼつかない様子で、餌を求める魚のように口をパクパクと開閉した。


「い、いや、違く、違うっ、ス。俺、別に、そんな……」


 何やらもごもごと口ごもるアクセル。頭では理解出来ていても、心が現状の受け入れを拒んでいるようだ。仕方ない、先輩として私が彼の背中を押してあげよう。


「三角関係成立だーっ!」


 私の快哉が合図となって、冥界オーディエンスのほぼ全員がワーッと立ち上がった。


「いよいよ目が離せない展開になってきたね! はたしてアクセル君は初恋のお姉さんとツンデレ幼馴染のどちらを選ぶのかな!? ワクワクドキドキだよ!」


「イエローさん!? アクセルさんが出会ったのはどちらも最近ですよ!?」


「いいんだ! 面白そうだから今日からそういう設定にしよう! ずっと!」


「ずっとって何ですかクレア様!?」


「ねえ、なんでクレアさんは俺を殺したの? おじさん首が痛い痛いで可哀想だよ?」


「あたし様はエリーの方が有利だと思うよぉ。だってアクセルのケツ処女奪ったのはあいつだからねぇ」


「オアッ!? ちょっ、ちょっと待て! 俺様その話は初耳なんだが!? アクセルは童貞じゃねえのか!? つーかエリーは生えてんのか!? おい!」


「GMー! 聞いての通り、マリアはアクセルの初恋のお姉さんで、エリーはツンデレ幼馴染に設定変更だー! どちらか片方に悪魔が取り憑いていて、アクセルは自らの手で想い人を処刑しなくてはならないっていう悲恋設定にしてくれー!」


《設定変更の要請が受理されました。全力ロールプレイですので、3名はその設定にそった言動を行ってください》


「よし!」


「いや、あの、クレアパイセン、この状況、もしかして、俺もう何やっても、社会的に死ぬんじゃ……」


「アクセル、最愛の人に別れを切り出すのは辛いだろうが、やるしかない。誰もお前の代わりにはなれないんだ」


「なんで俺が二股かけたゲス男みたいになってんスかぁ……」


「キヒヒヒ、【攻めの甘々お姉ちゃんマリア】VS【受けのツンデレ幼馴染エリー】かぁ。両者ともに性格と相反する戦闘スタイルが見所だねぇ〜」


「頑張ってねアクセル君! 君はボクたち人類陣営の最後の希望だよ!」


「ウス……こんな希望でよければ頑張るっス……」

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