第6話。スケープゴート
《それでは4日目の昼時間、スタートです》
10秒経過……20秒経過……。
夜は明けたが誰もすぐには動こうとはしなかった。互いの出方を探るように視線を送り合い、ジリジリとした憔悴感に焼かれている。
初心者である彼らの気持ちは痛いほど分かる。
規範となる上級者は死に絶えてしまった。時間は限られている。何かをしなくてはならないが、何をすればいいのか分からないのだ。
「あ……ミサキ先輩はクロっした」
やがて思い出したようにアクセルが判別結果を口にした。内容が何であれ、話し合いの第一歩を踏み出せて偉いぞアクセル。
「ハァ……。バカなの? そんなのいちいち言わなくても分かるわよ」
「だよな……すまん」
呆れたような詰まらなさそうなエリーのリアクションに、アクセルはシュンと縮こまった。
「まあでも? 揃いも揃っていつまでも黙りこくっているよりはマシかもしれないけど」
言い過ぎたと思ったのか、自分でアクセルのフォローに入るエリー。やはりツンデレの才能がある。
「なあ……何を話せばいいと思う?」
「そんなのいっぱいあるでしょ。ってゆーか何で最初にあたしに聞くわけ? あたしグレーなんだけど?」
「だってお前が一番話しやすいし、頼りになるしさぁ……」
「なにそれ。あんたってほんっと手のかかる子供よね。まったく仕方ないんだから、まったく」
不機嫌さの中にほんの一滴だけの嬉しさを滲ませて、エリーがパンパンと手を叩いた。
「はいはい注目。進行役はこのザマだけど、あたし達はあたし達にできることを頑張りましょう。ひとまず今日はミイラ男を処刑して、明日はあたしかマリアさんを処刑。これは確定でいいわね?」
エリーの提案に頷く初心者達。
「じゃあこれから話す内容なんて一つだけよ。最後にあたしとマリアさんのどっちを処刑するべきか。結局のところ、全ての意見はこの一点に集束されるわ」
再び一様に頷く初心者達。場の主導権はエリーが握りつつあるが、妙に元気の無いアクセルの様子が個人的に気になる。
「ただし、あたし達はみんな初心者よ。あの人達みたいな説得力なんて持てないし、何を話してもきっと確証なんて得られないわ。こういう理由でお前が怪しい、という言いがかりにしかならないと思う。それでも今より少しでも正解に近付けるのなら、初心者のあたし達にだって話し合う価値はあるんじゃないかしら」
初心者特有のグッダグダな難癖バトルになってしまうのではないかと期待……心配していたが、エリーのおかげでゲームの趣旨は守られそうだ。
「あなたのお気持ちは分かりました」
ここまで静観していたマリアが動いた。宗教団体のトップに君臨するような人物はどんなディスカッション能力を持つのか興味がある。お手並み拝見といこう。
「お恥ずかしながら正直に申しますと……私は負けてもいいと思っていました。負けても失う物の無いゲームなら、子供に勝ちを譲ってあげるのが真っ当な大人の義務ではないかと思っていたのです」
正論はやめろ。初心者をボコボコにして強さを見せつけようとしていた私に効く。
「ですが、真剣にゲームと向かい合うあなたの姿を見て考えを改めました。あなたを子供扱いして勝ちを譲ってあげようなどと……なんと傲慢で失礼な発想だったのでしょうか。大変申し訳ありませんでした」
マリアは丁寧に頭を下げた。
「つきましては、これより全力でお相手いたします」
そして顔を上げた時、優しげだった彼女の顔付きは戦士のそれに変わっていた。
そうだ、闘え……。闘争こそが人間の本性を剥き出しにする……。そのお上品な仮面が隠した獣の顔を私に見せてみろ……! 人間なんて一皮剥けばどいつもこいつもキャラ崩壊するケダモノなんだ! 心に魔法少女が潜んでいるのは私だけじゃないんだ!
「クレア様、どーして悪い顔をしてるんですか?」
「えっ!? ……してないヨ?」
「しーてーまーしーたー。何を企んでたんです?」
「企んでないってば……。ただちょっぴり本性を剥き出しにして醜く罵り争う姿を期待しただけ……」
「今日はお休み前に道徳のお勉強を入れますね。心のノートを作ってもらいます」
「ヤダーッ!」
「お姉さま。申し上げにくいのですが、少しだけ声を抑えていただけましたら……」
「すみませんでした……」
日課の茶番劇を終えたのでゲームに意識を戻すと、早くもマリアがエリーを詰めていた。
「皆さん、2日目の投票結果を思い出して下さい」
投票結果はこうだ。
アクセル……イエロー。
ピュアルン……ミサキ。
リューイチ……イエロー。
ミサキ……イエロー。
イエロー……ミサキ。
ハスキ……イエロー。
レッド……ミサキ。
エリー……イエロー。
マリア……ミサキ。
「私はミサキさんに投票しましたが、エリーさんはイエローさんに投票しました。シロを吊りたい悪魔陣営ならば当然イエローさんに投票するでしょう。事実としてミサキさんとリューイチさんはイエローさんに票を入れています。ならば残る最後の悪魔も当然、イエローさんに投票していたと考えるべきではないでしょうか」
「そうなんだよなぁ……!」
アクセルがエリーの隣で頭を抱えた。
「俺もそれずっと引っかかってたんだけど、どう考えても怪しいのはやっぱエリーなんだよ……!」
アクセルの気持ちも分からないではない。彼はエリーを信じたいのだ。
「呆れた。変に静かだって思ってたら、まさかそんな事で悩んでたわけ?」
「いやそんな事ってお前さぁ……」
「反論は最後にやるわ。続けてちょうだい。他にもあたしが怪しいと思う理由があるんでしょ?」
サラリと髪をかき上げるエリー。ここは責められるとどうしようも無いポイントのはずだが、彼女の態度からは確かな余裕を感じる。これをひっくり返す自信があるのだろうか。
「ミサキちゃんの予言では、レッドを疑うシロとグレーが最後にレッドと残るはずだった。レッドはシロだったので実現していたら悪魔の勝ちだったはずだ。でもそうはならなかった。その状況は作れなかったからだ」
これまであまり喋らなかったハスキがようやく自分の意見を出してくれるようになった。ハスキは割と人見知りするタイプなので、これを機にマリア達とも打ち解けてくれると嬉しい。
「悪魔はオレとマリアの組み合わせを残せなかったからレッドを襲撃するしかなかった。最後にマリアを残せなかった理由は一つしかない。『悪魔が殺せるグレーはマリアしか居なかったから』だ」
「要するに、『最後に残るのはレッド、マリア、ハスキの3人なんだよな』というレッドさんの確認にミサキちゃん先輩が反論できずに作戦を変えたのは、『最後に残るグレーは悪魔のエリーだから』と言いたいわけよね? 他も同意見?」
マリアとハスキだけでなく、アクセルですらも頷いた。申し訳なさそうに顔を伏せるアクセル。エリーの味方は誰も居ない。彼女は孤立無援だった。
「ふぅん……。なるほど、これはたしかに……面白くなってきたじゃない」
それでもエリーは楽しそうに立ち上がった。「こーら」そしてアクセルの脇腹をつま先で小突き、彼の顔を力づくで上げさせる。
「下ばっかり見てないで、ちゃんとあたしを見てなさいよね。こんな状況なんてすぐにひっくり返して、絶対にあたしを信じさせてみせるんだから」
「エリー……」
腰に手を当てて上から覗き込むエリーと、希望を見上げるアクセル。
ふーむ、中々にヒロインパワーのある台詞だ。それに状況を利用するのも上手い。私がアクセルだったなら、理屈に多少の無理があってもこれだけでエリーを信用していたかもしれない。
「ッシャ!」
私の隣でレッドがガッツポーズを決めた。教え子がアドバイスを早速実践してくれて嬉しいのだろう。
「全員があたしを怪しむのも当然よ。だって誰がどう見てもあたしが一番怪しいもの」
ほう、客観的視線から釈明するつもりか。やるな。
「でもあたしが悪魔だと結論づけるのは、悪魔の戦略と矛盾するのよ。それを説明する為に昨日のミサキちゃん先輩とレッドさんの戦いの考察からしたいのだけど、いいわね?」
一も二もなく頷く初心者達。彼らにとって昨日のやり取りは未知の領域だろう。その隙を突いて切り返せたならばエリーにも十分に勝機はある。……いや、ここを上手く利用できなければエリーに勝ちの目は無いと言うべきだろう。
「ミサキちゃん先輩は悪魔だったけど、言ってた事は正しかったわ。レッドさんは冒険者ではないの。だって本当に冒険者なら、ハスキちゃん先輩への襲撃を防いだ直後に名乗り出るべきだからよ」
これはその通りだ。実際にレッドは村人だった。
「それを理解していながら、ミサキちゃん先輩はレッドさんの嘘を暴かなかったわ。確定シロ2人を襲撃するだけで最終日に嘘つきを炙り出せたのにも関わらずよ。アクセル、どうしてか分かる?」
「悪ぃ、分かんねぇ……。でも確かにお前の言う通りなんだよな……。結果的にレッドさんはシロだったけど、その方針でやってたら最終日に嘘つき呼ばわりできて処刑して悪魔陣営の勝利だろ? 全然意味分かんねぇ……」
「あんたってほんっと察しが悪いわね。『悪魔がレッドさんの嘘を暴いた』って行為が人間陣営からどう見られるか、考えてみなさいよ。もしこういう状況になっていたら、ハスキちゃん先輩はレッドさんをシロクロどっちだと考える?」
「……シロだ。悪魔はレッドの信用を落として処刑させようとしている。だから嘘を暴かれたレッドは逆にシロになるんだ」
「その通りよ! さっすがハスキちゃん先輩!」
一転して嬉しそうな笑顔を見せるエリー。もうこの先は私の解説も必要無いだろう。彼らは戦いの中で成長している。アクセルはまあ……これからだこれから。
「そしてレッドさんがシロとして残ってしまったら、きっと最後の悪魔を見つけるわ。だからミサキちゃん先輩はレッドさんの嘘を暴くわけにはいかなかったの。自分の嘘を暴かせて逆にシロを証明しようとしたレッドさんの罠を見抜いたのね。それがあのグレー襲撃予告よ。つまり『怪しい人を残してスケープゴートを作る』ことが、ミサキちゃん先輩の戦略だったのよ」
「でもその作戦はアニキが壊したんだろ? あの時、俺には何やってんのか全然分かんなかったけどさ、ミサキ先輩はアニキを怪しい立場のまま残すのをやめて襲撃したよな? これってやっぱり『最後に残るのは俺様とマリアとオオカミ娘なんだよな』っていうアニキの預言?を実現できなかったからじゃねーのか?」
「違うわ。悪魔はその言葉が欲しかったのよ。悪魔は最後に折れたわけじゃない。むしろその逆。レッドさんの発言によって、スケープゴートを作るという悪魔の戦略は完成したの」
一拍を置いて、自分の言葉が浸透する時間を作るエリー。あえてミサキを悪魔呼ばわりする事で、皆にデビルミサキのプレッシャーを思い出させる狙いがあるのだろう。
ミサキの反応をそーっと横目で伺ってみる。いつも通り楽しそうにニコニコしているばかりで、こんな謀略を巡らせた悪魔には見えない。
「考えてみて。レッドさんを処刑させるよりもずっと簡単で確実性の高い獲物は誰? イエローさんに投票してしまい、全員を敵に回してまともに反論もできなさそうな初心者は誰?」
「エリー……」
「そう、このあたしよ。悪魔の策略にハマってまんまとスケープゴートを吊ってしまったら……人間陣営は終わりよ」
理は、通っている。
苦し紛れの言い逃れではない。すでにエリーは理論武装で固めた要塞を築いていた。
死者を利用できるのは生者の特権だ。事実がどうであれミサキもレッドもすでに死人であり、エリーの解釈に異は唱えられない。マリアがこの要塞を崩すには、エリー以上に説得力のある解釈で攻め込む必要がある。
「なるほど。たしかにエリーさんの説にも正当性は有ると認めましょう。では続けてお聞きしたいのですが、2日目の投票結果についてはどうお考えになられますか?」
あえて対抗の主張を否定せず、さらにターンを渡したか! エリーが防御を固めたであろう城壁へは攻め込まず、より脆弱な地点を一点突破で狙うつもりだ!
「悪魔ならば何としてもシロを吊りたいはずです。ましてや悪魔陣営の主力であるミサキさんへ票を投じるなど考えられません」
非の打ち所がない正論! 城攻めにおける正攻法の中の正攻法! これぞまさしく虎口攻めだ!
「その通りよ。誰もがそう考えるからこそ、悪魔は自らの手でミサキちゃん先輩を殺したかったのよ」
だが虎口に罠を仕込むは常道! エリーはマリアを死地へと誘い込んでいた……! くっそう楽しそうだなぁもう! 私もこーゆーのやりたかったのに! 後でリューイチぶっ殺そっと!
「ミサキちゃん先輩が吊られていたとしても、真エクは必ず殺されるわ。そして4人のグレーが残される。そうなった時、処刑を免れるのはミサキちゃん先輩に投票した人だけよ」
エリーは真正面からマリアを見据えた。その目に敵意は感じられない。ただただ真剣で真っ直ぐな若者特有の目だ。それを私がなんだか眩しく感じてしまうのは、あまりにも汚い物を見てきたからかもしれない。
「彼女はああ言ったけど、負けてもいいなんて微塵も思ってない。勝つ為ならどんな手段でも使い、仲間でさえも切り捨てる。最後の悪魔は……マリアさん、あなたよ」
デーデーデーン、デーデーデー。
存在を忘れられていたリューイチこと汚い物の代表格が、何やら重厚な効果音を鳴らした。もう何を言っても雑音にしかならないので演出役に徹したのだけは評価してあげよう。まあ後ほど殺すが。
《昼時間が終了しました。議論終了です。全員目を閉じて処刑対象を指差してください》
「もう時間? 10分って長いようで意外と短いわね……」
盛り上がりに水を差される形で渋々と目を閉じるエリー。実は制限時間は1分ほどオーバーしていたが、ナインが空気を読んで延長していた。
「はいはい、じゃあ死にますかねーっと」
処刑対象は当然ながら全員一致でリューイチとなった。
「ねえねえイエローちゃん。おじさんはクレアさんのせいで全身に火傷を負っちゃって苦しいんだよ。ペロペロして治してくれない?」
そして冥界に来るなりセクハラを始めるカスムーブ。なんでこんなのが私の家に居るんだ?
「う〜ん……しばらく予定があるから難しいかも……」
セクハラを受けたイエローは相手を傷付けないよう遠回しに断った。見た目はともかく、実際はおっさんがおっさんにセクハラをしている構図なので地獄だ。まあここは冥界なので似たようなものか。
《最終日の朝になりました。ハスキが無惨な死体で発見されました》
「あんまり活躍できないまま死んだぞ……」
夜時間の処理が終わり、不満そうなハスキが冥界にやってきた。
「ドンマイドンマ〜イ。初心者ってそんなもんだよねぇ〜。ところで人狼って人間の耳があるはずの場所はどうなってんのぉ〜? ちょっと調べさせてくんなーい? イダァイ!」
「グルルルル!」
ピュアルンがハスキに手を噛まれた。そういえば昨日はゴーレムを解剖しようとして袋叩きにされて半泣きで帰ってきたのに懲りない奴だ。
それはさておき、ハスキの死には重要な意味がある。おかげで最後のクロがどちらなのか確信が持てた。クロはまさしく悪魔だ。勝つ為ならどんな手段でも使うと評したエリーは正しい。最終日はきっと恐ろしい展開になるだろう。人間陣営は負けるかもしれないな……。
「お疲れ様でしたハスキちゃん。あれ? どうしてハスキちゃんまで私を避けるんですか?」
「ミサキちゃん、ちょっと怖い……」
「こっ!? 怖くなんてないですよ!? あれはお芝居! 演技ですから! ねっ! ねっ!?」
ドン引きされたミサキは慌てて弁解しているが、あれの全てが演技ではないだろう。可能性を貪欲に計算し、数%でも勝算の高い目を引っ張り出してくるのがミサキだ。
そこまで考えて、ふと一つの疑問が生まれた。
何故こんなに優秀なミサキが売れ残っていたのだろうか?
ミサキは可愛いし頭が良いしメンタルも強い。私の周りにこんなに人が増えているのもミサキを拾ってからなので、人間関係が苦手な私のマイナスを打ち消して余りあるほど人に好かれる能力もある。
それにも関わらず誰にも買われなかったのは、もしかして……ミサキが逆に顧客を厳選していたのではないだろうか。
合法とはいえ、奴隷を買いに来る奴がまともな論理感を持っているはずがない。ましてや少女を欲しがる奴など、性奴隷目的や残虐趣味の外道に決まっている。
ミサキはそういう客に買われないように相手を見て、望まれない商品の演技をして生き延びてきたのだろう。必死に演技力を磨き、殺処分される最後の日まで希望を捨てずに……。
「ミサキ、夜は何を食べたい?」
「どうしてクレア様は私の機嫌を取ろうとしてるんですか!? 余計に私が怖い人みたいじゃないですか!」
「いやそんなつもりじゃなくってな……。まあ晩御飯の話は後でしよう。もう最終日が始まっているぞ」
そして意識をミサキの過去からゲームに戻すと……予想通りに、最悪の修羅場が繰り広げられていた。
《死亡》
ラブリー・キッチン……シロ。1日目処刑により死亡。
クレア……シロ。1日目襲撃により死亡。
イエロー……シロ。2日目処刑により死亡。
ピュアルン……真エク。2日目襲撃により死亡。
ミサキ……クロ。3日目処刑により死亡。
レッド……シロ。3日目襲撃により死亡。
リューイチ……崇拝者。4日目処刑により死亡。
ハスキ……シロ。4日目襲撃により死亡。
《生存》
アクセル……検視官。最後の判断役。
エリー……グレー。
マリア……グレー。
人間陣営残り2名。
悪魔陣営残り1名。
残り処刑回数、1回。