第5話。冒険者CO
グレーであるレッドの冒険者COが事実ならば、人間陣営の勝率は25%から50%まで上昇する。
「ここで冒険者COですか。想定の範囲内ですが、悪手ですね」
だがそれを易々と通すほどミサキは甘くない。誰がどう見てもこのタイミングでの冒険者COは苦し紛れの悪あがきだ。
「あなたの意図は分かります。3人のグレーの中から冒険者が名乗り出ればグレーを2人に減らせて勝率が50%にまで上がるという考えなんですね。でも私、そんなことする人にはこう言っちゃいます」
いつもと何一つ変わらない笑顔を見せるミサキ。だが今はその顔が何よりも怖い。
「嫌ですよぉレッドさん、潜伏してくれる手筈だったじゃないですか。上手く冒険者を乗っ取れたから良いものの、もし対抗が出ていたら危なかったんですからね?」
「テメェ……!」
「とはいえ悪魔の前に身を晒す勇気は賞賛に値します。プレゼントでも贈りましょうか。喜んでくれたら嬉しいのですが」
ミサキはレッドが冒険者騙りの悪魔である可能性を仄めかした。これでレッドが50%に上げようとした勝率は、再び25%にまで叩き落とされてしまった。
「ハッ、抜かしやがれ。何はともあれ、ようやくお喋りする気になったみてえじゃねえか」
その通りだ。レッドの冒険者COにミサキは対応しなくてはならなかった。彼女は無回答の牙城を打ち破り、ミサキを殴り合いの場に引きずり出したのだ。
「上等だ。ついでにここで俺様を打ち負かして、頭を踏まれた借りを返してみるかぁ?」
「踏まれたのがクレア様なら怒っていましたが、自分の頭が踏まれた程度では人を恨んだりなんてしませんよ、私。それはさておき、もうこの後は悪魔会議もできませんし、せっかくだから今この場で今後の打ち合わせでもしましょうか。私の遺言、ちゃんと聞いて下さいね?」
「ほざいてろ。俺様から殺らねぇなら、必ず護衛成功を出してやるぜ」
護衛成功さえ出ればレッドのシロが確定する。そうなればグレー2人からクロを選べばいいので、人間陣営の勝率は50%……!
「ではレッドさんが言い訳できるように本日の襲撃先は限定せず、ハスキちゃんかアクセルさんかのどちらかにしましょう。もちろん悪魔陣営であるレッドさんは、好きな方を守る振りをして好きな方を殺して下さいね。これで人魔比率は3:2です」
だが護衛成功が出なかった場合、レッドがクロである可能性が燻り続ける。そうなれば人間陣営の勝率はやはり25%……。
「ざけんな。それに今日を外しても明日は鉄板護衛だ。結局テメェらは俺を殺すしかねえんだよ」
その通りだ。今日の護衛を外しても、明日の護衛は必ず成功する。吊り縄の数に変化は無いが、レッドが殺されない限り勝率は50%! そして護衛失敗するようなら、レッドが冒険者騙りの最後のクロだ!
「それは怖いですね。では明日はエリーさんかマリアさんのどちらかを襲撃しましょう」
グレー……噛み……。
「これで2:1の最終日を迎えます。内訳は確定シロ、グレー、レッドさん。レッドさんの役職が何であれ、最後のグレーを吊ればあなたの勝利ですね。おめでとうごさいます」
「ふざけてんのかテメェ……!」
「あなたに勝利を。これが私からのプレゼントです。どうでしょう、喜んでいただけますか?」
椅子から立ち上がり、うやうやしく貴族式のお辞儀を贈るミサキ。クロと敵対してシロアピールを狙うレッドに対し、ミサキは戦わなかった。愛情を持って手を差し伸べ、慈愛に満ちた勝利を贈る。まるで大天使の仮面を被った悪魔だ。こんな事をされたらレッドの信用は地の底に落ちる。
残された人間陣営はどうなるだろうか……。
グレー3人から誰を吊るかという選択肢は、レッドを最後に吊るか否かという選択肢に書き換えられた。さらに意見の塗り分けも明白だ。『レッドに禍根を持つマリアとハスキはレッドがクロだと主張する』一方で、『レッドを慕うアクセルとエリーはレッドがシロだと主張する』だろう。そして、『どちら側の主張者を生かすかは、悪魔に決定権がある』のだ。
人間陣営の勝率、0%…………。
レッドはミサキと殴り合うべきではなかった。ミサキの口を開かせるべきではなかった。人は悪魔には勝てない。逆境に立ち向かう知恵と勇気を利用され、希望は絶望にすり替えられる。私が生き残っていたとしても、こんな状況を作ったレッドはミサキとグルだと主張していたかもしれない。
「……いいや、テメェは俺様を必ず殺す。何故ならテメェは俺様が本物の冒険者だと知っているからだ。そして幸運を信じねえテメェは、成功率50%の襲撃を2回も俺様から奪えるなんて思っちゃいねえ」
それでもレッドはまだ食い下がる。
「残り時間も少ないというのに粘りますね。そもそもあなたが本物の冒険者でしたら、ハスキちゃん護衛成功後に名乗り出れば良かったのではないですか?」
完璧な正論だ。レッドに反論の余地は全く無い。
「分かりますよ。今しかなかったんですよね。襲撃を予告されているハスキちゃんが殺された後では、冒険者乗っ取りなんて出来ないからですよね。よってあなたは冒険者騙りをしている悪魔か村人です」
「で、俺様を信じそうにない奴らを食い残せばお前らの勝ちってわけか。……つーことは! 人間の俺様と一緒に残るのは当然オオカミ娘とマリアなんだろうなぁ!」
「…………そう来ましたか」
ミサキが何かを諦めたように苦笑して肩をすくめた。
「仕方ありませんね。不承不承ながら、あなたのお誘いに乗るとしましょう」
えっ!?
「最後の悪魔に伝達。本日はレッドさんを襲撃してください。明日はハスキちゃんとアクセルさんのどちらを襲撃するかはお任せします。頑張って下さいね」
「踊ってくれて嬉しいぜ! 悪魔ちゃんよぉ!」
「あの、ちよっと、アニキ、俺、話についていけねえんスけど」
アクセルが横から割り込んだ。理解できないのも無理もない。私ですら困惑しているのだがら、初心者達は尚更だろう。
「悪ぃな。時間切れだアクセル」
レッドは振り返ることなく、その精悍な横顔に微笑みをたたえて遺言を残した。赤いマフラーがバタバタとはためく。
「俺様はもうお前を守ってやれねえ。だから最後の悪魔退治はお前に任せたぜ。負けんじゃねえぞ、兄弟」
「アニキッ……!」
それがレッドとアクセルの最後のやり取りとなった。レッドへ伸ばしたアクセルの手が虚しく空を切る。
《昼時間が終了しました。議論終了です。全員目を閉じて処刑対象を指差してください》
話し合いの時間が終わった。
大きな疑問を残したまま処理は進む。激動の3日目は予想通りにミサキが吊られ……予想外にもレッドが襲撃される手筈となった。
「えへへ、破綻芸楽しかったですぅ」
上機嫌にニコニコしながら冥界にやって来たミサキ。私は彼女を傷付けないようにそーっと距離を取った。
「あれ?」
スソソ……。
「クレア様?」
そそくさ……。
「そろそろ怒りますよ? どうして私から逃げるんですか?」
「だって……」
胸に手を当てて考えてほしい。目を光らせたり変なオーラ出したりしてたのはリューイチの演出だろうけど、それを抜きにしても怖いものは怖い。
「いやー死んだ死んだ。これで残りは全員初心者だ。フェアな勝負になりそうじゃねーか」
ミサキと遊んでいる間にあっちも処理が終わったらしく、レッドも冥界にやって来た。彼女はふざけた大きさの胸の谷間から自分のカードをピッと取り出すと、生存者達からは見えない角度で私達に見せてくれた。
レッドの役職は『村人』だった。
やりやがったな、お前……!
村人の役職騙り。一歩間違えれば利敵行為に即繋がる危険な技だ。地域によっては禁じ手ともされている。
息を呑む私達の中で、ラブリー・キッチンがのそのそとエプロンのポケットからカードを取り出した。そこに記されていた役職は『冒険者』。彼が役職COをせずに吊られてくれたおかげで、今日まで村は幻影の冒険者によって守られ続けていた。
レッドがラブリーキッチンの隣にドカッと座り、目立たないようコッソリと握り拳を差し出した。ラブリー・キッチンはニッコリ笑うと、戦友の拳に自分の拳をコツンと重ねる。その様子をイエローがキラキラした目で見守っていた。
性格的に脳筋だと勝手に決めつけていたが、そもそもレッドは変態戦隊のリーダーだった。どこぞの国の特殊部隊の指揮官が馬鹿に務まるはずがない。こうした意外な一面が見られただけでも、このゲームで遊ぶ価値は大いにあったと言えるだろう。
最終日は、近い。
《死亡》
ラブリー・キッチン……シロ。1日目処刑により死亡。
クレア……シロ。1日目襲撃により死亡。
イエロー……シロ。2日目処刑により死亡。
ピュアルン……真エク。2日目襲撃により死亡。
ミサキ……クロ。3日目処刑により死亡。
レッド……シロ。3日目襲撃により死亡。
《生存》
アクセル……検視官。今後の進行役。
ハスキ……シロ。
リューイチ……悪魔陣営。崇拝者濃厚。
エリー……グレー。
マリア……グレー。
人間陣営残り3名。
悪魔陣営残り2名。