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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【普通に皆で遊ぶだけの話】
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第4話。デビル予言は黙示録

 流れた血が物語っている。

 ピュアルンこそが本物のエクソシストだった。


「チッ、クショオォ……!」


 床の一点を凝視し、悔し気に歯を軋ませるピュアルン。太ももの上に置かれた彼女の拳がわなわなと震えている。その様子を見て私は確信した。彼女はたった二回のチャンスで全ての悪魔を見つけていたに違いない。彼女は優れたエクソシストだったからこそ、悪魔に殺されてしまった。


「ヒッ、ヒヒヒッ……ヒヒヒヒヒヒィ!」


 リューイチの邪悪な笑い声が響く。もはや彼は正体を隠す必要も無くなった。あえて崇拝者を襲撃して真エクを主張する漂白噛みは無理筋だろう。悪魔に殺されたエクソシストだけが本物のエクソシストだ。


「ヒヒヒヒヒ! 死んだ死んだぁ、殺されやがったよコイツゥー! いくら賢くても、死んだら何も喋れねえよなぁー? あーあー残念でしたぁー! 最後の悪魔は見つかりまちたかねー? ヒャハハハハハァ!」


 ゲラゲラと笑いながら立ち上がり、わざわざピュアルンの前にかがみ込んで顔を覗き込むリューイチ。カスの名に恥じぬ素晴らしい悪役振りだ。殴りたいくらいに。


「どぉーれ、負け犬の顔を拝んでやろうかぁー。無様に泣いてみなぁー! ゲヒヒヒヒヒヒィー!」


 下品に笑いながらピュアルンを煽るリューイチ。


「まだ、あたし様は負けてねぇ……」


 悔し涙を滲ませながら、ピュアルンは包帯男を睨み返す。


「まだあたし様が殺されただけだ! あたし様は悪魔陣営を2人も引っ張り出した! あたし様の仇は村の皆が必ず……!」


「はいはい、そーゆーのもういいんで。死人は死人らしく這いつくばって床でも舐めてなよ、っと!」


 リューイチがピュアルンの額を指先で押すと、彼女は派手にひっくり返ってドサリと床に倒れた。瞳孔が開きハイライトを失った彼女の目に、悪魔の姿が映る。リューイチではない。真なるエクソシストを殺した、本物の悪魔の笑みが。


「ママー! 僕、やったよー!」


 リューイチは狂気に目を見開いて叫ぶ。


「僕はあのクレアさんを真っ先に殺してもらうために初日シロを出したんだー! ママは僕の意図を汲み取って殺してくれたよねー! エクソシストとの信用勝負にも勝ったよー! 初心者には同情票が集まりそうだから、経験者で気の弱そうなイエローちゃんならママとの投票勝負にも勝てると思ったんだー! 確実に僕た……僕とハスキちゃんの票がイエローちゃんには入るからねー! ママー! 本物のエクソシストを殺してくれてありがとう! ママァァァァ!」


 ピュアルンが優秀なエクソシストだったように、リューイチもまた優秀な崇拝者だった。真エクの判別結果を聞いて素早く戦略を組み立て、両陣営の動きを誘導して恐るべき戦果を叩き出したのだ。


 パチ。パチパチパチ、パチ。


 静かに鳴る拍手に戦慄が乗る。ハスキの目が大きく見開かれ、アクセルとエリーが仰け反る。レッドの頬をひとすじの汗が伝い、マリアから笑顔が消えた。


「偉い、偉いですよ」


 耳元で氷が囁くような声だった。背筋が凍え、虫が這いずるような悪寒が体中を駆け回る。これが誰の声なのか、生存者達には分かるまい。しかし私はこの声を知っている。私だけがこの声を聞いている。私と彼女が初めて出会った時に聞いた、あの声だ。


「よく頑張ってくれましたね」


 身体が寒い。この家はこんなに暗かっただろうか。悪魔の目元は前髪で隠され、口元の微笑みだけが暗闇の中から白く浮かび上がる。


 悪魔がゆらりと立ち上がった。


「ママー! これを使って!」


 リューイチが投げ渡した紫色のマントを悪魔が受け取った。悪魔の微笑みが深くなり、体をくるりと回転させて、吸い込むようにマントを羽織う。


「椅子もあるよ!」


 リューイチは人骨で組み上げられた椅子を出した。椅子の両肩部分にはメタルギターを持ったドクロが飾られており、カタカタと震えながら不気味な笑い声を出している。悪魔はカツーン、カツーンと足音を響かせながら悠然と向かい……椅子を背に立ち止まって、無言で生存者達を見下ろした。


「可愛かった、ですねぇ。クレア様は」


 不意に名前を呼ばれて心臓が跳ね上がった。自分がすでにゲームの外にいる事実に不覚にも安心感を覚えてしまう。今更だけどこれ全部リューイチの魔法の効果だよな!? 怖すぎるんだが!?


「私がほんのちょっと正気に戻った振りをしたら、簡単に騙されちゃって……ふふ。何度も、何度も、最後まで、私の名前を呼ぶんですよ。ミサキ、ミサキって。だからあまりにも愛おしくなっちゃって……ふふふっ。ついつい、たくさん遊んじゃいました」


 悪魔が玉座にドカッと腰掛けた。彼女は足を組み、肘掛けに頬杖をつく。暗闇の中で微笑みが吊り上がり、瑠璃色の目が人魂のような不気味な光を帯びた。


「次は皆さんで遊ぶとしましょう。身の潔白を訴える村人を処刑し続けてきた皆さんが、どんな顔で最期を迎えるのか……私に見せて下さいね」


 ミサキこそが私を殺した悪魔だった。

 絶望と裏切りの悪魔裁判が……今、始まる。




《死亡》

 ラブリー・キッチン……シロ。1日目処刑により死亡。

 クレア……シロ。1日目襲撃により死亡。

 イエロー……シロ? 2日目処刑により死亡。

 ピュアルン……真エク。2日目襲撃により死亡。


《生存》

 アクセル……検視官。今後の進行役。

 ハスキ……シロ。

 リューイチ……悪魔陣営。崇拝者濃厚。

 ミサキ……クロ。

 レッド……グレー。

 エリー……グレー。

 マリア……グレー。


 人間陣営残り4名。

 悪魔陣営残り3名。


 人間陣営に許されたミス回数、残り0回。




《それでは3日目の昼時間、スタートです》


「ヒャハハハハ! 怯えろ! 竦め! 悪魔様の降臨だぜぇー!」


 ミイラ男がドラムを打ち鳴らすと、玉座に飾られた骸骨がギターをかき鳴らし始めた。デーデーデレレー、デーデーデレレー、デーデーデレレ、デーレレー、レレー。ゴキゲンな曲が流れ、私の家が邪悪なコンサート会場へと変貌する。


「アクセル、イエローさんの判別結果は……!?」


「言うまでもねーけどシロだった! チクショウ!」


 この場を支配する悪魔陣営へ対し、最初に立ち上がったのは二人の少年少女だった。


「ミサキちゃん……クレアを殺した、のか……? どうして……?」


 一方でハスキはミサキが私を殺した悪魔だったという現実を受け止めきれていないようだ。いつもピンとしていた耳は萎びれ、これまでどんな窮地でも出さなかった怯えの表情を見せている。


「どうしましたハスキちゃん? 私がクレア様を殺した理由はすでにリューちゃんが説明したはずですが、何が不思議なんですか?」


「だってミサキちゃんはクレアと一緒に遊ぶのをあんなに楽しみにしてただろ!? なのになんでいきなりクレアを殺した!? こんなのおかしいだろ!」


「何もおかしくはありません。ハスキちゃんは今までクレア様に負けた方々を覚えていますか? 彼らはクレア様を侮り、生かしておいたから負けたんです。しかし私は違います。クレア様が最大の強敵だと知っていますので最初に殺しました。たったそれだけの話です」


「それだけって……!」


 ミサキがパァンと手を叩いた。私の死に食い下がろうとしたハスキが怯む。「ふふっ」ミサキの手がスススと動いて、自身の唇の前で人差し指を立てた。


「そんなどうでもいいことより、もっと有意義な話をしましょう。皆さんの今後についてのお話です」


 私の死というビッグイベントが、デビルミサキにどうでもいいこと扱いされちゃった……。演技とは分かっているけどちょっとショック……。演技だよね?


「今日は私が吊られます。その代わり夜にはハスキちゃんが殺されます。これで人魔比率は3:2。さらに翌日にはリューちゃんが吊られ、夜にはアクセルさんが殺されます。これで比率は2:1の最終日です」


 ミサキは一人、また一人と次の死亡者を指し示した。彼女の予言はもはや決定事項であり、死の運命を逃れるすべは無い。殺戮宣告を受けたアクセルとハスキは縮こまった目でミサキを見上げている。


「最後に残る3人は全員がグレー。レッドさん、エリーさん、マリアさん。エクソシストが死んだ今となっては誰も自分の無実を証明できません。せっかくですから最終的なあなた方の勝率を教えてあげましょう」


 ミサキはトントンと自分のこめかみを指で叩いた。


「25%、それが人間陣営の勝率です。33%ではありません。あなた方の最終的な選択肢は、クロを吊る、シロを吊る×2、そして全員同票による無効票の4パターンです」


 ミサキの豹変に誰もが慄いているが、私には分かる。おそらくはこちらが……ミサキの本性だ。


「別の考え方としては、シロ1人がクロを選べる可能性は単純に考えて50%ですから、それを2人分で成功率は半減。するとやはり人間陣営の勝率は25%となります」


 ミサキが片腕を軽く上げると、バックミュージックが止まった。昏く静まり返った場内で絶望する村人達を、ミサキは満足そうに見下ろす。アクセルはミサキから視線を逃がすように下を向いてしまった。


「私からは以上です。邪魔はしませんので、どうぞ皆さんは時間まで無意味な話し合いを進めて下さい。何を悩んでも何を話し合っても、あなた方が迎える結末は変わりませんから」


 もはや私の解説は必要無い。人間陣営はミサキの予言通りに処刑を行い、そして予言通りに殺されるだろう。クソッ、私が生き残っていれば対抗策を出せたのに……!


「状況は最悪、圧倒的不利、絶体絶命の大ピンチ……ってか。なあアクセル、エリー。こういう時には何から始めるか知ってるかぁ?」


 レッドがアクセルの肩にポンと手を置いた。アクセルがレッドに振り向く。ミサキが全員を引き摺り込んだ闇の中で、小さく赤い反撃の灯火が光り始めた。


「こういう時にはな、言わなきゃなんねぇお決まりの台詞ってやつがあるんだぜ。お前らがこっから先の人生でどーしようもねえ崖っぷちに追い詰められたら、まず最初にこう言ってみな」


 不敵な笑みを浮かべてレッドは立ち上がった。血の雫が沸々と彼女の肌から滲み出して宙に浮かぶ。


「面白くなってきやがった、ってなあ!」


 レッドの髪が逆立った。彼女から噴き出した鮮血が、赤い尾を引く衛星となって彼女の周囲をビュンビュンと無数に飛び交う。


 ……やはり似ている。薄々思ってはいた。ミサキの頭を踏んだ彼女を見殺しにできなかったのは、色合いや性格がファイラさんに似ていたからかもしれない。


「だから下なんか見てねえで、俺様の背中をしっかり見てろよアクセル! 誰かの言う数字や勝率なんて簡単にひっくり返せることを教えてやっからよ! こいつを偉そうな椅子から引きずり降ろしてなぁ!」


 レッドがミサキをビシリと指差した。赤いマフラーがはためく。アクセルの視線を背負って力強く一歩、彼女はミサキへ向かう足を踏みしだいた。


「どうやら私と遊びたいようですね。でも残念ながら私からあなた方に渡す情報はありません。お引き取り下さい」


 ミサキの放つ闇が一段と深くなった。吹雪のような苛烈さは無く……。ただ静かで、昏い、ありふれた闇が、私達を抱く。


「ハッハァ! 『ボロが出ないようにお口チャックします』って言ってるようにしか聞こえないぜぇー! いつまでお上品に黙ってられるか見せてもらおうじゃねえか!」


 その闇に血が滲んだ。ジワジワ、ジワジワと。ミサキに向かい足を進める鮮烈な赤が、闇の黒を押し返していく。


「テメェの計算は正しい。このままならテメェの予言通りに最後に残るのはグレー3人だろうなぁ。だがよぉ、どうして『殺す順番はアクセルよりオオカミ娘が先』なんだろうなぁ?」


「黙秘します」


「じゃあテメェの代わりに俺が答えてやるぜ」


 レッドは鼻先が触れ合いそうなほどミサキに顔を近付けて覗き込むと、牙を剥いて笑った。


「テメェが幸運を信じてねえからだ。目を見りゃあ分かるぜ、テメェは神も奇跡も役立たずのクソだと思ってやがる。テメェが信じてるのは数字だけだ。テメェは都合良く冒険者が死んでるなんて考えねえ。だから昨日は真エクを殺したし、次はアクセルより先にオオカミ娘を殺したいんだろ? テメェはオオカミ娘が冒険者の可能性を追ってるからなぁ!」


「黙秘します」


 レッドの揺さぶりにもミサキは微動だにしない。仮面のような微笑みを顔に貼り付けて、優雅にレッドを観察している。


「そうかよ。だったらイーイコトを教えてやるぜ。テメェの心配は見当はずれだ。あのオオカミ娘は冒険者じゃねえからな!」


 しかしレッドもまた譲らない。ミサキを睨みつけたまま、ビシリとハスキを指差した。ハスキは唐突に話を振られて驚いた様子だが、否定も肯定もしない。

 いいぞ、それで正解だハスキ……!


「そしてもちろん、エリーとマリアも冒険者じゃねえ!」


 今度は振り返って、グレー2人としっかり目を合わせるレッド。


「あたしは冒険者じゃないわ」


「私も冒険者ではありません」


 エリーが即答し、マリアもまた続いた。これで今後の展開が一つ決まった。『これで2人はもう、村人以外の役職を主張できない』のだ。


「だよなぁ! 知ってたぜ!」


 レッドは肩の力を抜いてフッと笑った。しかしそれも一瞬だけで、次の瞬間には獣のような眼光を取り戻した。彼女は力強く握り締めた拳を緩やかに振りかざし、ビシュッと親指を立てて自分自身の顔を指し示した。


「冒険者CO! 今日までアクセルを守り続けてきた冒険者は……この俺様だ!」

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