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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【クレアがバカになる話】
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最終話。強大な力と引き換えに精神を破壊されて廃人になるリスクを負う主人公専用の呪われた装備とかいうありがちなやつに手を出した結果

 魔法少女教団の隠れ里が壊滅して数日が経過した。


 優しい陽射しが降り注ぐ早朝。ディスモーメント領の片隅でアクセルとエリーの訓練が始まっていた。二人の教官役としてクレアにスカウトされたレッドは、無給にも関わらず意外にもやる気を見せている。


「いいかぁヒヨッコ共! テメェらが何よりも警戒しなくちゃなんねえ相手はバケモンじゃねえ! 弱っちいテメェらをよってたかって狙ってくる人間だ! テメェらは歩く財布で奴隷で肉便器で豚の餌だ! 明日そうなりたくねえなら、今日この場で人殺しに慣れとけ!」


 少年少女にはそれぞれ一振りのナイフが持たされていた。「んんんんー!」そして彼らの眼前には、レッドの能力で木に縛り付けられたイエロー。血の猿轡を咬まされながらも涙目で必死に人道的配慮を訴える姿が哀れみを誘う。


「え、あの……」


「イエローさんを俺達が刺せって……コト?」


 血の気の引いた顔を見合わせる少年少女。「おう、頭と心臓以外のとこならどこでも刺し放題だぜ」快活に笑うレッドが、怖気付くアクセルの肩を抱いた。


「さあ、やれ」


 アクセルを真横から覗き込むレッドの目は全く笑ってはいない。獣のような歯がキラリと輝くその笑顔に、アクセルは彼女の本気を察した。


「でっ、出来るかよそんなの!」


 ナイフを投げ捨てようとしたアクセルの手をレッドが掴む。


「出来る出来ねえじゃねぇ。やれ」


「ううっ……!」


 アクセルの手に激痛が走った。レッドはナイフごと潰しかねない握力を持って、アクセルの手を固く握り締めている。


「いっ……嫌だ! 女の子を刺すなんて、男のやる事じゃねえ!」


「アホかテメェ。女だろうが子供だろうが、敵はテメェを殺す気で襲ってくんだよ。そん時になって、俺は男しか殺したくないんだやめてくれ、なーんて寝言が通じると思ってんのか。童貞のまま死ぬぞ、テメェ」


 アクセルの指の骨が軋み、指先は鬱血して紫色を帯びていく。「嫌だ!」それでもアクセルは首を縦には振らなかった。


「練習で女の子を刺すくらいなら、童貞のまま死んだ方がマシだーっ!」


「この甘ったれたクソガキが!」


 レッドがアクセルの顔面をぶん殴った。「ゲピィ!」情けない悲鳴を上げて吹っ飛び、空中でクルクルと回転してベチャッと落ちるアクセル。ビクンビクンと痙攣する彼にレッドがのしのしと歩み寄って、その胸ぐらを掴み上げた。涙と鼻血を垂れ流して怯えるアクセルだったが、目は逸らさない。彼と鼻が触れ合う距離までレッドは顔を近づけて睨んだ。


「死ぬほどビビってるくせに俺様に歯向かうなんざ、小僧……」


 レッドはニカッと笑った。


「いーい根性してるじゃねえか! 気に入ったぜ! 俺様の舎弟にしてやらあ!」


 ガハハと笑いながらアクセルにヘッドロックを軽くかけるレッド。エリーとは比べ物にならない豊満な胸が、必然的にアクセルの顔に押し付けられた。


「あっ、あのっ、レッドさん!? 胸が俺にお胸が俺に!?」


「バッカヤロウ! アニキと呼べ! 呼ばねえならこうだぞこう!」


 むにむにボインボインふわふわパフパフずりずり。

 無慈悲な乳圧によって青少年の性癖は徹底的に蹂躙された。


「アッ、アッ、アッ、アニキィー! ダメだ絶対ダメだってこんなのーっ!」


「ハッハァー! こうかこうかぁー!」


 一方でエリーはくんずほぐれつ親睦を深め合う二人の様子をなるべく見ないようにしつつ、病んだ目でイエローの太ももをプスプスと刺していた。


「えい、えい」


「ンンー!? ンンンンー! ンッ……!」


 懸命に身を捩って苦痛に耐えるイエロー。しかしその顔は紅潮しており、声は切なく艶やかな響きを帯びる。目を潤ませて苦悶の中に快楽の色を見せる彼女の様子を見て、エリーに心境の変化が現れ始めた。


(あれ? なんか……ちょっとゾクゾクするかも……)


 自らの手で美少女の肌を貫き鮮血を掻き出す感触に、エリーの何やら危険な性癖が開花しようとしていた。今、少年少女の健全な未来が危ない。


「おー! やるじゃねえか小娘! お前はお前で見所あんなぁ! よし、お前も俺様の舎弟にしてやる! ありがたく思えよ!」


「はぁ。それはどうも……」


 上機嫌なレッドに背中をバンバンと叩かれながら、エリーはジト目で生返事を返した。彼女にとってレッドは苦手なタイプなので教官になってほしくはなかったが、尊敬するクレア先輩の紹介とあっては断れなかった。辛いところである。


「おいメス豚! アクセルの傷を治してやりな!」


 レッドが細くしなやかな指をパチンと鳴らすと、イエローを拘束していた血の縄が解けた。「わわっ!?」しかしズタボロになった足では自重を支えきれず、イエローは前のめりに倒れる。


「危ねぇ!」


 そこにアクセルが素早く駆け寄り、イエローを抱き止めた。


「えへへ、ありがとう。優しいね、アクセル君。んー」


「んむー!?」


 感謝と同時にイエローはアクセルの唇を奪った。柔らかく温かい女の子の唇と舌の感触がビッグバン級の快感となってアクセルの脳をメチャクチャに掻き回し、流し込まれる唾液は海綿体を活性化させてアクセルの傷を癒やしていく。なおエリーの脳は破壊された。


「ぷはっ……ふふっ。チュー、しちゃったね……」


「あへへへへ、しちゃいましたね、でへへへへ」


 イエローと抱き合いながら見つめ合うアクセルの鼻の下は下品に伸びていた。エリーの目が血走り、こめかみにはビキビキと血管が浮き上がる。


「仲良くなった記念に、ボクの一番恥ずかしいもの……見せてあげるね……」


 顔を赤らめたイエローが何やらもじもじとスカートの中をまさぐり始めた。アクセルがゴクリと生唾を飲み込む。エリーの瞳孔が開き、その手は無意識にナイフを二人に向けた。レッドがヒューと口笛を吹く。惨劇のカウントダウンが始まろうとしていた。


「はいこれ……。恥ずかしいから、あんまり見ないでね……?」


 恥じらうイエローが差し出した物は一枚の写真だった。髭を生やした筋骨隆々の中年男性が写っており、爽やかに笑いながら上半身裸で筋肉をアピールするポーズを決めている。


「ガチムチのハゲ親父……? もしかしてお父さん?」


「ううん。ボクの昔の写真だよ」


 アクセルの脳はグチャグチャに飛び散った。


「本名はグレゴリー・デトロイトバンカー、41歳。可愛い女の子になるのが夢だったから、魔法少女部隊に志願したの。てへへ、恥ずかしいなぁ。イエローちゃんって呼んでね」


 ファーストキスどころかセカンドキスまで男に奪われたと知ったアクセルの心は粉々に砕け散った。


「ちなみにもちろん俺様も男だぜ」


 レッドの余計な一言により、男の胸で興奮したという残酷な事実を突きつけられたアクセルの魂はバラバラに引き裂かれた。


「お、おとこ、おとととととととポォ」


 TS性癖は青少年にはまだ早かった。見た目は美少女でも正体はタフガイという現実を受け入れきれず、アクセルの精神は過負荷を起こして活動停止した。


「前途多難にも程があるわ……」


 空気が抜けたように崩れ落ちたアクセルを見て、エリーは振り上げた拳を複雑な心境で下ろす。


 こうしてアクセルの女性恐怖症は悪化した。

 ついでに性癖も壊れて人生設計が破綻した。

 めでたしめでたし。
















 三時間後。

 アクセルはクレアの家に逃げ込んでいた。


「って感じでさぁ! 勘弁して下さいよクレアパイセン! もう俺、俺っ、頭がおかしくなっちまいそうだよ!」


「うんちの、ばななー」


 クレアはアクセルより一足先に頭がおかしくなっていた。焦点の合わない目で虚空を見つめ、口元から垂れる唾液を定期的にミサキに拭き取られている。幼児退行も進んでしまったのか、ミサキママに買ってもらったキャンバスぬいぐるみを抱いて離そうとしない。

 その様子を見て、全身を包帯でグルグル巻きにしたリューイチが哀れんだ。


「クレアさんは昨日からまだ曖昧な状態かぁ。枕返し回の未来教師や虎道場の先生みたいになっちゃったね」


 あの日、殺したはずのリューイチがこの状態で即復活したのを見て、もうどうやっても黒歴史を隠せないと察してしまったクレアのストレス堤防は決壊した。派手に暴れたあの地から全員をここへ逃がす為にイノセントワープゲートを開いたあたりで力尽きて精神が壊れ、ミサキとマリアの献身的なフォローを経て今に至る。


 クレアは魔法クレヨンはおろかイノセントの話題を少しでも出そうものなら極めて激しいアナフィラキシーショックを発症し、頭痛、発熱、腹痛、下痢、号泣、呼吸困難、不整脈、蕁麻疹、嘔吐、被害妄想、認知症、人間不信、幻聴、自殺未遂などの発作を引き起こすようになってしまっていた。


「結構楽しかったのヤダアアアアーッ!!」


 また、時折こうして黒歴史のフラッシュバックに苦しみ、頭を抱えて奇声を上げのたうち回っている。ミサキの介護がなければ彼女は悲劇的な結末を迎えていただろう。

 一応、人狼達によるアニマルセラピーで回復の兆候を見せてはいるものの、全快への見通しは未だ立っていない。


「申し訳ありません! 私達を助ける為に、教皇様には多大な負担をおかけしました! このご恩は、私共の一生をかけてお返しさせていただきます……!」


 マリアはクレアの発作が起きる度に、こうして必死に頭を下げる。クレアの正体を隠す為に誰よりも奔走したのは彼女だった。


『実は清く正しい心を持った者ならば、廃人になるリスクと引き換えに聖杖の力を引き出す秘術がある。クレアにはその秘術と共に聖杖を持って逃げてもらう手筈だったが、彼女は私達を助ける為に自らその秘術を使ってくれた』


 というカバーストーリーを懇切丁寧に説き続けた結果、『その状況ならたしかにクレアはやるだろう』という謎の信頼もあって、クレアの知己も含めたほぼ全員が納得した。魔法クレヨンに頭がおかしくなる副作用は無いが、いい歳してノリノリで魔法少女ごっこをする時点で頭がおかしい人なので、あながち間違いでもない。


 そして、奇跡を目の当たりにした信者達は危険な兆候を見せていた。クレアを救世主と崇め、生き神と崇め、イノセントの生まれ変わりと崇め、沸騰する勢いで加熱した信仰心を持って奉仕しようとするので、マリアは彼らの制御に苦労している。


 クレアの日常を守るための苦肉の策として、マリアはディスモーメント領を聖域に指定して一般信徒の立ち入り及び外部への情報漏洩を禁じた。さらにクレアを教団のトップである教皇に据え、自分はこれまで通りに教団の実務を請け負う事実上のトップとして活動する方針を定めたが……すでに新たなトラブルの種が芽吹き始めている兆候を彼女は感じている。

 なお、魔法クレヨンは見ただけでクレアが発狂するために再び彼女が預かる形となった。


「おいたわしやお姉さま……。私にもっと力があれば……」


 自らの力不足を嘆きつつクレアを見守るストーカーを筆頭に、病んだクレアを心配する客人達が今日もクレアの家を訪れている。


「リューイチ君、ケモはいいよぉ。彼らは容姿や種族で愛を注ぐ相手を選別したりなんてしない。こちらが愛した分だけ、必ず愛を返してくれるんだ。そこには人間特有のくだらない打算や欺瞞に捉われない純粋な愛があるんだよ。一度だけでも真実の愛を感じてみたくはないかい」


「ええ〜? そ、そう言われるとなぁ、ちょっと興味出てきちゃうかもなぁ〜っ?」


 お見舞いのついでにリューイチを畜生道(ケモナー)に誘うジャック。


「ねえねえクレアっち〜。このゼノフィリアの絵本ってLOSTの絵本と同じ材質に見えるんだけど何か知らな〜い?」


 教会居残り組を迎えに行ったら勝手に着いてきたピュアルン。


「まだまだーっ!」


 家の外でクレヨンゴリラと楽しそうにじゃれ合うハスキ。


「まったく、あの子はいつの間に友達を作るのが上手になったのかねえ」


 ゴリラに投げ飛ばされたり噛み付いたりして遊ぶハスキを優しく見守るドーベル。


「医食同源という格言を知っていまちゅか? 怪我や病気で体の調子が悪い時は、悪いところと同じ部位を食べれば不調が治るんでちゅ。クレアしゃんは頭か心のお病気でちゅから、食べるべきは人間の脳と心臓でちゅね。オーダーを承りまちた」


 豚の頭を被る殺人鬼、ラブリー・キッチン。


「心配してくれてありがとう。たった今治ったから大丈夫だ」


 ショック療法によりクレアは一発で正気を取り戻した。


「ところでどうしてここに?」


「報酬を頂きに来まちた。ここは中々良い場所でちゅね。この辺りにあちしのお店をオープンしようと思いまちゅ」


「終わりぽよ」


 そしてまた頭がおかしくなった。


「えへへ、変になっちゃったクレア様のお世話をしていると何だかキュンキュンしちゃいます。私、保母さんに向いているのかもしれません」


 一方でミサキも次なるステージへ進み、性癖を己の武器へ昇華させようとしていた。


 彼らが失った物は多い。

 安住の地を失い、地位や財産を失い、精神の安定を失い、キャラも性癖も尊厳も破壊され、命を掛けて得た物は災厄の種ばかり。戦いの果てに最も多くを得た者を勝者と呼ぶならば、やはり彼らは敗者だった。


「なあ! 魔法少女でも何でもいいから助けてくれよシスターさん! 俺、もう無理だって!」


「アクセルさん……でしたね。申し訳ありませんが、魔法少女は万能の救世主ではありません。魔法少女は戦うあなたにささやかな勇気を与えてくれる存在であって、自分の人生を戦えるのは自分自身だけなのです」


「うんうん、やはりシスターさんは良いこと言うなぁ。すぐ俺を殺そうとするクレアさんも見習ってね! 今の台詞メモっといて! 魔法少女ってのは人が死なない程度のお困りごとを解決するのが本職であって、血みどろの殺し合いなんてNGだからね! ところでアクセル君って結構可愛い顔立ちしてるね。女装とかに興味ない?」


「なんで俺はオッサンにばかり好かれんだよ!? 女の子はみんな怖いし、もうこの世界ヤダーッ!」


 しかし敗者が必ずしも不幸になるとは限らない。疫病神と関わった者は本人も含めて全員酷い目に遭ったが、彼女が来てくれなければ誰も生き残らない悲惨な結末になっていたと皆が理解し、感謝している。


 であればクレアが最善を尽くしたからこそ得られた唯一にして最大の収穫は、惨劇を生き延びた者達が織りなす美しい絆である……はず、なのだが。


「アクセル君、人間の男女が嫌ならケモはどうかな」


「そーだアクセル、あたし様の新作のお薬の治験体になってくんない? 成功すれば100倍の筋肉が手に入るよぉ〜?」


「アクセルくーん? 女装は男だけに許された真に男らしい行為だよ〜ん? フヒヒッ」


「女装少年ウェイトレスも良いでちゅね。看板娘の新たな時代の幕開けでちゅ」


「助けてーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 その絆が結ぶ先は奇人変人殺人鬼なので、どれだけポジティブに捉えても彼らの人生の収支は……やはりドマイナスだった。


「ねえキャンバス〜。私、こんな大人になっちゃったよー?」


 アクセルが変態から逃げ回る喧騒の中、クレアは薄汚れたぬいぐるみを目線の高さに持ち上げてぼんやりと話しかけた。


「みんなをハッピーにしようと頑張ってるつもりなんだけど、いつもだいたいみんな不幸になっちゃうの。なんでかなー。私ちっとも成長してないよねー。周りも変な人と悪い人ばっかりだし、このままでいいのかなぁ、私……」


 かつての相棒はクレアの問いに何も答えない。ただ無言でクレアを見つめ返すばかりである。


(いいんじゃないかな。たとえ不幸だったとしても、君達は楽しそうに見えるよ。イノセント)


 相棒が何も答えてくれなかったので、クレアは心の中で唱えた自作自演の回答を自分へ送った。


「えー、そーかなー?」


 ぬいぐるみはクレアの自己満足の相槌にもやはり何もツッコまず、ほのかな微笑みをたたえ続けている。


「そーかもー……」


 クレアはキャンバスを再び胸に抱いた。それはただのぬいぐるみだったが、バカになったクレアにとっては本物のキャンバスの魂が宿っているように感じた。そしてその表情は、久しぶりに子供に戻ってたくさん遊んだクレアに『また一緒に遊ぼうね』と笑いかけているように思えるのであった。









 おしまい。

以上です。呪われた装備に手を出した結果、特に関係ないアクセルの人生が破壊されました。

ここまで読んで下さいまして、ありがとうございました。

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