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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【クレアがバカになる話】
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第11話。ゼロサムゲームどころか全員マイナス

「めでたしめでたし」


 イノセント仮面が絵本をパタンと閉じた。表紙には『ゼノフィリア伝説』と書かれたタイトルとゼノフィリアのイラストが描かれている。彼女は幸せそうな高笑いをしており、すぐ側には彼女に寄り添うイノセント仮面の後ろ姿も添えられていた。


 竜の魔法は過程より先に結果を生み出す。最後のドラグーンに竜が与えた武器は画材だったが、その創造力と応用力は歴代のドラグーンでも随一だった。距離も、空間も、物量も、物理法則でさえも、彼女の想像力を否定する理由には成り得ない。ゼノフィリアに分類される全ての要素は血の一滴残らずこの世から回収され、絵本の中に封じ込められて幸福な夢を見続ける結末に終わった。


「あなたの夢に興味があるのは本当だよ。だからいつかまた絶対、もう一度お話しようね」


 イノセント仮面は敵を封印した絵本を大切そうに胸に抱えた。


「ここらへんでタイミング良く朝日が昇ってくれれば決まるんだけど、まだ全然そんな時間じゃないし、んー……えいっ」


 悩む素振りも束の間。イノセント仮面は自分が都合良く逆光を背負える位置に太陽を描いた。クレヨン製の朝日が手頃な山の山頂付近に出現し、オレンジ色の光でイノセント仮面を照らす。


「さてと、次は後始末しなくっちゃ」


 イノセント仮面がふわりと地上に舞い降りた。クレヨン製の白い羽根が、明らかに演出を意識した量で舞い散る。


 一匹だけ生き残っていたクレヨンゴリラが、イノセント仮面に手のひらを差し出した。そこにはゼノフィリアに消化され、全身が溶けかけの赤いナメクジ状になったレッドとイエローの二人が乗せられている。すでに能力も吸い尽くされたか、彼らに回復の兆候は見られなかった。


「何だコラァ……やんのかボケェ……。かかってこいやぁ……俺様の心のチ●ポはまだまだビンビンだぜぇ……。俺様が勝ったら、メス豚は見逃してもらうからなぁ……」


「お、お願いします……ボク、何でもするから……レッド君を治させて下さい……お願いです……」


 言うに及ばず二人は手遅れである。誰が手を下さずとも数分後には間違いなく絶命するだろう。それは本人達が誰よりもよく分かっていた。


「その代わり……俺様が死ぬまではメス豚に指一本触れるんじゃねえぞ……。さあどっからでも……かかってきやがれ……」


「お願いです……レッド君は、ボクの最後の友達なんです……ボクの心臓を潰して……一番濃い血を絞り出せば……まだ助けられるはずなんです……お願いします……お願いします……」


 それでも二人は、残された命を使い潰すように声を絞り出して互いを庇い合っていた。その様子を見てイノセント仮面は一つの決断を下す。


「イノセントキュア……えっとキュア、キュア……キュア回復ー!」


 特にしっくり来る技名が思い付かなかったイノセント仮面は、魔法クレヨンを用いて魔法少女二人の身体を加筆修正した。半ば液状化していた彼らの全身が、一瞬で見目麗しい少女の姿を取り戻す。どうやら特殊能力まで回復したらしく、レッドの首には血のマフラーが巻かれ、イエローの血が染みたゴリラの傷も治った。

 ちなみに本来のイエローの能力ならば、非生物であるクレヨンゴリラの傷を癒せるはずはないのだが……実際に治ってしまったので、イノセント仮面の影響と受け入れる他ない。


「ねえねえ、転職に興味とかない?」


 突然の施しに戸惑う二人の魔法少女へ、イノセント仮面がにこやかに話しかける。


「別にあなた達の組織を裏切れってわけじゃないよ。一人前の冒険者になるまでちょっと面倒を見てもらいたい子達が居るの」


 バチクソ打算である。二人の友情に心を打たれて助けた側面もあるにはあるが……それはそれとして、命の恩人という美味しいカードを使って面倒事を押し付ける気満々だった。こういうところである。


 そんなイノセント仮面の腹黒さを薄々察した上で、レッドとイエローは顔を見合わせて頷いた。大人である。


「あんたが拾った命だ、好きに使いな」


「命の恩人だもんね。ボク、約束した通りに何でもやるよ! 頑張るね! ありがとう!」


 イノセント仮面の勝利である。


「スカウト成立ね! じゃあ次はー……」


 イノセント仮面の胸を銀の十字架が背後から貫いた。信者達から悲鳴が上がり、レッドとイエローは絶句して目を見開く。


「にゃはっ、にゃははっ、にゃははははーっ! 油断しおったな小娘めがーっ!」


 銀髪の幼女が大穴から這い出していた。イノセント仮面に向けて伸ばした彼女の手が銀色に輝いている。


「……次はそっちの相手をしようと思っていたのに、空気の読めない人だね。ゼノフィリアちゃんを見習ってよ」


 振り返るイノセント仮面の口調には、あからさまな不機嫌が込められていた。大穴からは銀髪の幼女に続いて、性転換された彼女の部下も続々と這い上がってきている。なお彼らの装備はゼノフィリアに剥がされているため、全員が全裸だった。


「にゃはははは! いかに卑劣とて勝てば官軍じゃ! 何とでも言うがよいわ!」


「その話はさっきやったばっかりだし、不意打ちは別に責めないよ。それで、これは何?」


 イノセント仮面は自分の薄い胸に突き刺さった光の十字架を見下ろした。物理的な干渉ではないのか、少なくとも出血や痛みは無いようだ。


「これがワシの奥の手じゃ! 貴様が犯した罪は貴様が誰よりも知っておる! 貴様の人生を貴様自身で裁き、最も辛く苦しい刑を自身に課すが良いぞ! にゃははははは!」


「あっそ。イエローちゃん、ちょっとこれ持ってて」


 イノセント仮面はゼノフィリアの絵本をイエローにポイっと投げ渡した。イエローがあわあわと受け取る。ゴリラがやれやれと肩をすくめる。イノセント仮面は感触を確かめるように、魔法クレヨンでパシンパシンと自分の手のひらを軽く叩いた。冷めた目が敵を見据える。


「…………にゃは?」


 幼女の笑いが凍った。奥の手を受けたにも関わらず、イノセント仮面はのしのしと歩み来る。


「なっ、何故、効かぬ? ワシの魔法は公正じゃぞ? 如何なる防御も誤魔化しも通じぬ、天の裁きじゃぞ? それが、何故……効かぬ?」


 幼女の疑問はすぐに恐怖へ変わった。笑顔の美少女のお面の下で、イノセント仮面は虫ケラを踏み潰すような目をしている。仮にも夢と正義の魔法少女がしていい目ではない。


「まさか、まさか貴様……罪が、無いのか……? その名の通り、【無垢なる者(イノセント)】だとでも……?」


「あのね」


 魔法クレヨンが巨大化した。その側面にホームランという文字が浮かび上がる。


「私が想像する、一番辛くて苦しい罰はね?」


 魔女狩り部隊の目前まで迫ったイノセント仮面が、巨大クレヨンを大きく振りかぶった。バキン、バキンと音が鳴り、巨大クレヨンはさらに2倍、3倍とゴリラ算に大きさを増していく。怯える幼女と全裸集団に美少女のお面は変わらず優しく微笑み続け、ドス黒いオーラがイノセント仮面から燃え上がった。


「とっくの昔にセルフ執行中なんだよクソボケロリジジイイイイイイイイイイ!!」


 血管がブチ切れるほどの怒りを込めた巨大クレヨンが振り抜かれた。幼女も、全裸集団も、避けた者も伏せた者も逃げた者もクレヨンが当たっていないはずの者も、魔女狩り部隊の全員に等しく爆発的な衝撃が襲いかかる。


「のじゃああああぁぁー…………!」


 カキーン⭐︎と小気味良い音が響き渡った。あらゆる怒りを理不尽に注ぎ込まれた魔女狩り部隊が全員まとめて空の彼方にカッ飛んで行き、姿が見えなくなったあたりで星型のエフェクトがキラーンと輝く。信者達が両手を上げてバンザイを叫んだ。イノセント仮面の勝利である。


「フーッ、フーッ……! フウーッ……! ダメダメ、私。まだ正気になっちゃダメ、まだ正気になっちゃダメ、まだ正気になっちゃ、ダメッ……! フウゥーッ……!」


 大きく肩を上下させて深呼吸を繰り返し、怒りを懸命に抑えようとするイノセント仮面。その背におずおずとマリアが近寄る。


「申し訳ありません、イノセント様……」


「ふーっ……。どうして、あなたが謝るの?」


「私達が至らぬばかりに、イノセント様をこのような争いに満ちた世界へ呼び戻してしまいました」


 上下運動を繰り返していたイノセント仮面の肩がピタリと止まった。


「お怒りはごもっともだと思います……。本来ならば、あなたは戦いとは無関係の平穏な人生を送るべきお方でしたのに……」


「平穏な人生なんて、幻想だったよ」


 イノセント仮面がマリアに向き直った。魔法クレヨンが元の大きさに戻る。


「私も、あなたも、王様も奴隷も凡人も超人も、みんなそれぞれ自分の戦場で自分の人生を賭けて戦ってるよ。その戦いに勝てるのは自分だけで、家族も恋人も……神さまだって、最初から最後まで面倒を見てはくれないの。私なんかが出来るのは、その戦いをほんの少し手伝ってあげられる事だけ」


 そのほんの少しの手伝いでブッ殺された奴らはたまったもんじゃねーなとレッドは思ったが、空気を読んで黙っていた。大人である。なおその隣では、イエローが目に涙を潤ませて感動していた。


「でもね」


 イノセントは過去の自分を模した仮面を外した。偽りの朝日に照らされて、古傷を負った目付きの悪い彼女の素顔が露わになる。ゼノフィリアが治したマリアの両目に、元魔法少女の精悍な顔が映った。


「本当の本当に困った時は、遠慮せずにいつでも呼んでね! 偽善者だからちゃんと見返りはもらうけど、その分しっかり仕事するから、私!」


 そしてイノセントは、イタズラっ子のようにニシシと歯を見せて笑った。


 マリアはもう言葉も出ず、とめどなく涙を流し続けた。信者達も一様に涙を流し、その場に膝をついて、ただ祈りを捧げる。彼らにとってイノセントは紛れもなく救世主であり、夢であり希望であり生きる活力だった。


(やっ、ちゃっ、たー! 顔見せる必要無かったのに、ついつい盛り上げ重視しちゃったぁああああ! これからどうしよおおおおおおおお! 誰か助けてええええええええ!)


 なお現在この場で誰よりも困っているのは、他の誰でもないイノセント本人だった。
















「あれー、クレアさんじゃん。えー、ちょー奇遇ー。何してんの、こんなとこでー」


 イノセントの笑顔が引きつった。首をギギギと動かして声の方角に向けると、そこには腹が出て頭髪の薄い不潔な中年男性が居た。


「リュー、イチ……? どうして、今、ここに……」


 名前を呼んでしまってからイノセントは青ざめた。これでもう他人の振りが通じない。


「俺さぁ今さぁ近くのブラック鉱山で働いてるんだけどさぁ、なんかドンドンピカピカ騒がしいから、お祭りかなって思って来たわけよ。この辺に異教徒の隠れ家があるって噂もあったし、そういう邪教のお祭りって乱行パーティとかありそうじゃん? フヒヒッ、それにしてもクレアさんのその格好、なぁに? コスプレ? フヒッ、いやキッツ、キッツゥー! へー、クレアさんもこういう可愛い系の服を着たいって願望があったんだぁー? キツいけど女の子だねーフヒヒヒィ!」


「イノセントアルティメットギャラクシーバスター」


 銀河色の超巨大破壊光線が、三つの山もろともリューイチを陰毛一本残さず消し飛ばした。


「ぐわああーっ! これが人の心の光かーっ……!」


 こうして悪は滅びた。

 魔法少女イノセントの勝利である。

ただしクレアとしては致命傷である。

次回もクレアと一緒にトリック・バイ・トリート!

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