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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【クレアがバカになる話】
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第10話。決勝! 銀河ぶっ飛び変人決定戦! この世で一番イカれたヤツは誰だ!

 ゼノフィリアはリアクションに困っていた。


 彼女は魔法少女教団の切り札を予想していた。それがイノセントと同等の能力を持つ後継者である事も想定内である。教祖に危害を加える素振りを見せれば誘き出せるのではないかという見立ても正解だった。

 しかしいざ現れた者は、最大限に配慮した表現を用いても……『ちょっと変わった人』だった。


「お、お会いできて光栄ですわ。イノセント……仮面様?」


 しかし冷静に考えればゼノフィリアも人の事はとやかく言えない。彼女も魔法少女を名乗り、調子に乗った登場シーンを二回もやった同類である。やぶ蛇をつつかないためにも、彼女は相手にノリを合わせてあげる大人の対応をしようと決めた。


「わたくしはゼノフィリアと申します。全人類の幸福を「死ねー! イノセントシャインストームー!」


 高々と掲げられた魔法クレヨンから拳大の光弾が大量に噴出した。一発一発がゴリラさえ消し炭に変える威力を持った熱量の塊が、夜空を白く染めて何千何万発と地上に殺到する。


「まだ自己紹介の途中でしてよ!?」


 しかし物量においてはゼノフィリアに分が有った。瞬く間に増殖して地上を埋め尽くした彼女は、血液操作を用いて何千体もの自分を打ち上げた。推進剤となり後方に流れゆく血液からはまた新たなゼノフィリア群が生まれ、背中から血液を噴射して次々と天を目指す。イノセント仮面はその光景に【パレード】の残滓を見た。


 ドドドドドドドドドドド……!

 光と少女群が激突し、夜空に光と血肉の花が咲く。連続する爆破音が轟音となって大気を震わせ、黒焦げの肉片がボトボトと地上に降り注ぐ。地上に溢れていた血の海が膨らむようにせり上がり膜となって、降り注ぐ肉片から信者達を守った。


「イノセント様ー!」「かっけぇー!」「こっち向いてー!」「イノセントさまがんばえー!」「素敵ー!」「おお……その者、純白の衣をまとい、ゴリラを率いて赤き地へ降り立たん……!」


 なお、ゼノフィリアに守ってもらった信者達は大盛り上がりでイノセント仮面を応援している。


「あっっっっぶないですわね! わたくしが防がなければ信者達もドッカンドッカンで全員バラッバラですわよ!? 初手でいきなり広範囲攻撃なんて何を考えてますの!?」


 夜空を睨み上げ、正論100パーセントの怒りを見せるゼノフィリア。その視線の先には、空中に浮かぶ巨大な毛玉があった。数百頭のクレヨンゴリラが身を寄せ合った鉄壁のゴリラ玉である。イノセントは攻撃と同時にゼノフィリアの反撃も防いでいた。

 余談ではあるが、ゴリラはこのように球状に身を寄せ合って厳しい冬を乗り切る事で知られている。当然ながらクレヨンゴリラは非生物であるため、ゼノフィリアの血による侵蝕も不可能である。


「えーなにー? 聞こえなーい」


 ゴリラ玉の内側からイノセント仮面のくぐもった声が聞こえた。


「ちゃんと聞いて下さいまし! 無関係の方々を巻き込む広範囲攻撃はご遠慮願いますと言っておりますのよ!」


 ゼノフィリアが攻撃を停止すると、ゴリラ玉がパンパカパーンとポップに弾けてイノセント仮面が姿を現した。なお勢いを失ったゼノフィリア共々ゴリラも落下して地上に叩きつけられたが、当然ながらゴリラに落下ダメージは発生しない。


「ついうっかり張り切り過ぎちゃった。てへっ」


 仮面の下で舌を出し、可愛らしく(?)自分の頭をコツンとゲンコツするイノセント仮面。大人の体格から放たれた愛嬌溢れる(?)その仕草にゼノフィリアはぞっとした。


(この人、まさかその年齢までずっとこんなキャラで生きてきましたの……?)


 イノセント仮面はありのままの自分を見せているだけなのに、何故か精神的優位に立っていた。イノセント仮面の勝利である。


「コホン……よろしいですか。戦いには戦いの作法というものがありますの。まずは自己紹介を交わし、お互いの主義主張の確認。そして小技から順に出して互いを好敵手として認め合う関係性を「もがき苦しめー! イノセントポイズンシャワー!」「ちょっと!?」


 毒々しい紫色の雨が降った。毒雨を浴びたゼノフィリアの肉は一瞬でグズグズに腐り、血は鉛色に泡立って骨は溶けた。なお周知の事実だが、ゴリラにステータス異常は効かないのでノーダメージである。


「何ですのこれぇ!? 正義サイドの人が使っていい技ではありませんわよぉ!? ハッピーはどこですの!?」


 だがゼノフィリアはイエローの回復力を取り込んでいる。朽ち果てたように見えた残骸から、毒への耐性を身に付けた個体が次々と再生を果たした。さらには自身の血をミスト状に噴出し、なんか巻き込まれて死にかけている信者達も治療する。


「助かったー!」「ありがとうイノセント様ー!」「そんな悪い奴なんかやっつけちゃえー!」「世に魔法少女のあらんことを!」


 なお信者もとい狂信者達は守ってくれたゼノフィリアにではなく、殺人雨を降らせた張本人であるイノセント仮面に感謝を捧げていた。イノセント仮面の勝利である。


「ここの人達を巻き込むなって言ったばかりですわよ!? いいえこの発言がわたくしから飛び出るのもおかしいですわ!? 空気を読めるわたくし的には、あなたとわたくしの立ち位置は逆だと思うのですが!?」


「だってフリかと思ったんだもん。じゃあ天丼しなくちゃって」


「お狂い遊ばせてますの!? どんな相手でもまずは対話による解決を試みて下さいませ!」


「ヤダー! ヤダヤダヤダヤダ、ヤダったらヤーダー! 話し合いなんて絶対ヤーダー! 暴力で何でも解決するんだもん!」


「人生で一度も聞く機会に恵まれない発言ですわ!? あなた戦争狂の蛮族でして!?」


「だって話し合いで解決しちゃったら、こんなムーブしてる私が頭おかしい人みたいじゃない!」


「頭おかしい人の自覚ありましたのぉ!?」


「うるさーい! 今日の私は暴力で何でも解決するんだから!」


「こんな大人にはなりたくありませんわ!」


「大人じゃないもん! 魔法少女だもん!」


「とんでもない変態性癖ですわ! あなた何歳でその発言してますの!?」


「永遠の10しゃい!」


「はぁあああああ〜!?」


「10しゃいったら10しゃい!」


「おビンタしますわよ!」


 イノセント仮面とゼノフィリアの戦いはさらに激しさを増し始めた。光が交差し、血肉が吹き乱れ、ゴリラが胸をドンドコ叩き、イノセント仮面が無差別広範囲攻撃を放ち、信者達は盛大に巻き込まれて喜んだ。四肢がちぎれ飛んだ信者達をゼノフィリアが慌てて治療する。おまけでマリアの目が治る。信者達がイノセント仮面に感謝する。ゼノフィリアが不満を口にする。ゴリラがゼノフィリアを慰める。ついでに口説く。ゼノフィリアが丁重にお断りする。イノセント仮面の催眠光線がゼノフィリアを洗脳する。当然じゃない、わたくし達は恋人同士ですもの、する。回復能力ですぐに正気に戻る。その隙を突いて、溶けかけたレッドとイエローをゴリラが救出する。血の海から高水圧のレーザーカッターがイノセント仮面を狙う。イノセント仮面が残像を描く高機動で回避する。レーザーカッターが何百本も放たれる。イノセントブラックホールがその全ての軌道を捻じ曲げ吸い込む。ついでに吸い込まれかけたマリアを、ゼノフィリア達が数珠繋ぎに抱き止めて救出する。イノセント仮面がボケる。ゼノフィリアがツッコむ。地の底から這い上がってきた魔女狩り部隊を、ゴリラが下格闘で再び奈落に叩き込む。増殖したゼノフィリアが合体して巨人化する。イノセント仮面が巨大ゴリラを召喚して怪獣大戦争が起こる。巨人ゼノフィリアから大量の巨大触手が飛び出してゴリラを拘束し触手攻めする。弱ったゴリラにクレヨンバナナが突き刺さり中身をゴリラに直接打ち込んで、ドーピングによる第二形態への変身が行われる。巨大ゴリラが巨人ゼノフィリアもろとも自爆する。【竜の火】が敵対者を焼き尽くして空へと昇る。世界を塗り潰す白き光に、誰もがしばらく目を覆った。


「凄いね、あなた。あの【パレード】を取り込んでおきながら、心が壊れることなく能力が使えてる」


 それでも状況はイノセント仮面の不利に思われた。一滴でも血を浴びたら敗北必死の彼女に対して、すでにゼノフィリアは予備の自分を何百体も安全圏へ逃している。現実的に考えて殲滅は不可能である。


「ええ、彼とはきちんとお話をしましたの。彼はわたくしを応援し、この不死の能力を譲って下さりましたわ」


 イノセントが攻撃の手を止めると、ゼノフィリアも攻撃の手を止めた。ようやく理性的な話し合いができる嬉しさを声に滲ませつつ、ゼノフィリアはイノセントの賞賛に答える。


「ゼノフォビアともお話したの?」


「残念ですが、その方は最後までわたくしのお話に耳を傾けてはくれませんでした。そのうちに何故かだんだん小さくなって消えてしまいましたわ」


「という事は、あなたを取り込んだゼノフォビアが逆にあなたに精神を侵蝕されたのね。吸収系能力者でも珍しい敗因だね。……うん、やっぱり凄いよ。その精神力も何かの能力?」


「いいえ、彼に食べられる前のわたくしは正真正銘の一般人でしたわ。神に誓って、何らかの能力を持っていたわけではございません」


「そっか。じゃあ私と同じかな。運が悪かったから、変なのに目をつけられたんだね」


「あら、そうでしたの。ですがわたくしは自らの意思でゼノフォビアさんにこの身を捧げましてよ。わたくしという器と彼の自由を交換条件に、父の殺害をお願いしましたの。最初は本当にそれだけでしたのよ?」


「なら今は違うの?」


「お恥ずかしい話ですが、力を手に入れてしまった今となっては欲が出てきましたわね。もっと、もっとと、力を欲してやみませんわ。これではまだまだわたくしの新たな夢へは届きませんの」


「……ねえ。どうしてあなたはそんなに強くなりたいの?」


 イノセント仮面がスカートの端をギュッと握った。


「強くなっても……嫌なことの方が多かったよ」


 誰もが空気の変化を感じた。

 あれほどお祭り騒ぎをしていた信者達やゴリラ達も、水を打ったように静まり返った。イノセント仮面は黙してそれ以上自分の事を語らず、しばしの気まずい沈黙が訪れた。イノセント仮面の様子を戦意喪失と受け取ったか、ゼノフィリアに余裕の微笑みが戻る。


「イノセント様のお力を受け継いだあなたの苦労、お察し致しますわ。その上でお答え致します。わたくしが力を求める理由は、『全人類の幸福のため』ですわ」


「ふーん。どんなに強くなって世界征服しても、私はそんなの無理だと思うな。悪人どころか善人だって他人を不幸にするし、他人の幸せそのものを不幸だと受け取っちゃう人も居る。この世に存在するリソースには限りがあって、誰かが幸福になれば必ず誰かが不幸になるゼロサムゲームだよ」


「あら嬉しいですわ! そうした反対意見をお持ちという事は、あなたも一度は全人類の幸福に思いを馳せましたのね! では是非ともわたくしのアイデアを聞いて頂きたいですわ! ささ、どうぞこちらにおかけになって!」


「……ここで聞くよ」


 ゼノフィリアは嬉々として椅子を持ち出したが、イノセント仮面は騙し討ちを警戒してか地上へは降りなかった。


「では始めますわね!」


 それに対してゼノフィリアは気分を害する様子も無く、自分自身を積み上げた五段重ねのピラミッドを意気揚々と生み出した。


「まず幸福の定義からご説明させて頂きますわね。幸福にも様々な形がありますが、わたくしは個々人の欲求が満たされた状態が幸福であると定義します。そしてその欲求は大きく分類して五つの段階に分けられるという説がありますの。人は最下層の欲求が満たされて幸福になると、さらなる幸福を求めて次の階層の欲求を満たしたくなる、という法則ですわ」


「それくらい知ってるよ。何とかの欲求五段階説だよね。下から順に、ご飯とか寝るとかの生きる為に必要な生物的欲求。次は安心や安泰とか未来への保障である安全欲求。その次が自分自身を愛し他人からも愛されたいという求愛欲求。その次は何かで一番になりたいとか王様になりたいとかいう戴冠欲求。そしてピラミッドの一番上は……何だったかな。忘れちゃった」


「自己実現欲求、ですわ。でもでもここまでお詳しいなんて、あなた勉強家ですわね! 素晴らしいですわ! 素敵ですわ!」


 ゼノフィリア達が大歓声を上げて万雷の拍手喝采を送った。イノセント仮面はにこりともしない。


「もちろんわたくしの最終目標はこれらの五段階全てを全人類の皆様にお届けすることですが、それが即刻叶うとは思っておりません。つきましては、差し当たり三段階までの幸福を全人類へ提供したいと思っておりますの」


「提供って、だからそのリソースはどこから……あ、まさか、もしかして……」


 イノセント仮面が何かに気付き、お面の下で胡乱気に眉をひそめた。


「あなた本気? いいえ、あなた……正気?」


「ああ! 気付いて下さいましたのね! わたくしと同じ道が見えるなんて、本当に素敵ですわ! 最初は変な人だと思いましたけれど、流石はイノセント様の後継者ですわね!」


 ゼノフィリア達が続々と信者達の側に集い始めた。怯えられても攻撃されても罵られても嫌がられても彼女達は何もせず、ただ幸福そうな微笑みを浮かべて信者達へ寄り添う。そのヒントに促されて、イノセント仮面の推測は確信へと変わった。


「全人類に自分を配布する気なのね、あなた」


「大! 正! 解! ですわ!」


 ゼノフィリア達が再び拍手喝采をイノセント仮面に送る。中には感極まって泣いている個体も居た。


「そう! リソースを無限に生み出せる【パレード】の能力があれば、わたくしはあらゆる恵みを人々に与えられますの! わたくしが労働し、わたくしが建築し、わたくしが食料となり、わたくしが外敵と戦い、わたくしが恋人となり、わたくしが知恵と力の限りを尽くして人類の皆様方一人一人に幸福を与えます! これがわたくしにとっての幸福第一階層! 自己実現の欲求! この世に生を受けた意義ですわ!」


「ふーん。もし実現できたら凄いね。自由が無いとかディストピアになるとか幸福は自分自身の手で掴まないといけないんだとか反対意見は出てくるかもしれないけれど、私は今の社会よりはずっと良いと思うよ」


「なら是非ともわたくしと「でも知ってる? かつてあなたと同じように人類を愛し、人類を外敵から守り、人類を飼っていた種族が存在したの。竜っていう種族なんだけどね。それも9年前に最後の一匹が死んで絶滅しちゃった。分かるかな。どんなに強くても衰退と倦怠には勝てないの」


 興奮気味に話すゼノフィリアに対し、イノセント仮面は淡々と反論した。


「素晴らしい指摘ですわ! わたくしという一個体による管理では経年劣化によるリスクが発生すると仰せですのね! その対策はもちろん熟考いたしますが、他にも至らぬ点がありましたらどうぞ遠慮なく仰って下さいまし!」


「他にもまあ色々あるけど……いきなり全人類とは言わず、まずは居住者を募集して実験的な自治区を作ってみることから始めてみたらどうかな。最低でも千年間、国家として運営ができたなら規模を拡大する価値はあると思うよ」


「ああ素晴らしいですわ! まさか改善案まで出して頂けるなんて……! わたくし、あなたがどんどん好きになってしまいます! どうか……どうかわたくしと共に、全人類の幸福を目指しては頂けませんか!」


「ごめんね。悪いけどその手は取れないの」


 迷うそぶりすら見せず、イノセント仮面は即答した。ゼノフィリアが空へ差し出した手が虚しく萎れる。


「あなたの夢は立派だと思うし、それなりに興味もあるよ。でも、自分の夢の為なら仲間さえ殺すあなたをどうしても信用できないの。それに何よりも……あなたの手を取る資格なんて、私には無いから……」


「そうですか……わたくしの不徳の致す所ですわね……。あえて反論は致しません。ただただ、残念ですわ。実に、残念ですわ……」


 ゼノフィリアはがっくりと肩を落とした。


「こんな卑劣な手に頼らなくてはならないなんて、本当に残念ですわ」


 血の触手がイノセント仮面を縛り上げた。信者達が悲鳴を上げる。イノセント仮面の背後からゼノフィリアの顔が覗き込んだ。


「交渉決裂につき、不意打ち失礼しますわ」


 ゼノフィリアが保護色を解除すると、闇色に偽装していた彼女の全身が露わになった。音も無く飛ぶフクロウの翼を持つ、異形の人類愛好者の姿が。


「これで決着ですわね」


 血に濡れた触手がイノセント仮面の四肢を這い回り、その手から魔法クレヨンを優しく絡め取った。


「うん、そうだね。私は負けたね」


 唯一の武器を奪われ身動きを封じられたにも関わらず、イノセント仮面は声色一つ変えなかった。急にしおらしくなったかと思えば、どこか他人事のように敗北を認めたその態度が、ゼノフィリアに一抹の違和感を覚えさせる。


「これは脅迫ではなく、お願いなのですが……どうか考え直しては頂けませんか? わたくし、目的の為なら手段は選びませんが、やはりあなたは殺したくありませんの」


「そうなんだ、優しいね。でも気にしなくていいよ。目的の為なら手段を選ばないのはお互い様だから」


 イノセント仮面の全身が滲んだ。


「あらっ!?」


 驚愕に目を見開くゼノフィリア。

 解像度を急激に下げたようにイノセント仮面の細部がぼやけ、色彩が単調になっていく。


「魔杖で描いた偽物……!? いったいいつから……!」


「偽物か本物かで言えば、この私は偽物の偽物になるわ。でも強さは本物とそう変わりないし、思考も本物を反映しているつもりよ。仮に本物があなたと会話していても同じ内容になったと思うわ。それに、その能力を持つあなたが本物と偽物を区別するのはナンセンスではないかしら」


「なら今まで出していたゴリラは、わざとクオリティを落としてましたの!? わたくしの油断を誘う為に!? 本物はどこですの! 見当たりませんが、まさかお逃げになりまして!?」


「そう怖がらなくても大丈夫よ。別に不意打ちする気も無いし、本物がどこかに逃げもしないわ。ただほんのちょっとだけ、あなたとお話する時間が欲しかったの。あなたの言う戦いのマナーを少しは守れていたら嬉しいわ」


 ただの色彩に物理的な拘束は意味を成さない。イノセント仮面は血の枷をするりと抜けて、ゼノフィリアの目を真っ向から見つめた。


「あなたの事はそれなりに理解できたと思うけれど、結論はさっき話した通りよ。……ごめんなさい。あなたは悪人と呼ぶより度を越した善人だから、見逃すにはあまりにも危険過ぎるわ」


 急激に解像度が低下したものはイノセント仮面だけではなかった。ゴリラも、信者達も、草も木も瓦礫も火も大地も月も空も星々もゼノフィリア達も、目に映る世界の全てがクレヨン画へ変わっていく。


「視覚異常……? いえ、治癒能力を用いても治らないなんて……これは、何ですの……? あなた、いったいわたくしに何をしましたの……!」


「大丈夫、あなたの可能性を消したりはしないわ。しばらくの間、幸せな夢を見てもらうだけよ」


 動揺するゼノフィリアの手をイノセント仮面が優しく握った。イノセント仮面の勝利である。


「おやすみなさい、ゼノフィリア。全人類の幸福を夢見たあなたの幸せを、私だけは祈ってあげる」







挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)



挿絵(By みてみん)

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