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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【クレアがバカになる話】
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第7話。生存戦略

 誰か助けて下さい。


 ここに悪魔がいます。


 悪魔は私を使って、とても理解できない恐ろしい事をするつもりです。


 悪魔に手を出した私が愚かでした。


 悪魔の力は、わたしの想像をはるかに超えていました。


 こんなバケモノがいるなんて、思いもしなかったです。


 殺したはずなのに、死にません。


 もう死んでいるので、殺せません。


 だからわたしのからだは、悪魔にすべてとられました。


 わたしのわたしも、どんどんきえていきます。


 しにたくないです。


 しにたくないです。


 しにた










 平和的で活気に満ちていた異教徒の祭宴は今や、破壊不可能な銀の壁に囲まれた狩場と成り果てていた。


 逃げ回る数百名の信者に対して、魔女狩り部隊が投入したサイバー騎士は40名。彼らは数の差を苦ともせずに暴力的な身体能力で信者達を次々に捕らえ、その足を業務的に淡々とへし折る。

 今もまた一人の信者が両膝を逆方向に折り曲げられて、身の毛もよだつ絶叫を上げた。魂を捩じ切られるような苦痛に満ちたその叫びが仲間達の恐怖心を掻き立てる。少しでも遠くへ。少しでも安全な場所へ。もはや逃げ場など無いと悟りつつも、信者達は一抹の奇跡を諦めきれず、出口を探して押し合いへし合い必死で駆け回った。


「ザーコ、ザーコ。よわよわメンタル〜。オトナのくせにすぐ降参しちゃう情けなーい負け犬〜。はーい、屈服までごーお、よーん、さーん、にーい……いーち……いーちぃ…………? ふふふっ……ゼロッ!」


 しかし教団壊滅も時間の問題だと思われたこの状況は、パラフィリアピンクの催眠によって転機を迎える。


「なんで!? なんで私の体、なんで!?」「うわああああ止まってくれええええ!」「やめろーっ! やめてくれーっ!」「ごめんなさい許してーっ!」


 十数人の信者達が言葉とは裏腹に、四人組の騎士達へ果敢に立ち向かった。


「報告! 異教徒の抵抗を確認! 排除許可を!」「殺害は禁止されている! 手足を折って無力化せよ!」「しかし、こいつら……!」


 騎士達の困惑も無理はない。ピンクに操られた信者達は殴られようが手足を折られようが決して怯まず、尋常ではない膂力で騎士達にしがみ付く。騎士達にとって彼らの殺害は容易いが命令上そうはいかない。


「貴様ら! 泣くか逃げるか謝るか戦うかどれか一つにしろ! こっちも困るだろうが!」


 そして、信者達が見せた突然の豹変に不意を突かれた四人の騎士達は、敵への対処に悩んでいる間に致命的な隙を晒してしまった。


「ザーコザーコ、ザコナイト〜」


 彼らの耳にピンクの囁き声が響く。

 魔女狩り部隊残存戦力、残り36+1名。






「報告。ドーム状の不審な施設を発見」


 閑散としたメインステージ前には奇妙な建築物が出現していた。


「直径はおおよそ4m。材質は石に見えます。換気口らしき小穴が複数空いていますが、出入り口は視認できません」


 ドームの内部には三名の人物が隠れていた。心停止状態のレッド。彼女の蘇生を試み続けるイエロー。魔法クレヨンと共に束縛されたままのマリア。

 レッドの胸からは人の致死量を遥かに超えた血液が今なお溢れ続けており、ドームの底面を血溜まりで満たしている。


「また、対象を中心として粘着性を持つ緑色の液体が染み出しており、周囲10m程に渡って浅い水溜まりを作っています」


 騎士の一人はその水溜まりに足を踏み入れていた。彼が片足を軽く上げると、ゲル状の液体が名残惜しそうに足の裏から糸を引く。


「……了解。施設の破壊を試みます」


 騎士は杭打ち用の木槌を手に、ネチャネチャと足音を立ててドームへと歩み寄った。


 もしかするとこのドームの内部には地下へと続く通路が隠されており、追手を足止めする為に毒液を撒いたのではないか。


 その懸念を確かめるべく、騎士は木槌を大きく振りかぶる。


「ん?」


 しかし彼を見守りつつ周囲を警戒していた騎士の一人が違和感に気付いた。粘り気のある水溜りの表面が僅かに波打っている。先程までそんな様子は見られなかったはずだが……。

 彼は咄嗟に自分の足元を確認した。


「あっ」


 緑の沼が、自分と仲間達の足を浸していた。


 ドポポォン。緑の飛沫が跳ねる。

 魔女狩り部隊残存戦力、残り32+1名。






「ほほう、やはり居るのぅ。魔術師か魔法使いか」


 白髭を撫でて好々爺然と笑う痩せ身の老人が居た。艶のある漆黒の僧衣を着ており、木製の車椅子に腰掛けている。彼の周囲は8名の騎士によって固められていた。


「報告!」


 そのうちの一人が直立不動の姿勢を取り、老人の隣で声を張り上げる。


「集団的抵抗を続けていた異教徒を制圧完了しました! うち死者はゼロ名です!」


「うむうむ。殺しだけはやるでないぞ。こちらの損害はどうじゃ?」


「確認した限り現時点での損害は8名! うち4名は報告にあった緑の沼に腰まで浸かり行動不能となっている模様! 残り4名は倒れており意識不明の模様! こちらからの呼びかけには反応せず外傷も見当たりません! 戦闘記録を確認しますか!」


「ならん。決して観るでないぞ。それが賊の狙いじゃ」


 深い皺を刻む笑顔の奥で、未だ色褪せぬ闘争への歓喜が光る。老いか病に命を奪われる前に、一人でも多くの強者を打ち負かす血湧き肉躍る戦いがしたい。それだけが、先の見えた余生にこの老人が抱く唯一の望みだった。


「負傷者にも近付かず、遠巻きに監視するのじゃぞ。怪我も無く倒れたとあれば、心をやられたに違いあるまい。いつの時代も精神攻撃は厄介じゃて。目や耳からスルリと入って悪さをしよる。かく言う儂も人の事は言えんがのぅ。ふおっほっほ」


「了解しました!」


「他の兵も呼び戻すがよいぞ。もう十分に働いてくれたわい。これ以上痛い目を見る必要もあるまいて。後は年寄りに任せて、怪我人の手当てでもするがよい」


「了解しました! ギル爺様にご武運を!」


「ふぉふぉ、運に頼るようでは長生きできぬぞ」


 老人は車椅子から立ち上がった。彼の背後に聳え立つ巨大十字架から銀色の魚群が飛び立ち、轟々と渦を成して老人の胸元に結集していく。


「こうも簡単に釣られよるとは、あえて分散させた甲斐があったわい。なにせ悪事を働いてくれねば、公正に罪を裁けぬからの」


 凝縮した銀の魚群は、宙に浮く一冊の分厚い本へと形態を変えた。本はひとりでに開き、勢いよくバラララとページをめくる。やがて本は特定のページへ辿り着くと、その動きをピタリと止めた。そこには未知の文字が刻まれており、老人は慈しむように痩せこけた手を本にかざした。


「天が定めし法の下に万人は平等である。神の子らよ、罪を犯すなかれ。罪を犯した子よ、償いを持って報いるべし。今宵あらゆる罪は公正に裁かれる。罰こそ神の愛と知れ」


 彼の声は山々に響き渡り、その側には分散していた兵が続々と集まってくる。


「第一の罪は聖務執行妨害である。被告は出廷せよ」


 老人の名は【断罪のギルバード】。老い衰えてなお、聖典派が絶対の信頼を寄せる法の番人。竜と魔法使いが殺し合う激動の時代を生き永らえた古強者である。

 その首を彼の部下が切り落とした。


 魔女狩り部隊残存戦力、残り28名。





「……ガハッ!? ゴボッ……カハアッ!?」


 レッドが目を大きく見開いて口から血の塊を吐き出した。しかしどれだけ目に力を込めても映る世界は暗闇ばかりで、身体は重く動かない。


「れっろくん!? りょかっらぁ! ひきかえったんらねっ!」


 レッドの顔のすぐ前でイエローの声がした。身体が重いのは彼女が自分にのしかかっているからのようだ。しかしどうも彼女の発音がおかしい。


「お前……口、どうした……」


「てへへ……もっろひをらすために、ひた、ふぁみひったの。よかっ、らぁ」


 イエローが微笑む気配があった。レッドは察する。イエローは自分を助ける為に舌を噛み切ったのだ。貫かれた心臓すら治す異常な治癒力をもたらす彼女の血が、自分を生かしている。


「悪りぃ……助かった……」


「ひーよ、おれひなんて。ぼくたひ、なかまらもんね」


「この借りは必ず返す……。んで、あれからどうなった? 目がまだ見えねぇ……」


「れっろくんの、めはらいじょうぶらよ。まっひゅらなのは、ぐりーんちゃんがぼくたひを……んっ……庇うために、髪の毛で作ったお家を石化させて隠してくれたからだよ。外の様子はボクにも分からないかなぁ」


「そうか……じゃあとりあえず、こっから出ようぜ。どいてくれ」


「うん。でも派手に壊さないでほしいかな。捕まえた教祖さんもこの中に居るから」


「ああ」


 ドーム状の石壁を赤い槍が内側から貫いた。槍はすぐに内側に引っ込み、開けた穴の隣りを再び穿つ。それを何度か繰り返すとガラガラと壁が崩れ、ようやく人一人が通れる程の穴が開いた。


「わあ、ホントに手加減してくれたんだね! ありがとう!」


 晴れやかな笑顔で穴から出てきたイエローとは対照的に、後に続くレッドの面持ちは暗かった。


「……まあな」


 全力だった。血液を操る自分の力を全身全霊で行使して、石の壁一つ壊すのが精一杯だった。指一本触れずに何百人もの体内血液を遠隔操作し、自由自在に水圧をかけて圧倒的な破壊力を見せたかつての力はどこにも無く、もはや色褪せた残滓しか残っていなかった。


「んで、あいつらはこんな浅い水溜まりで何やってやがんだ」


 水深10センチにも満たない沼の端では、下半身がドップリと沼に沈み込んだ騎士達が悪態をついてもがいていた。


「くそっ! 下半身の感覚が!」「なんだこれは! スライムか!?」「聞いた事があります! もしやこれが感覚遮断落とし穴では!?」「なんだそれは!? この下はどうなっている!?」「そっ、それは、その……極めて冒涜的な事態に陥っているかと!」「具体的に言え馬鹿者!」「……触手でエロエロであります!」「何だとぉ!?」「し、しかも落とし穴からやっと出れたと思ったら、蓄積された快楽が一気に押し寄せて絶頂廃人化するパターンも……」「馬鹿者ーッ!」


 騎士達が醜態を晒すその一方で、彼らを愛おしそうに眺めている少女が居た。彼らを捕らえたこの罠の制作者、グリーンである。


「あら? あらあらあらあら?」


 彼女はドームを壊して出てきたレッドとイエローに気付くと、驚きに開いた口元を手で隠した。


「驚きましたわ。心臓を貫かれておりましたのに、まさか本当に蘇生しましたの?」


 マジカル☆パラフィリア残存戦力、残り5名。






 ブルーとピンクは、ある理由から一軒の民家に身を潜めていた。教団村の責任者、アマンダの自宅である。


「繰り返しますが、逃走路を確保しても魔女狩り部隊を無力化しない限り離脱は不可能です。最優先で敵魔法使いを殺害しましょう」


 兵を分散させた魔女狩り部隊の動きにブルーは勝機を見出していた。敵は完全に油断しておりこちらの存在に気付いていない。そんな相手が奇襲を受けて兵に損害が出たならば次はどうするか。その先までブルーは計算していた。


「想定通り、敵は各個撃破を避ける為に兵を集結させました。私の合図で魔法使いを仕留めて下さい」


 ブルーは眼鏡を外していた。能力の副産物として生まれた透視能力が、彼我の障害物を無視して駒の動きを捉えている。彼女が狙うは銀の書を撫でる老魔法使いの首。彼が兵を手元に集めるこの瞬間だった。


「オッケーよ、こっちからも見えてるわ。あの偉そうなジジイね」


 傀儡の目を通じてピンクも老人を目視していた。彼女は自分の囁き声を聞かせた者と五感を共有し支配できる。数十人も同時に操作すると流石に精度が落ちるが、数人程度ならば極めて自然な動作も可能だった。

 催眠ピンクとは名乗ってはいるものの、彼女の能力が催眠術や洗脳に分類されるかどうかはブルーにとって大いに疑問だった。


「レッドなんて居なくても、あたし一人で十分だって提督に思い知らせてやるんだから」


 ピンクが催眠に成功した兵は8名。そのうち4名は昏倒を装って敵の注意を分かりやすく引きつける囮役。そして残り4名は、操られている素振りを見せずに信者狩りを続けている本命の駒である。


 潜伏させていたその駒が今、魔法使いの背後を取った。


「標的まで5m圏内! 今です!」


「やっちゃえ可愛いワンちゃん達!」


 ピンクが景気付けに指笛を吹いた。傀儡兵の意識はそのままに身体だけが動く。彼らの目が老人の無防備な横顔を捉え、その手は勝手に剣を抜く。やめてくれ! その声が口から漏れる事はなく、足が力強く大地を蹴った。誰か止めてくれ! 傀儡兵の目に涙が滲む。数メートルの距離が瞬く間に縮まっていく。車椅子を押していた騎士と報告役の騎士が傀儡兵の異変に気付いた。しかし彼らが何らかのリアクションを起こす前に、2名の傀儡兵が両者に飛びかかり道を開く。傀儡兵が老人に肉薄する。老人は手元に開いた銀の本に意識を集中していて傀儡兵に気付いていない。頼む! やめてくれ! 傀儡兵の懇願も虚しく、彼の剣は老人の首を刎ねた。


「やりましたねピンク! 大勝利です!」


 仲間と勝利の喜びを分かち合うべく、ブルーは興奮気味に相方を振り返った。その顔にパシャッと血飛沫がかかる。


「ピン、ク……?」


 真っ赤に滲む視界の中。頭部を失ったピンクが首の断面からビュウビュウと鮮血を噴いていた。

 マジカル☆パラフィリア残存戦力、残り4名。






 かつてある研究者が言った。

 魔法使いは世界の理の外に生を受けている。彼らは原理に縛られない。時間も空間も物理法則も、彼らを閉じ込める鳥籠には成り得ないだろう。


「いかんのう、実にいかん。殺人は重罪じゃぞ。命を奪った罪を償うには、己の命を譲り渡すしかあるまいのう」


 老魔法使いは穏やかな笑みを崩さず、今しがた切り落とされたはずの自分の首を撫でた。彼の手元には出廷したピンクの頭部が浮いている。


「おお、被告はこんな娘さんじゃったか。何とも可哀想にのう。自業自得とは言えども、まだ若いのにこんな哀れな姿になってしもうて……」


 まるで孫でも撫でるように、老魔法使いはシワだらけの手でピンクの頭をよしよしと撫でた。


「しかしお主の罪はまだ残っておる。このままでは極楽には行けぬぞ。儂らの聖務を妨害した罪は、儂らに協力してようやく償えると思わんかのう?」


「はい……」


 虚ろな目をした少女の頭部が答えた。彼女は肺が無くとも言葉を吐かされ、生物学的な死を迎えていても安らぎは許されない。その魂は自由意志と共に老魔法使いの手の中にある。


「申し訳ありません! 油断したつもりは無かったのですが、むざむざと敵の手にかかりギル爺様に刃を向けてしまいました……!」


 今しがた老魔法使いの首を刎ねた兵が頭を下げた。操られていた残り3名も慌てて彼の隣に並び、彼に倣って頭を下げる。老魔法使いは破顔した。


「よいよい、お主らは無罪じゃて。敵に操られておったお主らも辛かったろうに。すまぬなぁ、儂が頼りないばかりに、お主らにはいつも苦労をかけるのぅ」


「いっ、いえ! 勿体無いお言葉です!」


 雨降って地固まる魔女狩り部隊の様子をそれ以上見ようとはせず、ブルーはピンクの胴体をその場に放置したままに民家を飛び出した。仲間の血を浴びたその顔は青ざめ、もはや隠しようもない焦燥感が痛々しく貼り付いていた。彼女はギシリと歯を食いしばる。


「まだだ、まだやれる……! 逃げ道は見つけた……! 次のプランなら、きっと……!」


 足元もおぼつかない様子でありながら、一抹の希望を手放すまいと仲間を目指し駆け出すブルー。

 その背をクレア一行が物陰から胡乱げに見送る。


「血塗れのブルーだけ出て行っただと? 一緒に入ったピンクはどうなった?」


 騎士達から逃げ回るうちに先を越されてしまったが、彼女達の目的地もアマンダの家だった。この村は外に繋がる地下洞窟の上に作られており、アマンダの家にはその洞窟へと繋がる秘密の縦穴が床下に隠されている。だからこそ透視能力を持つブルーもこの家を真っ先に押さえていた。


「アマンダさん、逃げ道を教えてくれてありがとうごさいます」


 ミサキがアマンダに頭を下げた。


「おばちゃんはね……この村を作ってもらった時にね、教祖様に強く言われたんだよ……。いつか必ずこういう日が来る。人は拷問に耐えられるほど強くはないから、その時が来るまで誰にも教えてはいけないって……」


 その教えを守り続け、アマンダは今日まで誰にも逃げ道の存在を教えていなかった。彼女はその手に託された物を今一度強く抱き締める。老婆が何も言わずにアマンダの手をそっと握った。


 大丈夫。村のみんなへの裏切りではないのよ。

 アマンダは彼女にそう言われた気がした。


「お姉さま、報告いたします……」


 偵察に出ていたナインがクレアの側に降り立った。しかしその顔色は暗く、悲壮感がありありと滲み出ている。


「ピンクに操られていたと思わしき兵が、老魔法使いの首を刎ねた瞬間を確かに目撃しました。しかし次の瞬間には老魔法使いの首が元の位置に戻り、代わりにピンクの生首が彼の手元に浮いていました。なお生首にはまだ意識が残っている様子です。お恥ずかしながら何が起きているのか私では……」


 言葉を濁すナイン。彼女は悟ってしまっていた。天才美少女暗殺者を自称していても、自分ではどうやってもあの老魔法使いを殺せない。ピンクが頭だけ呼び出されたように、逃げ切れる保証も無い。状況は絶望的であると。


「いいんだ。見たままを教えてくれるのが一番助かる」


 しかしクレアはナインの苦悩をよそに平然と希望を紡いだ。


「敵はカウンター系統の魔法使いだな。ダメージを無効化するのではなく、相手と自分の状態を入れ替えるタイプか。自分の死後でも発動可能な上に他者を操ってワンクッション挟んだ攻撃にも対応してくるとなると、事前に発動条件を設定しているんだろう。罪だの何だの言っていたから、勝手に決めた自分ルールの違反者に対してペナルティを与える感じだろうな。ならばそれを逆手に取ってルール違反を相手が満たすように嵌めるか、あるいは発動条件に抵触しない想定外の攻撃なら殺せる。変態戦隊ならブルーが相性良さそうだ。声をかけてみれば良かったかもな」


 まるで日常会話でもしているように淡々と言ってのけるクレアに対し、ナインは沸々と鳥肌を立てた。実際に見たナインですら敵の能力は理解不可能だったというのに、クレアは伝え聞いた情報だけで分析と対策を早くも練り始めている。


(やはりお姉さまは……)


 異常だ。


 クレアへの恋慕ゆえに決して口には出さないが、ナインはクレアをそう評せざるを得なかった。

 常識の及ばぬ理外の存在の理を暴く頭脳がではない。そうした理外の存在と明らかに戦い慣れている態度が、あまりにも異常に過ぎた。


(あの教祖が勿体ぶって話していた弱肉強食の原理は嘘だ。お姉さまがそれを証明している)


 知識と経験が重要だとクレアは言っていたが、その言葉通りに彼女は今まで何度も何度も規格外の敵と戦い経験を積んできたのだろう。魔法も特殊技能も持たない貧弱な戦闘能力で。


(そうか。お姉さまにとっては弱さすら戦略なんだ)


 今まで多くの命を奪ってきたナインは知っている。世の中は弱者が死に強者が生き残る仕組みになってはいない。むしろその真逆である。強ければ強いほど狙われる。多くの敵を作り、結果的に早死にする。少なくともこれまでナインに殺害依頼を出された標的達は皆、そうした社会的強者だった。


 弓兵のジレンマという笑い話がある。

 弓兵2人と素手の兵士1人が三つ巴で殺し合った時、弓兵は真っ先にお互いに撃ち合って死に、何もしていない素手の兵士が最終的に生き残るという話だ。

 戦場では弱い敵を狙う暇など無い。驚異度の高い敵から殺さねばならない。だからこそ最後まで狙われない素手の兵士が一番優れているといった与太話だが……それを実践している者が居るなどと、誰が信じるだろうか。


 凡庸な戦闘能力しか持たない者だからこそ、クレアはあらゆる死地で常に素手の兵士になれる。そしてクレアなら自分にとって都合が良い方の弓兵を勝たせる事も出来る。その恐ろしさをナインはようやく理解し始めていた。


「次は変態戦隊について確認したい。連中は登場時に自分の能力を含めて自己紹介していたが、あの中に嘘は混ざっていなかったか?」


 クレアの質問が、それまで思考を巡らせていたナインを現実に引き戻す。


「はい。その時には黒がありませんでした。彼らの能力については自己紹介の通りで間違いないかと思われます」


「すみませんナインさん。『その時には』とはどういう意味ですか? その後に誰かが嘘をついたという事ですか?」


 二人の会話にミサキが割り込んできた。ちなみにナインはミサキをクレアの腰巾着だと思っていたが、どうやらクレアにとっての精神的支柱であるらしいと最近は認識を改めつつある。


「そうです。大した情報でもありませんので捨て置きましたが、私がレッドを殺した際に一人だけ嘘のリアクションをしている者が居ました。仲間の死を嘆く振りをして内心では舌を出していたのでしょう。レッドはあの性格でしたから、仲間に嫌われていたとしても不自然ではありません」


「そうですか……たしかにそうかもしれませんね。ありがとうございます、ナインさん」


「いや待て。今の話はもう少し精査したい」


 そしてクレアの経験は、ナインが不要と切り捨てた取るに足らない情報に警鐘を鳴らした。


「連中の動揺を見る限りレッドは間違いなく奴らの主力だった。今から魔女狩り部隊と戦おうという時に、味方の主力が死んで喜んでいた奴が居たという話は無視できない。そいつは主力の死を鼻で笑える程の自信を持っていながら、仲間にすら自分の実力を隠している。……こういう奴が一番危険だ」


 クレア一行、残存戦力3名。

 マジカル☆パラフィリア、残存戦力4名。

 魔女狩り部隊、8名が戦線復帰につき残存戦力36+1名。






 ◼️◼️◼️◼️◼️◼️化、4名。

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