第3話。入信理由
シビライゼーションお疲れ様パーティーは、アクセルさんとエリーさんをお迎えに来たバリス卿様とゴート卿様の参加もあって深夜まで続きました。
泥酔したピュアルンさんの火吹き芸や、ナインさんの宴会用暗殺奥義、酔っ払ったクレア様主催の王様ゲーム、不幸な巡り合わせでファーストキスを山賊さんに奪われたアクセルさんなど、すっごく楽しいイベントがたくさんあって、私も涙が出るくらい笑いました。
その後はピュアルンさんが酔い潰れたのをきっかけにパーティーはお開きとなりましたが、バリス卿様が好意で教会の客室をお借しして下さいましたので、経費節約も兼ねて私達も教会にお泊まりする事にしました。
そして翌朝。
「ウギャアアアアアーッ!?」
ピュアルンさんの絶叫が教会中に響き渡りました。
「だだっ誰、誰だーっ!? あたし様を裸にして犬と布団に入れた畜生はーっ!? 本気でヤッちまったかと思っただろーっ!? つーかここどこ!?」
混乱した様子のピュアルンさんが、集会室で朝食を頂いている私達の前に全裸で飛び出してきました。
「ここは教会だ。そして犯人はあいつ」
主犯であるクレア様はパンをムシャムシャしながら、アクセルさんにしれっと罪を被せました。クレア様はこーゆーところがあります。
「こんクソガキャーッ! 人がギリギリショタ判定してやりゃ調子ブッコキやがってーっ!」
ピュアルンさんはこめかみに血管がビキビキに浮き出るほど大憤慨しています。
「ええー!? そりゃないっすよ! 寝起きドッキリするから野良犬捕まえてこいって言ったのはクレアパイセンじゃないっすか!?」
「ふーん、男のくせにセンパイ売るんだ。サイテー」
エリーさんは何故かちょっと不機嫌な様子です。
「つーか服! 服着てくださいよ!」
「るせー! 年上のお姉さんにしていいイタズラはエッチなイタズラだけだって身体に教えてやらーっ!」
「痛っ、痛たた! 離してくださいよ! あと服!」
ピュアルンさんはアクセルさんに掴みかかると、その勢いのまま耳を引っ張って外に連れ出して行っちゃいました。あの、えと、服は……。
「……はっ!? ちょっと! あんたら神聖な教会でいったいぜんたいナニする気!? そんなの許さないんだから!」
ピュアルンさんに拉致されたアクセルさんを追って、エリーさんも集会室を飛び出して行きました。
「いやー、青春だなー」
他人事のようにクレア様は感想を述べて、続きを食べ始めました。無料なのでクレア様はいつもよりたくさん食べている気がします。
「それでクレア卿、話の続きなのですが」
クレア様と向かい合って座るバリス卿様は、今の一連の事件を見なかった事にして話を戻すようです。
「正直にお聞かせ下さい。アクセルとエリーには冒険者としての見込みはありそうですか?」
「うーん、判断材料が無いから何とも言えないな。私はあの二人の動きを直接見ていない。【パレード】に乗り込んで生き延びたのは賞賛に値するが、それだけでは向き不向きを判断しようが無い。単に運が良かっただけかもしれないからな」
「では質問を変えましょう。冒険者にとって必要な素質とは何ですか?」
「もちろん生存能力だ。無一文でも生活出来るサバイバル能力と、最も生存確率の高い選択肢を選び取る判断能力。だがどちらにも知識と経験が必要なので、一朝一夕で身に付くものじゃない」
「やはり何事も堅実な下積みが大切なのですね。では相談なのですがクレア卿」
「あ、待った待った! 私にあいつらを預けるのは止めた方がいい!」
珍しく(?)慌てたように、クレア様はパタパタと手を振ってバリス卿様の機先を制しました。
「初心者に向いてない厄介な仕事しか回されないんだ、私は。良い意味でも悪い意味でも組合から目を付けられてしまっているからな。だから私と一緒に居ても基礎が身に付かない。むしろ変なのを見慣れて目が肥えてしまうせいで、普通の敵を舐めて負けるような三流になってしまうかもしれない」
「それは好ましくないですね、ははは」
バリス卿様は爽やかに笑うと、お水を飲んで一息つきました。
「……本当は、彼らには冒険者にも聖骸騎士にもなってもらいたくないのですよ。血生臭い戦いとはほど遠い、平穏で優しい人生を歩んでもらいたいのです」
「その気持ちは分かるが、高望みが過ぎるな。平穏な人生なんて幻想だ」
バリス卿様が切なそうに漏らした本音を、クレア様はバッサリと切り捨てました。
「人は生きている限り戦いからは逃れられない。農業をやれば自然との戦い、商いをやれば金との戦い、組織に入れば出世争いに派閥争いだ。私達とそれ以外の職種にさほど大きな違いは無い」
「ならばせめて自衛が出来るように剣を持たせるのも一考というわけですね」
「その通りだ。聖骸騎士の試験を受けられる年齢になるまで冒険者として腕を磨くという彼らの考えは、ちゃんと将来を見据えてのものだと私は思う」
わぁ……なんだか大人って感じの会話です。
「では問題は、彼らの師ですか」
「そうだな。怪物退治までは望まないが、せめて危なげ無く猛獣駆除や野盗排除といった傭兵業が出来る程度の強さの冒険者でも居ればいいんだが……現代冒険者の大半は黄金時代の残り香に毒された食い詰め者だからな……」
「お姉さま、食後のコーヒーです」
上からシュタッとナインさんが振ってきて、クレア様のテーブルにコーヒーを置きました。
「え? いいの? ありがとう」
「ありがたき幸せ!」
そしてナインさんはシュバッと上に跳んで戻って行きました。私はその動きを目で追おうとしましたが、すでに天井にはナインさんの影も形もありませんでした。
「おっ、これは美味いな。香りも良い。いやぁ〜……一度はこういう優雅なモーニングタイムを過ごしてみたいと思ってたんだ」
クレア様はコクコクと何度も頷きながら、満足そうにコーヒーを味わっています。
「ところで魔法少女イノセント「ブフーッ!?」
クレア様がコーヒーを派手に口から噴き出しました。「ゴホッ、ゴホーッ!?」そして思いっきり咽せます。クレア様の対面に座っていたせいで黒い飛沫を正面から浴びる形になったバリス卿様は……。
「大丈夫ですか?」
超人的な反射神経で回避に成功しており、飛沫一つ浴びずにテーブルの下から出てきました。
「ゴホッゴホッ! 大丈夫だが……何の、話だ……!」
「では続けますね。魔法少女イノセントを崇拝している教団があるのですが、ご存知ですか?」
「ゲホッ! ああ!? 教団ね、教団! ああ、知っ、でる! ゴホッ、ゴホッ……!」
「お姉さまを想って心を込めた私のコーヒーが……」
ナインさんの泣きそうな声がどこからか聞こえてきました。
「ごめん……! これはごめん……!」
クレア様はまだ咽せながらもナインさんに謝り、コップに僅かに残ったコーヒーを一息に飲み干しました。
「ちょっと溢してしまったけど、ちゃんと美味しかったぞ……! ゴホッ、ありがとう……!」
「お姉さまのそういうところ大好きー!」
「はいはい……」
ナインさんの歓喜の声を聞き流し、クレア様は口元を袖で拭いました。
「それで! ついに教会が本腰を上げて異端狩りをしてくれるんだな!?」
若干嬉しそうな言い方から察するに、クレア様は魔法少女教団が嫌いなようです。
「ええ。実はそう……なりそうなのです。私が確認した限り、彼らは危険な集団には見えませんでしたが……」
「よし! 私も協力しよう! やるぞー! 火を点けるぞー! 人間以外の全てを燃やし尽くしてやるぞー!」
妙なやる気を見せるクレア様。一方で私は雑巾を手に、クレア様が汚してしまった周囲をフキフキしています。
「いえ、私達がやるわけではないのです。たとえ異教徒でも実害が無い限りは穏便に済ませるのが私達の方針なのですが……実は昨日、ディーン国担当の魔女狩り部隊から上司を通して半ば脅迫めいた通達が届きまして」
「何? 魔女狩り部隊?」
クレア様が急にトーンダウンしました。私達は魔女狩り部隊のやり方を実際に見ているので、さすがに茶化すわけにはいきません。
「要約すると、『我々が行方を追っていた魔法少女教団の幹部が、お宝を隠し持って近日中にカルダニア山脈の教団拠点に来る。我々が手に入れるので邪魔をするな』といった内容でした」
「お宝とは?」
「イノセントが持っていたと言われる杖です。贋作も多く出回っていますが、魔女狩り部隊が出動するならば今回はまず間違いなく本物かと」
魔法少女イノセントの噂は、私も聞いた事があります。とても強い女の子の魔法使いで、各国を飛び回って悪い魔法使いをたくさんやっつけたそうです。
「ええ〜……そういえば本物の方のアレどうしたっけ……あの時その辺にポイしちゃった気がする……全然覚えてない……」
クレア様は何か知っている様子で、首を捻ってうんうんと悩み始めました。もしかして以前に偽物と本物を見た事があるのでしょうか。
「聖典派は人工的に魔法使いを作り出す研究を進めています」
「何だと」
「同様の研究を進めているのは教会だけではありません。すでに他国では人工魔法使いの作成に成功したという噂もあります。その技術とイノセントの杖を聖典派が手に入れてしまった場合、一人一人がイノセントの能力を持つ人工魔法使いの兵団が誕生してしまうかもしれません」
「人工魔法使い……の、兵団……?」
クレア様の顔から血の気がサーッと引きました。
「武力は政治力です。聖典派は主の御心を拡大解釈し、魔法使いや魔術師を積極的に引き入れて勢力を拡大しました。もし彼らがイノセントの力まで手に入れてしまえば、遅かれ早かれ教会の実権は彼らに握られるでしょう」
「つまり、え? あれが、世界中の、教会で……?」
「人の野心は天井知らずです。力を手にした聖典派が教会だけでは飽き足らず、各国の政府中枢にもその根を伸ばすのは目に見えています」
「じゃあ、このままだと世界中の、国で……あれが?」
キィ〜……。集会室のドアが軋みながら開きました。全員の視線が集まります。
「あたまいたい……きもち、わるい……」
現れたのはハスキちゃんです。真面目な話の途中でしたが、二日酔いでダウンしちゃっていたハスキちゃんがフラフラと集会室に入ってきました。
「大丈夫ですか? 無理しないで下さいね」
私は急いでハスキちゃんに駆け寄って、背中をさすりながら椅子に誘導しました。
「ハスキちゃん、今お水入れますね。ご飯食べられますか? 吐き気は大丈夫ですか?」
「むり……」
「じゃあお水だけ飲んでお休みしましょうか。吐きたくなったら無理せずゲーして下さいね」
私はハスキちゃんを椅子に座らせて、お水の入ったコップを差し出しました。ハスキちゃんはよっぽど辛いのか顔色は真っ白で、水面をピチャピチャと舌で舐めてお水を飲んでいます。ハスキちゃんにはしばらくお休みが必要かもしれません。
「私は教会の派閥争いに関わる気は無い」
「賢明な判断です」
クレア様とバリス卿様は続きを話し始めました。何やら思い悩む表情のクレア様とは対照的に、バリス卿様はにこやかな微笑みを崩しません。
「それに、技術革新におけるパワーバランスの偏りも、それに伴う世界の覇権がどうなろうとも知った事ではない」
「ええ、一個人で解決出来る問題はないでしょう」
「それと、魔女狩り部隊には知人を殺された恨みはあるが……教会を敵に回すわけにはいかない」
「同感です。聖典派はまだしも、私もクレア卿とだけは敵対したくありません」
「さらに、私はしばらく休むつもりだ。今すぐ仕事をする気は無い」
「無論です。私としても聖典派と話をつけた上の判断に従わなくてはなりませんから、クレア卿にこの件の解決を依頼する事は出来ません。どうぞごゆっくりお休みください」
「えっ、じゃあタダ働き……? それはともかく、そもそも魔法少女教団は邪教だ。弾圧されて滅ぶべきだ」
「そうかもしれませんね。私はそうは思いませんが」
「結論として、私が動く理由など何一つ無い」
「はい。私もクレア卿の判断が正しいと思います」
「お姉さま、もしよろしければ私がその杖を盗み出してきましょうか? 暗殺より容易い仕事です」
お二人の会話に、どこからかナインさんが声だけで割り込んできました。
「…………見返りは?」
クレア様はしばらく悩む様子を見せていましたが、ナインさんに依頼するのもアリだと考えたようです。
「お姉さまの身体を一晩だけ私の自由に「はい却下」
バターン! 集会室のドアが勢いよく開きました。全員の視線が集まります。
「痛いよぉ……どうして俺ばっかりこんな目に……」
「……フンッ!」
現れたのは先ほど出て行ったお二人です。半泣きで痛そうにお尻を押さえるアクセルさんと、眉をひそめ口をヘの字に曲げて不機嫌そうに腕組みしながら顔を真っ赤にしたエリーさんが帰ってきました。
「あの……何かあったんですか?」
「知らないっ!」
恐る恐るエリーさんに尋ねてみましたが、プイッとそっぽを向かれてしまいました。喧嘩したわけでもなさそうですが……二人は何だかよく分からない空気のまま仲良く並んで席に戻り、食べかけの朝食に戻りました。アクセルさんはグスグスと時折鼻をすすっています。
「えっと、じゃあ、ピュアルンさんは……?」
エリーさんは無言で窓の外を指差しました。気になったので窓から顔を出して外を探してみると、花壇の前でお布団にくるまり正座するピュアルンさんと、彼女を何やら叱っている様子のゴート卿様がいました。
「あの、あれって……?」
「男でしょ、あれくらいでメソメソしないの!」
振り返ってみると、エリーさんが自分の卵焼きの半分をアクセルさんの皿に素っ気なく乗っけていました。
本当に何があったんでしょうか……。
「……何故この話を、私にした。まさか私が忖度して無償で働くとでも?」
「めっそうもありません。これ以上クレア卿に貸しを作ってしまったら、私は一生を掛けても返済出来ずに破産してしまいますよ、ははは」
クレア様とバリス卿様のお話が再開しました。お話を聞く限りクレア様は動く気は無いようです。……少なくとも建前の上では。
「ならば何故?」
「この件に関して私は何も出来ません」
バリス卿様は首から下げた十字架のペンダントを手のひらに乗せて、少しだけ寂しそうに眺めました。
「ですが……あなたにこの話をする事で、本来なら死ぬ運命だった者達が何名も救われるような……そんな気がしたのです」
顔は全然似ていないのに、バリス卿様はソル卿様にそっくりな顔で微笑みました。
「この場に集い、何でもない日の同じ時を共に過ごせている……私達のように」




