第1話。潜入、魔法少女教団
魔法少女教団の朝は早い。
「マジカル! コミカル!」「クリティカル!」「コーケコッコー!」「マジカルコミカルー?」「クリティカル!」「マジカル! コミカル!」「コーケコッコー!」「クリティカール!」
時刻は早朝6時前。
まだ朝日は昇らず、空と雲が蒼みを帯び始めた頃。けたたましいニワトリの鳴き声に負けじと、村のあちらこちらから信者達の挨拶が飛び交い始めた。
彼らに倣って寝床から身を起こし窓を開けると、早朝特有の寒気が室内に流れ込んでくる。身震いしながら息を吸う。冷たく新鮮な空気が胸を満たす。まどろみに濁る身体が内側から洗浄されるような感覚を覚える。
ここは魔法少女教団の隠れ里。異教徒と蔑まされる彼らが人目を避けて、自給自足の集団生活を営むコミュニティの一つ。道無き山々に囲まれた山岳地帯。新たな神を求める者達の修行の地である。
「「「イチ! ニー! サンッ! シ! ニーニー! サン! シッ!」」」
朝の清掃活動が終われば、広場に村民全員が集まって謎の運動が始まる。全員といっても総人口は百人程度である。この村に子供や老人はおらず、20代から40代の男女半々でこのコミュニティは構成されている。
「「「イチ! ニー! サンッ! シ! ニーニー! サン! シッ!」」」
それにしても、これだけの人数が声を合わせて同じ動きをする光景は不気味だ。腰を捻ったり手足や背筋を伸ばしたりする行為には、何らかの宗教的意味があるのだろうか。信者の一人に話を伺ってみた。
《Q》神聖な儀式の最中をお邪魔して申し訳ありません。この運動にはどのような目的があるのですか?
「目的ですか? これはただの体操ですよ。毎朝全員でやる決まりになっています。健康に良いらしくて、肩こりや腰痛の改善にもなるそうです」
集団で体を動かすと腰痛が治るなどといった話は聞いた事が無い。どう考えても、幸運を呼ぶ壺と同類のインチキ教義だ。眉唾物の素人騙しもいいところだが、洗脳されている彼らにとっては真実なのだろう。あるいは集団で体を動かす一体感が、彼らに多幸感をもたらしているのかもしれない。
「では続いて、朝のお祈りでーす! さあ皆さん声を合わせてー!」
「「「トリック・バイ・トリート! トリック・バイ・トリート! 夢と正義の魔法少女イノセント様! 偉大なるあなたの愛は、私達が永遠に語り継ぎます! トリック・バイ・トリート! トリック・バイ・トリート!」」」
魔法少女イノセントとは、魔法使いの時代を終わらせたとも言われる最強の魔法使いにして、最悪の厄災だ。一説では当時大陸中に居た魔法使いの90%以上が彼女一人によって殺害され、多くの国家と魔術組織が壊滅的な被害を被ったと言われている。
イノセント本人はすでに死亡しているが、その圧倒的な力に魅せられた者は多い。中でもイノセントを神と崇めて本格的に信仰している者達が、この魔法少女教団だ。
「はーい! 皆さん、お疲れ様でしたー!」
「「「お疲れ様でしたー!」」」
毎朝恒例の儀式が終われば、この村の責任者が皆の前に立つ。彼女の名はアマンダ。一見して、どこの町にも居る食堂のおばちゃんといった風体だ。とても邪教の幹部には見えない。
しかし考えてみれば、いくら邪教とはいえそもそも女性が組織の幹部にまで出世できるはずがない。おそらく彼女は教会の摘発に備えた身代わりであって、本物の幹部は用心深く身分を隠しているのだろう。女性が人の上に立つなどあり得ない。常識だ。
「今日はなんと、新しい二人の仲間が私たちの家に来てくれましたー!」
彼らは自分たちのコミュニティを家と呼ぶ。
「ささ、二人ともこっち来てこっち!」
アマンダさんに手招きされて、それまで一連の儀式を見学していた二人の女性が彼女の隣に並んだ。一人は黒髪の少女。もう一人は顔色の悪い金髪の女性だ。
「はい、それじゃあね! 二人とも自己紹介してね! 大勢の前で話すのは緊張するかもしれないけど、そんな大したものじゃないさね! 自分の名前と将来の夢くらいでいいからね! んじゃあんたから!」
「自己紹介ですね、分かりました」
アマンダさんの勢いに促されて黒髪の少女が一歩前に出た。
「ミサキです。将来の夢は、立派な大人になる事です」
「あら〜! いいじゃないのあんた! ちなみに、立派っていうのはどういう大人だい?」
アマンダさんが朗らかに笑いながらミサキさんの背中をバンバンと叩いた。私の親戚にも全く同じ仕草をする元気なおばちゃんがいた事を思い出す。ミサキさんは緊張した様子もなく、嬉しそうに微笑んでいる。
「えっと……苦しんでいる人や、困っている人を助けられる大人になれたらいいな、って」
おお〜、と歓声が上がった。信者達が感動した様子でどよめき、パチパチと拍手が鳴る。
「今どき感心な娘さんだ!」「その気持ちを忘れないでね!」「応援するよ!」「イノセント様と同じ志を持つなんて、素晴らしいわ!」「この子ならもしかしたら適合するかもしれないぞ!」「すでに立派よあなた!」「イノセント様のように正義と慈愛の心に満ちた立派な人になってね!」「イノセント様が聞いたらきっと喜ぶぞ!」「トリック・バイ・トリート!」「トリック・バイ・トリート!」
「えへへ……」
信者達に口々に褒められて、ミサキさんは可愛らしく照れた微笑みを返した。
そうして盛り上がる場の様子を、もう一人の新参者である金髪の女性が、濁った虚ろな目でじっとりと睨み付けている。彼女は朗らかなミサキさんとは対照的だった。覇気が無く憔悴しきっており、顔には目立つ古傷まである。そして何故か短いロープを手にしていた。
私はピンときた。
間違いない、彼女は強姦被害者だ。私が過去に出会った強姦被害者の女性らと同じ目をしている。陵辱の限りを尽くされ、ボロ雑巾のように心身が擦り切れるまで嬲られ尽くされた者だけが見せる絶望の目だ。顔の傷もその時に抵抗して与えられたものに違いない。
私は彼女に強い同情を覚えた。ただでさえ彼女は背が高く胸も極端に貧相だ。さらに顔に傷が残る非処女の強姦経験者ともなれば、嫁の貰い手は未来永劫に居ないだろう。可哀想だが女性としての幸せは望むべくもない。ならば一抹の救いを求めて異教に縋るのも仕方のない話ではないだろうか。
「じゃあ次はあんたの番さね! ささ、大きい声でね! 自己紹介しようか!」
アマンダさんの声が響くと金髪の女性に注目が集まった。しかし彼女は俯いてしまい、ボソボソと小声で何かを呟くだけでよく聞き取れない。
「そっかそっか! 大勢の前で話すのは慣れてないんだねえあんた! でもせっかく勇気を出して前に立ってくれたんだから、あとちょっとだけ、もうひとつまみだけ声を出してみよっか! ね!」
アマンダさんに優しく肩を抱かれて、金髪の女性はこくんと頷いた。信者達が静まり返る。
「クレア…………です……」
相変わらず声は小さかったが、今度はかろうじて聞き取れた。その名前に一瞬警戒を覚えたが、どこにでもいるありふれた普通の名前だ。現れる先々で敵味方全員を地獄に引き摺り込むという噂の同業者とはさすがに別人だろう。噂自体も嘘臭いが、こんな今にも自殺しそうな冒険者が存在するはずがない。
「将来の……夢、は…………」
クレアさんは手にしたロープを自分の首にクルリと一周した。
まさか、何を。私は思わず叫び声をあげそうになり、反射的に自分の口を押さえた。
「今すぐ死んで、生まれてきた罪を償う事です……」
そして彼女はその一言を皮切りにロープの両端を引っ張って自分の首を勢いよく締めた。
「クレア様ー!?」
「あーっ!? ダメダメーッ!」
アマンダさんとミサキさんが素早くクレアさんの両手にしがみついた。彼女の首を絞めるロープが緩む。
「大丈夫だから! ここにはあんたを傷付ける奴なんていやしないから! みんな優しい人達だからね! 死ぬなんておよしよ! おばちゃんはあんたみたいな若くて可愛い子が死んじまったら悲しくて生きてらんないよ!」
アマンダさんは懸命な説得を続けながらクレアさんを抱きしめた。「死ぬなんてダメですーっ!」その間にミサキさんはクレアさんの手から引き剥がすようにしてロープを奪う。
「ダメ……そっか……そうだよね……輪っか作ってぶら下がらなきゃダメだよね……高いところと踏み台を探さなきゃ……。ちゃんとやらなくちゃ……ちゃんとやらなくちゃ……」
二人にクレアさんは自殺を仄めかす発言を続けていたものの、それ以上暴れる様子は見られない。一方で信者達は死を望むクレアさんを恐れる事も嫌悪する事もなく、ただただ沈痛な面持ちで見守っていた。
彼らが何を思うのか気になったので、近くに居た30代程の男性にインタビューを試みた。
《Q》今の騒動をご覧になられて、どう思われましたか?
「彼女を救わなくてはならないと、切実に思いました」
《Q》どうしてそのように考えられたのでしょうか。
「死を望む彼女の姿は、かつての私達と同じだからです」
《Q》それはどのような意味でしょうか。
「私達は皆、一度はこの世界に絶望した者達です。この世界の不条理さと残虐さに耐えられず、神を恨み世界を呪った者達です。そんな私達をイノセント様はお救い下さり、夢と希望を与えてくれました。その恩に報いるために、私達はクレアさんのように苦しみ絶望する方を救わなければなりません。それが私達の使命です」
ここは魔法少女教団カルダニア山脈支部。
神に救われなかった者達による、人の手による救いを目指すコミュニティ。社会に見捨てられた者達が、絶望の底から社会復帰を目指す再生の地である。
オマケの話
全12話です。