第10話。カルチャーショック
「ガチクズ三勇士を連れてきたよぉ」
「ガチクズ三勇士!?」
ワールドリウムの本格運用が始まってから三日後。
作戦【カウンターカルチャー】を成功させるべくピュアルンのフクロウと裏社会のコネを使って、比較的信用できるアウトローを無法都市ディセブデオンから呼び出してもらった。
「まずはこいつだぁ! 事件の背後に奴の影! 甘い声とマスクにご用心! 誰が呼んだか犯罪教唆王! 関与事件の合計懲役年数は脅威の2000年オーバー! 通称、ミレニアム・ハリー!」
「やあ、初めまして。こんな素敵なお嬢さん達と一緒にビジネスができるなんて、僕は幸せだなぁ」
「んん……」
一人目はうさんくさい笑顔のサイコパスくさい好青年。美男子だが絶対あとで裏切るタイプの顔だ。ワカメ髪だし目元のホクロがもう怪しい。アウトローというかアウトだな……。
「続いては夜の女王! 彼女と情熱の一夜を夢見て借金地獄に落ちた男は数知れず! 子供の喧嘩もマフィアの抗争も私の暇潰し! 全ての男は私を巡って殺し合え! 生まれながらのサークルクラッシャー、クイーン・ミランダ!」
「ハァーイ。ご機嫌いかがぁ?」
「んんんん……」
二人目は無駄にデカい胸を強調してくる露出の多い痴女。化粧が濃ゆくて香水も臭かった。……早くもツーアウトってところか。
「最後は究極の美食を求める料理人! 怪物も人間もこの世の生物は全て食材! 食うも地獄! 食われるも地獄! 同じ地獄なら食って死ね! 今日はお前がフルコース! 恐怖の殺人コック、ラブリー・キッチン!」
「お腹ペコリンで自分のイチモツを食べた奴の顔を見たことはありまちゅか? 最高に笑えまちゅよ」
「んんんんんん!」
三人目は豚の頭を被る巨漢の男。コック帽とエプロンを付け、両手に異常な大きさの肉切り包丁を持っている。背中には巨大な寸胴鍋を背負っていて、当たり前のように全身血塗れだった。
はいスリーアウト試合終了! スカウトマン投獄案件! いくら何でもライン越えだろ!
……と叫びたかったが、私はデリカシーを学んだ女。見た目と中身に捉われず、相手を理解する努力をしよう。
「えー……ラブリー・キッチン……氏? ちなみにどうして、そんな、ことを……?」
「愛でちゅ」
「そっかぁ、愛、かぁ〜……そっ、かぁ〜……。いやぁ〜、なんかすっごい人が来ちゃったなぁ……ははは……」
…………はい! 理解できない事を理解しました!!
「あの、これ……資料です。今後の作戦と、私達が調べて分かった事が、書いてあります……」
「ありがとう。ミサキちゃんはいい子だね」「どーうもぉ」
ミサキが引き気味に渡した資料を普通に受け取るサイコパスと痴女。……ん? なんであいつ教えてもいないミサキの名前を知ってるんだ? 不穏過ぎる……。
「ありがとうございまちゅ」
殺人鬼は異常に長く太い舌をベローリと伸ばして、渡された資料を順番にベロベロパラララと舌でめくった。
「ふみゅふみゅ、怪生物に運営者にプレイヤーでちゅか。珍味の予感がしまちゅね。村の中では攻撃したら駄目でも、外はいいんでちゅね。後ろから3ページ目からあちし達にやってほしい事リストが始まりまちゅが、あちしならもっと美味しく味付けできまちゅ」
「今の一瞬で読み終えたのか!?」
「目では情報が点でしか読み取れまちぇんが、舌なら面で読み取れまちゅ。文字の形だけでなく、使われているインクが何年前に作られたのかも分かりまちゅよ」
何言ってんのこの人……本当に人間か?
「とっ、とりあえず全員集合ー! 集まったら輪になって目を閉じて! 閉じたか? 閉じたな! それじゃあ聞くぞ! 人を殺した経験がある人は正直に手ぇー挙げてー!」
するとミサキ以外の全員が手を挙げた。ハスキ、ナイン、山賊男、ピュアルン、ガチクズ三勇士に、もちろん私。
《悲報》チーム・クレア、9人中8人が人殺し。
もーいいか! 正義とか良識とか今更どーでも!! 手段は選ばないって決めたし!! 最高のメンバーを紹介してくれてありがとうピュアルン!! でも友達は選べよ34歳!! お前が紹介する殺人鬼は二人目だぞバカヤロウ!! ヤケクソになるのってなんか結構楽しいなぁ!! チクショウ!!
「よし合格! ミサキ以外は全員目を開けていいぞ!」
「えっ? ええっ!? ふえええ!?」
目を閉じたままあたふたするミサキ。
「見ての通り私達は今からチームだ! 事前に伝えた通り、このワールドリウムを私達の悪徳で徹底的に汚してやろう! えいっ! えいっ! おーう!」
「「「えい! えい! おーう!」」」
「あっ、あのっ、クレア様!? なんか私だけ仲間外れになってませんか!?」
「いいんだ! 君はそのままでいてくれ! ホントマジでお願いだから!」
再調査で判明したプレイヤー達の特徴。
それは、異常なレベルの民度の高さだった。
彼らは常に助け合い、協力し、持つ者が持たざる者に分け与える。誰かが怪生物に襲われればすぐに他の誰かが助けに入るし、みすぼらしい身なりの者には皆が先を争うように武器や防具をプレゼントする。初心者には上級者が付き添う文化があるようだし、教会や店に入るのにも全員が綺麗な列を作ってお行儀良く並んでいた。彼らが順調にワールドリウムを発展させるおかげで、今や村落は城まで建つ城塞都市となっている。
彼らは私達にも友好的だった。怪生物が私達に近寄ると、頼んでもいないのに勝手に護衛してくれたし、変な草やら薬やら武器やらをくれた。彼らのおかげで私達はこうして都市の前まで無傷で来られたと言っても過言ではない。
そんな親切な彼らを、ラブリー・キッチンは早速殺して大鍋でグツグツ煮込んでいる。
「この味は天然物ではありまちぇんね。養殖の味でちゅ」
「ねえねえ、あたし様もちょっぴり味見していいかなぁ?」
「味付けがまだでちゅが、どうぞでちゅ」
「ありがとぉ。ズズッ……んん? 味する? これ」
「薄味でちゅが、ありまちゅ」
「さっすがに味までは運営者も設定してないかぁ」
プレイヤー鍋を囲んでナチュラルにカニバリズムる殺人鬼と魔女。異次元からの侵略者に立ち向かう勇士の姿か? これが……。
一方で殺されて幽霊になったプレイヤー達はといえば、目の前で煮込まれる自分の身体を呆然と眺めていた。なお彼らが落とした財産は、速攻でクイーン・ミランダが胸の谷間に回収している。くたばれ。
「しかし血も骨もモツも無いのは感心できまちぇんね。同じ部位だけじゃバリエーションが生まれまちぇん」
ラブリー・キッチンは、まな板の上に寝かせていたプレイヤーの死体に包丁を入れた。血も出ず内臓も無い彼らの体は、よくできた人形のようにしか見えない。
「さ、美味しくなるんでちゅよ」
そして持参していた何かの内臓を、掻っ捌いた死体の腹の中に詰め始めた。……持参していた!? 内臓を!?
「あの、もしもし? なにを、して……」
さすがに私も動揺する。どうかこの内臓がせめて人間産ではありませんように!
「この子達に思い出させてあげるんでちゅ」
「な、なに、を?」
「生き物の幸せでちゅ。お腹いっぱい食べて食べて、いつか誰かに食べられること。それが生き物の最高の幸せなんでちゅよ。だから生き物はみんな美味しく生まれてくるんでちゅ」
「そっ、かぁー! これまた斬新な世界観の人が来ちゃったなぁー!」
そもそもの提案者は私とはいえ、初手からパンチが強過ぎる。ハスキは私の隣で唸っているし、ミサキは私を守るようにずっと私の前に居る。ナインはいつでも裏切り者を殺せるように潜むとか言ってたし、山賊男は痴女が無駄に揺らす胸ばっかり見ている。実に素晴らしいチームワークだ。殺すぞ後半二名。……サイコパスはどこ行った!? 不穏!
しかし目論見通り、この試みはプレイヤー達の興味を引けたようだ。城塞都市を行き来していた何百名ものプレイヤー達が一様に足を止めて十重二十重に人の輪を作り、固唾を飲んで殺人鬼の言動を見守っている。
「まがりなりにも作戦は第一段階成功……か」
この状況で運営者が殺人鬼を排除していない。暴力の舞台として用意された場ではプレイヤーを殺害してもお咎め無しだと彼が証明してくれた。この情報は、すぐにでもプレイヤー達に行き渡るだろう。
そしてプレイヤー達が私達の行動に強い興味を示したのなら、サービスの提供者である運営者は私達を下手に排除できなくなるはずだ。
次は情報災害の失敗に備えて用意していた手を再利用する。ワールドリウム内経済への攻撃だ。
元々はプレイヤーが強い装備を揃えられなくなって敵に勝てなくなり発展が停滞するように、暴力禁止のルールを逆手にとって店の前で通せんぼする程度の作戦だった。
それが城塞都市に着いてから一時間も経たないうちに、プレイヤー自身の手で行われている。
「クレアさんの言う通り、彼らは僕達よりずっと賢いみたいだね。僕が彼らの言葉を分からなくても、僕がちょっとお願いしただけで言葉も意図もすぐ理解してくれたよ」
爽やかに笑うサイコパス。
プレイヤーが数人がかりで入り口を塞いでいる施設は、一つや二つではなかった。城塞都市中の全ての店や教会、そして城。主要な施設は全てプレイヤーが出入り口を塞いでいる。
その上でどうしても施設を利用したいプレイヤーからは、高額の施設利用料を徴収して通しているようだ。あれほど活気に満ちていた大通りは今や、施設を利用できずに困惑する貧困プレイヤーで溢れかえっていた。
「こんなに優しい人達と知り合えて、僕は幸せだなぁ」
速い、あまりにも速過ぎる……! 私の計画では、この段階へ到達するには最低でも一週間は必要だろうと見積もっていた。長期戦を覚悟していたのに、この男は私達がプレイヤー鍋に気を取られている一瞬でやってのけたのか……!?
「怖いけど素敵だなぁ、クレアさんのその目。欲しくなっちゃうよ」
怖いのはこっちの方だ。この危険人物だけは、今のうちに殺しておくべきな気がしてならない。
「お姉さま、ご命令さえあればいつでも始末いたします」
困った……。普段は即却下するナインの提案さえ、今は魅力的に聞こえる。
「あはは、怖いなぁ。でもクレアさんは優しくてスジをきちんと通す人だからね。僕を殺す正当な理由が生まれない限りは手出ししてくれないって知ってるよ。これからも末長くお付き合いできたら……幸せだなぁ」
私の葛藤を見透かしたようにほざくミレニアム・ハリー。
不快だがその通りだ。今のところ私は力を貸してもらっている立場だし、危険かもしれないからという理由で人を殺していたら私も殺人鬼の仲間入りをしてしまう。
しかしこの男は不安要素にも程がある。いっそこいつが敵だったらどれほど気が楽か……。
何はともあれ、サイコパスのおかげで大幅に時短ができた。ならば次はサイコパスがすっ飛ばした過程を埋める。
すなわち私達に賛同するプレイヤーの作成と、その組織化だ。
怪生物と戦い、成長し、ダンジョンを冒険し、町を発展させるといった運営者が想定している遊び方ではなく、私達が提示する『私達の文化』の遊び方に同調してくれるプレイヤーを探し出して統率を取る。ここが最大の壁だと思っていたのだが……。
「イ〜イわよぉ〜。もっとみんなで遊びましょお〜?」
その壁は痴女がたった数時間で乗り越えた。
今では王城は彼女とその配下のプレイヤー達に占拠され、玉座に腰掛けるノンプレイヤーの王様は人間椅子として痴女に愛用されている。
私がサイコパスの手腕に戦々恐々としている間に、夜の女王もその才覚を十二分に発揮していたようだ。
「みーんな素直で良い子ねぇ〜ん。甘〜い遊びに誘ってみたら、興味しんしんで付き合ってくれたわぁ〜ん」
私が彼女に頼んだ仕事は『プレイヤーがプレイヤーを狩る』ように誘導する役割だった。
ちなみにその方法は私が教えた。標的を冒険に誘い、標的にだけ戦わせて消耗したところを背中から襲う『誘い狼』。冒険を終えて消耗し、都市に帰ってきた満身創痍の標的を狙い撃つ『祝勝会』。強力な怪生物達を誘導して標的を襲わせ、死体から持ち物を回収する『ハイエナ』などなど、実際に冒険者間でも使われているポピュラーな畜生戦法だ。
異物の女王が従える異界の騎士達はこれらを駆使して次々と一方的にプレイヤーを狩り、彼らの財産を奪い集め始めた。もちろんサイコパスが『お願い』した連中も一味に加入している。犯罪者達の相互作用がワールドリウムにとって最悪な方向へ働いたようだ。
さて、驚いてばかりはいられない。そろそろ気持ちを切り替える必要がある。私は率先して犯罪者共の陣頭指揮を取り、その罪業の手綱を握らなくてはならないからだ。
シビライゼーションの再調査における最大の発見は、私達とは決定的に異なる文化的特徴にあった。文明の特徴ではなく文化の特徴だ。
考えてみれば当たり前だったのだが、彼らがなぞっている発展の歴史は私達の世界の歴史ではない。彼らの世界の歴史だ。そこに大いなるヒントが隠されていた。
彼らは誰しもが平等であろうとする。
例えばプレイヤー同士の強さには天地の差がある。強い装備を持ち多くの怪生物を倒した上位プレイヤーと半裸同然の格好をした下位プレイヤーとでは、強さに差があり過ぎて比較にすらならない。
しかし上位プレイヤーは良い装備を惜しみなく下位プレイヤーに分け与える。そして共に怪生物と戦って成長し、ワールドリウムをさらなる発展へと導いていく。
そうした協調性を重んじる動きが、あらゆる場所であらゆるプレイヤーに見られた。
この発見はテストプレイヤーの観察だけでは不可能だった。ワールドリウムの本格運用が始まり、大量のプレイヤーが参入したからこそ見えた文化的特徴だ。
そのお上品な文化を、私達の醜悪な文化で上書きする。
テクノロジーがどれほど発展しても、その使い方は文化が決める。仲良く手を繋いで協調し発展したお前達の文化と、同族ですら喰らい合う過酷な生存競争を生き延びてきた私達の文化との勝負だ。私達の文化が勝てば、協調しなければ発展できないお前達の世界はここで頭打ちとなる。
穢してやるぞ、お前達の楽園を。
文明力ではお前達の圧倒的な勝利だが……はたして文化力では、この世界の人類が持つ凶暴性に勝てるかな。