第9話。CONTINUE?
全ての攻撃は失敗に終わった。
その上で、運営者からの私達への報復は無かった。悔しいが私達は相変わらず敵として認識されていないという事だ。私達が苦労して用意した情報災害も、運営者にとっては風邪と大して変わらない程度の脅威度なのかもしれない。
本当に嫌な相手だ。こちらを見ようともしない。
争いは同レベルの者同士でしか起こらないという誰かの言葉を、痛いほど実感させられる。私達など現地を飛び回る虫ケラとしか思っていないのだろう。
分かってはいた事だが、運営者と私達とではあまりにも力の差が大きい。それも個人レベルではなく、文明レベルで格が違い過ぎる。あらためてその事実を叩きつけられると、さすがに少し……辛いものがある。
「ウヒョホホホホ! ハロハロー! おこんにちはー! オネーチャン達、可愛いねぇ〜! どこ行くのぉ〜? 治験とか解剖とかに興味なーい? モルモットも楽しいよぉ〜?」
人が真剣に悩んでいる横をすり抜けて、マッドサイエンティストの出来損ないみたいな奴が勝手にワールドリウムに飛び込もうとしていた。
「ダーメーですってぇー! ピュアルンっ、さーん! 下手に近付いたらっ、危ないですよー!」
プレイヤーをナンパしようとするピュアルンを、後ろから引っ張って止めるミサキ。
「大丈夫だから! ちょっとだけだから! ちょっと服脱いでモデルになってもらうだけだから! かるーい気持ちでポロンしてもらって、排泄物とか生殖器とか調べるだけだから! 大丈夫、みんなやってるから! 大丈夫! これはただのモテモテモデル活動! モテ活だから! ねっ! ねっ!」
うーーーん……なんか今回は駄目そうな気がしてきた……。
「クレア様も! 止めるの手伝ってください!」
「あ、私?」
「当たり前です! ボサっとしないでください!」
「いやボサっとはしてないって……」
「いいえ、してました! しっかりしてください!」
ミサキは私を見ていた。
これは本気で怒っている時の顔だ。
「周りを見てください! クレア様が諦めちゃったら、いったいどこの誰がこれを止められるんですか!?」
ミサキに言われるまで気付かなかった。ハスキも山賊男もナインも、全員が黙りこくって私を見ている。不安と諦めが入り混ざった、敗北者の目だ。
……しまった。頑張っているのは私だけじゃなかった。もっと周りの仲間を見て、配慮をするべきだった……。
「えっ? あれ? なにこの空気? もしかしてあたし様のせい?」
ミサキの怒声に、急におどおどし始めるピュアルン。
いや、このお通夜ムードは私のせいだ。私はお前のポジティブさを見習うべきだった。
「ふんっ!」
顔をパーンと叩いて気合いを入れる。
「すまない。私は寝付きが悪い方でな。ミサキの言う通り、まだ寝ぼけていたようだ」
ヒリヒリする頬の痛みが心地良い。弱音を吐き散らす度に飛んできた先生のデコピンを思い出す。先生はもう私を叱ってはくれないが、今の私には叱ってくれる仲間が居る。ならばせめて自分の尻くらい自分で叩いていこう。
「さて、まずは状況分析からだ。情報災害による攻撃は失敗。ワールドリウムはさらなる発展を遂げ、プレイヤーは増殖した。これによって、昨夜の作戦会議で生まれたプレイヤーの妨害という次の手は先に潰されていたという有様だ。だがこの程度なら想定の範囲内だ」
想定内は嘘だ。当然ナインは気付いているだろうが、何も言わない。
「一方で朗報もある。ワールドリウムの本格運用だ。見える限りにプレイヤーが溢れ、怪生物と戦ったり巨大建造物に挑戦したりしている。ただ一人のプレイヤーと自由意志を持たないゴーレムしか居なかった以前と比べて、桁外れの活気に満ち溢れた世界となった。これがワールドリウムの真なる姿ならば、その変化によって新たにつけ入る隙も生まれる」
私はそこで一度言葉を切って、仲間達一人一人と目を合わせた。たったそれだけの行為で、折れかけた心にやる気が戻ってくる。まだ一人で冒険者をやっていたなら、私はとっくの昔に諦めていただろう。
「もう一度、現場を見直そう。今の状況だから、今の私達だからこそ、新たに気付ける事があるはずだ。次はプレイヤーに焦点を絞って洗い直してみよう」
この際だ、遠慮はしない。犯罪魔術師だろうが変態ストーカーだろうが正体不明の記憶消去おじさんだろうが、手持ちのカードは全て使う。もはや手段は選ばない。
それに、敵が私を対等な敵ではなく取るに足らない虫ケラだと油断してくれるのなら好都合だ。今まで殺してきた怪物共も、全員そうだった。
侵蝕する文明、シビライゼーション。
私達を舐めたお前にも、そいつらの後を追わせてやる。
「ありがとう。危険を顧みず協力してくれた皆のおかげで、ワールドリウムに溢れるプレイヤー達の実態が把握できた」
「同一個体への長時間観察。行方不明になった情報災害物品の捜索と、一度探したはずの店での発見。各施設を含む戦闘地域の偵察。プレイヤー以外のゴーレム住民……ノンプレイヤーの役割の再確認。イエスノー形式によるプレイヤーとの意思疎通の成功。その他諸々の調査結果を総合して分析した結果、私達は一つの事実に辿り着いた」
「結論から言おう。私達は思い違いをしていた。ワールドリウムは、運営者ではなくプレイヤーを楽しませる為に存在している」
「運営者はあくまでもサービスを提供する事業者であり、そのサービスを楽しむのは顧客であるプレイヤー達だ。集めた全ての情報が、その裏付けとなっていた。音楽が流れたり、暴力行為禁止の安全地帯が設けられていたり、すし詰めにならないように屋内だけが多重構造の異空間になっていたのも、全ては運営者からプレイヤーへの気遣いだ。わざわざこちらの世界で事業展開を始めたのは、あちらの世界の法的な問題だろうという結論にも辿り着いている」
「また、プレイヤー達の特性からその正体も判明した。それぞれが異なる名前を持ち、突然現れたり消えたりする。不死の身体を持ち、個体ごとに異なる外観を持つかと思えば、全く同じ装備を身につけていたりもする」
「彼らはジェルジェの住民と同じ、『アバター』だ。本体はここにはおらず、意識だけを仮初の身体に転送している。彼らの会話はワールドリウムではなく彼らにとっての現実世界で直接行われているので、私達には聞こえないというわけだ」
「よって、私達が攻撃するべき相手は運営者ではなかった。プレイヤーだ」
「……大丈夫だ。皆が言いたい事は分かる。当然、プレイヤーは運営者以上に厳重に守られているだろう。なにせ敵は私達の遥か先を行く超文明だ。私達に用意できる攻撃手段など簡単に防がれ無効化されて当然で、苛烈な報復も飛んでくるかもしれない」
「そこで、攻撃とは認識されない手段による攻撃を行う」
「正真正銘嘘偽り無く攻撃ではないので、無力化される心配が無い。後からこれが攻撃だったと気付いた時にはもう遅い。顧客は離れ、収益は悪化し、ワールドリウムのサービスは終了するだろう」
「作戦名は【カウンターカルチャー】」
「あちらが侵蝕する文明なら、こちらは文化による侵蝕で対抗する」
「このクソみたいな世界にわざわざ出店した過ちを、心の底から後悔させてやろう」