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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【悪の侵蝕者が完全勝利する話】
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第3話。張りぼての世界

 愛生物……じゃなかった、怪生物は情報通りに好戦的だった。走る速度は三種ともミサキの全力疾走より少し遅いくらいなので、見た目より遥かに速いとも言える。30mくらいまで近付くと一心不乱に追いかけてくるが、50mほど離れるかこちらが草原から出ると興味を無くして元の場所に戻っていく。こいつらと接近すると流れる音楽も荒々しいものに変わるようだ。


 攻撃手段は体当たりだけらしいが、『あいつらは見た目より硬くて重い』とハスキが言っていたので、当たればただでは済まないだろう。でもちょっとでいいから私も触りたい。いやこれは罠だ。なんて恐ろしい敵なんだ。


 そしてこいつらには一点、真面目に警戒しなくてはならない厄介な特性がある。唐突に出現する神出鬼没の能力だ。一見すると草原の何処にも見当たらないのに、少し草原を歩くと急に湧いて出てきたり、すぐに居なくなったりする。


 この特性を更に詳しく調べた結果、怪生物はワープが使えるわけではなく、単に透明になっているだけだと判明した。どうやら70mくらい近付くと姿が見えるようになり、それ以上離れるとまた見えなくなる。


 何ともおかしな特性だ。透明になれるメリットを何一つ活かせず、不意打ちにも抑止力にも向いていない。調査員は怪生物を村落の防衛戦力と評していたが、私は全く異なる意図を感じる。まるで訓練用に用意された擬似的な生物のような……いや、まだ結論を出すのは早急か。


「クレア様、いつの間にか近くに村がありますよ。あれが例の村落でしょうか?」


「お、本当だ。怪生物に夢中……ごほん! 敵の観察で全然気付かなかった。よく見ていたな。偉いぞ、ミサキ」


「えへへ」


 怪生物の特性を理解したおかげで、問題の中心点であろう村落まで戦闘を避けて辿り着けた。怪生物がすぐ近くにウロウロしているというのに、村落には柵さえ無い。あるいは拡張の邪魔になるから必要無いのだろうか。


「調べてみよう。村落内では暴力行為がタブーとなっているのかもしれない。全員、くれぐれも村落内の人や物を傷付けないように気を付けてくれ」


「はい!」「おう!」「かしこまりましたお姉さま」「オーケイ、男前のネーチャンのお手なみ拝見といこうか」


 なんか相変わらず余計な声が混ざっていたが、もうミサキもハスキも気にしていないのでヨシ!






 一通り村落を調べた結果、住民の反応や屋内の様子などは殆ど事前情報の通りだった。住民は徹底してこちらに無関心で、外と屋内が互いに観測できない。村落の中心部付近に描かれた魔法陣と謎の言語は封鎖達の努力の痕跡だろう。穏やかな音楽と相まって、差し迫った脅威は感じない平和な村そのものに見える。


 しかしその文明は資料に記された様子から、決定的な進化を遂げていた。


「商業と、宗教が……誕生している……」


 メインストリートには複数の店が立ち並び、武器や薬やベッドなどが描かれた看板をそれぞれ一つずつ掲げていた。店内に入ってみると、それぞれの店に相応しい物品が棚やカウンターの向こう側に並んでいて、店の雰囲気に合った音楽まで流れている。ハスキに確認してみると、やはり匂いは無いらしい。


 そして村落の中心部には教会まで建っていた。

 掲げるシンボルや内装は聖骸教会とは完全に別物だが、一目で宗教施設だと分かる。荘厳な音楽、重厚な装飾のベンチ。壁には聖典や神話の一場面と思わしき絵画が美しいモザイクで描かれ、暗い天井には未知の星座が輝いている。壁際に並ぶ無数のキャンドルホルダーが仄暗い室内を厳かな光で照らしており、祭壇には翼の生えた巨乳の女神像が設置されていた。壊したい。そして祭壇の側には金と白を基調とした祭司服を着た司祭が立っており、他の住民と同じく私達に一切の反応を示さなかった。


「何故、狩猟や農業より先なんだ……? 貨幣の概念はあるのか? 発展したにしても一次産業と二次産業は両立していなければならないはずだ。仕入れる先が無いのに商品だけが並ぶなんてあり得ない。それとも勝手に文明が成長するから、一次産業を必要としないのか……?」


 いや、そもそも。


「この世界は、世界として成立しているのか……?」


 住民だけでなく村そのものも怪生物も草原も生態系も、この地の全てが不自然の塊だ。人間の世界から異界へと変貌したジェルジェやホルローグとは根本から違う。【フロート】も悪夢のような環境だったが、一つの世界として成立していた。

 だがここは違う。世界に中身が無い。過程と歴史が無い。見かけだけ人間の世界を模した、スカスカの張りぼてにしか思えない。


「間違いねえ、こりゃ魔術師の仕業だな」


 無駄に胸がでかい女神の邪神像を睨みながら私がしばらく考え込んでいると、山賊男が近くのベンチにドカッと腰を下ろした。


「俺も人喰い沼にハマっちまった経験があるから分かるぜ。あん時と同じ空気をビンビンに感じるね。例の半裸男が何か知ってやがるに違いねえ。村の中が暴力禁止なら、村の外で待ち伏せしてとっ捕まえて吐かせてやろうや。試しに一度、俺たちの手で殺してみるってのも悪くねえだろうさ」


「殺しても死なない敵はいるぞ」


 誰よりも早く彼に違を唱えたのはハスキだった。


「オレは殺しても死なない敵をこいつらと何度も見てきた。そーゆーのにはいくら噛み付いても無駄だ。爪と牙以外の狩り方を考えないといけない」


「ふぅん。面白い例えを出すねぇ、麦わら帽子の嬢ちゃん」


 山賊男は無精髭をゾリゾリと撫でながら不穏に笑い、ハスキを値踏みするように身を乗り出した。


「ところで嬢ちゃんは馬車の中でも帽子を脱がないのかい。今日は陽射しが強いってわけでもねえのに妙だなぁ。もしかして頭を隠したい理由でもあるのかい。背中のデカいリュック、どうして馬車の中に置いてこなかったんだい。それと普通の人間は、狩りに爪と牙なんて使わねえよなぁ」


「おい、私の仲間に妙な詮索をするな」


 いくつか思い付いた仮説を組み立てていた私は、山賊男が余計な事をしないように牽制




「私は、まず話し合ってみるべきだと思います」


 緊迫した空気の中、ミサキがそーっと手を上げた。

 ん……? どうして緊迫していたんだっけ。


「これ、見てください」


 ミサキは司祭に真横から近付き、その袖をくいくいと引いた。すると司祭はミサキの方を向き、口をパクパクと動かした。事前情報の通りだ。


「声は聞こえませんが、私達に何かを伝えようとしています」


「……まあ、たしかにそう見えるわな」


 山賊男はきまりが悪そうにボリボリと頬を掻いた。


「私、思うんです。もしかしたらこの世界では発声以外の方法で意思の疎通をするのが普通で、私達にはその器官が備わっていないだけなんじゃないか、って。その手段さえ分かれば、お互いに話ができるかもしれません」


 あり得なくは無い話だ。だがその予想には欠点がある。


「声以外、ねえ。少なくともあの変な生き物はキューキュー鳴いてたじゃねえか」


「あ……」


「それとな、音楽はあるのに声だけ無いってのは、さすがに不自然じゃねえかい。それにその方法が分かったところで、俺らが再現できない方法じゃあどうしようもねえだろ?」


「そう、ですね……すみません……」


 ミサキはシュンとしてしまった。

 人の意見を否定してばかりではなくお前も何か言えと山賊男に思ったが、私も彼と同意見ではあるので口出しはしない。


「ミサキの説もあながち間違いではない。対話が可能なら試みるべきだ」


 でもやっぱりミサキは庇おう。


「封鎖隊の最大の失敗は、半裸男がこちらとコミュニケーションを取ろうとしているのに無視した事にある。調査員はこの男をこそ調べるべきだった」


「取れるかねえ、コミュニケーション。あちらさんに手話でも教えてみるかい」


 山賊男は呆れたように肩をすくめた。


「名案だ。だが意思の疎通にこだわる必要は無い。私はすでにこの現象……シビライゼーションの正体について目処が立っているからだ」


「流石ですお姉さま」


 今、変な奴の声が私のお尻のあたりから聞こえた! 怖い! こいつどこに潜んでんの!?


「……あとは答え合わせだけだ。最後のピースを揃えるために、半裸男を観察したい」


 私は余計な奴のせいで生まれた動揺を隠しつつ、山賊男の片目を見て言い切った。


「ほぉう、本気で言ってやがるな……。オーケイ!」


 山賊男は面白そうにニヤリと笑って膝をパァンと叩いた。


「このヤマはあんたの仕切りに任せた! 俺にゃあ何が何やらサッパリだが、人を見る目には自信がある方でな! あんたに着いていきゃ間違いなさそうだ! 改めてよろしくな、男前のネーチャン! どうせまた忘れちまうだろうが、俺は



 ボロボロのローブを着た半透明の男が教会に入ってきた。よく見ると影が無く、地面から足がほんの少し浮いている。彼の頭上30cmほどの空間には黄色の文字列が浮かんでいるが、私の知らない言語なので読み取れなかった。


「幽霊……ってこと、ですかね?」


 ミサキの見立ては正解だろう。そして私の予想が正しければ、今から幽霊化は解除されるはずだ。


「……!」


 幽霊男は私達に気付くと、教会入り口の辺りで犬のようにその場をグルグルと回り出した。「……」かと思えば急に静止してその場に立ち尽くした。


「おそらく彼は今、私達とコミュニケーションを取ろうとしている。だがミサキの推測の通り私達に彼の意思を受け取る器官が備わっていないために、彼が無意味に棒立ちしているように見えのだろう。彼がまた無視されていると感じないように、リアクションを返しておこう」


 私は幽霊男に片手を挙げて挨拶をしてみた。


「!」


 私の反応が嬉しかったのか幽霊男はまたその場をグルグルと回り出したかと思うと、司祭に向かって走り出した。「おっと、急に走ると危ねえぜ」その際に山賊男がわざと足を出して幽霊男を転ばせようとしたが、当たり前のように幽霊男は山賊男の足をすり抜ける。


「げっ、幽霊だから触れねえのか。こりゃあ参ったね。触れる相手ならともかく、さすがに死んでる奴はもう殺せねえよなぁ」


 山賊男が苦笑いした。毎日飽きずに酒を飲んで喧嘩でもしてそうな風貌だが、笑うと妙に愛嬌がある。


「……」


 幽霊男が司祭の前で片膝をつき両手を組んで祈りを捧げると、女神像が青白い光を放った。その光を浴びた彼は、一瞬にしてボロ布の幽霊男からパンツ一枚の半裸男へ変身した。男性にしては体毛が薄く、無表情だが顔立ちは整っている。


「資料に書いてあった通りですね。服が変わるのはなぜでしょう?」


「体も半透明じゃなくなったぞ」


「おそらく『生き返った』という演出なんだろうな」


 演出……演出か。演出なら、見せたい相手がいるはずだ。しかしそれは私達ではないはずだ。シビライゼーションに対する一つの仮説が確信へと近付いていく。


「……!」


 幽霊男あらため半裸男は忙しなく走り回り、私達の側と教会の出入り口を行ったり来たりし始めた。


「どうやら彼は私達に来てもらいたいようだ。着いて行ってみよう」

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