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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【悪の侵蝕者が完全勝利する話】
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第2話。新しい時代の者達

 組合職員から一通りの説明を受け終えた私達は今、監視員が手綱を引く馬車に揺られながら現地へと向かっている。


 現場は以前なら道も地図も無い僻地だったらしいが、【パレード】があらゆる障害物を踏み均したおかげで目的地まで直進できるらしい。現地を往来する時間を大幅に短縮できたのは不幸中の幸いと言えるだろう。


 結局、この依頼を引き受けたのは私達四名だけだった。


 破格の報酬だったので名の知れた冒険者達が参加表明をしていたのだが、何故か全員辞退したらしい。私も彼らとは何度か一緒に仕事をした経験があるが、カンの鋭いベテランの冒険者達だった。よくあんな惨状を生き延びれるものだと関心した覚えもある。私も彼らの動きからは色々と学んだものだ。


 彼らは私達のように組合から資料を預かる前に辞退したらしいので、おそらく独自の情報網を元に危険だと判断したのだろう。いつか私も専用の情報源を持ちたいものだ。


「着いたらまず何から調べますか? クレア様」


 私の右隣に座るミサキが、資料から顔を上げて私を見上げてきた。


「そうだな……いくつか気になる点はあるが、外側から順番よく調べよう。最初に地形、次に怪生物かな。あえて明言を避けているような書き方をしてる部分が資料にあったから気になっている」


「どんなのだ?」


 そして私の左隣にはハスキが座っている。


「怪生物の見た目に関してだ。『怪生物は見た目に反して攻撃的で、兵士が攻撃を躊躇っている』という記載があったのに、具体的な容姿の詳細が無い。何故兵士は攻撃されているのに反撃を躊躇ったんだ? まずこれが気になる」


「おっ、鋭いねぇ男前のネーチャン。実は俺も同じとこが気になってたんだ」


「褒めているのかその呼び方は」


 最後の一人は私達三人と向かい合って座っている、片目に眼帯をした屈強な男だ。見事なまでの悪人面で、冒険者というよりどう見ても山賊



 ナインには声をかけていないが、どうせ勝手に着いてきているだろう。あいつに関しては真面目に考えるだけ無駄なので、無料の護衛として割り切ろう。そうでないと怖くてやってられない。


「そろそろ現地が見えてきます」


 御者席から声が聞こえ、馬車の速度が緩まっていく。


「ご苦労。近付き過ぎると危険だから、この辺りで馬車を止めて待機していてくれ。日没までに私達が戻らなかったら一旦帰還してくれて構わない」


「了解しました」


 馬車はそのまま速度を落としていき、やがて完全に静止した。「お気をつけて」御者席から監視員が会釈してきたので、私も会釈を返す。あの資料から読み取れる災害対策課の覚悟と誠実さには敬意を払わなくてはならない。


 新しい時代が来ている。

 一人の英雄が怪物を倒す時代が終わり、普通の人々が専門の組織を作って超常現象へ対抗する時代の流れを感じる。その先陣を切る者が聖骸騎士であり、災害対策課の職員であり、私達冒険者だ。英雄や教会だけでなく、国家と民間も人類の脅威へ抵抗する力を育みつつある。


 私も彼らに負けぬよう頑張らなくては。


「さあ仕事だ。もう二人とも化け物は見慣れただろうが、油断は禁物だぞ」


「はい!」「おう!」「かしこまりましたお姉さま」


 案の定! 誘ってない奴の声も聞こえたけど! 予想の範囲内なのでヨシ!








「見ろ、ここが境界線だ」


 現地では【パレード】の通過によって発生した不毛の荒野が、不自然に途切れていた。30㎝ほどの段差が発生し、定規で直線を引いたように綺麗に東西に続いている。その先には広大な草原が広がっていて、怪生物の姿はまだ見えない。今のところ境界線が広がる様子は感じなかった。


 なるほど、周辺の地形を無視するとはこういう事か。


「ジェルジェの時はあちら側は完全に異界だったが、今度はどうだろうな」


 私は足元に転がる小石を草原に投げ込んでみた。特に大した異変は見られず、小石は草の中へと普通に消えていく。


「ハスキ、匂いはどうだ」


「スンスン……草の匂いが全然しないぞ。生き物の匂いも無い。こんなに匂いが無い場所は初めてだ」


「ふぅん、そっちの麦わら帽子の嬢ちゃんは鼻が効くのか。いいねぇ」


「それ以外の匂いはありますか?」


「無い。土の匂いさえしないぞ」


「調べてみるか」


 私は段差を越えて草原に足を踏み入れてみた。すると勇壮な音楽が急にどこからか聞こえ始める。大音量だが、妙に良い感じの音楽なので不快には感じない。


「今、私には音楽が聞こえている。かなりの音量だ。二人はそちら側で何か聞こえるか?」


「いいや?」「いえ、何も聞こえません」


 私は腰を屈めて足元の草を何本か根本からブチブチと引き抜いてみた。「ん?」根が無い。それに葉の形や葉脈も全て同じに見える。これは持ち出せるのだろうか。


 段差を乗り越えて戻った途端に、勇壮な音楽は聞こえなくなった。あちら側では常に鳴り続けているのだろう。ジェルジェのように分かりやすくはないが、やはり境界線の向こうは異界だ。手の中に握っていたはずの草も消えている。


「どうやらあちらの物は持ち出し不可のようだ。だからテリトリーを広げているのだろう。草も土も見かけだけ似せた作り物だろうな」


「本物の草木も土もあるのに、わざわざそんな事をする必要があるのでしょうか……」


「そうだな……異界の生物は異界でしか生きられないので領域を広げている、という理屈は納得できる。異界の音楽も同じくこちら側に出てこれないのも辻褄が合う。だがこちらの世界の物は持ち込めるし出入りも簡単なら、土も草木も使えばいい。わざわざ地形ごと消して、新しく偽物を設置する必要があるのか……?」


「異変を悟られないように隠しているんだと思うぞ。姑息な卑怯者が使いそうな手だ」


「にしては中途半端なんだよな……。とりあえずこの件は保留して、次は草原に出没する怪物を調べてみよう」


「オレに任せろ!」


 ハスキがドヤァと胸を張った。


「ゾンビの時にいっぱいやったから、誘い出しは得意だぞ! あいつらはノロ過ぎて物足りなかったくらいだ!」


 そしてムフーと鼻息を漏らした。ドヤ顔が可愛いのでつい頭を撫でたくなってしまうが、子供扱いは失礼なので我慢我慢……。


「ありがとう。危険な役目だが……っとと、こういう時はただ一言、『任せた』だったな。信頼しているぞ、ハスキ」


 私がそう言うと、ハスキは歯を見せてニシシと笑った。






 しかし数分後。ハスキが誘き出してきた怪物を見て、私はいきなり戦意を喪失した。


「馬鹿な……これが、攻撃的な怪生物、だと……?」


 怪生物は三種類。果実につぶらな瞳と猫の口を描いたようなポヨポヨ跳ねる丸い奴と、白と黒の配色を持つモコモコの太った鳥。そして直立歩行でヨチヨチ歩く、絵本に出てきそうなデフォルメ感溢れる猫。彼らの大きさは、どれもこれも私の膝くらいの背丈しかなかった。


 というか、すごく可愛かった。


「ぐはっ!? こっ……これは、効く……! 特に最近は気持ちの悪い不気味な化け物ばっかり見てきたから……格別に効く……っ……!」


 悶え苦しむ私の隣で、ミサキがフラフラと歩き出した。


「あっ、あっ、あっ」


 怪生物に吸い寄せられていくように段差を越え、草原へと踏み込んでいくミサキ。危険だ。ハスキを追ってきた可愛い生物がもう近くまで来ている。


「待て! 罠だ!」


 むざむざとそれを見過ごすわけにはいかない。私もミサキを追ってその手を掴んだ。


「罠でもいいんです!」


 泣きそうな声で叫ぶミサキ。だが私は一喝する。


「分からないのか!? あの愛くるしい外見は卑劣な罠だ! 訓練を受けた兵士ですら攻撃を躊躇うようにして、一方的に獲物を仕留める戦略なんだ!」


「頭では分かっているんですっ! でも、でも……!」


「モキュウ〜ン?」


 ああああああ! 怪生物め! このタイミングで鳴きやがったよドチクショウ! なんて可愛い声なんだ!


「でも、あの子達が寂しがっているんですーっ!」


 ミサキが今までにない力で私の手を振り払った。


「待ってくれ! 私を置いて行くな! ミサキーッ!」


 私が伸ばした手の先で、ミサキの背中が遠ざかっていく。

 馬鹿な……! こんな所で、終わるのか? どんなピンチも乗り越えてきた私達の終着点なのか……ここが……。


「おい」


 しかし、そのミサキの足をハスキが引っ掛けて転ばせた。


「ひゃいん!?」


 派手に転んだミサキがズザザーっと滑って止まった。その首根っこをハスキが掴んで持ち上げる。そして牙を剥いてウーッと唸った。


「真面目にやれ」


「はい……ごめんなさい……」「すみませんでした……」


 私もミサキと一緒に謝った。

 知らず知らずのうちに、ミサキと茶番劇をする癖が付いてしまっている気がする。平時はいいが仕事中にやるなど、ハスキに怒られて当然だ。

 私達二人はションボリしながら草原から引き上げた。


「ガッハッハ! ネーチャン達、楽しそうでいいねぇ! そうだよなぁ! どんなにヤバいヤマでも、仕事は仲間と笑い合いながらやらなくっちゃいけねえよなぁ!」


 こんなクソコントでも山賊男にはウケたようだ。見た目通り豪快に笑ってくれた。


「ま、殺しは俺に任せな。しっかしこのクソッタレの呪いがこんなに役に立つたぁ、人生何が起きるか分かんねえもんだよなぁ」


 そして山賊男が






 怪生物の身体構造に関していくつか判明した事実がある。

 怪生物には内臓が無く、血すら出ない。生物として不自然だと資料に書かれていた意味が分かった。この様子では食事も摂らず排泄もしないだろう。生殖器も無いので繁殖もしないし、死体も10分くらいで勝手に消える。とてもファンシーな存在だ。


 だがそれをどうやって知ったかはとても他人には言えないので、資料が明記を避けていた理由も痛いほど分かった。


 ミサキは泣いたし、私もトラウマになりそう。あの断末魔の可哀想な泣き声が耳にこびり付いて離れない。もし都合良く記憶を消す能力があれば、喜んでこの忌まわしい記憶を消していただろう……。


 助けて、エメス。

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