第1話。シビライゼーション
【パレード】が混乱を起こして投棄した遺跡群は、いずれも政府から立ち入り禁止令が出された。
燃えてもいないのに燻り、全身から大量の煙を吐き出し続ける巨大生物の死骸。表面積を鎖で覆い尽くされ、血を流しながら不気味な悲鳴を叫び続ける建築物。骨の山の上で僅かに開いた別宇宙への扉……などなど。
それらには幸いにも自発的な活動を行う様子は見られなかったが、なにせあの【パレード】のコレクションである。下手に触れればどのような災厄が起こるか分からない。冒険者や違法魔術師が勝手にパンドラの箱を開かないように、政府は兵士を動員して遺跡群を厳重監視下に置いた。調査よりも封鎖を優先した政府の判断は、最善の初動だったと言えるだろう。
しかし人事を尽くしてなお避けられないからこそ、災厄は災厄たり得るのである。
【パレード】の通過を受けて緊急設立された、スタト国環境省災害対策課特別臨時委員会が保持する資料の一部を以下に抜粋する。
《発見経緯》
通報者は単独で活動する冒険者でした。彼は俗にエナ専と呼ばれる行動方針を取っており、当日も狙いをつけた冒険者を追跡していました。今回の対象は若い男性三人組の冒険者で、通報者の言によれば『素人丸出しだった』そうです。
アルデンヴェインに集まった多くの冒険者がそうであるように、彼らも一攫千金を夢見て【パレード】の残留物捜索に乗り出しました。同業者との競争率が高い区域は避け、【パレード】に地ならしされていない末端区域へ赴いたそうです。当該遺跡の第一発見者は彼らですが、後述の理由により発見者への聞き取り調査は不可能となりました。以降は当冒険者を発見者と表記します。
発見地点はアルデンヴェインの北東山間部の湿原です。【パレード】の進路からはやや外れており、地図も制作されていない僻地です。発見者の奇運あるいは不運と、気付かれぬように発見者を尾行していた通報者が居なければ、当件の発覚は数日以上も遅れていたものと推測されます。
当該遺跡は、発見時点では原始的な竪穴住居に見えたそうです。穴を掘れば水が出てくる湿原に何故こんな物が建てられているのかという疑問を通報者は感じたそうですが、発見者は意気揚々と内部へ乗り込んだそうです。
通報者は悟られぬよう内部の様子を伺おうとしましたが、入り口から見える内部は異常に暗く、内部の様子は外からでは確認不可能だったと証言しています。
さらにその後も一時間以上に渡り観測対象に変化が無く内部からの物音も途絶えていたため、通報者は侵入した発見者が死亡あるいは捕獲されたと判断しました。日暮れも近付いていたため即日の遺留品回収は危険と判断し、近場に身を潜めて竪穴住居の監視を続けたそうです。通報者は翌朝まで徹夜で監視を続けていましたが、発見者を運び出したような様子や何者かが竪穴住居に出入りした痕跡は見られなかったと述べています。
そして翌朝、一軒だけだった竪穴住居が唐突に二軒に増殖しました。通報者によると何の前触れもなく出現したそうです。通報者はこの時点で遺留品回収を諦めて撤退し、他の遺跡を監視していた職員に通報しました。
以上が事件発覚の経緯です。
《現地調査》
人員調整と別件対応のため、調査員三名を確保できたのは通報が入った日の翌々日となりました。この時点での委員会の仮説としては、当該事件は竪穴住居に擬態する新種のミミックの仕業ではないかという説が有力でした。
しかしその仮説は早々に否定される結果になりました。
通報者の案内のもとに調査員が現地に到着した時には、山間部の湿原に小規模の村落が出現していたからです。
村落には徘徊する住民が居り、住居は土と草木を用いた原始的な竪穴住居から石積み様式の住居へ変化していました。穏やかな曲が村落中で流れ続けていましたが、音源は発見できませんでした。
住民は通常の人間にしか見えない容姿をしており、動物の毛皮を加工したと思わしき衣類を身に付けていました。また、男女別に酷似した人物が何名かおり、行動パターンは村落内をひたすら徘徊しているか一箇所に留まっているかの二種類でした。
彼らは調査員がどれだけ話しかけても無関心ですが、調査員を避けて徘徊したり、触れるとしばし動きを止めて口だけをパクパクと動かしたりしたため、調査員を認識自体はしていたと推測されます。彼らの住居は通報者の証言通り異常に暗く、外部から内部を確認できませんでした。
意を決した調査員が内部に侵入したところ、内部は一般的な建築物の屋内と同程度の明るさを保っていたため、入り口のみ光を遮断する結界が張られていたものと推測されます。内部には特筆すべき不審な物品はなく、侵入を受けた住民も無反応でした。
調査開始から二時間後、時間経過と共に村落が拡張する様子が見られたため、調査員一名が本部への報告も兼ねて通報者と共に一旦帰還しました。
その際に現地に残留し調査を続行した二名の調査員は、現在に至るまで消息不明です。
《封鎖隊出向》
本部の多忙により、協議を経て当案件への対応が実行されたのは発見から五日後となりました。現場を封鎖すべく、広域に結界を張れる公認魔術師と護衛の兵士八名、調査員二名、監視員四名、現場責任者一名にて封鎖隊を結成し、現場である山間部の湿原へと向かいました。
しかし現地では湿原どころか山まで消失しており、周辺の地形を無視した平坦な草原が広がっていました。
草原には生物として不自然な造形をした三種類の怪生物が大量に徘徊しており、音源不明の勇壮な音楽が流れていました。怪生物は縄張り意識が強いのか、見た目に反して攻撃的でした。武装した兵士なら勝てない相手ではないと思われますが数が多く、兵士が攻撃を躊躇っている間に次々と集まってきたために一時撤退しました。その際、封鎖隊以外にも怪生物と戦闘していた人物が居たという証言が数人の兵士から上がっています。
執拗に封鎖隊を追跡していた怪生物群ですが、不自然な草原を抜けた途端に彼らの追跡は停止しました。種族の異なる怪生物間での争いが見られなかった事からも、怪生物群は問題の村落の防衛戦力であると推測されます。なお、流れ続けていた音楽は草原を抜けた途端に聞こえなくなりました。
任務を続行するべきか、撤退して援軍を要請するべきかを全員で話し合った結果、『これ以上にこの現象が進行すると手がつけられなくなる』という判断の下に続行が決まりました。
結果を報告するため調査員一名と監視員四名を安全圏へ退避させ、志願した兵士二名が囮となって怪生物を誘導。残るメンバーがこの現象の元凶と思われる村落への突入を試みました。
結果、封鎖隊は村落への突入に成功。
囮となった兵士二名はその後の消息を断ちました。
その際に突入メンバーも少なくない数の怪生物の追跡を受けましたが、村落内へ突入すると同時に追跡が止まりました。その後も封鎖隊へ固執する様子を見せず散り散りに解散した様子から、怪生物は村落内にいる者へは危害を加えないよう教育されているものと推測されます。
村落は以前に報告のあった石積みの住居様式から、単純な構造の木造住宅へと変化していました。村落中で穏やかな音楽が流れており、以前の報告の倍近くの面積へ村落が拡張しているようです。報告と同じくドアや窓から内部の様子を伺う事は不可能でしたが、内部にも不審な物品は確認できませんでした。
住民は侵入者に徹底して無関心であり、危害を加える様子は見当たりません。食事や排泄といった行為や、それらに必要な施設も発見できませんでした。
公認魔術師が広域結界の準備を行っている間に、村落内の調査をしていた調査員が住民に対し『生物としての意思を感じられない。人間に偽装したゴーレムなのではないか』という疑問を持ちました。出血があるかどうかを調べたい旨を現場責任者に伝え、現場責任者はこれを許可しました。
調査員が刃物にて住民の出血や痛覚の有無を調べた結果、それらは確認できませんでした。しかし実行した調査員は、所持品ごと唐突に消失しました。
他のメンバーに何らかの危害が加えられる様子はありませんでしたが、封鎖隊に強い動揺が走りました。また、結界の展開が終わるまで余計な事をするなと公認魔術師は激怒しました。
特記事項として、封鎖隊が村落に侵入してから帰還するまでの間に、半裸の不審な男性が何度も封鎖隊への接触を図る様子が確認されています。
彼は言葉を発さず封鎖隊の目の前で棒立ちしていたり、公認魔術師の目の前を無言で行き来して存在をアピールしていました。彼の頭上には未知の言語が常に浮かび上がっており、明らかに他の住民とは様子が異なっていましたが、公認魔術師の指示の下に全員で無視していると、諦めて村落の外に出て行きました。
そして怪生物に瞬殺されたかと思うと、半透明になって村落に帰還してきました。それまで下着一枚だったにも関わらず、殺された直後にボロ布のようなローブを着て半透明になる行為には、特定の意図が感じられます。
半透明状態で村落に帰還した男性が、とある住宅へ入って約一分後。半透明化を解除し元の下着姿に戻った状態で出てきました。調査員欠如のため、内部で何が起こったのかは不明です。封鎖隊はその後も警戒と監視を続けましたが、彼が最後まで封鎖隊に危害を加える様子はありませんでした。
突入から二時間後、公認魔術師が撤退を進言しました。『不備が無いにも関わらず結界が発動する様子が見られない。原因は不明』との報告を受け、現場責任者は撤退を決定しました。
突入時と同様に囮役を募集しましたが志願者が集まらなかったために強行突破を決行。兵士四名の殉職と引き換えに、封鎖隊は脱出に成功しました。その後は待機していたメンバーと合流し、本部に帰還しました。
以上が封鎖隊の報告となります。
《その後の対応》
封鎖隊の失敗を受けた本部が本格的な対応を決定する前に、ディーン国が当国に対して軍事侵攻を開始しました。以前より当国と小規模な紛争を繰り返している国家であり、当国が【パレード】の通過を受けて混乱する隙を狙ったものと思われます。
兵士、魔術師、英雄アベルをはじめとする当国の主要戦力はディーン国対応のために緊急招集されました。当案件へ対応可能な人員の不足を受け、委員会のみでの対応は事実上不可能となりました。
しかしこの現象を放置していては、被害がどこまで広がるか予想も出来ません。調査員の報告では、まるで我々の世界を侵蝕するように草原も広がりつつあるそうです。
草原を徘徊する攻撃的な怪生物はさておき、異常な速度で文明を発展させていく村落こそが真の脅威です。遠からぬうちに我々の文明レベルへと追いつき、瞬く間に追い抜くでしょう。今は比較的無害でも、いつ我々に進化した文明の牙を剥くか分かりません。そうなってしまえば、もはや封鎖は絶望的です。
長い長い竜の支配から解き放たれ、各国の勇士や魔法使いが怪物を駆逐し、先人の苦悩と犠牲の果てにようやく訪れた人類の時代が、再び未知の環境に飲み込まれようとしています。その前に何としてもこの現象を食い止めなくてはなりません。
委員会はこの現象に、『侵蝕する文明』という意味を込めて【シビライゼーション】という名前を付けました。
聖骸教会及び冒険者組合への協力を打診しますが、聖骸教会は【パレード】へ一切の関与を行わないという立場を崩さないでしょう。
優れた冒険者を集めるために、特別予算を申請します。
《冒険者組合からのお知らせ》
環境省から【パレード】の残留物災害対応に関する協力者の募集がありました。しかし希望者があまりにも多すぎるため、誠に勝手ながら当社の一存にて、特に優れた実績を持つ冒険者を選出させていただきます。
クラン【バニシングエイジ】の参加を受諾しました。
クラン【スナッチャー】の参加を受諾しました。
クラン【送り狼】の参加を受諾しました。
クラン【グレイヴ・ティガー】の参加を受諾しました。
クラン【火中の栗拾い】の参加を受諾しました。
クラン【マッド・ハウス】の参加を受諾しました。
以上で参加を締め切らせていただきます。
ご応募ありがとうございました。
《冒険者組合からのお知らせ。追記》
冒険者【クレア・ディスモーメント】の参加を受諾しました。
《冒険者組合からのお知らせ。再追記》
クラン【バニシング・エイジ】が参加を辞退しました。
クラン【スナッチャー】が参加を辞退しました。
クラン【送り狼】が参加を辞退しました。
クラン【グレイヴ・ティガー】が参加を辞退しました。
クラン【火中の栗拾い】が参加を辞退しました。
クラン【マッド・ハウス】が参加を辞退しました。
《辞退者のコメント。※非公開》
『参加者を後から追加する行為は卑劣だ』
『同じリストに載っただけでもう死にそう』
『あの厄病神が引き受けるような仕事は勘弁してくれ』
『俺達を墓穴に突っ込む気か?』
『火中の栗は拾えても、火山に飛び込むのは無理だ』
『どう見ても人喰い沼です本当にありがとうございました』
《冒険者組合からのお詫びと訂正》
募集は締め切ったと発表しましたが、人員不足につき希望者をあらためて募集します。この度は冒険者の皆様にご不便をおかけしまして、誠に申し訳ありませんでした。