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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【嵐のような災害が何もかも破壊する話】
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最終話。燃える生命の嵐を胸に

 【パレード】は止まらない。


 魚一匹が川の流れを変えようとどれだけ足掻いても無意味なように、来訪者の活躍は【パレード】全体にとって取るに足らない些細な抵抗に過ぎかった。


 恐怖心を持たない無人兵器を繰り出された侵入者は命からがら逃走し、【パレード】に囚われた者達を解放しようとした個体もすでに粛正された。アルデンヴェインやランスベルグ市を迂回した【トップランナー】達もいずれ一体残らず粛正され、進路も元に戻るだろう。


 だがその些細な抵抗で、本来ならば【パレード】に蹂躙されるはずだった都市がいくつも守られた。さらには今回囚われた冒険者達だけでなく、過去に囚われ虐待され続けていた者達が、心身共に回復した状態で何百人も解放された。

 人種も言語も時代も異なる彼らの処遇については一悶着あるだろうが、彼らの知識と『土産』はそれらのトラブルを補って余りある価値を持っていた。【フロート】が混乱の最中に投棄した『遺跡』の調査も進めば、かつて人類が手にしていた莫大な遺産を手に入れられる可能性もある。


 そしてこれらの功績は、有志達を率いて大災害の中核へと果敢に挑み、ただ一人生還した英雄アベルの手柄だと政府から公式に発表された。【パレード】の置き土産を狙う他国を牽制する為に、政府は英雄アベルをプロパガンダとして利用したのである。


 一方でクレアはやっとの思いでランスベルグ侯を説得してカノンを借りてきた身である。約束を破ってカノンと【パレード】に乗り込んだなどと知られたくはない。救助者に固く口止めをする程だったので、これ幸いと名声も後始末もアベルにこっそり押し付けて表舞台には出なかった。


 しかし人の口に戸は立てられない。

 英雄の影に隠れて人命救助に尽力した冒険者の噂は、今日もどこかで広まっている。











 クレア達がアルデンヴェインに帰還した次の日の朝。【パレード】の蹂躙を免れた町には人々が戻り始めていた。


「ひゃくさんじゅういーち! ひゃくさんじゅうにー!」


 そして営業を再開した宿の前には、日課の素振りをするカノンの姿があった。彼女はビルド・ザ・スクリームが暴発しないように、元はバリスの物であった聖骸騎士の鎧を着込んでいる。


「ひゃくさんじゅうさーん! ひゃくさんじゅうよーん!」


 現在彼女が気持ち良く振り回している物体は、黄金の台座に突き刺さったままの謎の剣である。【パレード】の野次馬の間で話題になっていたが誰も台座から剣を抜く事が出来なかったので、カノンが台座ごと持ち帰って筋トレ用具として活用している。


「スー……スー……」


 疲れ知らずのカノンとは対照的に、疲労困憊していたクレアは部屋でまだ熟睡していた。何しろ【パレード】で大立ち回りを演じたのみならず、満身創痍で帰還してからも、父の話を聞かせてほしいとねだるエリーに深夜まで付き合ったばかりである。


 そしてその当然の結果として……。


「センパーイ! おはよー!」


 エリーがクレアに懐いてしまった。


「センパーイ! カノンさんから鍵借りたから入るねー! アクセルは外で待機! 女子部屋に入ろうなんて論外だからね!」「へいへい……」


「んん……?」


 騒がしい声にクレアが目を覚ますと同時に、エリーがクレアのベッドに飛び込んできた。「うわっ!?」彼女は驚くクレアの隣に寝転び、その腕に抱き付く。


「エリザベス!?」


「エリーでいいよ、センパイ! 朝ごはんまだだよね? 一緒に食べない? パパの話もっと聞かせて! センパイ他にはどんな武勇伝あるの? 【パレード】って結局何だったの? 継承魔法スクリームって? エリーでも継承できたりする? センパイの仲間ってカノンさんだけ?」


「私まだ眠いんだけど……」


「そうなんだ! じゃあ眠くなったらいつでも寝落ちしていいよセンパイ! それまでちょっとだけエリーとお話しよ!」


 迷惑そうなクレアに対し、元気いっぱいの笑顔を見せるエリー。あろうことかツンデレのデレの部分はアクセルではなく、全てクレアに向かってしまった。


「しょうがないな、少しだけだぞ……」


「やったー! ありがとね、センパイ!」


 そしてクレアも好意に弱い。自分を慕う後輩を前にしてチョロくも流されてしまい、強い眠気を堪えながらもエリーに付き合う事にした。


「えーと……まず私の仲間は他に二人居て……対象が複数だと効力が弱まるビルド・ザ・スクリームの精度を上げる為に別行動を取った……。今はハイエ……んんっ! カノンが拾った剣のような面白い物が落ちてないか、今朝早くから探しに行っている……」


「そうなんだ! 後で紹介してね、センパイ!」


「うん……そして継承魔法スクリームは……ある人物からカノンが受け継いだ魔法だ……。普通は魔法の継承なんて出来ないので、特別な何かがあったんだろうな……。そして彼はあれほど凄まじい力を持ちながら、敵対した私達に決して使おうとはせず……逆にその力をカノンに託して亡くなった高潔な人物だった……。あれ程の力があればどんな野望も叶えられそうなものだが、教会の記録にさえ残っていなかったので……彼は誰も傷付けないようにあの力を生涯封印し、人里を離れて穏やかに生きていたのだろう……。本当に惜しい人物を不幸な事故で亡くしてしまった……ふぁ〜ぁ……」


「そうなんだ! 悲しいね、センパイ!」


「ふぁ……そうだな……あとはえっと、【パレード】は……【ガイド】の話では『人類を未来永劫に存続させる』という目的の元に、遥か大昔にあらゆるテクノロジーを使って完成させた不老不死の実験体らしい……。せっかく不老不死にするのだから、世界一頭が良い世界一の善人を選んだそうだが……それでも結局、不老不死に耐え切れずに狂ってしまったようだ……。ただし、狂った今でも原初の目的だけは守り続けていて……人類を滅ぼしかねない何かがある場所を進路に選んで回収しているとか……いない……とか……スヤァ」


「そうなんだ! 物知りだね、センパイ!」


 一方、部屋の外で女子トークを聞かされ続けているアクセルは、今ひとつ釈然としない自分の感情と向き合っていた。


(そりゃあさ、俺は大して役に立たなかったけどな? ベストは尽くしたし、あんなヤバい場所に付き合ってやったんだし、もっとエリーは俺に感謝してくれてもよくね? いや別にチヤホヤされたいとかモテたいとかじゃないけど……なんか俺とクレアパイセンとで露骨に態度違うのモヤモヤするな……うっ!?)


 悶々と悩んでいたアクセルの背筋が突然凍りついた。悪寒と鳥肌が全身を駆け巡り、意思と無関係に体が震える。何が起きたのかを理解するよりも先に、氷のように冷たい異物が喉にズルリと突き刺さり、息も吸えない激痛が走った。冷や汗がどっと噴き出す。


「動くな。今は声が出せない程度だけれど、お前の喉に刺したこの針が少しでもずれれば……その身体の首から下は二度と動かなくなる……」


 この状況でも快感を覚えてしまうほど美しい声が、アクセルの耳元で囁く。アクセルは正面を向いたまま硬直し、目だけを亀よりも鈍重に動かして声の出元を恐る恐る探る。


 人型の闇がそこに居た。


 死、死、死死死死死死死死死死。

 アクセルの頭をその言葉だけが埋め尽くす。

 油断していた。もう安全だと思った。これが【パレード】と関係があるのかどうかは分からない。ただ自分は間違いなく死ぬ。それだけは疑う余地が無かった。


「センパイの寝顔かわいー!」


 能天気なエリーの声が部屋から漏れると、人型の闇はピクリと反応した。それは爛々と殺気を灯す瞳でアクセルを一瞥すると、「少しでも動けば、お前は死ぬ」その一言を残して音も無くクレアの部屋に忍び込んでいった。


 そして。


「あ……ああ、あああああ……!」


 人型の闇は部屋に入るなり、ポロポロと涙を溢れさせた。彼女が見たものは、寝落ちしたクレアとその腕を抱くエリー。それとベッドの上で咲き乱れる百合の花の幻覚。


「そんな……! 一足、遅かった、なんて……!」


 人型の闇は、苦労して【フロート】から持ち帰った『女同士でも子供が作れるようになる薬』を胸に抱き締めて泣いた。それはもう子供のように泣いた。


「びええええええええん! お姉さまが知らない小娘と浮気エッチしたあーーー!!」


「浮気もエッチもしてねえーっ!」


 クレアがぶん投げた枕が人型の闇もといナインの顔面に命中した。


「白」


 顔を覆い隠す枕の下で、ナインの口元がニヤーリと緩む。


「えっ!? 誰!?」


 突然の乱入者にエリーは驚いたが、彼女は頭の回転が早い。すぐにこの状況を理解した。


「あっ、もしかしてセンパイの仲間の人? でも今、浮気って……えっえっ、じゃあセンパイって……キャー!」


 顔を赤らめてイヤイヤと首を振るエリー。


「正解です。なお私が正妻です。どんと来い性行為」


 真顔でしれっと嘘をつくナイン。


「ふー! なんだか暑くなってきましたな!」


 勝手に鎧を脱ぐカノン。


《呪ってやるぞおおおおおおおおおお!》


 暴発するビルド・ザ・スクリーム。


「カヒュッ……! コフッ……!」


 人知れず死にかけているアクセル。


「うわああああああああ!」「ぎゃああああああ!」


 せっかく活気を取り戻した町中に乱れ飛ぶ人々の悲鳴。


 こうしてクレアの安眠は、混乱の嵐に破壊され尽くされた。もはや何から手をつければいいのか誰にも分からない。ベッドの上でクレアはシーツを握り締め、悔しげに項垂れて歯を軋ませる。


「私は、とても疲れていて……! ただゆっくり寝たかっただけなのに! どうしてっ! こうなった……!」


 大混乱の中でクレアはしばらくわなわなと震えていたが、やがて自分のやるべき事を見出した。顔を上げ、前髪で隠れていた両目をカッと見開いて天を仰いだ。


「ミサキー! ハスキー! 早く帰ってきてくれー! そしてこいつらを何とかしてくれー! 私のまともな味方は君達だけだーっ!」




 彼らは勝者ではない。

 命を賭けても望みは叶わず、財宝は手に入らなくて強敵は倒せない。災害は止まらず世界は変わらず、命からがら逃げ帰ってきたかと思えば、またこうしてトラブルが起こる。


 だが、父を失い、罰を求めて、笑顔を得た少女は知った。

 時に嵐は一個人から生まれ、悪意も絶望も吹き飛ばして晴天を運んでくる事を。そしてその嵐を生み出す者と少女の縁を繋いでくれた者は、他ならぬ彼女の父である事を。


 時間軸に干渉し因果律を狂わせる【エリア・スマイル】の後遺症、あるいは父からの最後の贈り物にエリーが気付くのは、もう少し先の話である。














 一方でアクセルは一命を取り留めたものの、無事に女性恐怖症になってしまった。




 おしまい。


以上です。ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました。

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