第9話。まごころを、君に
アクセルとエリーは白い部屋に居た。部屋は不自然な程に広く、床も壁も天井も凹凸の無いツルツルとした材質で構成されている。窓も出入り口も見当たらず照明すら無いのに、目が痛いほど明るい。
アクセルは青ざめた顔で部屋の隅で震えていたが、かろうじて笑顔を維持していた。少なくとも外見に異常は見られない。【ガイド】のアドバイスに従って親指と人差し指で自分の口元を押し上げ、無理やり笑顔を作っている。
その一方でエリーは心身が崩壊していた。記憶と肉体の時間軸が絶え間なく流動し、胎児から現在までの成長状態がグチャグチャに入り乱れ続ける。身体の一部が赤子になり、幼児になり、現在の状態に戻り、意識は悲惨な改編を受けた悪夢を見続けていた。休む間も無く放たれ続ける絶叫が、彼女の受けている想像を絶する苦痛を物語っていた。
「ステージへようこそ、子猫ちゃんたち。アタクシが【エンターテイナー】ヨォーん」
この部屋には異形の怪物が居た。ボロボロに錆びたブラウン管を何十台も密集させてキリンに似せた形状を作っており、時折ノイズの走るそのモニター全てに【ガイド】と同じ顔の男が映っている。頭部の巨大なブラウン管は六面全てがモニターとなっており、キリンの角に似た二本のアンテナが上部に付いていた。
「アーララ、【エリア・スマイル】に被曝しちゃったのネェ〜ン? アクセルちゃんが耐えられたのは、あんまり幸せな記憶が無かったからカシラ。こっちのエリザベスちゃんはもう手遅れだけどォ〜ン……安心シテ? アタクシが心も体も治してア・ゲ・ル」
キリンは首を曲げて頭部モニターをエリーに近づけると、画面に吸い込むようにエリーを飲み込んだ。「ンンーッ! デリーッシャス!」モニターに映る男がモゴモゴと口を動かして彼女を咀嚼し、首を上げてゴクリと飲み干した。
「あらン? この子ちょっと変わった味が混ざってるわネェ」
するとその長い首に並ぶモニターにエリーの姿が映り始めた。彼女の映像はキリンの口内から胃にかけて嚥下するように、ゆっくりとモニターからモニターへスライドしていく。彼女の絶叫は止まり、絶えず変化し続けていた容姿も徐々に現在の姿で安定するようになっていった。
「さぁーってトォーゥ!」
エリーを腹に納めたキリンの舌舐めずりを見て、アクセルの背筋は震え上がった。こんな異常者がわざわざエリーを治す理由など決まっている。それでもどうか自分の予想が外れてくれるようにと、彼は神に祈った。
「エリザベス・バートレイちゃんの虐待会議を始めまぁぁああああッス!」
だが彼の祈りは神に届かなかった。キリンの身体を構成する大量のブラウン管が激しく振動したかと思うと、納豆のような糸を引いてズルズルと抜け始めた。抜け落ちるブラウン管の底部には粘液に塗れた成人男性の首から下が生えており、遠目には奇妙な被り物をしているだけの人間にも見える。モニターに映る同じ顔の男達が笑った。
「ハーイ!」「ハイ!」「ハイハイ!」「ハァーイ!」
産み落とされた幼体達が一斉に立ち上がり、我先にと手を挙げた。「じゃあそこのアタクシ、どうぞーォ?」そのうちの一人をキリンが頭で指した。
「人間便器ヨ! 人間便器が見たいワ!」
興奮する個体のモニターに、体を便器状に加工されたエリーの無惨な姿が映し出された。
「排泄物を大きなお口で受け止めて、舌でお尻を拭く人間便器を作るノ! もちろんユーザーの要望に合わせて性処理用のオプションも作るワ! 世界平和賞はアタクシのモノよぉおおーッ!」
「ン却下」
発言した個体をキリンが踏み潰した。
「それはもう何度も作ったじゃない。オリジナリティが足りないのよネェ。ハイじゃあその隣のアタクシ、どーうぞォ」
「オーッホホーゥ! ホホーホ!」
次に指された興奮する個体は、停止した時計の前で目を見開いたまま固まるエリーの姿をモニターに映し出した。
「永遠ヨ! 永遠がいいワ! 体感時間を無限大に引き延ばして、永遠の退屈を与えるノ! 一秒すら進まない世界の中で終わりの無い絶望を与えるのヨオオオオ! アタクシ達のようにイイイイイ!」
「ン保留」
興奮する個体をキリンが踏み潰した。
「見ててツマンナイのよねぇ〜、ソ・レ。発想はイイけど、対象の苦痛を観測する為には同じ時間座標に滞在しないとイケない点がドマイナスよン。ハイ次」
指された次の個体が、モニターからヨダレを滴らせながら狂ったように主張する。
「リセマラよリセマラ! 毎日10連無料惨殺ガチャをブン回して、当たった方法を全部実行するノ! 死なれたら遊べないから先にオリジナルを保管しておいテ、コピーしたクローンに惨殺を実行! クローンが死んだらオリジナルに記憶をフィードバックしてまたクローン作成ヨオオオオオオオ! ログインボーナスはアタクシからの愛情キッスでどうかしらアアアアアン!」
「ン採用」
発言した個体をキリンが踏み潰した。
「ランダム性とバリエーションに富んでてイイわネェ。ログインボーナスで希望を与えてからの絶望は、禍福の落差による苦痛の倍加が見込める点もステキよォ。だから何? 要するにネタ切れの寄せ集めじゃなイ。コンセプトは絞って、ドーゾ。ハイ次」
「合体ヨ合体! あの二人を「はいボツ」
発言しかけた個体をキリンは踏み潰した。
「アクセルちゃんは笑顔を守れたからまだ【ゲスト】ヨン。手出しするのはルール違反だワ。ハイ次」
「日常と拷問サイクルよォオオオオ! 一旦帰してから日を置いてまた連れ戻して拷問するノオオオオ! それを何度も何度も繰り返すのヨオオオオン!」
発言した個体が唐突に溶解した。
「ふざけんじゃねえ。【パレード】は進路外に干渉しないって最低限のルールくらい守れねぇのか、このスッタコがよぉ。ビビってお客様が来なくなったらテメェは責任取れんのか、ああん!? ……ん? アアーッ!? アタクシの可愛いアタクシがどうしてこんな目にーッ!? 酷いワ! 限りある美しい命の揺りかごがーッ! はい次」
「女王化ヨ! 女王化がイイワ! 24時間稼働で自分の子孫に犯されながら、妊娠と出産を繰り返すノ! 子供達はマザーファックタイム以外はずーっと拷問して! 奇形児かつ寿命も3年くらいに設定して! 産まれてきた恨みつらみを母に聞かせながら犯し続けるのヨオオオ!」
虐待会議は続く。ブラウン管が抜け落ちたキリンの体には、すでに新しいブラウン管が生え揃っていた。その中に映るエリーはすでに意識を取り戻しており、目の前で繰り広げられる自分の虐待会議を見て青ざめていた。
無理やり笑顔を作り続けるアクセルと、モニターの中のエリーの目が合う。エリーの顔が今にも泣き出しそうに歪んだが、アクセルには何も出来ない。敵は強い弱いの尺度を超越した天災であり、人間が対抗出来る存在ではない。これが少年少女に叩きつけられた現実。夢の終わりだった。
「ごめん……ごめんな……」
何の価値も無い謝罪の言葉がアクセルの口をつく。怯え震えて卑屈な笑顔を作る彼の謝罪は『お前を見捨てるけど許してほしい』。という自己保身で濁っていた。
「ごめんよ……」
それを見てエリーは顔を伏せた。アクセルの謝罪の意味が伝わってしまったのだ。アクセルの胸が痛む。エリーは今から死の救いすら訪れない、凄惨な拷問を受け続けるだろう。何十年何百年、あるいは未来永劫に受け続けるかもしれない激痛の牢獄である。
そして、そこに入る者が自分ではなくてよかったとアクセルは思ってしまっていた。卑怯者と罵られても、自分だけは助かりたいと思ってしまった。アクセルは空虚な謝罪を唱えながら卑屈な作り笑いをし続ける。エリーが伏せていた顔を上げた。
彼女は笑っていた。
二本の人差し指で自分の口元を押し上げ、両目から溢れんばかりの涙を流して無理やり笑っていた。その震える手元が、彼女の精一杯の強がりを物語る。
(いいよ)
エリーの声は聞こえなかったが、彼女の悲壮な笑顔を見た瞬間にアクセルの中で何かが切れた。怒りではない。彼は自分でも驚くほどに冷静なまま、作り笑いと保身を投げ捨てて一つの行動に出る。
「や、やめて、くだ、さい……」
アクセルは僅かに残っていた一握りの勇気を声に変えて、喉の奥から無理やり絞り出した。この場でやらなくてはならない事は彼の中でもう決まっている、決まってしまった。
「お願い、します……。エリーを、助けてください……」
アクセルは手と膝をつき、床に額を擦り付けるように土下座をした。それまで虐待会議を続けていた狂人達が、一斉にアクセルへモニターを向ける。モニターには一様に大目玉がアップで映し出された。
「その代わり……お、俺が、虐待を、引き受けます……から、エリーは、帰してあげて、ください……。あ、あいつには、俺と違って、まだ悲しむ人が、いるんです……」
アクセルは震える声で必死に頼み込んだ。「イヤぁヨ」しかし彼の自己犠牲を顧みない嘆願は冷たく一蹴される。
「【エリア・スマイル】を耐えられる子って、すでに幸せな記憶を不幸で汚された子ばっかりなのよネェ。元から不幸な子を虐待してもツマンナイでしょオ? そ、れ、に、ルールはルール。守ってこそ意味があるのヨ。最後まで笑顔でいられたアナタはちゃぁんと帰してア・ゲ・ル。アタクシのイタズラを笑顔で我慢するアナタの姿にキュンキュンきちゃったからあアアアアアアア! アンッ! あ、そうそう、ここはもう【エリア・スマイル】ではないけれど、お別れまで笑顔でよろしくネン」
優しく微笑む男の顔がキリンの全てのモニターに映った。
「どうして……こんなこと、するんですか……」
アクセルはまだ引き下がらない。
「楽しいからヨ?」
キリンは当たり前のように即答した。
「見ての通りアタクシ達は不老不死だけど、不老不死ってとってもとぉおおっても苦しいのよねエエエ! 何もかもに飽きて飽きて飽きて飽きて退屈で退屈で仕方ないのヨオオオオ! 『人類の永久的な存続』なんてもののために不老不死になるんじゃなかったって後悔するくらいにはネエエエエエ!」
大粒の涙を流すキリンの慟哭に他の個体達も連動する。
「アアアアアアアアアア!」「不老不死になんかなるんじゃなかったあああああ!」「嫌よこんなの嫌ヨオオオ!」
「だからネ?」「ウフン」
かと思えば次の瞬間には笑っていた。
「実証するの。不老不死で良かったって。こんな痛くて苦しい目にアタクシは逢わなくてああ良かったって。その為にたくさんの子を、想像出来る限りの方法で虐めて痛めつけて苦しませるノオオオオ……おふぅ……」
モニターに映る頬をピンク色に染め、狂人は恍惚とした表情を浮かべた。
アクセルの震えが止まる。彼の中で答えは決まった。こんな狂人にエリーを引き渡す事だけは阻止しなくてはならない。それこそ、最低の手段を使ってでも。
「お願いします……お願いします!」
これまでに見てきた狂人の言動から得たヒントが彼の中で形になった。形になってしまった。
「どうかせめて最後にエリーに触れられて、お別れを言う時間をください! 10分……いえ、5分だけでもいいんです! だからどうか……お願いします!」
必死になって頼み込むアクセルの姿に、狂人達がざわめく。
「コレってアレよネェ!?」「絶対アレよ!」「愛の告白ヨ!」「キスよキス! お別れのキス!」「イヤァン尊いワァァ!」「なんなら最後までヤルかも?」「ウホッ、不潔よぉォオオ!」「交尾よ交尾! ビギナー同志の交尾を生で見てみたいわァン!」「妊娠!? 妊娠ワンチャンある!?」「でも5分でイケるかしら!?」「初めてなんか5秒でもイケるわヨォ!」「どんと来い性行為!」
アクセルは土下座をしたまま頭を上げない。エリーがどんな顔で自分を見ているのかだけが気になったが、自分が今からやろうとしている事を考えると、彼女の顔をまともに見れる気がしなかった。キリンが頷く。
「ンンーッ、そこまで言われたら仕方ないわネェ。イイワ。アクセルちゃんはアタクシのタイプだから、ちょっぴりサービスしちゃう。もちろん邪魔はしないワン。お涙頂戴の陳腐な感動ポルノ、期待してるわヨオオオオ、オエー!」
汚らしい吐瀉音と共に、キリンのモニターからエリーが吐き出された。彼女は謎の粘液にまみれていたが、身体的には傷一つ負っていないように見えた。彼女は産まれたての子牛のようにガクガクと震えながら立ちあがろうとして転んだ。
「エリー!」
アクセルがガバッと顔を上げ、勢いのあまりに転びそうになりながらもエリーに駆け寄った。
あれほど騒がしかったブラウン管の狂人達は少年少女の姿をモニターに映し出したまま動きを止め、一言も喋らない。ルールを守っているのだ。
「アクセル……」
「ごめん、エリー」
アクセルは自分の名前を呼ぶ少女に馬乗りになり、その首に手をかけた。「ごめんよ……!」少し力をかけただけで折れてしまいそうな、細く華奢な少女の喉だった。自分の手から伝わる彼女の温もりに、アクセルは涙を抑えきれなかった。
「ごめん……ごめんな……! 俺……俺っ、お前の言うとおり馬鹿だけど、馬鹿なりに一生懸命考えたんだけど……! もうこれしかなかった! 俺がお前にしてやれる事って、もうこれしか残ってなかったんだよ……! ごめんよ! ごめんよぉ……!」
エリーはこのままだと阿鼻叫喚の拷問を受ける。
あのバケモノ達でも死者の蘇生は出来ない。
そしてあいつらは自分の決めたルールを守る。
この三点からアクセルが見つけ出せた僅かな救いは、せめて自分がひと思いにエリーを殺してあげる事だった。
「言われた通りに俺がお前を家に連れ帰っていれば、こんな事にならなかったのに……! うっ、うううううーっ……!」
アクセルは咽び泣きながら、少女の細首を締める手にギリギリと力を込めていく。エリーの呼吸が止まり、脳への血流が阻害され始めた。
(アクセル……)
エリーは苦しそうに眉をひそめたが、抵抗はしなかった。こんなに優しく殺してくれるなら……と、彼女はアクセルの決断を受け入れていた。
(ありがと……)
だからエリーはアクセルの頰を撫でた。声に出さずとも彼に感謝の気持ちが伝わるように。残酷で優しい彼の決断が、彼の一生を苦しめ続けないように。
恋でも愛でもない。殺し殺されの関係でも、互いを思い合う確かな真心がそこにはあった。
《生還だけは諦めるな》
だが朦朧とするエリーの意識の淵で、あの冒険者の言葉が唐突に蘇る。
(そういえば……あの冒険者の隣に居た騎士、間違いなく聖骸騎士の鎧を着てた……)
奈落の穴に落ちる寸前で手を誰かに掴まれたように、その違和感がエリーの意識を繋ぎ止めた。
(聖骸教会の最大の武装を一介の冒険者が借りるなんて、どんな大金を積んでも絶対に有り得ない……。それこそ、教会によっぽど大きな貸しでも作っていない限りは……)
エリーの疑問は彼女がこれまで得ていた真偽不明の情報と溶け合い混ざっていく。
行けば二度と帰れないと恐れられていた人喰い沼の噂。
(国の最大戦力、英雄アベルでさえ避けた)
そこに向かった聖骸騎士隊の結末。
(パパを含む六人中四人が死んで一人が逃げ、一人は植物人間になった)
人喰い沼に乗り込み、元凶を町もろとも消滅させた正体不明の冒険者の噂。
(聖骸教会に借りを作るならここしかない)
父の死を知らせに来た二人の聖骸騎士。
(骸骨のように痩せ衰えていた。元凶が消えたおかげで、植物人間から回復した?)
汚される記憶に出てきた燃える獣。
(知らない。あんな怪物は見た事も聞いた事もない)
アクセルの自白。
(言われた通りって? 誰に? 何を?)
英雄アベルのたった一度の敗北の噂。
(顔に傷がある女に叩きのめされたらしい)
あの日、アベルの演説を避けた女冒険者。
(アベルに会いたくなかった……? そういえば彼女の顔には傷があった……)
しかし全ての糸を繋げるには時間が足りない。エリーの呼吸は止まって久しく、視界は暗く沈んでいく。何をするにももう遅く、全てを忘れて眠ってしまいたい衝動が押し寄せる。
《どんな目に遭っても楽な死を選ばず、一分一秒でも辛く苦しい時間を引き延ばして生きる努力をしろ》
だが黄泉の淵でまたあの声が聞こえた。
エリーの意識よりも早く、体がその助言に従う。彼女は意識が途切れる寸前で渾身の力を振り絞り、馬乗りで自分の首を締めるアクセルを狙ってひざ蹴りを叩き込んだ。
「エンッ!」
そしてそのひざ蹴りはアクセルの股間に直撃してしまった。完全に油断していたアクセルは短い悲鳴を上げて白目を剥きぶっ倒れ、口からブクブクと泡を吹き出して痙攣し始めた。
「ンマッ!」「破局よ破局!」「あの子フラれちゃったワ!」「あんたバカァ!?」「なにヨこの茶番劇!」「どんと来い性行為!」
黙って事の成り行きを見守っていた【エンターテイナー】達がブーイングを飛ばす。エリーは身を起こしてゲホゴホとひとしきり激しく咽せた後、這いつくばりながらも狂人達を睨みつけた。
苦痛と涙に滲んだその眼が言う。
お前達を楽しませる見せ物になんてなってやるものか。
「ふぅウウウウ〜ン?」
キリンの首が何重にも螺旋を描いて伸び、睨み続けるエリーの顔を覗き込んだ。
「もしかしてあなた、奇跡にでも期待してる? まだ二人共都合良く助かるなんて思っちゃってるノ?」
モニターに映る男の両目が口になった。彼は三つの口で狂気じみた笑顔を作り、舌をベロンと垂らした。
「…………」
「ブホッ」
エリーが何も言わずに睨んでいると、モニターに映る狂人達が三つの口で吹き出した。
「オホホホホホホ! 思ってるの!? 思ってるのネ!? バァーカねぇえええええ! ここをどこだと思ってるのカシラ!? 物理・超常的に隔離された【フロート】の内部よぉおおおお? 英雄ちゃんにでも期待しているんでしょけど、残念でしたぁあああああ! アタクシ達以外は誰もここに入れないの! 助けなんて絶対の絶対に来ないわよおおおおお! オホホホホホホーッ!」
獲物を取り囲み、ゲラゲラと笑い狂う【エンターテイナー】達。「ねえ」しかしその中の一人が、ふと気付いた。彼は困惑している様子で、恐る恐る狂乱の集団に報告をする。
「【パレード】の進路、変わってるんだけど……」
「たのもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
女性の大声が聞こえたかと思うと、巨大な蹄が白壁を粉砕した。蹄は瓦礫を撒き散らしながらエリーとアクセルの頭上を通過し、キリンとブラウン管ヘッズをまとめて轢き散らす。轟音が耳を打ち、バラバラになった狂人達の血肉が四方八方に飛び散った。横たわっていたエリーとアクセルだけが無事だった。
「オホホホーッ!?」
首だけでビタンビタンと跳ねながらキリンが襲撃者に頭を向けた。蹄が引き抜かれると、崩れる壁の向こう側には巨大な馬の身体を持つ巨人の顔があった。
「ンマッ! あなた高スコアの【トップランナー】じゃない! なんで逆走してるワケ!?」
動揺する狂人達の血肉から新たな幼体が産まれ始める。不死身を極めた彼らに肉体の欠損など何の意味も無い。血の一滴、細胞一粒、吐いた一息から彼らは増殖するからだ。
馬男がガパァと大口を開いた。中には二つの人影。聖骸騎士の兜を被ったスーツ姿の女性と、童顔だが筋骨隆々の肉体美を誇る下着姿の女性。
「要救助者二名を確認した。回収するぞ」
兜の中が見えなくてもエリーは確信する。あの日出会った、顔に傷がある女冒険者だ。来るはずがない救いの手が本当に来た。
「銀河最強無敵伝説勇者カノン・ランスベルグ! GO!」
「ダッッッサ! 何ヨその名称!?」
駆け引きも牽制も無く、勝敗は初手で決まった。物理攻撃も精神攻撃も効かぬがゆえに敵の攻撃を防ぐ発想を忘れた不死者へ訪れるは、必然の敗北だけである。
「ユウシャ! ムテキ! アク! コロス!」
「ちょっと!?」
仲間とのルーティンによってカノンのボルテージは最大値へ達した。彼女が目を瞑り、両拳を力の限り握り締めたファイテングポーズを取ると、怨念を凝縮したが如きドス黒い炎が燃え上がった。パチリ。パチリ。黒い炎の中、無数の魔眼が次々と目を覚ましていく。
そしてカノンもまた、閉じていた目をカッと見開いた。
「あなたが授けてくれたこの力……今こそ使わせていただきます!」
開いた右手を高々と天に突き上げて、彼女は仲間と共にその名を叫ぶ。
「「ビルド! ザ! スクリーム!!」」
際限なく燃え上がる黒い炎が濃度を増し、全身に魔眼を持つ巨人の幻影へと変わった。巨人は白い部屋を握り潰すように鷲掴みにして指を食い込ませると、残虐非道の限りを尽くす悪党共(※1)を睨み付けた。
《このひとでなし共がああああああああ!》
その眼に燃え滾る灼熱の怒りが言う。
裁きの時だ。悪党共よ聞くがよい、正義の叫び(※2)を。
※1……何故かカノン達を睨み付けている場合が稀によくあります。
※2……カノン達の個人的な見解に基づく解釈であり、事実とは異なる可能性があります。