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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【嵐のような災害が何もかも破壊する話】
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第7話。エリア・スマイル

「【エリア・スマイル】はネ、暴走事故を起こして空間ごと隔離された研究施設ヨン。本来なら近付いただけで、さっきのチュートリアルちゃんのように悲惨な目に遭うワ。でもそれだとただのクソゲーでしょ? だから『笑顔でいる間は安全』っていうセーフティをアタクシ達が付け足したノ」


 どこまでも続く泥の荒野を【ガイド】が先導する。その後ろを肩を落としたアクセルがトボトボと着いていき、さらにその後ろをアクセルの背中に剣を突き付けたエリーが続く。


「なんで笑顔「アクセル? 誰が喋っていいって言った?」


「ハイ……」


 変態に発言権は無い。アクセルが起こした変態的行動についての理由は先程すでに【ガイド】がエリーに説明したのだが、それはそれ、これはこれ。失墜したアクセルの社会的地位は誤解が解けても回復せず、エリーは虫ケラを見るような目をアクセルに向けるようになっていた。諸行無常。


「だからあそこをオキニの遊び場にしている【エンターテイナー】達は、あの手この手でお客様の笑顔を奪おうとしてくるノ。さっきのチュートリアルちゃんなんて可愛い方ヨ。嫌がらせを受けて笑顔を忘れると、死にたくても死ねない生き地獄に落とされるんダカラ。どんなに予想外の事があっても、ここから先は絶対に笑顔を絶やしてはダメ。いいわネ?」


(どうして俺がこんな目に……)


 【ガイド】の解説も上の空。アクセルは泣きたい気持ちでいっぱいだった。ピンチな女の子をカッコよく助けて感謝されたいという下心に天罰が降ったのだろうか。変態の烙印による社会的な死を迎えた彼は、すっかり意気消沈していた。


「さ、着いたワ。秘匿結界を解除するわネ」


 【ガイド】が何も無い空間に手をかざすと、ガラスが割れるような甲高い音が響いて周囲全ての景色が砕け散った。ガラガラと崩れ落ちる景色の欠片の向こう側から、骨の髄まで凍てつく冷気と暗闇が押し寄せる。


「ようこそ、【エリア・スマイル】へ」





挿絵(By みてみん)





 少年少女の眼前に、巨大な城がそびえ立っていた。

 外観は夜闇の暗さを塗り潰す程に黒く昏く、無数の尖塔が建ち並ぶ。点在する窓から見える内部には明かりが見えるが、その内側には先程アクセルが出会った醜い肉塊の同類が蠢いていた。ツタとも血管ともつかぬ触手状の何かが尖塔同士を通路代わりに結んでおり、不規則に脈動を繰り返している。


 城の中心部には宇宙があった。

 暗黒世界に星々が煌めく宇宙空間そのものが、まるで一つの星のように球状に圧縮されている。その外縁をぐるりと取り囲んで白い炎が燃え盛っており、遠目には巨大な眼球のようにも見えた。そしてその周囲を、狂った笑い声を上げる上半身だけの人影が、所狭しと縦横無尽に飛び回っている。


 アクセルの背筋を本能的な恐怖が這い上がった。


 とんでもない所に来てしまった。ここは人間が来ていい場所じゃない。【パレード】も【ランナー】もメチャクチャだったが、ここは人間の常識が通じる世界じゃない。まるで悪い夢の中に居るようだ。


「ハイハイ、そろそろ制限時間ヨ。スマイルスマイル」


 戦慄するアクセルの頬を【ガイド】が親指で押し上げて、無理やり笑顔を作らせた。


「ンモゥ! 言ったでショ? 笑顔を忘れたらお終いだっテ。あなた何回目? 少しはエリザベスちゃんを見習いなさいな」


 アクセルが振り向くと、彼の背中に剣を突きつけながらもエリーは笑顔を維持し続けていた。そして一瞬だけ真顔になると「なにジロジロ見てんの? 殺すわよ?」アクセルに殺意を叩きつけてきたので、アクセルは泣きたい気持ちを堪えてまた前を向いた。


「さ、行きましょ。目的地の降霊塔はすぐ近くヨ。変なのに絡まれても、笑顔を保っている限りは絶対に襲ってこないワ。こんな場所でもルールはあるのヨ」


 笑顔で手を差し出す【ガイド】の手を、アクセルは自然に握っていた。彼は自分でも少しばかり驚いたが、いつの間にかこの怪人を信用してしまっているらしい。

 エリーに嫌われる原因を作ったのは他でもない彼なのだが、それを差し引いてもなお、未知の世界を先導してくれる彼の存在はアクセルにとって有り難かった。


 しかし客観的に見れば、アクセルはやはり冒険者には向いていなかった。死と隣り合わせの未知なる世界を自らの手で切り拓く実力も志も、彼には備わっていない。彼はまだ、大人に手を引かれなければ歩けない子供だった。


 その事実に気付いていたエリーは、相方の背中を見て苛立ちと焦燥感を募らせていた。自分も彼と同じく、気持ちだけが先行していて実力不足な未熟者という自覚がある。

 【ガイド】の気分次第で簡単に死ぬ現状が、いつの間にか他人に自分の命を預けているこの状況が、どうしようもなく歯痒かった。


 それでも彼女には、どうしてもここへ来なければならない理由があった。


「笑って」「笑って」「笑っテ?」


 黒い触手の道を進めば、人間のパーツを出鱈目に配置したような肉塊達が集まって覗き込んでくる。


「はいはい、笑ってればいいんでしょ」


 エリーは肉塊に作り笑いを返して軽くあしらった。


「笑ってる」「笑ってるネ?」「笑顔が一番だネ」


 肉塊達がのそのそと引き下がっていき、道を開ける。ほんの数時間前なら怯えていたかもしれないが、ここに至るまでに気持ちの悪い光景を散々見てしまったおかげで、エリーは怪物に慣れ始めていた。


「うんうん、エリザベスちゃんは度胸があるワネ〜。アクセルちゃんも見習いなさいナ。さ、行きましょ。目的地の【降霊塔】はすぐ近くヨ。変なのに絡まれても、笑顔を保っている限りは絶対に襲ってこないワ。こんな場所でもルールはあるのヨ」


 笑顔で手を差し出す【ガイド】の手を、アクセルは自然に握っていた。彼はいつの間にかこの怪人を信用してしまっているらしい。エリーは何か違和感を感じたが、自分も彼と同じく、気持ちだけが先行していて実力不足な未熟者という自覚がある。いつの間にか他人に自分の命を握られているこの状況が、どうしようもなく歯痒かった。


「笑って」「笑って」「笑っテ?」


 黒い触手の道を進めば、人間のパーツを出鱈目に配置したような肉塊達が集まって覗き込んでくる。


「はいはい、笑ってればいいんでしょ」


 エリーは肉塊に作り笑いを返して軽くあしらった。「笑ってる」「笑ってるネ?」「笑顔が一番だネ」ここに至るまでに散々気持ちの悪い光景を見てしまったおかげで、エリーは怪物に慣れ始めていた。


「ハイハイ、そろそろ制限時間ヨ。スマイルスマイル」


 戦慄するアクセルの頬を【ガイド】が親指で押し上げて、無理やり笑顔を作らせた。


「ンモゥ! 言ったでショ? 笑顔を忘れたらお終いだっテ。少しはエリザベスちゃんを見習いなさいな。あなた何回目?」


 アクセルの背筋を本能的な恐怖が這い上がった。


 とんでもない所に来てしまった。ここは人間が来ていい場所じゃない。何かがおかしい。何もかもがおかしい。常識が狂って壊れていく感覚はあるのに、何が壊れているのか分からない。ここは人間の世界じゃない。まるで悪い夢の中に居るようだ。


「さ、行きましょ。目的地の【エンターテイナー】はすぐ近くに居るワヨ。ヴフ、ヴフフフフフフ。笑顔を保っている間は命の安全だけは保障するワ。命の安全だけはネ。こんな場所でも、ルールはあるのヨ。守るかどうかはァ! アタクシ次第なんだけどネェエエエエエエ!」


 アクセルが振り向くと、彼の背中に剣を突きつける【ガイド】は笑顔を維持し続けていた。そしてエリーの姿に変わると「アクセル、何か、変」アクセルに疑問を突き付けてきたので、アクセルはまるで悪い夢の中に居るようだ。


「【エリア・スマイル】はネ、暴走事故を起こして空間ごと隔離された魔術研究施設ヨン。一つの事故がさらなる事故に繋がり、連鎖的に各研究施設を暴走させて手がつけられなくなったから封印されたワ。その中でも最悪の事故がコレ」


 どこまでも続く【ガイド】の顔の上をエリーが先導する。その後ろを肩を落とした肉塊がトボトボと歩き、アクセルは檻の中に閉じ込められていた。


「アクセル? 誰がそこに入っていいって言った?」


 エリーは虫ケラを見るような目をアクセルに向けるようになっていた。


「ハイハイ、そろそろ制限時間ヨ。あなた何回目?」


「ギュイイイイイイイイイイイ!」

《助けでぇ……助げでぇぇぇ……》


 醜く助けを求める肉塊に対し、エリーはアクセルの手を掴んだ。何かがおかしい。何もかもおかしい。全てが狂っていく。今信じられる確かなものは、この頼りない相方だけだ。


「笑って」「笑って」「笑っテ?」「あなた何回目?」


 少年少女が何度お互いの手を掴んでも、その度に相手が肉塊へと変わる。

 恐怖が少年少女を支配する。彼らは油断していた。【エリア・スマイル】が危険だと言っても、凶悪な怪物や罠といった『普通』の延長線上に有る危険性だと思っていた。


「アアン! ごめんなさぁいネェ! 完全な時間逆行と並んで人気のお願いだけどォ、残念ながらそれに成功した文明は今まで存在しないの! で、もぉ〜……?」


 かつて【エリア・スマイル】で起こり、不死の【パレード】にすら影響を及ぼした最悪の災害。


「擬似的な時間逆行なら出来ちゃうのヨネェ〜! ギャハハハハハハハハハハハ!」


 それは物事の連続性や整合性の喪失である。あらゆる物事の辻褄が合わなくなり、過去も現在もデタラメな改変によって狂い乱れる。人体を構成する設計図が破損したあの肉塊のように、世界を構成している法則そのものの崩壊だった。


「さ、エリザベスちゃんのお願いを、聞かせてェ?」


 そして、この世の終わりを引き起こしかねない未曾有の災害ですら【エンターテイナー】は遊び道具にしていた。


 少年少女の地獄は、まだ始まってもいない。

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