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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【嵐のような災害が何もかも破壊する話】
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第5話。ガイド

 【パレード】に挑む者の前には、時折【ガイド】が出現するという噂はあった。噂によれば【ガイド】は挑戦者が望む財宝の在処を教えてくれる上に、安全かつ楽に目的地まで連れて行ってくれるらしい。

 ただし、その噂が真実である保証はどこにも無い。


「さぁて注目ちゅうもーく! そろそろ見えてくるワヨ〜!」


 困惑する少年少女を気にもかけず、【ガイド】は両足を交互に高々と上げ、パァンパァンと頭上で手を打ち鳴らす。不快なダンスに呼応して、彼と同じ顔を持つ色とりどりの人面花が周囲一帯に咲き乱れた。


「水平線の先をご覧くださぁーイ! あれがロマンとメルヘンの詰まった宝箱! 誰もが憧れる悲報の数々を納めたワンダーランド! 【フロート】ヨォーン!」


 その名称を耳にした途端、少年少女の硬直が解けた。不用心にも二人揃って目の前の怪人から目を離し、誘導されるがままに水平線の彼方に目を凝らす。その先では海上を埋め尽くす【パフォーマー】達の行進が始まっていた。


 巨大化した三半規管を吹奏楽器のように吹き鳴らす者。自分と同じ顔を持つ赤ん坊でジャグリングを繰り返す者。自分に火をつけ踊り狂う芸を見せる者。バルーンや山車と融合した肉の塊。彼らは思い思いに芸を繰り返し、極めて不快な不協和音を奏でながら緩やかに行進する。


 比較的無害でありながらも狂宴全体の大多数を占める彼らの存在が、【パレード】の由来であった。


 彼らに導かれて、山のように巨大な頭部群が水平線の彼方から昇る。一様に目を見開いて狂った笑い声を上げ、顎から生やした巨大な手足をズンズンと動かして迫り来る。数百体もいる彼らの頭頂部は一様に額の上から後頭部まで円形に切り取られており、脳が露出していた。


 その上に、かつて【パレード】の前に立ちはだかった、強大なる文明の忘れ形見がそびえ建っている。


 幾重にも魔術防壁の張られた城があった。

 かつて【パレード】を打ち倒すべく、持ち主に超常の力を与える伝説の武具を世界中から集めた王が居た。一騎当千の武力を持つ最強の兵達を環境ごと不死化し、【パレード】を根絶やしにするまで戦い続けようとした国があった。

 しかし彼らの殲滅力は【パレード】の増殖速度を上回る事が出来ず、土地ごと【パレード】に回収された。不死の肉体を持ちながらも長い年月に耐え切れず精神が死んでしまった彼らは今も生前の行動をトレースし続け、伝説の武具を振るいながら今も無意味に【パレード】と戦っている。


 兵器工場があった。

 かつて世界中を飛び回りながら資源を採掘し、無差別に殺戮を繰り返す殺人兵器を生産していた飛行工場は、虜囚の身となってもまだ稼働を続けていた。定期的に外世界へ端末を送り出して各文明のテクノロジーを吸収し、今も自己進化を繰り返しては再び地上の支配者に返り咲く日を夢見ている。噂によれば、この工場のAIと取り引きすれば魔法使いにも匹敵する未知の武器が与えられるらしい。


 夥しく積み上がる骨の山の上に荘厳な扉があった。

 一体の骸骨が扉を閉めようとする姿勢のまま力尽きている。扉は僅か数センチほど開いており、その隙間から異形の宇宙が覗き見える。地表が眼球で埋め尽くされた星。意思を持ち、他星を取り込んでファッションのようにブクブクと着飾る星。星から星へ見境なく卵を産み付けて繁殖する宇宙蛔虫。

 そうした魑魅魍魎の巣食う宇宙空間から、毒々しい輝きを放つ毛細血管が扉の隙間を潜り抜けて周囲に根を伸ばしていた。それらには植物のように何百冊という本が実っており、異界の邪智が刻まれた禍々しい文字をボタボタと垂れ流している。アンゼン、ベンリ、ダイジョウブ。文字はそれを見た者の母国語へと変化して誘惑し続ける。


 【フロート】。それは宝の山であり禁后の箱。未来永劫に星を彷徨い続ける略奪者と、そのコレクション。少年少女が今から人生を賭ける、ハイリスクハイリターンな博打場である。


「アクセルちゃんとぉン……エリザベス・バートレイちゃんネェ……んフゥン……ハァ〜……」


 固唾を飲んで【フロート】を眺めていた少年少女は、背後から二人まとめてガッチリと抱え込まれた。教えた覚えの無い本名が耳元で囁かれ、熱く不快な息がこびりつく。二人の顔の間に挟まるように【ガイド】が顔を出し、無精髭が二人の頬をゾリゾリと擦った。


 恐怖が二人の背筋を駆け上げる。油断していた。目の前の敵から目を離したのはあまりにも不用心だった。彼らは己の未熟さを悔やむも、すでに手遅れである。特にアクセルの尻には猛々しく屹立した男性器が押し当てられていた。


「はいコレ、冒険者証明証。大事なモノなんでしょォ? ンダメよォ〜、身分証を簡単に捨てたりしちゃァン。ドッグタグにして首から下げたらどうかしら。怖ぁい人に悪用されないようにネェ〜?」


 毛深い腕が無遠慮に二人のポケットに入り込み、逃げる時に放棄した書類を強引に押し込んできた。当然ながら二人の名前や登録日もそこに記されている。


「二人とも冒険者になったばっかりなのねェ〜。アクセルちゃんの苗字が無いのはぁ、孤児なのかしらァ〜? ウフン。そしてエリザベスちゃんの名字は貴族名よネェ〜。もしかして【フロート】に行きたい理由と関係があるのカシラ……。興味深いわぁ〜ン……」


「あんたには関係ないでしょ!? 離しなさいよ!」


 生殺与奪を握られた状況で、エリーはなおも強気な態度を崩さずに抵抗を続ける。「そっ、そうだ! 離せよ!」それを見たアクセルもまた、エリーに勇気付けられるように抵抗を始めた。


「あらァン、関係あるわヨォン? だってぇ、今からアタクシがぁ、あなた達の願いが叶う【フロート】に連れて行ってあげるんだからァン。アクセルちゃんは強くなりたいのね? ンマー! 可愛いわぁ〜ン!」


 強い不快感を催す悪臭を吐き出しながら、【ガイド】は二人の耳元で囁く。「クッサ! 離しなさいよ!」「つーかなんで俺の願い知ってんだよ!」二人はこの怪人を引き剥がすべくもがき続けているが、【ガイド】の怪力は人間の限界を遥かに超えていた。


「ヴフフッ、こっそり二人のお話聞かせてもらっていたら、オネェさん応援したくなっちゃったノ。さ、エリザベスちゃんも恥ずかしがらずに本当のお願いをコッソリ聞かせて? オネェさんが最適な【フロート】に連れていってあ・げ・る」


 それまで騒がしくもがいていたエリーが急に静かになった。相方の急変に思わずアクセルの動きも止まる。

 それからしばしの沈黙を挟んで、エリーはアクセルが聞き取れない程の小声を喉から絞り出した。


「…………が出来るって、本当?」


「アアン! ごめんなさぁいネェ! 完全な時間逆行と並んで人気のお願いだけどォ、残念ながらそれに成功した文明は今まで存在しないの! で、も……」


 今度は【ガイド】がエリーの耳元に口を寄せ、小声で何かを囁いた。


「……なら、どうかしらン?」


「…………」


 穏やかに微笑み、エリーの返事を待ち続ける【ガイド】。その提案内容はやはりアクセルには聞き取れなかったが、エリーが沈黙を続ければ続けるほどに暗雲のような不安が刻一刻とアクセルの胸に湧き上がっていく。


 罠だ。こんな化け物が善意で話しかけてくるはずがない。


「エリー!」


 そんな当たり前の事にすら、手遅れになってからでしかアクセルは気付けなかった。


「分かった。それでいいから連れてって」


 エリーの返答を聞いて【ガイド】が笑った。目と口がグググと異常に湾曲して、人間には不可能な笑顔を作る。虫に似たドス黒い粒がザワザワと彼の顔中の穴から湧き出し、ブンブンと不快な羽音を立ててエリーを包み始めた。


「お前正気かよ!? こんな奴の口車に乗るなんて、いつもの冷静さはどうしたんだよ!? 頭冷やせよ!」


「……うるさい。あんたには関係ないでしょ。せいぜい伝説の聖剣でも探してれば」


「お前なぁ! 関係ないことはないだろ!?」


「勝手に仲間ヅラしないで。そもそもあんたみたいなバカでスケベの足手まといなんて、最初から仲間だと思ってないから」


「はぁ!?」


「ウザいのよ、あんた。バカでガサツで馴れ馴れしくて暑苦しいし、身の程を知らない英雄願望から卒業できてないお子様だし……あとバカだし……いいとこ一つも無いし……あたしが居なかったらとっくの昔に死んでるんだから……もう帰った方がいいん……じゃない……」


 ワンワンと不快な音を立てて飛び回る黒い粒に全身を蝕まれてエリーの姿が消えていく。彼女が今どんな表情をしているのかを、アクセルが知るすべはもはや無い。


「じゃあ……さよなら……」


 【ガイド】が指を鳴らすと、エリーの姿が黒い靄ごと唐突に消えた。


「おい……おっ、お前……」


 愕然とするアクセル。


「さっ! 次はアクセルちゃんの番ね! さぁどんな感じで強くなりたいのかしラン! 世界を救う伝説の勇者にしか抜けない聖剣チャレンジとかどうカシラ?」


 【ガイド】が再び指を鳴らすと、アクセルのすぐ目の前に神々しい光を放つ剣が現れた。絢爛豪華な装飾の施された剣は太古の言語が刻まれた黄金の台座に突き刺さっており「んなもんどうでもいいんだよ!」


 アクセルが吠えた。


「あのクソ生意気な女と同じ場所に俺も連れて行け! 一発ブン殴ってから連れ戻してやる!」


「あらンそれでいいの? 考え直した方がいいわヨ?」


【ガイド】はアクセルの耳元で囁く。


「あなたはアタクシの好みだから、特別に教えてあげるワ。エリザベスちゃんが向かった場所は【エリア・スマイル】。アタクシ達の中でも一番タチの悪い【エンターテイナー】達のお気に入りスポットヨン。3分以上の間、笑顔以外の表情でいると死より残酷な「ゴチャゴチャ言わずに連れてけつってんだろ!」


 忠告を遮ってアクセルが怒鳴る。

 どれだけエリーに馬鹿にされても怒らなかった彼は今、心の底から激怒していた。


 特にあの最後の一言だけは許せない。

 その青臭い怒りに突き動かされるがまま、彼は正しくも……愚かな選択肢を選んだ。


「ンマッ! 若いって素敵ネェ〜! 何も考えずに感情だけで行動するその姿勢! オネェさん応援しちゃう!」


 もう一度【ガイド】が指を鳴らすと、彼と少年の姿が同時に消えた。もう引き戻せない。あとに残されたものは伝説の聖剣と、不気味に咲き乱れる人面花の群衆だけである。


「…………ヴフッ」


 彼らが去った後、それまで無言で微笑んでいた人面花の一輪が、もう我慢できないという様子で吹き出した。


「ヴフ」


「ヴフフッ」


「ヴフフフフフフ!」


 それを皮切りに、他の花々も一斉に笑い出した。


「馬鹿ねぇ!」「馬鹿よ馬鹿!」「可哀想なお馬鹿さんネェ!」「あーあ可哀想にィ!」「ヴフフフフフフ!」


 彼らはゆっさゆっさと一様に体を揺らし、心の底から幸せそうに笑った。


「【エリア・スマイル】の生還率は何%?」


「ヴフフッ、たったの0.02%よン」


「ンマァ〜! お気の毒!」


「ちなみに死亡率は?」


「ヴフフフフフフ! 凄いわよォ〜?」


「教えて教えてェ〜?」


「なんと死亡率はァ! 脅威の0%でぇース!」


「キャホホホホホホホ! それって死ねるうちに死んだ方がマシって事よねーェ!」


「ヴフフフフフフ! その通りよォ? で、もぉ〜……」


 一息の呼吸を挟んで、人面花は一斉に同じ言葉を口に出した。


「「「それってアタクシ達も同じなのよネェー!」」」


「「「ギャハハハハハハハハハハ!」」」









 少年少女が怪物と接触してから数時間後。

 無人の町と化したアルデンヴェインを背に立つ、二人の人物が居た。一人は金髪で顔に傷を持つスーツ姿の女性。もう一人は聖骸騎士の鎧を着た大柄の重騎士である。遠くに立ち昇る二本の煙を見て、金髪の女性は目を細めた。


「狼煙が上がった。位置はここで良いようだ。もうすぐ【パレード】が来る。情報通りなら【トップランナー】が中央を駆けているだろう。それを狙う」


 金髪の女性は重騎士に向き直り、そのヘルムに手をかけた。


「敵は不老不死を極めた人類最年長の魔術師だ。およそ人に想像できる限りの破壊方法を上回る増殖速度で天文学的な数に膨れ上がっている上に、一体一体があらゆる文明のテクノロジーを修得している伝説の災害だ」


 パチンパチンと音を立ててヘルムの留め具が外されていく。


「だが、それならば何故この星は未だ【パレード】に埋め尽くされていない」


 遠く離れた場所から彼女達を見守る一人の男が居た。彼はほんの少し前までは【ガイド】の一員だった。

 だか今は違う。彼の頭にはスリッパが刺さっているが、その目には永劫の時の流れに失われたはずの理性の輝きが再び蘇っている。


「奴が自分の増殖能力を制御している事実は明らかだ。ならば何故制御しているのか。私はそこに【パレード】の目的、不老不死になった理由、発狂してなお守り続けている原初の意思が隠されていると睨んだ」


 金髪の女性は、遠くから自分達を見守り続ける男に視線を向けた。あれほど邪悪な笑みを浮かべていた男は今、唇を強く結んで拳を握り締め、厳めしい面持ちで彼女達を見つめている。


「しかし【ガイド】に問いただしたところ、残念ながらそれは私が期待していたような理由とは異なっていた。利用はできそうになかったが、その副産物として無敵の化け物にもアレが効く事が証明された。それに賭ける」


 金髪の女性の手が重騎士のヘルムを持ち上げた。


「ふむふむ……?」


 その下から、勇壮な体格とはアンマッチな童顔を持つ女性が顔を出した。緊迫した空気とは不釣り合いな微笑みをたたえ、頭の上には疑問符まで浮かべている。


 そう、彼女はこの状況を何一つ理解していなかった。


「おい……耳栓はさっき外したよな? 私の話は理解しているか?」


「はっはっは! サッパリ分かりません!」


 何一つ自慢できる要素が無いにも関わらず、清々しく豪快に笑う女騎士。その様子を見て金髪の女冒険者は唇の端をほんの僅かに上げて苦笑した。


「だろうな。じゃあ単刀直入に言うぞ」


 【パレード】の進路には、ランスベルグ市も含まれていた。あれだけの住民の避難先など無く、難民を養えるほどこの国は豊かではない。女騎士の父にしてランスベルグ市を預かる領主にいたっては、土地を失い没落するくらいならば潔く討ち死にすべしと、死に急いですらいる。


 誰かが【パレード】を止めねばならなかった。


「君の故郷を守ろう、カノン。君と正々堂々と戦い誇り高く散った彼が遺してくれた、その世界最強の力で」

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