第4話。動機
アクセルとエリーが無事に逃れてから1時間が経過していた。上がっていた二人の息も時間経過と共に戻り、初めての超常現象を前にして昂っていた興奮も今では落ち着いている。
二人は今、山頂付近の見晴らしの良い場所で見つけた倒木に腰掛け、見下ろす限りの眼下に繰り広げられる狂気の奔流を眺めていた。並んで座る二人の間には、人間一人分くらいのスペースが空いている。
「それにしても、マジでヤベェな」
「ホント、マジでヤバいわね」
二人が集めた断片的な情報から想像していた【パレード】像は、人型の怪物の行進だった。その先頭は【ランナー】と呼ばれるくらいだから、せいぜい大量の怪物が走ってくるくらいだろうと思い込んでいた。
しかし実物は、そんな生優しい名称とはかけ離れていた。
【ランナー】の構成員一人一人は、そのどれもが少年少女が遭遇した異形の怪物と大差ない。しかしその数、その密度は先程とは桁外れである。
彼らは前後左右どころか上下間ですらギッチリとすし詰めになっており、先頭を奪い合い殺し合い踏み合い、同類の背中を足場にしてひたすらに前進する。下層の者は押し潰されて飛び散るも、即座に虫より小さな幼体を発生させて僅かな隙間を這い登り、上層に到達した途端に巨大化して下層を押し潰しつつ前進する。
叫びながら、あるいは笑いながら狂いながら行われるこの循環によって、【ランナー】の中央列の高さは今や100m以上にも膨れ上がっていた。
アクセルとエリーが命からがら逃れてきた群れは、【ランナー】の中央どころか末端ですらなく、列からあぶれてしまったほんの僅かな端切れに過ぎなかった。
「ねえアクセル。あんたどうしてあんなとこに行こうなんて思ったの?」
兎にも角にも【ランナー】の通過を待たなくては本命へ辿り着けない。二人は思いのほか長引いているこの待機時間を休憩に使っていた。幸いにも、非現実的過ぎる光景が二人の頭を逆に冷やしている。
「言ったろ? 【パレード】は、大昔の城や都市を土地ごと運び出していて、そこにはスゲーお宝がザックザックあるって」
「それで一攫千金を手にして、ハーレム作って一生遊んで暮らしたいってわけ?」
「違えよ! 俺が欲しいのは、宇宙最強になれるスゲー超パワーを持った伝説の武器なんだって!」
「バカなの? それは目的じゃなくて手段でしょ。あたしが聞きたいのは、それで強くなって何がしたいのってこと」
「へへっ、男が強くなる理由なんて一つしかねーだろ?」
「世界征服?」
「逆だっつーの! むしろ世界征服を企む悪の魔王とかを倒して、世界を平和にしたいの俺は!」
「ふーん、要するに英雄としてチヤホヤされたいってわけね。浅っ」
「なんでそんな酷いこと言うの!? エリーこそどうなんだよ! 何か目的が無いとあんなとこ行こうなんて思わねーだろ!?」
「別に。前にも言った通り、ただの実績作りよ。あたし達みたいな子供に回してくれる仕事なんて無いって、散々身に染みて分かったでしょ。騎士試験を受けられる年齢になるまで冒険者で食い繋ぐなら、二度と舐められない為に【パレード】から生還したって実績が欲しいだけ。はいこの話終わり。それと馴れ馴れしくエリーって呼ぶなって言ったでしょ」
エリーは不自然な早口でまくしたてた。
そんな理由で命を賭けるものかなとアクセルは思ったが、問えばエリーの機嫌を損ねるだけなので口には出さない。アクセルから見ても、エリーは明らかに本当の目的を隠していた。
(関係ありそうなのは、やっぱアレだよな……)
アクセルにはエリーの目的に心当たりがあった。彼女は聖骸騎士の話にだけは妙に食い付きがいいのだ。特にジェルジェの情報には敏感で、真偽の分からない噂話を熱心に聞き集めていた。
そしてアクセルはアクセルでジェルジェの件はそれなりに知っていたが、エリーに聖骸騎士との繋がりを悟られたくないので何も話さずにいた。
「何にせよ、あんたの憧れる英雄アベルに着いていかなくて良かったわね。あそこに居たら今頃骨も残っていなかったわよ、ほら」
エリーは急に話題を変え、アベルの居た草原を指差した。そこは当然ながら血肉の大津波に飲み込まれている。アベルの無敵結界が盤石でもこの有様では、アベルの後ろで機を伺っていた冒険者達の末路は一目瞭然だった。
「あー……うん……それは……そう、だな……」
「上を選んだあたしの判断力に感謝しなさい。これで貸し借りはチャラだからね」
「へいへい」
「そもそも別に助けてなんて頼んでないし」
「分かった分かった」
「ってゆーかドサクサに紛れてヘンなトコ触ったでしょ」
「触ってねーよ!?」
「大体、あんたが勝手にあたしを庇って勝手に怪我しただけなんだからね? 分かってる?」
「だーもう! しつこいなお前! さっきから何が言いたいんだよ!」
アクセルがエリーに向き直ろうとすると、エリーはすごい勢いで顔をアクセルと反対の方向に背けた。「???」アクセルが訝しむ。
「だから、その……ん……背中!」
「背中? 俺の?」
エリーはアクセルに顔を背けたまま頷いた。それからしばらくの間は押し黙り、居心地が悪そうに自分の髪先を指でクルクルと巻いていじっていたが、やがておずおずと口を開いた。
「背中が……その……痛くないかな……って……」
「フツーに痛いけど?」
妙な間を作るエリーに対し、アクセルは即答した。
「そう……やっぱ、痛いんだ……」
エリーはそれっきり、また押し黙ってしまった。
「?????」
アクセルにとってエリーは理解し難い存在だった。自信家で、口が悪く、プライドは高くて、上から目線で、いちいち細かい事にうるさい。かと思えば時折こうして意味の分からない事を聞いてきて、唐突に大人しくなる。何故【パレード】を目指すのかを聞いてもはぐらかすばかりで、まともに答えようともしない。
女でなければとうの昔にブン殴っていたかもしれないとさえ思える、相性の悪い相方だった。
「ンン〜! 青春よ青春! 若いってイーイわねぇ〜!」
二人の間に不気味な男が出現した。ピンク色の頭髪と緑色の唇はそのままだが肌は病的に白く、アゴが割れていて青ヒゲが濃い上に、揉み上げが爆発的な毛量をしている。彼は露出度が高いバニーガールのコスチュームを着ており、大きな懐中時計を胸元にぶら下げていた。
「キャーッ!?」
「ウワハーッ!?」
突然の怪人物の出現に少年少女は驚き、腰を下ろしていた倒木から二人揃って転げ落ちた。慌てて立ち上がるも武器はすでに失っている。逃げの一手を打とうとした時、怪人物が見覚えのある物品を抱えている事に二人は気が付いた。
「はい、落・と・し・モ・ノ。咄嗟に捨てて全力ダッシュしたのはナイッスな判断だったワヨ。その一生懸命さにオネェさん感動しちゃったから、踏まれる前に拾ってきてあげたワン」
不気味な程に穏やかな微笑みを浮かべて、怪人物は二人が捨ててきた荷物を手渡してきた。
そして、この男が出現した場所はここだけではない。
「ンマーイイ男! お兄さん達はタイプだからァン、アタクシが連れてってア・ゲ・ル!」
熟練の冒険者の隣に。
「あら珍しいワ。進路のこんなド真ん中でお出迎えしてくれる命知らずは久しぶりヨン」
顔に傷を持つ挑戦者の影に。
「ダメよ。あんな所に行っちゃダメ。一攫千金とか人生一発逆転なんて美味しい話は全部罠よ。帰りなさい」
逃げ腰になった新人冒険者の前に。
「ヴフフフフフフッ。アタクシをたくさん殺してレベル上がったかしらァン?」
アベルの無敵結界の内側に。
「メス同士で子供を作る薬? もちろんあるわよン」
孤独な暗殺者の背後に。
「ナイストゥーミーチュー。アタクシは【ガイド】ヨン。不思議の国に行きたがるオテンバなアリスちゃん達を導く、親切で気まぐれなバ・二・イ。うふん」
悪夢への特急券にして地獄への片道切符、【ガイド】が同時多発的に出現していた。