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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【嵐のような災害が何もかも破壊する話】
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第3話。ランナー

 予告から10日目の朝。

 アルデンヴェインから海岸線へ向けて更に西。山河を越えて2日を要する距離にある草原に、アベル指揮下の精鋭30人が集結していた。彼らはアベルに協力を申し出た有志の中でも選りすぐりの実力者である。彼ら一向は【パレード】の予想進路に入るか入らないかという南端の地点で待ち構えていた。予想される【パレード】の横幅は20km以上。万が一の場合はすぐに離脱できる地点が望ましかった。


 そして選別から外れた者や独自の思惑を持つ者達もまた、それぞれが狙い定めた場所で【パレード】を待っていた。

 アベルの後方に陣取る者。捕獲用の罠をいくつも仕掛けた後、安全圏へと退避する者。さらに西の海上で船を用いて目的地への上陸を試みる者。


「なあ、ホントーにこんなとこでいいのかよ。絶対アベルの後ろの方がいいって」


 エリーとアクセルはアベルの遥か斜め後方に居た。予想進路から数kmは外れた山の中腹にて、草原はおろか遥か彼方の水平線まで見渡せる高台を確保している。今日は天気が良く、鳥も盛んに鳴いている長閑な日だった。


「またそれ? ここがベストポジションだって何度も言ったじゃない。嘘だと思うなら周りを見てみなさいよ」


 彼女達の付近には、少なくない数の冒険者がチラホラと集まっていた。駆け出しの少年少女から見れば誰も彼もが歴戦の猛者に見える、強面揃いである。そんな彼らと同じ場所を選べたという事実がエリーに自信を与えていた。


「ここなら全体図が見えるから、突入しやすそうな場所が分かるはずよ。それにアベルや他の連中のお手並みを拝見してからでも遅くはないわ」


「でもよ、早い者勝ちなんだぜ? そうやって様子見してる間に他の奴らにお宝を取られたらどーすんだよ」


「ハァ? そもそもお宝なんて担いで帰れると思ってんの? 私がハイエナならお宝持ってホクホク帰ろうとする奴を100パー狙うわよ。諦めなさい」


「そう言うけどさぁ、伝説の武器とかお宝があるんだろ? なんかこう……群がってきたハイエナ連中を一網打尽にできるスゲー必殺技を撃てるようになる剣とかねーかなぁ」


「バカじゃないの」


「ひっで! お前ひっで!」


「それでも一応あんたの言い分も聞いて、こんな前の方まで出てきてあげてんじゃない。感謝しなさいよね、私は頂上が良かったんだから」


 エリーは夢見る少年を軽くあしらいつつ、折り畳んだ紙をポケットから取り出して手元で広げた。この紙にはここ数日間で可能な限り集めた【パレード】の情報が書き殴ってある。


『(奴らは不死身だが、何故か列から離れると死ぬらしい)(あれは全部偽物で、本物の一人がどこかの城に隠れていると聞いた。そいつを殺せたら全部死ぬそうだ)(横から音楽隊の隙間を抜けて近付くのが安全だと聞いた)(たまに親切な案内人がいるらしい)(奴らは何百年も前から行く先々で破壊と略奪を繰り返しているから、アレの中には大昔のスゲェお宝や伝説の武器が集められているらしい)(アレの中でも端の奴は散々漁られ尽くされてるだろうから、お宝を狙うなら奥だろうな)(命乞いをして助かった奴がいるらしい)』


「情報は腐るほど聞けたけど、どれもこれも『らしい』とか『そうだ』とかばっか。実際に行って帰ってきた人なんて居ないんだから、やっぱり信用できるのは自分だけね」


【パレード】に関する情報は錯綜していた。毎回異なる軌道を取る上に、数十年から数百年に一度しか人類領域に姿を現さない周期の関係上、生き証人は誰も居ない。伝説の怪物の一種として文献や言い伝えなどでその存在自体は広く知られてはいるものの、矛盾する内容や憶測推測の類いがあまりにも多過ぎた。


『【パレード】に関わるべからず』


 その一文だけを除いて、信用に足る情報は何も残されていない。未来ある少年少女は攻略の足掛かりすら得られないまま、未知の大渦に若い命を投げ込もうとしていた。


「おい、来るぜ」


 それまでどことなく能天気だったアクセルの声色が変わった。「来たってどこよ」メモ用紙を睨んでいたエリーが顔を上げる。しかし水平線の彼方には何も見えない。「ヤベーな……結構こっち側だ……」アクセルが呟く。周囲の冒険者達もざわめき始めた。


「エリー、こっから離れようぜ」


「気安く呼ぶなって言ったでしょ。それより、どこに何が見えるの?」


 エリーは自分だけが見えない事が気に食わないのか、目を細めて水平線を睨む。しかし相変わらずそれらしき異変は見当たらず、海面を白波が走るばかりである。


「いいから行こうって」


 アクセルがエリーの袖を引いたが「ちょっと! 邪魔しないでよ!」エリーがそれを振り払う。しかしアクセルはすぐに彼女の肩を掴んだ。


「ここはヤベーんだよ!!」


 初めて聞くアクセルの怒鳴り声にエリーがビクリと身を竦ませた。振り返って彼の顔を見る。怒と恐怖と焦りが入り混じった彼の剣幕で彼女はようやく事態の深刻性を悟った。


 風が止んでいた。鳥の声が消えていた。周りにあれほど居た冒険者達がすでに誰も居ない。気がつけば少年少女はただ二人、デッドゾーンの渦中に取り残されていた。


「……少しだけ考えさせて!」


 草原ではアベルが無敵結界をドーム状に展開していた。半径10メートル程の空間にアベルと有志がひしめき合うすぐ後方には、無敵結界の安全地帯を狙う冒険者達が押し寄せて場所取り争いを始めている。


「何してんだよ! 早く上か下に行こうぜ!」


 選択肢は二つあった。山頂に逃げ、【パレード】の進路から逃れるか、今すぐ草原に下りて英雄の無敵結界の後ろに隠れるか。近いのは下だが場所取り争いに負ければ死ぬ。上は道すら無い山中で、守ってくれる相手も居ない。外せば死ぬ二択、外さなくてもすぐ決めねば手遅れになる二択である。


「決めた!」


 数秒に満たない時間でエリーの決断を後押ししたのは、あの路地裏で出会った冒険者の一言だった。


「自分の命は自分の足に賭けるわよ! 上!」


「賛成だ! たまにはいいこと言うなお前!」


 二人が駆け出すと同時に、海面を走る何百という白波から次々と巨大な背びれが見え始めた。それらは魚類の背びれとは異なり、何十本もの人間の指を重ね合わせた異様な形状をしてした。不気味な背びれはうねうねぐねぐねと不気味に波打ちながら海面を掻き分け、凄まじい速度で突き進む。

 水平線の彼方から【ランナー】が迫りつつあった。


「荷物は捨てて! 全部!」エリーはベルトの留め具を外し、剣と胸当てをその場に捨てた。「全部捨てて明日からどうすんだよ!?」アクセルも抗議はするものの、すでにリュックは置いてきている。「捨てないとその明日さえ来ないってんの! ノーテンキなあんたがそんな顔するくらいヤバいんでしょ!?」「そうなんだよマジでヤベーんだよ!」アクセルもエリーに倣って装備を捨てた。


 地鳴りが響き始めた。山中の二人からは見えないが、【ランナー】が上陸したのだ。足元が揺れる。木々がうねる。轟音が迫る。死が迫る。何千何万という不死身の怪物が迫る。


「山頂あたりまで行けば大丈夫なのよね!?」「多分な!」「多分って何よ!? ハッキリしなさい男でしょ!?」「俺だって分かんねーよ! とにかくデカくてヤベーのが波の合間に見えたんだよ!」「曖昧曖昧曖昧! なんであんたはそんないい加減でテキトーなのよ!」「お前が細かい事を気にし過ぎなんだよ! 大体……危ねえ!」


 アクセルが並走するエリーに飛び付いた。「キャーッ!?」悲鳴を上げてエリーが倒れ、アクセルは抱き付く形で彼女の上に覆い被さる。「いきなり何すんのよこのスケべ!」


 しかしそれ以上の非難の声は衝撃と轟音が吹き飛ばした。木々が弾け飛び、押し寄せる粉塵が二人を飲み込む。木の破片や小石が広範囲に飛散して、周囲に壊滅的な被害をもたらした。


「ホーッ! ホホホーッ! ホホホホーッ!」


 もうもうと立ち込める土煙の中で、不気味な高笑いをする巨大な影があった。影の背中から細長い何かが次々と生え、「オ、ホ、ホ、ホホ、ホホホ、ホホホホーッ!」口々に笑いながら根元をブチンブチンと切り離し始めている。


 アクセルに押し倒され、何が起こったのか理解できていないまま土まみれになったエリーは、その光景を呆然と見ていた。


(何かが落ちてきた……跳んできた? 大きい。5m以上ある。ランナーって名前のくせに跳んだ? 背中からどんどん出てるアレは何? 周りの木、みんな枝が折れてる。アクセル。重い。そうだアクセル、アクセル……動かない。あたしを庇って? 嘘。ヤダ。アクセル……アクセル!)


「アク」アクセルの手が素早く動き、叫ぼうとしたエリーの口を押さえた。「静かに……! 動けるか、エリー……!」押し殺した声に、エリーの安堵の息が漏れる。


 アクセルは痛そうに顔をしかめながら体を浮かし、エリーの顔を覗き込んだ。少年少女の目が合う。エリーが無言で頷きを返す。こんな所で死ぬわけにはいかない。二人は同時に体を起こす。まだ彼らの目には青い情熱が燃えていた。


「トップランナーになるのはアタクシよぉおおおーっ!」


 おぞましい怪物達が叫び、巨大な死骸から次々と幼体が羽化し始めた。首の下から剥き出しの背骨と神経を生やした不気味なムカデが次々と湧き出してはガザガサと走り出す。彼らはやはり皆、同じ男の顔をしていた。

 少年少女は腰を屈めて草影に身を隠し、怪物達の後ろから回り込むように山頂を目指した。


 【ランナー】の母体は激突死していた。

 不気味で巨大な顔面もさることながら、全体的に人体のパーツを寄せ集めて魚の身体的特徴を模倣したとしか思えない構造をしており、腹の横にはバッタを思わせるトゲとすね毛の生えた逆関節状の足まで持っていた。墜落の衝撃で体の下半分は潰れており、ゴッポゴッポと溢れ出る大量の血が河を作り始めた。


 少年少女は同じタイミングでゴクリと唾を飲む。

 彼らが生まれて初めて目にする、本物の怪物だった。


「ヴ、ヴフ、ヴフフフフフフ」


 一瞬で沸騰したように血の河が泡立ち、その中から何十何百という小さな男の顔が現れた。【パレード】に死は無い。殺せば殺すほどに増えていく。噂は真実だった。


 唖然とする少年少女をよそに、ズン、ズズン、と山のあちこちに連続した衝撃が走る。この個体同様に海岸から跳躍してきた【ランナー】達が次々と激突死しているのだ。さらに遠くからは土石流のような音まで近付いてくる。


「ヤバいヤバいマジでヤバい! もう見つかるとか気にしてる場合じゃねえ!」


「ちょっと!? 勝手に飛び出さないでよ!?」


 そこから二人は無我夢中で走った。何処からか飛んできた木が近くに落ちた。「ヴフフフフフフ! しつれーい!」数十mもある巨大な下半身だけの何がが頭の上を跨いだ。「オホホーッ! ホホーッ!」生首が砲弾のようにガンガン降り注いでくる。「アクセル! そっち違う!」「ああ!? なんて!?」身を叩く轟音でお互いがもう何を喋っているのか聞き取れない。「ああもう! こっち!」「痛って!」違う方向に行こうとしたアクセルの肩をエリーが叩いて軌道修正した。「キャアッ!?」「おっと!」転びかけたエリーの手をアクセルが引いて力づくで踏ん張らせた。「オホホホホ! 若いっていいわねぇー!」人間の顔を持つ虫達が足元をピョンピョンと通り過ぎていく。「ああん! たまらないわぁ! 交尾しましょうアクセル! コ・ウ・ビ!」「イヤン! 不潔よぉエリー!」顔以外を少年少女と瓜二つに擬態した男の群れが、二人の必死さを嘲笑うように舌を絡め合いながら通り過ぎていく。

 少年少女はもう何も考えず、ただ生だけを目指してひたすらに山中を駆け抜けた。




 やがて少年少女は息も絶え絶えになりながらも、開けた場所にようやく辿り着いた。轟音と共に【パレード】は続いているが二人の近くに怪物の姿は無く、後方から何者かが追ってくる気配も無い。二人は安全圏へ逃げ切れていた。


「ハッ、ハーッ……! ハーッ……! ハァァーッ……!」


「ハーッ……! ヒュウ……ゼーッ、ハッ、フーッ……!」


 しかし必死に逃げた為に二人とも酷い有り様だった。エリーの髪は乱れに乱れて草木の汁がこびりつき、方々で引っ掛けた服も所々が破けて血が滲んでいる。


「ハーッ……! ハーッ……! アクセル……あんた……! 服は……?」


 一方でアクセルは上半身剥き出しの半裸になっていた。


「フーッ……! ハァーッ……! しっ、知らねえ……! セクハラって、怒るなよ……! スゥ、ハァーッ……!」


 その返事を聞いてエリーが咽せた。


「ケホッ、ケホン……! フフッ、バカね、あんた……! ハーッ……! フーッ……! セクハラとか……そんなの、いま……スゥ……ハァーッ……! どーだっていいわよ……! フフッ……! ケホケホ! イタタ……!」


 それまでスタミナを搾り出すようにヨタヨタと走っていたエリーだったが、とうとう足を止めて横腹を押さえた。汗と汚れに塗れたその顔は、痛みと怒りと笑みが入り混じった複雑な表情をしている。


「ちょっと、もう……! こんな、時に……笑わせないでよ……! ケホケホッ! 怒るわよ! アハハッ……!」


 相方が足を止めたのを見て、アクセルもその場に大の字にひっくり返った。


「あーもう無理……! マジで無理……!」


 そしてすぐに跳ね起きた。


「いーってぇ!? 背中ー! マジ痛ぇー!?」


 アクセルの背中には粒状の小石がいくつも刺さっていた。伏せたおかげとはいえ、エリーを庇った際に負った傷にしては望外の軽傷と言える。


「アハッ……! 何やってんのよ、もう……! あんたホントにバカね……! フーッ……! ブフッ! ケホッケホッ! ちょっと……! そうやってあたしの息を止めて……フフッ……殺すつもり!? 殴るわよ!」


「お前こそ笑うか怒るかどっちにしろよ!」


「それもそうね……フフフッ……!」


 エリーはその場にへたり込み、肩で大きく息をしながら天を仰いだ。


「アハッ……生きてる……あたしたち、生きてる……! あんなとんでもないバケモノの群れから、生きて逃げ切れてる……!」


 朗らかな彼女の笑顔を汗が伝い落ち、陽の光を反射してキラキラと輝く。


「パパ、こんな世界で戦ってたんだ……!」


 その様子を、アクセルは背中の痛みも忘れて眺めていた。


(こいつ、こんな顔もできるんだな……)


 アクセルとエリーが組んでから、まだ一ヶ月も経っていない。それなりの縁はあったが互いに惹かれたわけではなく、どちらも組める相手が他に見つからなかっただけである。顔を合わせば喧嘩ばかりで、いわば仕方なく組んでいるだけの間柄ではあったが、初めて体験する死の窮地が彼らの絆を育みつつあった。

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