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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【嵐のような災害が何もかも破壊する話】
133/181

第1話。予告

全11話の短編です。

 その現象を何に分類するべきなのかは、識者の間でも見解が分かれている。


 ある者は言う。

 あれはダンジョンである。入り口と出口があり生還が可能である。内部は複雑に入り組んでいて敵対的な個体が繁殖しているが、人類にとって有益な宝が眠っている。積極的に調査すべきである。


 ある者は言う。

 あれは災害である。数十年に一度の割合で人類領域の外から上陸し、ひたすら直進して全てを蹂躙する。切ると増える。潰すと増える。凍らせると増える。死体から増える。血の一滴から増える。津波や台風を破壊する手段など無く、人に出来る事は我が家が進路に重ならないよう祈るのみである。災害に触れてはならない。


 ある者は言う。

 あれは船である。あの正気を疑う異常な形態は船体であり船員である。内部には生物が生存可能な環境や都市機能が確認されている。肉の波と血の海を自ら作り出し、海路上の全てを略奪する海賊船である。破壊する手段を探さなくてはならない。


 ある者は言う。

 あれは一つの生物である。一見して奇形の人体に見えるが、その性質はスライムに極めて近く、あの膨大な個体の全てを含めて一つの生物である。遥か太古の壁画にも描かれており、完全なる不老不死の一つの形である。彼と対話して不老不死の謎を解き明かさなくてはならない。


 いつの時代も識者達の意見はバラバラでまとまりに欠けていたが、その現象の呼び名だけは不思議と統一されていた。









 ある夜。


 複数の国を横断する広大な直線軌道上に居住する10歳の男児全員が、一斉に同じ夢を見た。


「ハァ〜イ、ボク達ィ〜? お元気かしらぁ〜ン?」


 少年らの夢に現れた者は異様な外見の男。

 黒い肌。緑の蛍光色を放つ唇。毛根までピンク色に染まった頭髪。長くカーブを描くまつ毛に覆われた垂れ目。極限まで無駄を削ぎ落とした流線型の身体。背中から生えた純白の羽。

 そして男性でありながら女性用の白いレース下着を上下に着用しており、それ以外の衣服は一切着ていない。


「アタクシは【トレーラー】ヨン。予告って意味ネ。発狂した【8番増殖】の中で唯一清く正しく美しい善の心を持つテ・ン・シ。人間だった頃の名前はもう捨てちゃったワ。……ぐすんぐすん」


 わざとらしく泣き真似をする男の背後に、巨大な顔がぬっと現れた。それは彼と同じ顔を持ち、怒りの浮き出た血管を顔中に滾らせている。


「テメェこの俺がバケモンだって言いてぇのかぁあああ! ふざけやがってよぉおおおおお!」


 巨大な顔面は憎悪に血走った目を見開き、男の頭へ噛み付いた。男は一口で下顎から上を嚙り取られ、鮮血が溢れる。少年達は叫び声を上げようとしたが体が動かない。


「イヤァン。そんなに怒らないデェン? ヴフフフフ」


 男は下顎だけになった頭でくすぐったそうに笑った。その拍子に舌が横からデロリと垂れ下がり、泡混ざりの血のヨダレをポトポトと落とす。


「さぁて本題だけどぉ、今日はボクたちに悲しい悲しいお知らせがあるのよネェン」


 男の傷口からニョキニョキと小さな顔がいくつも生えてきた。それらは垂直に細長く伸びながら枝分かれし、小さな顔面がブロッコリー状に密集する頭部を形成する。少年達の足は恐怖に硬直したまま動かない。


「アーアー!」「悲しいお知らせ悲しいお知らせェー!」「ララルララララァー!」「悲しい悲しいサッドネスニューウスゥー!」「ルールールルルゥー!」「誰か俺を殺してぐれぇえええええええ!」「悲しいお知らせ悲しいお知らせェー!」「ダメよみんな逃げてぇえええええええ!」


「やーねぇ、アタクシのお話が聞こえないじゃない」


 それぞれが好き勝手に歌ったり叫んだりする自分の顔を、男は肥大化した両手でパァンと挟み潰した。


「今から早くて10日後に西の海から【ランナー】達が上陸するワ。恋のように一途に真っ直ぐ全力疾走するだけのアタクシ達よン。目視で見えるようになったらもうオシマイ。この時代の通信技術じゃあアタクシの到来を知ってからの避難は不可能だからァン、こうして事前にお知らせしてあげてるってワケ。うぅーん! アタクシったら優しいわねぇ!」


 男が巨大な手のひらを広げると、そこには血で形作られた簡易な地図と、それを横断する大きな矢印が描かれていた。


「イイコト? パパとママを踏み潰されたくなかったら、この図を必死で覚えなさい。そして逃げるの。ボク達が今見ているアタクシと同じ、何万何億の不死身のバケモノの群体ヨ。止める手段はアタクシが知りたいくらい」


「俺は望んでこうなったんだろうがああああ! この自作自演の偽善者がああああああ!」


 四方八方から男の顔を持つ生首が現れ、男に噛み付いた。「ヤァン」男は自分の顔に全身をガツガツと派手に貪り散らかされ、蠢く食べカスへと変わっていく。飛び散った無数の肉片に緑色の唇が次々と生えた。


「これでアタクシからのお知らせはオシマイだけどォン。ヴフフッ、アタクシのお話を聞いてくれた良い子ちゃんには、最後にご褒美をあげなくっちゃネ」


 唇が舌舐めずりをすると、少年の全方位を大量の男の顔が埋め尽くした。


「ヴフフ」「美味しそう」「おネェさんとイケないコトしちゃう?」「オヤスミのキッスだけじゃあ勿体無いワネェ」「イヤァン、アンモラルゥ」「人間の女の子じゃあ二度と満足できない身体にしてア・ゲ・ル」


 少年を取り囲む無数の顔から一斉に舌が伸びた。それは唾液に濡れた光沢をヌラヌラと放ちながら、少年の幼い柔肌を目指して先を争うように殺到する。


「ヴフ、ヴフフ、ヴフフフフフフ、オーッホホホホホホホホホホホォーッ!」


 その夜、●●を迎えた少年達の絶叫が響き渡り、絶望の訪れを人々に告げた。

 あれが来る。災厄が来る。黙示録のイナゴが来る。直進する地獄が来る。過去に幾多の英雄が挑んでは諦め、竜も魔王も逃げの一手を選んだ最悪の生物災害が来る。





挿絵(By みてみん)





【パレード】が、来る。




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