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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【恐ろしく凶悪な異常者が人を襲う話】
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最終話。さらば勇者! また会う日まで……!

 戦いは(一方的に)終わった。

 かつて数万人を恐怖の底に陥れた魔王スクリームは復活した途端に、恐ろしく凶悪な異常者に襲われて死亡した。30年前にカノンの存在を予知して誘導したテレパシスト達の勝利でもある。


 しかしクレアにとっては大問題が残っていた。

 殺人の現行犯である。


「むむっ!? クレア卿! そちらに二人目のナイトウォーカーが!」


 カノンがバリスを指差した。


「……え? あ、ああ、うん、大丈夫、これは全然、うん、大丈夫だから?」


 自分が犯したとんでもない過ちに茫然自失としていたクレアだったが、カノンの声でやや我に返った。いつまでもボケっと呆けてはいられない。仕事が失敗したどころか、極めて深刻な事態となってしまっている。


「このナイトウォーカーは、えっと、偽物だからいいんだ。えと、あの……そうだ……今カノンが殺したのが本物。本当の本当に復活してしまった、本物のナイトウォーカーだから……な?」


 クレアはあまりにも苦しい言い分を述べつつ首をギギギと動かして、そーっとバリスの顔色を伺った。しかしバケツを改造して作ったヘルムのせいで彼の表情は見えない。


「クレア卿」


「んふぃ……」


 聖骸騎士には犯罪者を逮捕する権限もある。目の前で殺人の片棒を担いでしまったクレアには、バリスの声すら恐ろしく底冷えのする死刑執行人の声に聞こえた。


「まさかとは思いますが、もしかして無関係の方を私と間違えて……」


(あ、あばば、あばばばばびぶべべべ)


 青ざめ、脂汗を流して目を泳がせ、かつて無いほど狼狽するクレア。逮捕、投獄、懲役、死刑、脱獄、贖罪、見逃し、口封じ、買収、逃亡。思考がまとまらないまま、使い道を理解したくない単語だけが次々と溢れ出してくる。


 そんなクレアに助け舟を出したのは、ミサキだった。


「いっ、いやー! 今回も! すっっっごく恐ろしい敵! でしたねー! クレア様!」


 ミサキはクレアから何も教えてもらっておらず、クレアが何故こんなに狼狽えているのかも分からない。しかし彼女は彼女なりに状況を察し、分からないなりに無理やり笑顔を作ってクレアのフォローに回った。


「バリス卿様も見て下さい! ほらあれ! すっっっっごい怖い人だったんですよ! 全身に目玉があって! 指も六本あって! それはもうすっっっごい必殺技使ってきたんですよ! そんな怖い人にいきなり襲われて、私もう殺されるかと思いました! ね! クレア様!」


「え? ああ、うん? そだね?」


「ですから! これは正当防衛! ですよね! ね!」


「あっ!! ……そそそ、そうなんだ! 正当防衛なんだ! あのヤロー、いきなり襲いかかってきてさぁ! 自分の事を魔王とか何とか言っちゃう頭イカれた危ないヤローだったなー! 葉っぱでもやってたんだろーなー! 何言ってるか全ッ然意味分かんなかったし、いやー怖かった怖かった!」


 かろうじて状況的には嘘ではない。

 だがもしもスクリームがこの言い分を聞いていたら、怒りのあまりに憤死していただろう。もう憤死したが。


「しかもギラギラとした性欲丸出しの眼で私達を舐め回すように見てきてさぁ! 絶対とんでもない変態プレイを妄想していた性獣に違いない!」


 なお、とんでもない変態プレイを妄想していた性獣は先程までクレアの背中に居て、「あぅぅ……」今は不意に落とされた痛みに悶絶している。


「カノンが居なければ、どうなってたか分からないなー! いやー、流石は銀河最強無敵伝説勇者だ! とても初陣とは思えない正々堂々で勇猛果敢な戦い振りだった! 私なんて! 何も! 何も! 何もしてないのに! カノンが一人でやっつけちゃった! まさに騎士の中の騎士! これはもうランスベルグ侯も認めざるを得ないだろうなー!」


「かのクレア卿にそんなに褒められると、流石の私でも照れますね! はっはっは!」


 クレアはさりげなくカノンに全ての罪をなすりつけた。

 こういうところである。


「ふむ……多少怪しくはありますが……」


(お願い! 信じて! ちゃんとお墓建てて弔うし、命日には毎年必ず花も添えるから!)


「クレア卿の言う事ならば本当でしょう」


(やっだああああああああああああ!!)


 クレアは心の中でバンザイをした。一度罪の意識が薄れると、すぐこうである。

 一応、間違いなく正当防衛ではある上に彼女は止めようともしたので、そもそも罪の意識を覚える必要は無いのだが。


「何はともあれ! 復活したナイトウォーカー改め、世界征服を企む悪の魔王スクリームは、勇者カノン・ランスベルグが見事に討ち取った! 全員、拍手ー!」


 クレアの勢いに押され、パラパラと拍手の音が鳴る。

 彼女の嘘は一周回って真実だったが、もはやその事実を知る者は誰も居ない。スクリームは全人類の敵とまで言われた覇者だったが、今日に限ってはその圧倒的な強さを誰にも知ってもらえないまま勘違いで殺された可哀想な人だった。


「やりました父上! 草葉の陰から見ておられますか! カノンは見事に敵の首を獲りました! これで私も晴れて一人前! まさに感無量です!」


「お前の父親はまだ生きてるだろ!」




 なお凱旋後、依頼主と一悶着の末に表向きの報酬はクレアに半額だけ支払われたが、後日ランスベルグ家からクレアに損害賠償請求が届いた。

 依頼中にカノンが破壊した物品修繕費用の一部負担もあるが、ランスベルグ侯の思惑と逆の結果を出してしまったペナルティというわけではない。あの日以降、不可解な怪現象がカノンから発生するようになり、極めて甚大な被害がランスベルグ家にもたらされたが故の正当な請求である。


 そしてその請求額は、クレアを絶叫させるのに十分な金額だった。










《聖骸騎士活動報告書》


 日々の業務、お疲れ様です。この度は私の立場を考慮した特別活動の許可を下さり、誠にありがとうございました。今回の活動は事前に申請を出した通り私的な理由ではなく、ランスベルグ家、ひいてはグランバッハ家と聖骸教会の更なる友好関係の発展を目的としたものであり、


(中略)


 以上が今回の経緯となりますが、事後処理にあたっていくつか特筆すべき点が見つかりましたので、ご報告致します。




●クレア・ディスモーメントに関して。


 以前にご紹介した通り、非常に協力的で聡明な人物です。事件現場を待ち合わせ場所に指定したのは私であるため、彼女が何らかの意図を持ってカノン嬢に殺人を行わせた可能性は限りなく低いと思われます。


 内心はどうあれランスベルグ侯は表向きの依頼を本当に達成させてしまった彼女を公には責められず、依頼料の半分のみを支払う形で手打ちにしたようです。


 クレア氏は快諾しました。金銭に執着しない清廉潔白な精神の持ち主と言えます。原則として聖骸騎士は業務の委託を禁じている事は承知していますが、もしも外部の協力者が必要になった場合は彼女を強く推薦します。




●殺害された人物に関して。


 身元が分かる持ち物も無く本名も不明です。その場に居合わせた全員から、優れた幻術使いだったとの証言がありました。非常に好戦的で凶暴な言動の目立つ人物だったようですが、幻術以外の戦闘能力は低かったようです。


 この近隣で不審な被害報告が無く、現場が人里から遠く離れた場所かつ生活した痕跡が見られない事から、彼は何らかの目的で現地を訪れ、その場に偶然居合わせた目撃者の排除に動いて返り討ちにされた可能性が高いと思われます。


 近隣を簡易調査したところ、現場へ誘導する古い目印が散見された事からも、長年に渡って違法な物品取引や麻薬の栽培などが現地付近で行われていたのではないかと推測されます。この件に関しましては、現地の管轄者であるランスベルグ侯に一報を入れております。


 また、ゴート卿の検死によって通常の人間とは異なる身体的特徴が確認できました。魔法使いあるいは人型の怪物であった可能性が極めて高く、殺害された人物が何者であったのかを早急に解明する必要があるかと思われます。

 彼の唯一の持ち物であった皮のローブは、複数の人間の皮膚で作られていました。この遺品の入手ルート及び、被害者の特定には未だ至っておりません。


 防腐処理及び遺体発送の申請手続きを現在ゴート卿が進めておりますが、先んじてこの報告書に検死報告書を同封します。同様の身体的特徴を持つ人物、あるいは彼が自称していた【終わり無きスクリーム】という二つ名の記録が本部に残ってはいないでしょうか。ご確認よろしくお願いします。




●カノン・ランスベルグに関して。


 ランスベルグ侯の思惑とは裏腹に、騎士として真っ当な自信と実績を身に付けてしまいました。

 ランスベルグ侯はこの結果を喜ぶべきなのか失望すべきか悩んでおられる様子でしたが、彼女が殺めた人物が魔法使いまたは怪物であったと聖骸教会が正式に保証すれば、娘への評価も変わるでしょう。その点において、クレア氏は当初の計画よりも良き結果を出したと言えます。


 しかし事件後、何故か不定期にカノン嬢の周囲にスリッパが複数発生するようになりました。彼女の体から排出されるのではなく、何も無い空間から突然発生します。色やサイズは全て同一であり、現在進行形で彼女の教育に使われているスリッパと特徴が一致します。


 彼女が殺害した人物による何らかの影響を受けたのではないかと推測されるのですが、これらのスリッパは幻術ではなく、きちんと実体を伴っています。呪いにしろ魔法にしろ、何故スリッパなのかは不明です。本人は気にしていませんが、継続して今後も注視が必要かと思われます。


 余談ですが、この自然発生するスリッパを利用した事業展開をクレア氏がランスベルグ侯に提案した際は、流石に怒られていました。実害はありませんが不気味な為、ランスベルグ侯の悲願であるカノン嬢の嫁入りはますます遠のくと思われます。


 もしこの現象がランスベルグ家へ被害をもたらすような事があれば、クレア氏への賠償請求も考えるそうですが……そもそもクレア氏ではなく立案者である私こそが責任を負うべきであるため、可能な限り今後も彼女達のフォローは行いたいと思います。




 以上で報告は終了です。

 また何か分かりましたら、ご連絡します。


 報告者……バリス・グランバッハ。

















【【【追記・重要】】】


 調査の結果、スリッパの発生量及び発生範囲は、カノン嬢の精神状態と連動している事実が判明しました。さらに彼女が興奮状態にある上で周囲に彼女以外の人物が居る場合は、複数の異常な物品や生物が発生します。


①危険な生物または物品とスリッパの融合物。

 ※生物の例としては巨大な蛇や蜘蛛やゴキブリなどが出現しました。必ずスリッパとのキメラです。物品の例としては拷問器具や刃物などの物品が大半を占めますが、毒物と思わしきスリッパや腐敗したスリッパも混ざっています。


②特異な状況下にあるスリッパ。

 ※特異な状況とは、火炙りや串刺しや解剖など凄惨な拷問をスリッパが受けている状況が多いですが、失恋したと思わしきスリッパも見受けられました。繰り返しますが、ただのスリッパです。


 現在確認が取れている発生物は大まかに分けてこの二種類です。スリッパ発生群の範囲内に居た人物はそれらの発生物に通常の反応とは一線を画する強い恐怖感や嫌悪感を示す傾向があります。


 これらの発生物及び、元々の問題でもあったカノン嬢の奇行と相まってランスベルグ家は著しい混乱状況にあり、現在も機能不全に陥っています。


 また、発生したスリッパ生物群には人間の顔や手足の一部といった身体的特徴が見受けられる場合もあります。何故かスリッパ発生群の範囲内に居た者が嫌う人物に酷似しているようですが、今までに意思の疎通に成功した例はありません。


 生命への冒涜とも呼べるこのスリッパ生物群は、生存が困難な身体構造の為か短時間で死亡しますが、例外無く非常に敵対的で凶暴です。死ぬ直前まで活発に動き回り、周囲の人々に見境無く襲い掛かって…………純然なスリッパで叩こうとしてきます。




 原因と治療法は現在も調査中です。




 おしまい。

以上です。

ここまで読んでくださいまして、ありがとうございました。

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