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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【恐ろしく凶悪な異常者が人を襲う話】
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第7話。スクリーム死す!

 かつてスクリームは無敵だった。


 生まれ持った魔法の強みを最大限に発揮する為に、幻術という第二の武器を徹底的に鍛え上げた。絶対的な強者である魔法使いを一方的に蹂躙する時、最高の愉悦を感じた。三つ目の国を滅ぼした時など、竜の後を継ぐ時代の支配者として自分の名が残り続けると信じて疑わなかった。

 そして彼はその野望を叶えられるだけのスペックを、確かに持ち合わせていた。













 それが今や脳筋女騎士に足首を掴まれて振り回され、繰り返し何度も地面に叩きつけられて地獄を見ている。


「ユウシャ! ムテキ! アク! コロス!」


 ビターン!


「ギャーッ!」


「ユウシャ! ムテキ! アク! コロス!」


 ビターン!


「ギャーッ!」


「ユウシャ! ムテキ! アク! コロス!」


 ビターン!


「ギャーッ!」


 スクリームは、相手に恐怖を与える幻術のレパートリーを無数に持っていた。

 剣、槍、斧、ハンマー、ノコギリ、拷問器具、毒虫、毒蛇、悪鬼、獣、強酸、腐食ガス、大岩、寄生虫、巨人、左右から迫り来る壁、老化、その他ありとあらゆる幻を出して出して出しまくった。

 その上で、それらがどれほど筆舌に尽くし難い苦痛をもたらすのかを丁寧に解説までしてあげようともした。幻だと知られようが、敵が僅かにでも恐怖を感じればそれは現実となるはずだった。


「ユウシャ! ムテキ! アク! コロス!」


 ビターン!


「ギャーッ!」


 しかし宇宙一の馬鹿はクレアの大袈裟過ぎる紹介を真に受けて、自分を無敵だと思い込んでいた。

 さらには想像力も欠如しているので、生まれつき不安も恐怖も持ち合わせていない。スクリームの恐るべき幻が視界に入っているはずなのに、一切合切を無視して猪突猛進してきた。


 それだけならまだ何も問題は無かった。スクリームは幻術の通じない敵など何人も殺している。その場に居合わせた他の者達が恐怖すれば、効かないはずの幻術は現実となるのだ。その為に彼はギャラリーの多い場での戦いを好み、無闇にその数が減らないように扱いには気を配っていた。


 だが今回の連中ときたら。


(おいおい、話が違うだろ。病み上がりなのは分かるけどさぁ……お前が負けたら困るんだってば。私が助けに入るわけにもいかないし……どうしよう)


(確かに俺様は死んでたから病み上がりだが、分かってるならとっととゴリラ女を連れて帰れこのゲス! そんなに自分の手を汚すのが嫌か!?)


 仲間を殺す為に心の底からスクリームを応援している外道狂人。


(本当に凄い幻術です! 軍勢がカノンさんの咆哮に反応していれば現実と見分けがつかなかったかもしれません! さては今やられちゃっているのも幻術ですね! むむむむ〜ん……! うなれ私のミサキアイ! 幻術を見破れ〜本物はどこだ〜?)


(本物は目の前で死にかけとるわ!)


 スクリームが何を見せても喜んでくれるクソガキ狂人。


(ああああお姉さま! お姉さまの靴になりたい! そして蒸れっ蒸れのお姉さまの生足の匂いを一生嗅いでいたい!)


(くたばれ!)


 澄まし顔で変態妄想を繰り返す異常性癖狂人。


「ユウシャ! ムテキ! アク! コロス!」

(ウオオオオオオオオオオオオオオオオオ!)


 ビターン!


「ギャーッ!」


 そして言語で思考していない野獣狂人である。

 スクリームが30年振りに出会った人類は、敵もギャラリーも全員頭のおかしな狂人しか居なかった。


(狂人! 狂人! 狂人! 狂人! 一体何なのだこの狂人のフォーカードはーっ!? 俺様が死んでいる間に人類に何があったーっ!?)


 スクリームは真っ赤なボロ雑巾と化していた。叩きつけられる度にどこかの目玉が飛び出し、折れた骨が内臓に突き刺さって耐え難い激痛をもたらす。


(まいったな……言ったら悪いけど、あいつがこんなに弱いとは思わなかった……。もう不死身じゃないだろうし、そろそろ止めないと)


(俺様が全盛期の力を失っている事を知っているだと!? 病み上がり云々もそうだが、やはり貴様は俺様がここで蘇る事を知っていたのか!? だが俺様を知っていて何故恐怖しない!? かつては誰も彼もが俺様の名を聞いただけで恐怖に震えたというのに!)


 会話も無ければ、互いに噛み合わない思考を訂正する機会も無い。心を読まれている事など知らないクレアは、遠慮がちにカノンに声をかける。


「なあ……その……カノン? そいつも反省しているようだし、そろそろ勘弁してあげたらどうかな……」


「ユウシャ! ムテキ! アク! コロス!」


 ビターン!


「ギャーッ!」


 しかし馬鹿は人の話を聞かない。スクリームの淡い期待は虚しく砕け散った。「あの〜、クレア様?」さらに間の悪い事に、実力行使に出ようと決めかけたクレアをミサキが呼び止める。


「クレア様って、本当はあの人の事を知ってるんじゃないですか?」


「え? ええ〜? 知らないなぁ〜?」

(うん……まあ……)


「やっぱり絶対知ってますよね!? クレア様のキャラがブレる時は大体動揺してる時です! もしかしてナインさんも何か知ってるんじゃないですか!?」


「ゲヒャヒャヒャア! 私はお姉さまの匂いと温もりを堪能するのに夢中で、それ以外の事なんてどーでもよくってよー! オホホホー! ごめんあそばせー!」

(申し訳ありませんが、私は『何もしない』という契約でお姉さまに背負ってもらっています。その質問に回答する事も出来ません)


「ナインさん!?」


「よし、もうこいつ埋めよう。ミサキ、スコップある?」


「ダメですー!」


「大丈夫、ちゃんと殺して埋めるから」


「何も大丈夫じゃないですよ!?」


 狂人四人衆はスクリームをそっちのけで殺し合いまで始めようとしている。そしてやはりあの金髪女はスクリームの事を知っていながら、脅威として認識していない。何から何まで辻褄が合わず、スクリームが理解出来る範疇を超えていた。


「ユウシャ! ムテキ! アク! コロス!」


 ビターン!


「グ、グググ……!」


 だがスクリームとて敵の情けを待つばかりではない。辛抱強く狙い続けてきた好機がついに来た。「グオオオオオッ!」最後の力を振り絞って上体を起こし、ようやく手の届く距離に近付いたカノンの顔を掴む。


「お前の! トラウマを! 引き出してやる……!」


 スクリームには誰にも見せていない奥の手があった。彼自身にも制御は不可能だが、相手が自分を恐れずとも相手の深層心理に眠る最大の恐怖をしばらく現実化させる事が出来た。


「お前のトラウマを現実に変えてやるぞ! 痛みか! 人物か! 病か! 災害か! 状況か! 何でも現実に持ち出してやる!」


 スクリームの精神体がカノンの精神世界へ侵入する。残る全ての目が彼女の心を隅々まで探し、彼女の抱える最大のトラウマを見つけた。「グッグッグ!」歪な笑いと共に異形の魔腕がそれを掴み実体を与える。後は精神世界から現実世界へ引き上げるだけである。このスリッパを。


「は?」


 スリッパだった。


「え?」


 スリッパだった。


「何が?」


 スクリームが顔中の魔眼をいくら擦っても、カノンが心に秘めた最大の恐怖はスリッパだった。


「……………………」


 現実を受け入れられず唖然とするスクリームの耳に、バリボリバリバリと奇妙な音が聞こえた。「何だ?」しかしこの精神世界に全ての目を使っているので外の様子は見えない。猛烈に嫌な予感がしたので、彼はスリッパを捨てて現実世界へ帰還する事にした。意識が自身の身体へ戻る。


「ユウシャ! ハラペコ! ニク! タベル!」


 そして現実世界では、カノンの顔を掴んでいたスクリームの手がバリボリと彼女に咀嚼されていた。


「アアアーッ!?」


 スクリームは自分の右手を見た。すでに六本の指が全て無くなっている。


「ウワァーッ!?」


 スクリームはカノンを見た。興奮し血走った目。生肉から溢れる血で真っ赤に染まった口元。


「ギャアアーッ!?」


 スクリームは叫んだ。もう恥も外聞も無い。生きたまま食べられるなど想像もしなかった。


「オマエ! マズイ!」


 カノンは咀嚼したスクリームの肉を本人の顔にブッと吹きつけた。グチャグチャに噛み潰された彼の肉が、本人が今から辿る末路を問答無用で連想させる。「ひっ、ひぃぃ……あひぃぃぃ……」スクリームの顔が恐怖に歪み、全身の目からポロポロと涙が溢れ始めた。せめてちゃんと食べろなどと言う余裕は無い。


「い……嫌だ……こんな死に方は嫌だぁ……! せめていきなりブン投げてきた剣か斧を使ってくれぇ……!」


 スクリームの心は折れてしまった。

 無理もない。登場シーンはダメ出しされ、幻術は喜ばれ、恐怖は性欲に負け、とっておきの必殺技はスリッパで、魔法使いですらない脳筋馬鹿に負けて、生きたまま咀嚼されて吐き捨てられ、少しずつ吐瀉物に変えられようとしている。


「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 怖かった。ただひたすらに怖かった。彼らの思考は読めるのに、その意味が全く理解出来ない。恐怖心だけでなく、論理観や道徳心といった人間性が決定的に欠如している。

 たまたま最初に出会った四人だけがこうなっているはずがない。長らく死んでいる間に何か恐ろしく酷い事があって、人類全員が狂ってしまったに違いない。ホルローグの敗北はその前触れだったのだ。

 敵だけではなく、狂ってしまったこの世界そのものがどうしようもなく恐ろしかった。死の安寧から目覚めたのは間違いだったのだ。


「うわああああああ! ストップストーップ!」


 ミサキとまだ口論していたクレアが、スクリームのピンチに気付いて血相を変えた。


「やめろー! そいつはバリス卿なんだーっ!」


「いえ、私は、ナイトウォーカー、です……!」


「ん?」


 叫んだ途端に後ろから冷静に否定されて、クレアは振り向いた。


「バリスという人物では……ありません……! ふぅ……はぁ……ナイトウォーカー、です……!」


 一目で張りぼてと分かる鎧。『ナイトウォーカー見参!』とデカデカと書かれた旗。一見して本物に見える模造刀。走ってきたらしく、荒い息遣いと上下する肩。


「待ち合わせ場所は、ここではありませんが……カノンの咆哮が聞こえてきたので……急ぎ駆けつけました……ふぅ。それで、ええと……あの方はどなたです?」


 打ち合わせ通りナイトウォーカーに扮した本物のバリス卿がそこに居た。


「え」


 クレアは全てを察した。彼女の顔からサァーッと血の気が引いていく。大変な事になった。人違いだ。すぐにカノンを止めなくてはならない。


「カノン!」


「敵将! 討ち取ったりいいいいいいいいいい!!」


 しかし時すでに遅し。

 クレアがカノンを止めようとした時には、カノンは力任せに引っこ抜いたスクリームの首を高々と掲げていた。


「あっ……」


 クレアの手から力が抜け、「キャイン!」背中から落とされたナインが悲鳴を上げる。


(うわあああああああああ!! 無関係のホラ吹き幻術おじさんを人違いで殺してしまったあああああああああ!! どうしよおおおおおおおおお!!)


 クレアは心の中で絶叫した。


(ひっ、ひひひ……人違い、だとっ)


 さらに運の悪いことに、生首となったスクリームにはまだ意識が残っており、クレアの発した恐怖を受信した。敵はちゃんと恐怖の感情を持っていたのだ。本来なら遥か格下で、虫のように踏み潰せた相手だった。


 しかし今更『ホラ吹き幻術おじさんを殺してしまった』という恐怖を現実化しても現状は何も変わらない。人違いでしたなどと、聞こえない方がまだマシだった。


(人違い……? 人違いで、おっ、お前ら、初対面の、他人に、こここ、こんな酷い、事を……!)


(ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!)


 当然ながら、ごめんなさいで許されるラインはとっくに越えている。


(呪ってやる……! 全身全霊でお前らを呪ってやるぞおおおおおおお! このひとでなし共がああああああああぁぁ……ぁ……ぁ……!)


 こうして、世界最強クラスの魔法使い【終わり無きスクリーム】は、食べ物を粗末にする一般人の馬鹿と正々堂々タイマンで戦って無様に負け、ショックのあまりに自分が復活する恐怖を見せるのも忘れ、真実で死体蹴りまでされてブチ切れながら死亡した。




 ドンマイ。

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