第6話。常識を持つラスボス VS 非常識ガールズ
クレアがカノンを預かって三日目の夜。30年前に設置された目印に従って、彼女たちは荒廃した神殿へと辿り着いた。湖に面したこの神殿はかつてスクリームが拠点の一つとして使っていた場所だったが、長年の風雨に晒されてすっかり朽ち果ててしまっていた。
今では僅かに残った壁と崩れかけた数本の円柱だけが当時の面影を残しており、それ以外は全て瓦礫の山と化している。
「グハッ! グハハッ! グハハハハハハァ! 俺様の復活に立ち会えるとは、幸運な奴らだ!」
彼女たちの到着と同時に、不気味な声が響き渡る。数多くの魔法使いを震え上がらせたその声は、一度聞けば二度と頭から離れず、夜な夜な残虐な拷問を受ける悪夢にうなされると恐れられていた。
(おお! ちゃんとキャラ作り頑張ってる!)
「ムー! ムー!」
しかしクレアは恐れるどころか感心していた。思わぬクオリティに緩んでしまいそうな口元をこらえて、シリアスな表情を作る努力さえしている。まさか声まで変えてくるとは。彼女はこの声の主がバリスだと信じて疑わなかった。
「何者だ! 姿を見せろ!」
「ムー! ムムー!」
「グハッ! グハハハハハハハァ!」
お決まりの台詞をクレアが返すと、スクリームは心の底から歓喜した。テンプレートなこのやり取りを、どれほど待ち望んだことか。再びこの世を恐怖で覆い尽くし、全人類が恐怖を生産する家畜と化す始まりの日を、どれほど待ち焦がれたか。
「俺様の名を聞いたな! ならば教えてやろう!」
世界が闇で覆われた。星の光が消え、あらゆる環境音が遮断される。炎の柱が地面から等間隔に並んで噴出し、炎の通路を作った。
「凄い演出だ! 一体どうやってるんだ!?」
「ムーッ! ムーッ!」
クレアはまだバリスの演出だと思い込んでいたが、自分が褒められたと思ったスクリームは内心気を良くした。幻術は彼の生来の能力ではなく、苦労して習得した技術である。
なので自己紹介を多少盛ることにした。
「グッグッグ……! 俺様はかつて地獄を支配した男!」
火山が噴火した。おどろおどろしい太鼓の音が鳴り響き、鬼やガーゴイルといった悪鬼の軍勢が次々と炎の中から現れる。
「竜を滅ぼし!」
串刺しになったドラゴンの死骸が現れた。
「百の魔法使いを殺し!」
磔になった魔法使いたちの死骸が掲げられた。
「千の国を滅ぼした世界一の魔王!」
見渡す限りに廃墟が広がり、死体の山が積み重なった。流れる血が大地を濡らし、何千何万と重なり合った絶叫が響き渡った。そして赤く爛れた肌と百の眼を持つ怪人が、高々と両腕を掲げて死体の山の上に姿を現す。
「【終わり無きスクリーム】様だぁあーっ!」
雷鳴が轟き、火山が噴火した。空は流星雨が埋め尽くし、虹色の花火が上がる。悪鬼の軍勢が歓声を上げて拷問器具を掲げ、月が爆発して竜巻が吹き荒れ金色の蝶が飛んで虹の橋が咲き乱れた。
(決まった……!)
久しぶりの自己紹介の余韻に浸るスクリーム。
パチパチパチパチ……!
(ん?)
その耳に、惜しみなき拍手の音が届いた。キラキラと輝く目で拍手していた者は、彼の復活に立ち会った女四人組の中で最も幼い黒髪の少女……ミサキだった。
「……ありがとう……?」
スクリームは戸惑い、何となく礼を言ってしまった。こんな反応が返ってきたのは初めてである。養分として期待していた恐怖の感情が見当たらない。
(しくじった……。さすがに盛り過ぎて幻覚だとバレてしまったか……。だが一人くらいはビビってもよさそうなものだが……?)
スクリームは顔中の魔眼を使い、全員の心を読んでみる事にした。まずは顔に傷のある目付きの悪い金髪の女からだ。こいつも恐怖の感情が見えない。
(あーあ……。出だしは良かったのに、その後がイマイチ残念だなぁ……)
(何ぃ!?)
その女、クレアはガッカリしていた。期待値が高かった分、落胆もかなり大きかったようだ。
(鬼の顔は三パターンしかないし、ガーゴイルは悪魔の同族じゃなくて魔除けだし、竜とドラゴンは似て非なる怪物だし、大陸中を合わせても千の国なんて無いだろ。演出も後半は派手なら何でもいいって感じになって統一性無いし……幻術にしても、なんか雑なんだよなぁ)
(グググ……グギギギ……!)
スクリームは図星を突かれたが、彼自身も調子に乗って雑な演出をしてしまった自覚はあったので反論出来なかった。彼には彼の矜持がある。
(それに魔王って……なんかこう……ダサ……古いな。ひと昔前のセンスって感じ)
(ウググッ!?)
実際30年前のセンスであり、魔王を自称している者は彼が知る限りでも数人だけだった。まさかダサいから誰も自称しなかったのではないかとさえ思い始めた。
(魔王を自称するには威厳も足りないというか、どっちかというとチンピラ、よくて四天王の最初に出る奴みたいなキャラしてるし、名前もスクリーム……スクリームねぇ……? うーん……自分で名前を考えたにしても、ちょっと安直過ぎないか? ナイトウォーカーの方がまだカッコ良くない?)
(グググギギギ……!)
実際スクリームが自分で考えた名前なのだが、自分でも薄々そう思っていた上に、ナイトウォーカーというネーミングセンスを突きつけられて何も反論出来なかった。
(そしてあのデザイン……豚か何かの皮で作ったローブと全身の目玉……うーん……全身目玉は凄いクオリティだが、ローブはダメダメだな)
(むぐぐ……!)
彼が纏う人皮のローブを貶されたのは許し難いが身体の方は褒められたので、複雑にも嬉しさの方が勝ってしまった。
(どうせ作るならさぁ、剥がした人間の顔の皮を継ぎ合わせてやったぞって感じに作れなかったのかな。そんで継ぎ合わされた顔にはまだ意識があって、絶えず叫んだりするわけ。そっちの方がスクリームって感じ出ると思うんだけどなぁ。まぁ流石にそこまで求めるのは酷か)
(あああああ! もういい! 何だこの偉そうな女は!? そのアイデアは採用したいが、そもそも何故この俺様にダメ出しをしている!?)
スクリームは容赦の無いクレアの批評に耐え切れず、対象を移る事にした。次は金髪女が背負っている褐色肌の無表情な女である。
(お姉さまお姉さまお姉さま! うわぉあああああん! クンカクンカ! スーハースーハー! クンカクンカ! いい匂いでしてよぉおおおお! こんな卑しいメス豚の私を背負ってくださるなんて! なんて優しさ! これはもう実質セックスですわああああ! 心が妊娠しちゃいますわよおおおおおお! んほおおおおおおおお! お姉さまになら殺されてもいい! いやむしろ殺されたい! 犯されながら! 殺されたいですわぁああああああああ! 最ッ高ォオオオオ! イヤッフウウウウウウウ!)
(うわっ……)
ナインの心はスクリームにも引かれるくらい汚かった。
(ああああああ! お姉さまのお(ピー)で炊いたご飯が食べたぁあああああい! もし何でも一つだけ願いが叶うならお姉さまの(ピー)に入ってお姉さまの子供として産まれ直しママアアアアア!)
(流石の俺様も気持ちが悪い! 狂人かこいつは!)
スクリームの時代には無かったプレイである。ナインは自分を背負ってくれているクレアの事しか考えておらず、スクリームの存在は全く頭に入っていなかった。そのくせ表面上だけはクールな美少女然としている危険人物だった。
(次!)
「ムー! ムムムー!」
さっきから気になっていたデカい女騎士が居た。
しかし目隠しをされ、猿ぐつわを噛まされ、後ろ手にロープで縛られ、首には『私は興奮して勝手に飛び出して迷子になった駄目な女騎士です』と書かれた木製のプレートをぶら下げている。
スクリームの幻術を見ていない事は一目瞭然だったが……それでも一応読んでみた。
(ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!)
(思考が言語になっていないだと!? 獣かこいつは! あああもう! 次こそ頼むぞ!)
そして残りはスクリームに拍手を送った黒髪の少女、ミサキだけである。復活して早々出会った変人パーティに嫌気が刺していたが、スクリームは一応彼女の心も読んでみた。
(凄い凄い! 港町ジェルジェの次に凄い光景です! ミサキランキング絶景部門、堂々の二位です!)
(なっ、何ぃーっ!? ここまで盛って二番手だとぉ!? ジェルジェとかいう町で何があったーっ!?)
スクリームは困惑した。
(こいつらは一体どういう集団なのだ? そもそも女四人だけで、何故こんな場所に居る? すっかり風化しているとはいえ、ここは俺様しか知らないセーフハウスのはずだが?)
スクリームの疑問をよそに、クレアはやや前屈みになってナインの負担を腕から背中へと移した。そしてナインの太腿に回していた片手を空ける。
(さてと、いつまでも偉そうに人を採点してないで私も協力しないとな)
(ん?)
クレアは身をわなわなと震わせながら、スクリームを指差した。
「ばっ、馬鹿な……! 終わり無きスクリームだと……! まさかあの伝説の魔王が復活したというのか……!」
なお、本人はいたって真面目に演技をしているつもりだったが、クレアの台詞には若干の白々しさがあった。
(こっ、の、女ぁあああ……!)
俺様の事を絶対知らないくせにとスクリームは怒鳴りたかったが、彼女なりに空気を読もうとしてくれているのは分かる。スクリームは怒りを抑えて乗っかる事にした。
「グ、ギギギッ……グッグッグ……! そうとも、俺様の復活を祝って、人類を無限地獄へ落としてやる! どれほど刻まれても焼かれても死ねない身体を与えて親兄弟と殺し合わせ! 醜い怪物へと変えて共喰いさせてやろう!」
(あーっ! お前何パクってんだコラ!)
(えっ)
(それはそっくりそのまま世界樹アノニマスがやってた事だろ!)
(何いいいい!?)
話術によって恐怖を喚起させようとしたスクリームの目論見は外れ、逆に盗作を指摘される有り様だった。彼は世界樹アノニマスなど知らないが、今さら前言撤回は出来ない。恐怖を与える新たな話題を考えなくてはならなかった。
(チッ、仕方ない。今回はフォローしてやるが、その間にもっとオリジナリティのある脅し文句考えとけよ)
(グウウウウウ……!)
心を読まれているとは思いもよらないクレアの優しさが、スクリームのプライドを容赦無く傷付ける。
「くっ……なんて恐ろしい事を考えるんだ! まさに魔王! 神すら恐れぬ悪魔の所業! さてはこの世界を滅ぼすつもりだな! そんなに世界が憎いか!」
「グッグッグ……その通り! 貴様らを……特に! お前を! 血祭りにした後は! 永遠に続く絶叫でこの世界を満たしてやろう!」
(世界など知るか! 今一番憎いのはお前だ!)
「私達がいる限り、そんな事はさせない! 夢と正義は決して悪になど負けない事を教えてやる!」
これ見よがしに拳を握り固め、正義の心を燃やす振りをするクレア。「ジー」その横では、ミサキがクレアの微妙にクサい演技をジト目で見抜いていた。
(決まった!)
(決まっとらんわ! お前も人に言えるほどの決め台詞じゃねえぞボケ!)
(さて、前置きはこの辺で十分かな。そろそろカノンをボコってもらうとするか。その為にわざわざこんな人目のつかない場所に来たんだし)
(は?)
読み間違いだろうか。金髪の女は、仲間をボコらせる為に連れてきたと思考した。そんなはずは無いと思いつつ、スクリームは確認を取ってみる事にした。
「グッグッグ……! 俺様は四人同時でも構わんが、最初に殺されたい奴は誰だ? ハラワタを引き摺り出して、自分自身に喰わせてやろう!」
「くっ……! 何て残虐な奴なんだ! 私の大切な仲間であるカノンをそんな目に遭わせてなるものか!」
(おっ、良いな。じゃあカノンをよろしく頼むぞ)
(何もよろしくないわ! そいつはお前にそれほど嫌われるような事をしたのか!? もっと仲間を大事にしろ!)
読み間違いでも何でもなかった。金髪のイカレ女はスクリームに仲間を殺させようとしていた。こんな奴に残虐だのと言われたくはない。
「だがこちらにも戦士としての誇りがある!」
(仲間をわざと俺様に殺させるつもりのくせに何が誇りだ!)
「正々堂々! タイマンでお相手しよう!」
(お前が?)
「こっちのカノン・ランスベルグがな!」
(ほらな! ほーらなぁ!)
「ムー! ムムムムムムムゥー……ムンッ!」
脳筋ゴリラ令嬢が名前を呼ばれて反応した。彼女を拘束していたロープがブチンブチンと引きちぎれていく。自由を得た彼女の手が目隠しと猿ぐつわをむしり取り、異様な興奮にギラギラと輝く獣の目と牙が露わになった。
「お前が魔王ならこっちは勇者だ! 今こそ悪を討て! 銀河最強無敵伝説勇者、カノン・ランスベルグ! GO!」
「ユウシャ! ムテキ! アク! コロス!」
カノンは血走った眼で得物を抜いた。右手に剣、左手に斧を持ち、ガンガンと打ち鳴らして戦いのゴングを鳴らす。
もはや騎士の名乗りも戦の作法も忘却の彼方。我慢させられ続けたカノンの頭には、待ち焦がれたこの初陣で敵の首級を上げる事以外は何も残っていなかった。
(ふん……来るか)
だがスクリームとて魔法使い同士が殺し合っていた蠱毒の時代の覇王。想定外の変人四人衆に出鼻をくじかれはしたものの、いざ戦いになれば即座に冷静さを取り戻す。話術が一番楽なだけで、恐怖を与える手段などいくらでもある。こんな魔法使いでもない脳筋に負けるなど、到底考えられなかった。
「喜べ、今からお前に地獄を見せ「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
(ああああああ耳が!)
しかし何事にも例外はある。
恐怖を現実に変える世界一の魔王の前に現れた勇者は、恐怖を知らない宇宙一の馬鹿だった。
やめて! スクリームの固有能力で恐怖を現実に変えられるのに、恐怖を知らない馬鹿が突っ込んできたら殴り殺されちゃう! お願い、死なないでスクリーム! あんたが今ここで倒れたら、世界を支配する野望はどうなっちゃうの!? 今ならまだ疫病神から逃げられる。このリスキルさえ耐えれば、世界はあなたのものなんだから!
次回、『スクリーム死す!』バトルスタンバイ!