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たとえ神に選ばれなくても  作者: ナカマクン
【英雄になれなかった誰かの話】
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幕間。たりない子のおはなし

 むかしむかし、ある人狼の森にたりない子が生まれました。

 たりない子はいろんなものがたりません。

 低い鼻。小さな牙。何も切れない爪。頭にしか生えてない毛。全然大きくならない体。


 まわりの大人たちは口ぐちに言いました。群れに滅びを呼ぶ災いの子。たりない子。ひとりで生きていけないから殺した方がいい。きっと頭の中もたりないに決まってる。大きくなっても誰ともつがいになれない。ずうっとひとりぼっちさ。


 でも、たりない子は殺されませんでした。

 たりない子のお父さんとお母さんは、たりない子が大好きだったのです。

 たりない子は間引くおきてでしたが、群れでいちばんえらいおじいさんもまた、そんな子が生まれたのは見たことないと、知らないフリをしました。

 いやなことを言う人たちからはなれ、たりない子のお父さんとお母さんは、森のはしっこでたりない子を大切に大切に育てました。


 たりない子は寂しくはありませんでした。

 友だちができなくても、たまに家に来るほかの大人たちにイヤなことを言われても、たりない子には家族がいたからです。

 強くて立派なお父さんと、やさしくてキレイなお母さんに育てられて、たりない子はすくすくと育っていきました。


 ある日、お父さんが言いました。

 この子は人間として育てた方がしあわせになれるかもしれない。

 お母さんも賛成しました。

 この子を仲間にしてくれる人間の群れを探しに行きましょう。


 そしてお父さんとお母さんは、たりない子をつれて森をはなれました。

 山をこえ、谷をこえ、たくさんの人間の群れに行き、たくさんの人間に話しかけました。


 やあ人間さん! うちの子と友だちになってくれないかな? とっても素直で優しい子なんだよ!


 お父さんはそう言ってたりない子を人間の群れに紹介しようとしたのですが、ただの一度もうまくはいきませんでした。

 ばけもの呼ばわりされて、こわい人間がすぐにやってきて、いつも追い払われてしまうのです。

 お父さんは人間の群れにあいさつに行くたびに、怪我をして帰ってきました。

 たりない子はちっとも寂しくなんてなかったのに。

 お父さんはいつも傷だらけでした。


 そのうち、人間の群れに悪いうわさが広がっていきました。

 人間をだまして食べる恐ろしい人狼の夫婦がいる。もうたくさんの村や町がおそわれた。

 次はどこどこの町が危ない。これ以上たくさんの人が食べられる前に人狼を殺さなくては。


 そして、お父さんとお母さんに賞金がかけられました。お父さんとお母さんを殺した人は、お金をたくさんもらえることになりました。

 それから毎日のように、こわい人たちがいっぱいやってきて、お日さまが沈んでものぼっても雨の日もはれの日も、ずっとずっと追いかけてくるようになりました。


 お父さんとお母さんはすっかり困ってしまいました。

 ねえお父さん、どうしてあの人間さんたちはお父さんとお母さんをいじめるの?

 たりない子にたずねられても、お父さんは何も答えられません。ただただ黙ってたりない子の頭を撫でることしかできませんでした。


 たりない子の家族がどこに行っても人間たちが追いかけてきます。かといって、このまま森に帰ってもたくさんの人間たちが追ってきて、ほかの人狼たちも大変なことになってしまいます。


 お父さんとお母さんは、これからのことを決めました。


 お父さんは言いました。

 これからお父さんとお母さんは悪いことをするよ。たくさんの人間を殺して、オトリになるからね。その間にひとりで森に帰るんだよ。つよいお父さんの子なら、できるね?


 お母さんは言いました。

 だめよあなた。人を殺すなんて、この子の教育に悪いわ。今日はだめでも、明日はこの子と友だちになってくれる人がいるかもしれないじゃない。

 人間を怖がらせてしまった私たちも悪いのだから、手加減はしましょう。


 お父さんとお母さんは言いました。

 大丈夫、いい子にしていれば、お父さんとお母さんもすぐ戻ってくるからね。おじいちゃんとも仲直りして、みんなであの森に住もう。約束だよ。


 お父さんとお母さんの言葉に、たりない子はむねをはって大きな声でこたえました。お父さんとお母さんが約束をやぶるはずがないからです。


 いったい誰が悪かったのでしょう。

 怪物を群れに入れなかった人間さんでしょうか。

 自分の子にともだちを作ってあげようとしたお父さんとお母さんでしょうか。

 それとも一番悪いのは、だめな体で産まれてきてしまった、たりない子なのでしょうか。


 お父さんとお母さんがたくさんの人間と戦っている間に、たりない子はお父さんとお母さんのいうことを聞いて、ひとりで森にもどりました。

 たりない子はとてもかしこかったので、一度おぼえた道はわすれません。山をこえて谷をこえて、すんでいた森に帰ってきました。


 群れでいちばんえらいおじいさんは、たりない子の話を聞いてすごく悲しみました。ほかの大人たちも、すごく落ちこみました。

 でも、たりない子は悲しくなんてありません。お父さんとお母さんはすぐ帰ってくるに決まっているからです。

 たりない子は、お父さんとお母さんが帰ってきたときに、ちゃんと言いつけを守れたことをほめてもらおうと思っていました。

 ひとりですごく遠くまで走れて、ひとりでごはんをとれて、ひとりでまいごにならずに森に戻れたことをほめてもらおうと思っていました。


 まだかな、まだかな。たりない子はずっとお父さんとお母さんを待っていました。

 ちょっとだけ寂しかったけど、いい子にしていないとお父さんとお母さんは帰ってきてくれません。


 でも、ちょっとだけいいこともありました。いぜんはイヤなことしか言わなかった群れの大人たちが、しんせつになっていたのです。

 とくに、群れでいちばん偉いおじいさんは、毎日のようにたりない子に会いにきてくれるようになりました。


 でも、たりない子のお父さんとお母さんは、いつまでたっても帰ってきません。暑くなって寒くなってまた暑くなっても帰ってきません。

 まだかな、まだかな。たりない子はいい子になるために毎日がんばって、ずっとずっと待ちつづけました。


 でもある日、黒い毛並みのおばさんと変わりものの人間のおじさんが、あやまりながらたりない子のお家の近くに空っぽのお墓を二つ作りました。


 たりない子は泣きました。

 たりない子はとてもかしこい子だったので、お父さんとお母さんが帰ってこないことなんて、とっくのむかしにわかっていたのです。


 自分が弱かったから、ダメな子だったから、たりない子だったから、お父さんとお母さんは群れを出て、殺されてしまったんだ。

 もっと強くて、ちゃんとした人狼だったなら、こんなことにはならなかったのに。


 たりない子は自分をせめました。


 そしてちかいました。お父さんやお母さんがいなくても、二人のような立派な人狼になることを。


 たりない子は寂しいなんて絶対言いません。立派な人狼はひとりでも強く生きなくてはならないのです。

 たりない子は立派な人狼になるために、毎日とってもがんばって生きていました。


 それから、ずいぶんと長い時間が流れました。




 ある日、たくさんの人間がやってきました。

 人間たちは、たりない子をさがしているようでした。

 そして、たりない子の目の前でたくさんの人狼を殺しました。人狼たちは誰も勝てませんでした。


 きっとあの時の人間たちが、逃げた自分をさがしてここまで追いかけてきたんだ。

 過去に追いかけられて、たりない子はおびえました。立派な人狼になれなかった罰なんだと思いました。

 だからもう、ここで終わってもしかたがないと思いました。


 でも、おかしな人間が二人いました。

 人間のくせに人狼の味方をするばかりか、たりない子がこの森でいちばん強い人狼だと主張するのです。


 あの人間たちに勝てるのは君しかいない。お願いします、私たちの言うとおりに戦ってみてください。この群れを救えるのはあなただけなんです。

 ことわってもことわっても、しつこくまとわりついてきます。


 嫌がるたりない子は抱きつかれながら説得されて、ついに折れました。無理だと思いながらも、話だけは聞いてみることにしました。


 話を聞くにつれて、たりない子の目が輝きはじめます。

 この平べったい手の本当の使いかたを教わりました。自分より強い敵との戦いかたを教わりました。体よりも頭を使うことの大切さを教わりました。


 たりない子は教えられたことを一字一句たがわず繰り返して、おかしな人間をおどろかせました。

 たりない子は本当の本当にかしこかったのです。


 高々と吠えましょう。

 群れを破滅に導くはずの災いの子の、人生で二度目の産声を祝福しましょう。


 たりない子は古い子でした。

 人間の器用さや賢さと狼の神様の身体能力を併せ持つ原種の人狼が、再び世に蘇る時が来たのです。

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